前世 ソファに腰を下ろすと、僕はテレビのリモコンを手に取った。テレビ画面をザッピングして、おもしろそうなものが無いかを探す。僕の曖昧な期待とは裏腹に、テレビが映し出すのは動物と衝撃映像と食べ物ばかりだ。そんな単調な映像が流れる中に、一際目を引く番組があった。
明らかに他の番組とは違う空気に、僕は思わず手を止めてしまう。画面の中に映っていたのは、幼い子供が主役の再現ドラマだった。しかし、明るい雰囲気は微塵もなく、おどろおどろしい気配が満ちている。画面は全体的に少し暗くて、低くて静かなナレーションが流れているのだ。画面右上のテロップには、このような文字が書かれていた。
──蘇る前世の記憶
どうやら、これはオカルト系のドキュメンタリー番組らしい。画面の中の男の子は、前世の記憶を持っているらしいのだ。男の子が生まれる前の記憶について語るのを、両親は恐ろしいものを見るような目で見つめている。しかし、精神科で治療を試みても、改善する気配はなかったという。
一年ほど経った頃に、両親はあることを考えた。この男の子の語る前世の記憶について、インターネットで調べてみたのだ。彼が語る記憶の中には、かつての住居や知人の話も含まれていた。断片的な言葉をひとつひとつ拾うと、やがてひとつの住所に辿り着いた。
そんな流れで、話は現在のシーンへと繋がるらしい。画面の中では、車に乗った若い夫婦が、郊外の村へと向かっていた。父親が車を運転し、後部座席に座った母親が男の子の話を聞いている。目的地が近づくにつれ、彼の話は明確になっていった。
目的の家に辿り着くと、両親は玄関のチャイムを鳴らす。しばらくの間を空けた後に、室内から老人が姿を現した。話は通っているらしく、一家はすんなりと室内に案内された。男の子と向かい合うと、老人は厳かに口を開く。
「君だね。○○○の生まれ変わりって言うのは」
「うん。久しぶりだね」
「君は、本当に○○○なのかい?」
「そうだよ」
「なら、○○○しか知らないことを教えてくれ」
椅子に座ったまま向き合うと、彼らは静かに言葉を交わす。老人の口から出るのは、フィクションで腐るほど聞いているような、生まれ変わりものの定番のセリフだった。実際に、生まれ変わりを名乗る何者かに遭遇した人間は、そのようなことしか言えなくなるのだろう。疑心暗鬼で男の子の話を聞いていた老人は、不意に両親の方へと視線を向けた。
「この子は、○○○だ……」
そこまで話が進んだところで、背後から足音が聞こえてきた。お風呂に入っていたルチアーノが、リビングへと帰ってきたのだ。僕の背後へと歩み寄ると、流しっぱなしのテレビへと視線を向ける。画面に映る再現ドラマを見ると、呆れたような声で言った。
「君は、また変な番組を見てるんだな」
「なんか、気になっちゃって。こういう現実離れした話って、神秘的で不思議だと思わない?」
僕が言うと、ルチアーノは僕の隣へと歩み寄った。ソファに深く腰をかけると、興味なさそうな声で呟く。
「思わないよ。非科学的なものなんて、ただの人間の錯覚なんだから。幽霊だとか宇宙人だとかも、ただの見間違いか白昼夢だ」
相変わらず、辛辣な意見だった。未来のアンドロイドであるルチアーノは、科学で説明のできないものを信じないのだ。僕からしたらルチアーノも非科学的なものなのだけど、それを言ったら怒らせてしまうから口にしない。
「それにしても、今さら生まれ変わりものなんてさ。非科学的なものの中でも、特に非科学的な話だよ」
吐き捨てるように言葉を吐くと、彼は大きな仕草で足を組む。宙に投げ出された爪先が、僕の足元へと迫ってきた。指先を太腿で押し返しながら、僕は苦笑いを浮かべる。
「そうは言うけど、この男の子の話は信憑性が高いって言われてるんだよ。親戚はこのお爺さんと関わりがないし、男の子の周りにも話を吹き込んだ人はいないって言うんだ。きっと、本当に生まれ変わりなんだよ」
「そんなもの、どうとだって言えるだろ。どこかで聞いた話を、自分のことのように思い込んでるんだ。今は子供でもネットにアクセスできるからな。動画か何かで情報を得てたとしてもおかしくない」
「もう、夢が無いなぁ。こういう話は、話し半分で聞いてるくらいがちょうどいいのに」
僕が呟くと、ルチアーノは再び大きなため息をつく。心底呆れたとでも言うような、重く湿った声色だった。
「生まれ変わりなんて、この世には存在しないんだよ。たとえ同じ記憶を持って生まれたとしても、そいつは全くの別物なんだ」
その言葉に、僕は背筋が凍えるような思いがした。彼の語っている人物は、恐らくルチアーノ本人のことなのだ。僕の目の前にいる男の子は、死者の肉体を再現したコピーロボットである。広い意味で言えば、生まれ変わりの一種だと捉えても間違いではない。
重すぎる言葉を投げかけられて、僕は何も言えなくなってしまった。なんとか思考をまとめようとするが、うまく形になってくれない。急に黙り込む僕に、ルチアーノはちらりと視線を向けた。背凭れに身体を預けると、冷めた瞳でテレビの解説を眺める。
「魂なんてものは、まやかしでしかないんだよ。他者に関する記憶を持ってたからって、魂が転生している保証はない。別の身体を持って生まれた以上、そいつは別の存在なのさ。人間は弱いから、命の終わりと向き合えないんだ」
吐き捨てるように語る声は、どこか震えているような気がした。言葉に自嘲的な響きを感じて、僕は思わず息を飲む。もしかしたら、彼が語る言葉は、彼自身の体験なのかもしれない。一度そう思ってしまったら、疑問を抑えることができなかった。
「ルチアーノは、誰かの生まれ変わりを願ったことがあるの?」
僕が尋ねると、彼はあからさまに表情を曇らせた。視線をテレビから離すと、泳がせるように虚空を見つめる。迷ったように間を空けてから、はっきりとした声で答えた。
「ないよ。僕は、他人に思い入れを残したりしない」
その言葉は、きっと偽りの無い本音なのだろう。少なくとも『ルチアーノ』は、誰かの生まれ変わりを願ったことはない。だから、転生に希望を抱いたのは、彼のオリジナルに当たる人物なのだ。復活を望んだのが家族だったのか恋人だったのかは、僕には想像もつかなかった。
ただ、ひとつだけ分かるのは、彼の前に転生者は現れなかったということだ。願いは叶うことなく、その人物は孤独な人生を送った。そして、彼のコピーロボットとして作られたルチアーノは、自分を生まれ変わりではないと認識している。彼のその感覚は、転生という概念を否定するには十分すぎる材料だったのだろう。
でも、僕は諦めたくなかった。魂には生まれ変わりがあって、前世の記憶を持っている子供がいると、信じたまま生きていきたかったのだ。そうやってすがれる希望があれば、僕は安心してこの命を終わらせることができる。いずれ来るだろう別れというものを、過度に恐れなくてもよくなるのだ。
「でも、僕は信じたいよ」
静かになった部屋の中で、今度は僕が口を開いた。俯いたままだったルチアーノが、顔を上げてこちらに視線を向ける。その固まった表情からは、彼の抱えた感情は分からない。正面から視線を返すと、僕ははっきりした声で言葉を重ねた。
「信じたいんだ。この世には生まれ変わりがあって、魂は必ず何かに転生して、この世界に戻ってくるんだって。一度命が終わったとしても、またこの世界に戻ってこれるんだって。そうじゃなかったら、僕は命の終わりを受け入れられない。ルチアーノをひとりにするなんて、絶対に耐えられないんだ」
そう。僕が生まれ変わりを信じる一番の理由は、残されるルチアーノのことだった。僕が命を終えてしまえば、彼は確実にひとりぼっちになってしまう。でも、この世界に生まれ変わることができたら、僕は再び彼に会えるのだ。そうして何度も再会を重ねていけば、彼をひとりにすることはない。
「だから、僕の命が終わったら、ルチアーノは僕の生まれ変わりを探して。ルチアーノのことを忘れてるかもしれないけど、きっと思い出すと思うから。来世の間に会えなくても、その次の転生で会いに行くから。僕は、絶対にルチアーノをひとりにはしないよ」
僕が言葉を重ねると、ルチアーノは小さく鼻を鳴らした。心底呆れたとでも言うような、冷めきった態度だった。少し表情を緩めると、彼は諭すように言葉を吐く。
「記憶を失ってたら、会いに行っても気づかないだろ。君は、いつもおかしなことばかり言うんだな」
「忘れないよ。ルチアーノとの思い出を、僕が魂に刻むから。ルチアーノを見たら思い出すように、魂の奥深くに留めておくから、だから、ルチアーノは僕を探しに来て。それが、僕の一番の願いだよ」
真剣に言葉を重ねると、彼はケラケラと笑い声を上げた。本当なのか演技なのか分からない、乾いた響きを持つ甲高い声である。しばらく笑い声を上げると、体勢を直しながら息を吸い込む。再び僕に向き直ると、彼は笑みの混ざった声で言った。
「君って、本当に馬鹿なやつだよな。そんなことで前世の記憶が残るなら、この世界は転生者だらけだ。君が生まれ変わる時代も分からないのに、探しに行けるわけないだろ。もう少し考えて話をしろよ」
「それは、そうだけど…………」
正面から反論されて、僕は言葉に詰まってしまう。そんな僕を横目で見ながら、彼はテレビのリモコンを手に取った。いつの間にか生まれ変わりの話は終わっていて、未来予知の話が始まっている。再現ドラマの流れる画面は、ザッピングによって他の番組へと変わっていった。
「ほら、変な話をしてないで、とっとと風呂に行けよ。君の胡乱な愛の告白なら、風呂から出てきた時に聞いてやるからさ」
ルチアーノに促されて、僕はソファから立ち上がる。元はといえば、彼は僕を呼びに来てくれたのだ。こうしてだらだらテレビを見ていたら、お風呂に入るタイミングを逃してしまう。おとなしく助言に従った方がいいだろう。
部屋へと向かう階段を歩きながら、僕は頭の隅で考える。ルチアーノは、本当に誰かの生まれ変わりを願ったことがないのだろうか。それだけ長い人生を生きていたのであれば、情を移した人間の一人や二人はいてもおかしくない。意図的に隠しているのならば、そこには何らかの意図があるはずだ。
まあ、僕が深入りしたところで、彼は口を割らないだろう。深い仲になった以上、過去の話は彼にとって気まずいものになったのだ。相手が黙秘を貫くなら、追及せずに受け入れるのが男というものだろう。いや、ルチアーノも男の子だから、この表現はおかしいのだけれど。
でも、やっぱり本音を言うと、僕はルチアーノに転生を望んでほしいのだ。僕の生まれ変わりの可能性を信じて、僕に会いに来ると語ってほしい。ルチアーノに会いたいと願ってもらえたら、僕はもう一度この世界に戻って来れる気がする。そして、再びこの世で再会することが、僕の一番の願いなのだ。