子供 夕方のニュースには、ニュース以外の情報コーナーが混ざっている。地域のトピックを紹介するバラエティコーナーや、夕食向けのレシピを紹介するミニコーナーなどだ。一日の終わりに当たる時間帯だから、視聴者もほのぼのした情報を求めているのだろう。実際、僕がこの手の番組を見ているのも、あまり緊迫した話を見たくないからだ。
そんな中でも、一際目を引くコーナーがある。番組の終わりに配置されている。新生児の紹介コーナーだ。どういう経緯で募集しているのかは分からないが、数ヵ月前に生まれた赤ちゃんの家族写真が、穏やかな音楽と共に放送されているらしい。直前までニュースを放送していることもあって、そのコーナーはとてもよく目立っていた。
だからだろうか。そのコーナーが始まると、僕はついつい見てしまうのだ。画面に映し出される新生児の姿を、正面からまじまじと見つめてしまう。ぷくぷくした身体や真ん丸な頭は、僕の人生ではあまり馴染みのないものだったのだ。思わず夕食をつつく箸が止まっていたのか、ルチアーノが声をかけてきた。
「なあ、君は、赤子が好きなのか?」
「えっ?」
予想外の質問に、僕は大きく口を開けてしまう。質問の意味は分かるのだが、意図が全く掴めなかったのだ。下手な答えを返して警戒されるのは、彼の前では避けたいことである。彼の方に視線を向けると、僕は戸惑いながら答えた。
「好きって言えるのかは分からないけど、かわいいとは思ってるよ。子供と動物は、存在してるだけでかわいいから」
言葉を選びながら語ると、ルチアーノは不思議そうな顔をする。あまり納得がいかなかったようで、顔を歪めながら呟いた。
「ふーん。人間は、自分よりも小さいものが好きなんだな」
おかしな理解をされてしまったが、僕も訂正はしなかった。彼の口にした言葉は、一理あるような気がしたのだ。僕たちが子供や動物を可愛がるのは、彼らがか弱くて健気だからだろう。実際に、大きくて狂暴な動物たちは、人間のペットには選ばれない。
ひとまずの疑問は解けたのか、ルチアーノはそれ以上の質問をしてこなかった。コーナーはとっくに終わっていたから、僕も夕食に手を伸ばす。黙々と食事を続けているうちに、会話の内容は頭から薄れていった。
ルチアーノが再びその話題を持ち出したのは、僕が入浴を済ませた後である。布団の中で僕に背を向けると、彼は唐突にこう尋ねた。
「なあ、君は、自分の子供がほしいのか?」
「えっ?」
話の流れが掴めなくて、僕は大きく口を開けてしまう。それが夕方の会話の続きだと、すぐには思い出せなかったのだ。疑問符を浮かべる僕を見て、彼は淡々と言葉を続ける。
「君は、幼い子供が好きなんだろ。だったら、自分の子をほしいと思うんじゃないのか」
そこまで言われて初めて、僕は彼の言葉の意味を理解した。この男の子は、自分が子供を産めない身体であることを気にしているのだ。いや、本当に気にしているのは、僕が彼を見捨てないかということだろう。彼にとって、心を許した相手に見捨てられることは、何よりも恐ろしいことなのだから。
「そうだな……。子供がほしいかって言われても、僕自身も子供みたいな歳だからね。あんまり考えたことがなかったよ」
頭の中で言葉を探しながら、僕はルチアーノに思いを告げていく。彼が子供を産めない身体であることは、そこまで気にしていなかった。男の子であることも含めた上で、僕はルチアーノを好きになったのだ。
でも、当のルチアーノは、そんな言葉では納得できなかったようだ。面倒臭そうに鼻を鳴らすと、少し尖った声を投げかけてくる。
「今はいいかもしれないけど、歳を取ったら欲しくなるかもしれないだろ。そうなったらどうするんだ? まさか、女との間に作った子を、僕に育てさせる気じゃないだろうな」
「そんなことしないよ!」
とんでもない発言に、僕は心臓が止まる思いがした。いつものことと言えばそうなのだが、ルチアーノは僕の浮気を疑ってくるのだ。僕が他の人には興奮しないことくらい、彼もよく知っているはずなのに、どうしてそんな疑いを持つのだろう。
「ルチアーノも知ってるでしょ。僕は、女の人には魅力を感じないんだよ。女の人だけじゃなくて、男相手でもそうだけど……。だから、僕が他の人と子供を作ることは、絶対に無いんだよ」
言葉を重ねて説明するが、ルチアーノは少しも聞いてはくれない。再び鼻を鳴らすと、噛みつくような勢いで言葉を重ねた。
「絶対とは言い切れないぜ。今時、卵子提供や代理母出産だって、当たり前のように語られてるじゃないか。君の精子を提供すれば、女と交わらなくても子を作れるだろ」
「だとしても、勝手に決めたりはしないよ。ルチアーノが望まない子供を作ったって、僕は嬉しくないんだから」
はっきりと断言すると、彼はようやく言葉を切った。納得したわけではないのだろうが、問い詰める気もなくなったようである。そんな彼の背中を眺めながら、僕は静かに言葉を続けた。
「それに、子供を育てるためには、血の繋がった子を産まなきゃいけないって決まりもないでしょう。条件さえ整えられたら、養子を迎えることだってできるんだよ」
「養子なんて、そんな簡単に迎えるもんじゃないぜ。男同士のカップルの元で育ったら、そいつは偏見の目を向けられるんだから」
「偏見の目で見られたなら、平然としてればいいんだよ。僕たちは、何も悪いことなんてしてないんだから」
「そんな上手くいかないだろ。それに、血の繋がらない子供だったら、いつかは事実を伝えないといけないんだ」
「そうだね。でも、そこは異性のカップルも同じだよ」
ルチアーノから投げかけられる質問に、僕はひとつずつ答えていく。とはいえ、僕もまだ子供だから、あまりいい答えではないのかもしれない。結局、子供についての将来を考えるのは、僕にはまだ早いのだ。僕たちがその事を考えるのは、もっと先のことなのだから。
「僕は、ルチアーノと一緒にいられたら、それだけで十分なんだよ。今はまだ、それ以上は考えられないんだ」
そう言うと、僕はルチアーノの近くににじりよった。彼の方へと手を伸ばすと、その小さな身体を抱き締める。腕に伝わってくる感覚は、幼い子供そのものだ。僕が子供について考えられないのは、既に彼がいるからかもしれない。
僕にとってルチアーノは、求めている家族の全てなのだ。恋人であり、ビジネス上のパートナーであり、実の子供のようでも、兄弟のようでもある。その関係の全てを含めて、僕は彼を家族だと思っているのだから。