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    流菜🍇🐥

    @runayuzunigou

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    TF主ルチ。昨日上げたテキストの続きのようなもの。ルチの生まれた時の記憶を知りたいTF主くんの話。

    ##TF主ルチ

    生まれた時の記憶 入浴を済ませると、僕はベッドの上に寝そべった。蛍光灯が輝く部屋の中で、手元に広げた雑誌を捲る。彼の家は閑散としていて退屈だが、玉座の間に戻るよりはずっとましだ。あの空間には任務以外のものが存在していないし、口煩い奴らと顔を合わせる羽目になるのだから。
     横になった身体の中では、物質の分解機能がフル稼働していた。これは人間の消化器と同じで、経口摂取した有機物を分解できる。人間の身体の仕組みと違うのは、排出の必要な物質が残らないことだ。食物をエネルギーに変更しないこの身体は、全てを分子の単位まで解体する。
     横たわった僕の身体の中で、肉が形を失っていく。視覚的に見ることができなくても、体内の感覚でなんとなく分かった。消化器官が蠢くような感覚は、あまり気分のいいものではない。エネルギーが腹部に集約されて、思考システムが鈍っていく。
     僕が食事を取るようになるなんて、半年ほど前には考えもしなかった。僕にとって食事というものは、取引のために用意する賄賂だったのだ。娯楽としての飲食を覚えたのも、彼と出会ってからである。それが、今では毎日のように、彼の食事に付き合っているのだ。
     読むでもなく雑誌のページを捲っていると、廊下の方から足音が聞こえた。風呂から上がった青年が、身支度を整えて部屋へと戻ってきたのだ。髪を拭いていたタオルを椅子の背にかけると、僕の隣に寝転がる。ベッドのマットレスが跳ねて、視界が僅かに縦に揺れた。
    「うう……。食べすぎた。気持ち悪い……」
     僕の隣でうつ伏せになると、彼は小さな声で呟く。苦しそうに息を吐くと、布団の中に顔を埋めた。何度か左右に身体を揺らしてから、ごそごそと身動きを取っている。耳元で衣擦れの音が響いて、僕は思わず顔をしかめた。
    「いい加減静かにしろよ。ごそごそとうるさいぞ」
     呆れながら呟くと、彼は再び顔を上げる。僕の方に視線を向けると、悲しそうな顔で答えた。
    「だって、胃の中が変な感じなんだもん。これくらい大丈夫だと思ってたんだけど、もう年なのかな」
    「君が、がっついて肉を食うからだろ。君の身体は庶民の飯に慣れてるんだ。急に脂ばかりの肉を食べたから、胃が拒絶反応を起こしてるんだよ」
     僕が答えると、彼はさらに悲しそうな顔をする。再び布団に顔を押し付けると、噛み締めるような声色で言った。
    「そっか、僕は、胃袋が庶民なのか……」
     その悲壮感に溢れた物言いに、僕は笑いそうになってしまった。胃袋が庶民であることは、そんなに悲しむことなのだろうか。高価なものを多量に食べられないからといって、人生で損をするわけではない。舌が肥えたことで道を誤った人間だって、僕は何人も見ているのだ。
    「庶民でいいじゃないか。下手に舌が肥えて通気取りになるよりは、よっぽど健全だと思うぜ」
    「そうかなぁ。うーん……」
    小さな声で呟くと、彼はまたしても身動ぎを始める。何度も体勢を変えているが、落ち着く位置は見つからないらしい。時折零れる呻き声も合わせて、喧しくて仕方なかった。
     雑誌から顔を上げると、僕は青年へと視線を向ける。完全に顔を伏せているから、表情はあまり読めなかった。身体を変な方向に曲げているのは、もたれた胃を庇っているのだろう。しばらくその様子を眺めると、僕は彼の背中に手を伸ばした。
     目の前に転がる人間の背中を、手のひらでそっと撫でてみる。秋用の少し厚い布地の下から、彼の身体の感触が伝わってきた。毎日デュエル漬けの日々を送っているから、その背中は筋肉質でしなやかだ。成人の骨格に何とも言えない気持ちになりながらも、丁寧に背を撫でていく。
    「どうしたの? 急に」
     布団の上に伏せていた青年が、驚いたように顔を起こした。大きく目を開いたまま、真っ直ぐに僕に視線を向ける。さりげなく視線を交わしながらも、僕は何事も無いように答えた。
    「君がうるさかったから、なんとか黙らせようと思ってね。ほら、子供が体調を崩した時は、背中を撫でたりするんだろ」
    「僕は子供じゃないよ。身体の大きさで言ったら、ルチアーノの方が子供でしょう」
     僕の言葉が不満だったのか、青年はあからさまに唇を尖らせる。その態度が余計に子供っぽいのだが、彼にそんな意識はないらしい。
    「誰が子供だよ。僕は有史以前から世界を守ってる神の代行者だぞ。君の何百倍も長生きしてるんだ」
     そんな軽口を交わしながらも、僕は静かに手を動かす。彼も満更ではなかったのか、無理矢理引き剥がそうとはしなかった。子供のように背中を撫でられたまま、布団に顔を埋めている。しばらくすると、彼はおもむろに顔を上げた。
    「なんか、こうしてると子供の頃のことを思い出すな。僕が風邪を引いたりしたときは、こうして母さんが撫でてくれたから」
     しみじみと語るその姿を見て、僕は僅かに口角を上げる。背中を撫でるという行為は、やはり親が子供にすることなのだ。
    「やっぱり子供じゃないか。食べすぎて体調を崩すなんて、君はまだまだお子様なんだな」
    「そうかもね。いくら歳を取ったって言っても、おいしいものには抗えないから」
     何度か言葉を交わすと、再び沈黙が訪れた。機械の音だけが響く部屋の中で、僕は青年の背を撫でる。ベッドに横たわる彼の姿は、どこか猫のようにも見えた。僕が変な連想をしていると、彼は三度口を開く。
    「ねえ、ルチアーノ。ずっと、ルチアーノに聞いてみたかったことがあるんだ」
     その声が真剣な響きを帯びていて、僕は思わず手を止めた。彼に視線を向けると、正面から瞳を見つめ返す。
    「なんだよ」
    「ルチアーノって、生まれた時のことを覚えてたりするの?」
     彼の口から零れた言葉が、真っ直ぐに僕の胸を突き刺す。それは、僕たち神の代行者にとって、最も触れられたくない記憶だった。僕たちにとっての誕生とは、元となった人間の死を意味するのだ。人類における命の誕生とは、根本的なところから異なっていた。
    「唐突だな。どうして、急にそんなことを聞くんだよ」
     動揺をひた隠しにしながらも、僕は静かに言葉を返す。少し声が震えてしまったが、彼は気づかなかったらしい。考えるように目を伏せると、言葉を探しながら語り始める。
    「だって、僕たち人間は、時間が経つにつれて生まれたときの記憶を忘れちゃうでしょう。でも、機械として生まれたルチアーノは、全ての記憶を覚えていられる。だったら、生まれた時にどんな話をしたのかも、覚えてるんじゃないかなって思って」
     彼の語る言葉を聞いて、僕は呆れの籠った息を吐いた。どうやら、彼は僕たちに対して、大きな勘違いをしているらしい。平和な家庭に生まれ、愛情を受けて育ってきたこの男は、全ての命が祝福と共に生まれていると思い込んでいるのだ。僕が駒として産み出されたことだって、正確には理解していないのだろう。
    「そんなもの、君が望むような答えにならないよ。僕たちにとっての命の誕生は、祝福されるようなものじゃないんだ」
     突き放すように語ると、彼は俯いて唇を噛む。少しの間を開けた後に、反論するような勢いで言った。
    「そんなことないでしょう。新しい命が生まれるとき、人はその奇跡を祝福するんだから。神様だって、自分の産み出した存在が動き始めたのなら、きっと喜んでたと思うよ」
    「君に何が分かるんだよ。僕が違うって言ってるんだから、その考えは間違ってるんだよ。神は僕たちの誕生を祝いはしなかったし、命として捉えることもなかったんだ。神にとっての僕たちは、ただの手駒でしかなかったんだから」
     声を荒らげる僕の脳裏で、かつての記憶が蘇った。遠い未来で目を覚ましたときの、神との対面の記憶である。神は、作業台に僕の身体を乗せると、横からから顔を覗き込んでいた。僕が目を開いたことを確かめると、仮面の下からくぐもった声を出す。

    ──目が覚めましたか?

     思考システムに刻まれたデータで、僕には目の前の人物が何者なのかを理解する。相手の質問に答えるために、僕は簡潔に返事をした。

    ──どうやら、プログラムは正常に稼働しているようですね。これなら、問題はないでしょう

     僕の答えを聞くと、神は壁面のコンピューターに手を伸ばす。しばらくの間操作を続けると、改めて僕へと向き直った。

    ──初めまして、ルチアーノ。貴方に、重要な任務を与えます

     それから先は、彼の知っている通りだ。僕は神の代行者として地上に降り立ち、人間を導く使命を与えられた。多くの人々を操り、数々の任務をこなしてきたが、神に誉められたことは一度もない。その理由を知ったのは、思考システムに課せられていた記憶のロックが解かれた時だった。つまり、僕たちは初めから、神に祝福されることなどなかったのだ。
     僕の鋭い言葉に驚いたのか、青年は気まずそうに下を向いた。戸惑ったように視線を彷徨わせると、小さな声で言葉を発する。
    「ごめん」
     それっきり、彼は何も話さなかった。体勢を変えて布団を捲ると、身体を包むように潜り込んでいく。体調が悪いと言っていたから、もう眠るつもりなのだろう。同じように布団の中に潜り込むと、僕は青年に身体を寄せる。
    「だから、僕には君の家族しかいないんだよ。僕を家族として受け入れて、誕生を祝福してくれる物好きは」
     小さな声で囁くと、彼はハッとしたように僕を見る。さりげなく頭に手を伸ばすと、髪を掻き分けるように撫で付けた。
    「そうだね。僕は、ルチアーノのことを大切にするよ」
     決意の籠った声で言うと、僕の身体を抱き締める。ついさっきまで落ち込んでいたというのに、変わり身の早い人間だ。まあ、そんな単純なところが、彼のいいところでもあるのだろう。彼の腕に抱き締められたまま、僕はこっそり口角を上げた。
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