Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    流菜🍇🐥

    @runayuzunigou

    文章や絵を投げます

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💕 🍇 🐥 🍣
    POIPOI 668

    流菜🍇🐥

    ☆quiet follow

    TF主ルチ。悪夢の内容が変化していくことに怯えるルチと、それを知らないTF主くんの無責任な慰めの話。

    ##TF主ルチ

    魔法の言葉 その日は、朝からいいお天気だった。太陽が燦々と大地を照らし、地上に色濃い影を落としている。肌を包む空気も、熱すぎず寒すぎずという気温だった。街路樹には鳥が止まり、甲高い鳴き声を繰り返している。たまにすれ違う飼い犬たちは、天気を喜ぶように尻尾を振っていた。
     こんなに天気のいい日には、人間も出かけたくなるらしい。町の中央を横切る大通りは、たくさんの人々で溢れていた。子供の手を繋いだ母親がいたかと思うと、今度は学生服の子供たちが駆け抜ける。危うくぶつかりそうになるその集団を、僕は間一髪ですり抜けた。
     体勢を立て直すと、僕は左手に力を入れる。隣を歩く青年の右手を、ほどけないようにしっかりと握り締めた。彼は人を避けるのが下手だから、すぐに僕からはぐれてしまうのだ。こうして面倒を見ていないと、人混みの中で迷子になってしまうかもしれない。
     手を引いて身体を近づけると、彼はこちらに視線を向けた。能天気な笑みを浮かべると、やはり能天気な声で言葉を発する。
    「どうしたの?」
    「君がはぐれないように、手綱を引いてやってるんだよ。この人混みだと、放っておいたらすぐにいなくなるからね」
     視線を返しながら答えると、彼は柔らかい笑顔を見せた。嬉しそうに口角を上げると、少し弾んだ声で応える。
    「そうだね。ありがとう」
     そんな素直な言葉を返されると、僕は気まずくなってしまう。自分の意地悪な言い回しが、子供っぽいものに聞こえてしまうのだ。さすがの彼でも、僕の恩着せがましい言い方に、気がついていないわけではないだろう。この男は、僕の本心を理解した上で、心から嬉しそうに笑っているのだ。
     なんだかいたたまれなくなって、僕は青年の手を引っ張る。人で溢れた大通りを、繁華街を目指して進んでいった。とはいえ、先導する僕自身も、好きでこの人混みに突っ込んでいるわけではない。今日はデュエルモンスターズのイベントがあるとかで、この男に引っ張り出されたのだ。
     僕たちから少し離れたところに、人間が群れを成しているのが見えた。ステージを取り囲む老若男女が、舞台の上を見ようと身体を揺らしている。開始時刻が迫っているのか、ステージの上には人影が揺れている。しばらくすると、人混みの中から甲高い歓声が聞こえた。
     ステージの前に近づこうと、僕たちは駆け足で前へと進む。しかし、どれだけ足を動かしても、人混みとの距離は縮まなかった。気づいたら、大通りを行き交っていたはずの人々も、どこかへ消えてしまっていた。無人になった歩道の上を、僕は彼の手を引いて歩いている。
     明らかにおかしい状況なのだが、その時の僕は違和感を感じなかった。ただ、目の前のステージに辿り着こうと、必死に青年を引っ張っている。僕に引きずられるこの男も、一言も言葉を発しなかった。近づかないステージを追いかけるように、僕たちは淡々と歩を進める。
     その時、僕の上空で、微かに銃声が響いた。人間の耳には聞こえないくらいの、本当に微かな音である。嫌な予感が胸をよぎって、僕はその場で足を止めた。すぐ後ろを振り向くと、そこに立っている青年に視線を向ける。
     僕の嫌な予感は、最悪の形で当たっていた。背後に佇む青年は、胸元から血を流していたのだ。彼の心臓が鼓動する度に、血液が勢いよく溢れ出す。少しの間を開けてから、彼は苦しそうに胸を押さえた。
    「ううっ…………ああっ…………!」
     苦しそうに悲鳴を上げながら、彼はその場に蹲る。慌てて近くに駆け寄ると、目線が合うように座り込んだ。傷口の手当てがしやすいように、彼の体勢を変えようとする。しかし、混乱状態に陥った人間は、大人しく従ったりはしなかった。
    「大丈夫か? しっかりしろよ!」
     必死に声をかけながら、僕は無理矢理青年を寝かした。傷口を覆う手を剥ぎ取ると、服を切り裂いて覗き込む。ぽっかりと穴を空けたその傷口は、今でも血液を流している。血液を止めようと応急処置を施すが、少しも止まる気配がなかった。
    「ルチアーノ…………」
     僕の腕に抱えられた青年が、掠れた声で名前を呼ぶ。命の灯火が薄れているのを感じて、急に頭が真っ白になった。手当てをしなければと思うのだが、身体は少しも動いてくれない。今の僕にできるのは、ただ呼びかけることだけだった。
    「おい、死ぬなよ。返事しろって…………!」
     しかし、腕の中の青年は、何も答えてはくれなかった。身体が急激に冷え始めたと思うと、呼吸が浅くなっていく。彼の命の灯火は、もう僅かにしか残っていないらしい。彼の身体を抱えたまま、僕はすがるように語りかける。
    「おい! 行くなって! 帰ってこいよ!」
     そんな祈りを嘲笑うかのように、青年の身体は重みを増していく。彼がもう助からないことは、僕が一番よく分かっていた。この青年は僕に関わったばかりに、何者かに撃たれて命を落としたのだ。悲しみを自覚した瞬間から、僕の視界が曇り始める。
     大通りの真ん中であることも忘れて、僕は声を上げて泣き始めた。瞳から溢れた涙が、彼の身体へと滴り落ちていく。それは血液の赤と混ざりあって、どす黒い液体へと変わっていった。彼の身体は冷えきっているのに、血液だけは妙に温かかった。
     この男の魂は、もうこの世にはいないのだ。こんなところに一人で残されて、僕はどうすればいいのだろう。僕は死ぬこともできなければ、一人で生きることもできないのだ。深い絶望と悲しみが、胸の底から這い上がる。


     そこで、僕は目を覚ました。
     開いた瞳に入り込んでくるのは、薄暗い室内の景色だ。さっきまでの光景とのギャップに、思考システムが処理落ちを起こしてしまう。自分がどこにいるのか分からなくて、頭だけで周囲を見渡した。どうやら、僕が泊まり込んでいる、タッグパートナーの青年の部屋のようだ。
     再び布団の中に潜り込むと、僕は大きく息をついた。さっきまで目にしていた光景は、悪い夢だったのである。まだ心臓がバクバクと音を立てているし、瞼には涙が滲んでいた。彼がこの世からいなくなるなんて、考えるだけでも背筋が凍る。
     なんとか呼吸を整えると、僕は背後へと寝返りを打った。彼が生きていることを確認しないと、心から安心することができなかったのだ。目の前に横たわる背中に近づくと、音を立てないように耳を当てる。燃えるような体温が伝わって、僕の身体を温めてくれた。
     彼の身体の奥からは、ドクドクと心臓の音が聞こえる。この規則的な振動が、彼の生存を証明してくれた。現実世界に生きるこの青年は、まだ命を落としてはいない。当たり前のことではあるのだが、やはり確かめると安心した。
     もう少し温もりに触れたくて、僕はその身体に腕を回した。背中に顔を埋めると、瞳の奥から熱いものが込み上げる。喉の奥から嗚咽が溢れるのを、どうしても止めることができなかった。呼吸が苦しくなってきて、布団の中で鼻をすすった。
     静かに顔を埋めていると、彼の背中が上下に揺れた。僕に抱きつかれていた青年が、戸惑ったように身じろぎをする。背後を振り返ろうと身体を浮かせて、迷ったように動きを止めた。しばらく黙り込んだ後に、恐る恐るといった様子で声をかけてくる。
    「ルチアーノ」
    「…………なんだよ」
     僕の口から溢れる声には、少し涙が混じっていた。喉の奥が上手く動かなくて、発する声が震えてしまう。羞恥心を隠すように、僕は布団の中に顔を埋めた。呼吸が落ち着いた頃に、再び向こうから声が飛んでくる。
    「大丈夫?」
     それが何を指しているのかは、僕には分からなかった。涙を流していることについてなのか、それとも、悪い夢を見たことについてなのか。もしかしたら、そんな僕の精神状態そのものを、彼は心配しているのかもしれない。僕の精神状態を気遣うくらいには、彼は愚かでお人好しなのだ。
    「…………大丈夫に見えるかよ」
     彼の背中に顔を埋めると、僕は小さな声で答える。声が震えそうになるのを、呼吸を止めることで抑え込んだ。しかし、そんな無駄な努力をしても、彼には全てが筒抜けなのだ。しばらく迷ったように身じろぎをすると、思いきったようにこちらを振り返った。
     彼が身を捩った勢いで、僕は彼の背中から振り払われた。反射的に少し距離を置くと、彼が寝返りを打つのを待つ。僕と向い合わせの体勢になると、こちらへと手を伸ばしてきた。
    「大丈夫だよ」
     優しい声で囁きながら、彼は僕の身体を包み込んだ。大きくて筋肉質な胸の中に、僕の身体が引き寄せられていく。大人の体格をしている彼の身体は、すっぽりと僕を包み込んだ。布地越しに伝わる優しい温もりに、再び涙が滲んでしまう。
     子供のように嗚咽を漏らしながら、僕は彼の胸に顔を押し付けた。涙は次から次へと溢れて、なかなか止まる気配はない。むしろ、彼の温もりに触れたことで、さっきよりもひどくなっているくらいだ。ついさっき、僕は夢の中で、この温もりが失われる様子を見てしまったのだから。
    「大丈夫、大丈夫だからね」
     そんな僕を宥めるように、青年は小さな声で囁いた。僕の背中に手のひらを回すと、優しい手つきで上下になぞる。まるで、親が子供を寝かしつけるような、年上ぶった仕草だった。これ以上声が漏れないように、僕は必死に唇を噛む。
     僕が悪い夢を見るようになったのは、一体いつからだったのだろうか。彼との距離が近づいていくと共に、僕は恐ろしい夢を見ることが多くなった。僕のオリジナルである人間が体験した、両親との死別の記憶である。それは、僕のものではないのに、何度でも僕を苦しめるのだ。
     悪い夢から覚めた後は、僕は必ずと言っていいほど涙を流していた。胸の中が不安に満たされて、居てもたってもいられなくなるのだ。幼い子供の人格を模倣した身体は、すがるための他者を求めてしまう。でも、僕が顔を埋められるのは、彼の胸の中だけだったのだ。
    「大丈夫。僕はどこにも行かないよ」
     優しい声で囁きながら、彼は僕の背中を撫でる。時折とんとんと背中を叩くのは、僕を子供扱いしているからだろうか。彼の方が何百倍も年下だというのに、生意気な態度である。涙が止まらないことが悔しくて、唇を噛む歯に力が籠る。
     正直な話をすると、僕は少し油断していたのだ。ここ最近は悪い夢を見ることもなければ、夜中に孤独を感じることもなかったのである。いつものように彼と触れ合って、スリープモードに移る日々の繰り返しだ。たまに夢を見たとしても、それは彼との甘いやり取りだった。
    「大丈夫だよ。ご両親の代わりにはなれなくても、僕が側にいるからね」
     青年の大きな手のひらが、今度は僕の頭へと伸びてくる。彼の発する言葉を聞きながら、僕は胸の内で考えていた。彼は、僕が両親を失う夢を見て、涙を流していると思っているのだろう。しかし、僕が本当に見ていた夢は、そんな生易しいものではなかったのだ。
     僕が夢の中で失ったのは、目の前にいるこの男だったのだ。何の変哲もない日常の中で、彼は唐突に命を落とした。それは僕にとって恐ろしい出来事で、想像し得る最悪の事態だ。つまり、僕はオリジナルが親を想うように、この男の存在を想っているのだ。
     僕の涙が止まらないのは、夢の中の出来事が恐ろしかったからだけではないだろう。悪い夢から覚めた時に、僕は改めて実感したのだ。僕にとってこの男は、無くてはならない存在になってしまったのだと。最早、僕はこの男にすがらなければ、この世界を生きてはいられない。
     そうなると、辿り着くのはこの問いかけだ。人間の命は、いずれ尽きてしまうのだから。僕が命をかけて守ったとしても、彼は必ず寿命を迎える。もしその日が来たときに、僕は現実と向き合えるのだろうか。
     思考システムが作動する度に、僕の瞳からは涙が零れ落ちる。コンピューターが導き出す答えは、たったひとつだけだった。悪い夢を見ている時点で、既に答えは決まっているのだ。彼がこの世からいなくなったら、僕は絶対に耐えられない。
    「…………言うなよ」
     嗚咽の溢れる喉を押さえながら、僕は必死に言葉を吐き出す。能天気な彼の言葉に、苛立ちが募り始めていた。彼は、どうしてこんなに無責任なことが言えるのだろう。僕の孤独も知らなければ、どんな夢を見ていたのかすら知らないくせに。
    「どうしたの?」
    「そんな簡単に、大丈夫だとか言うなよ……!」
     喉の奥から声を張り上げると、彼は困ったように口を閉じた。部屋の中を沈黙が満たして、僕の背筋が凍えていく。僕が冷たい態度を取ったから、彼は愛想を尽かしてしまったのかもしれない。不安が高まっていることも相まって、思考は悪い方へと流れていく。
    「…………ごめん」
     しばらく沈黙を保った後に、彼は小さな声でそう言った。さっきとは打って変わった寂しげな声色に、僕まで胸が苦しくなってしまう。僕が黙り込んでいると、彼は静かに言葉を続けた。
    「勝手にこんなことを言われても、ルチアーノは苦しいだけだよね。僕は、ルチアーノのことなんて何も知らないのに。でも、僕はルチアーノの悲しみを減らしたかっただけなんだよ。大丈夫っていうのは、人間の魔法の言葉だから」
    「なんだよ。魔法の言葉って」
     よく分からない言い回しが出てきて、僕は口を挟んでしまった。この青年の口にすることは、時々よく分からなくなるのだ。魔法の言葉とは、一体何を示しているのだろう。魔法なんてものは、現実世界には存在しないというのに。
    「どんなことでも、前向きになることが大切なんだよ。自分が大丈夫だと思ってると、本当に全てがいい方に進むんだ。だから、僕はルチアーノにも、この言葉を贈ってあげたかったんだよ」
     熱を帯びた声で捲し立てると、彼は僕の身体を抱き締めた。不意打ちの行動に、抵抗を試みる間すらない。無防備に震えていた僕の身体は、彼の胸に押し付けられてしまう。子供のように抱き抱えられたことが、恥ずかしくて仕方なかった。
    「急に何するんだよ」
     全身を彼の温もりに包まれながら、僕は小さな声で抵抗する。彼の鼓動がはっきりと聞こえてきて、頬が熱くなるのを感じた。さっきまでは自分から抱きついていたのだが、抱き締められるのは恥ずかしいのだ。そんな僕の気を知ってか知らずか、彼は能天気な声で言う。
    「こうすれば、ちゃんと伝わるかなって思って」
     彼に全身を包まれながら、僕は小さくため息をついた。彼の突飛な行動には、いつも驚かされてばかりだ。あまりにも呆れてしまったから、いつの間にか涙も引っ込んでいた。確かに、彼のかけたおまじないには、涙を止める力があるのかもしれない。
     きっと、僕はこの先も、悪い夢を見るのだろう。彼を失う夢を見て、夜中に涙を流すのだ。焦燥感と恐怖に襲われた僕は、またしても彼の身体にしがみつく。でも、彼は何度だって、僕の孤独を受け止めてくれるのだ。
     だから、今だけは彼を信じてみることにする。彼のおまじないに身を委ねて、悲しみを思い出に変えればいい。そうすれば、僕はもう少しだけ生きていけるのだ。それが、ただの慰めでしかないとしても。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works