クリスマス クリスマスは、子供にとって夢のようなイベントだ。冬休みに入って最初の土日が来ると、地域の施設や友達の家で、クリスマスを祝うパーティーが開かれる。それは年の終わりを知らせると共に、イベントの訪れを教えてくれるのだ。冬休みの宿題は嫌だったけど、楽しみがあるなら耐えることができた。
クリスマス当日になると、子供の期待は最高潮になる。夕食にはチキンや唐揚げが並んで、食後にはホールのケーキが出てくるのだ。身支度を整えてベッドに入ると、眠っているうちにプレゼントが置かれている。幼い頃の僕は純粋だったから、サンタさんがどうやって煙突もない室内に侵入してくるのか、不思議で仕方なかったものだ。
しかし、大人になってしまうと、そんな幻想はなくなってしまう。食べ物は自分で用意しないと食べられないし、プレゼントをくれるサンタさんも、大人の元には訪れてくれないのだ。むしろ、サンタさんの正体を知ってしまったことで、関わる人々の苦労を考えてしまうようになる。そもそも、クリスマス当日だからといって、仕事や用事はなくならないのだ。
シティの中央に位置する駅に降り立つと、僕は大きく息をついた。寒空に吐き出された熱い息が、上空に白い煙を描く。まだ五時を過ぎたばかりだというのに、空は真っ暗に染まっていた。街灯とネオン看板とイルミネーションが、賑やかに夜の町を照らしている。
「すっかり遅くなっちゃったね」
迷わずにルチアーノの手を握ると、僕は人混みの中へと歩を進めた。平日夕方の中央駅は、たくさんの人で溢れている。通勤時間と被っているのか、すれ違うのはスーツ姿の男性ばかりだった。彼らが足早に向かう先には、プレゼントを待つ子供が待っているのだろう。
「隣町まで行ってたからな。それくらい時間はかかるだろ」
大人しく僕に手を引かれながら、ルチアーノは淡々と言葉を返す。構内は隙間もないほどのの人混みなのだ、手を離したらはぐれると分かっているのだろう。きっと、彼の頭の中では、僕の面倒を見ているということになっていることだろう。僕にも自覚があるから、何も反論はできなかった。
この日、僕たちは隣町へと向かっていた。有名なデュエルコートで、クリスマスイベントと称した大会があったのだ。参加者は小学生か中学生を含むタッグ限定で、勝者にはおもちゃ屋のギフト券がプレゼントされる。要するに、冬休みの子供向けイベントだった。
「そうなんだけど、もうちょっと早く帰りたかったんだよ。今日は、せっかくのクリスマスだから」
駅の外へと続く階段を降りながら、僕はさりげなく嘆いてみた。なんと、この大会への参加を決めたのは、ルチアーノの方だったのだ。何に興味を持ったのか、彼は唐突に申込書を叩きつけてきた。断る口実もなかったから、僕も彼に付き合うことにしたのだ。
「なんだよ。クリスマスを気にするなんて、君は子供みたいだな。前までの君は、デュエルさえできればそれで良かったんだろ」
咎められたことが気に入らなかったのか、ルチアーノが不満そうな声で言う。僕だって、彼が楽しんでくれたのなら、わざわざ小言を言ったりはしなかった。しかし、今日のルチアーノは、退屈そうにデュエルをしていたのだ。自分で誘っておいてそんな態度をされたら、さすがに文句も言いたくなるだろう。
「前はそうだったんだけど、今は違うんだよ。今は、ルチアーノとイベントを楽しむ方が大事なの」
はっきりと言いきると、彼は気まずそうに黙り込んだ。マフラーに首を埋めながら下を向くと、僕の後に続いて歩いてくる。不安になって横顔を覗いてみるが、機嫌を損ねたような様子は見えない。一安心しながら大通りを抜けると、いつも寄っているスーパーに向かった。
「とりあえず、チキンとケーキを買いに行くよ。これがなくちゃ、クリスマスって感じがしないからね」
クリスマスのポップに彩られた店内を通ると、僕は惣菜コーナーへと向かう。やっぱり、クリスマスの夕食と言ったら、フライドチキンとケーキだろう。近年、この手のイベント商品は、大抵のスーパーやコンビニで買えるのだ。専門店は絶対に混んでいるから、今年はここで済ませることにする。
「君って、子供よりも子供みたいだよな。大人になってもクリスマスを楽しもうとするなんて」
そんな僕の様子を見ながら、ルチアーノが呆れたような声で言った。長い時を任務のために生きてきた彼には、季節感というものがないのだろう。イベントを楽しもうと思う気持ちがないのは、少し寂しいような気がした。
「大人だからこそ、子供のイベントを楽しみたいんだよ。大きくなったら、自分にしか自分の楽しみは作れないでしょう」
「その発想が既に子供なんだよ。大人になってまで楽しいことをしようと思うなんて、子供の心が抜けてない証拠だぜ」
しかし、僕がどれだけ楽しみを語っても、ルチアーノには届かなかった。彼にとって大人の日常というものは、義務的で苦しいだけのものなのだろう。そんな認識を持つ彼にこそ、僕はイベントの楽しみを伝えたいのだ。
「大人になったからって、子供の心を忘れなきゃいけないわけじゃないんだよ。子供の頃の思い出があるから、大人は大人としていられるんだ」
そうこう言っているうちに、僕たちは惣菜コーナーへと辿り着いた。予想通り、スペースの中央に位置する大きな台には、チキンや唐揚げが並んでいた。二切れのピースが詰められた箱を手に取ると、買い物カゴの中に入れた。
「チキンは、これでいいかな。次はケーキだね」
ルチアーノに声をかけると、今度はスイーツコーナーを目指して歩を進める。すぐ近くに配置されたコーナーには、色とりどりのケーキが並んでいた。定番のショートケーキにチョコレートのケーキ、フルーツの乗ったタルトまで売られている。
「ケーキは、これでいいかな」
その中から僕が手に取ったのは、ショートケーキのピースだった。蓋の高くなった箱の中に、二切れのケーキが入っている。トッピングは生クリームと苺だけという、至極シンプルな作りのものだ。平日に食べるケーキなら、これくらいで十分だろう。
レジに向かって会計を済ませると、荷物を片手に家路へと急ぐ。スーパーで買い物を済ませているうちに、外はすっかり夜になっていた。郊外へと続く大通りには、イルミネーションも設置されていない。少し薄暗い通りは、イベントの夜には寂しく感じた。
ようやく冬本番がやって来たことで、外気は冷えきっている。肌を刺す冷気から逃れようと、僕は早歩きで通りを進んだ。野晒しにされている両の耳が、冷えてじんじんと痛んでくる。暖かい室内が恋しかった。
しばらく歩き続けると、ようやく家へと辿り着いた。玄関のドアを開けて室内に上がると、真っ直ぐにリビングへと突き進んでいく。エアコンのリモコンを手に取ると、赤外線センサーを向けてボタンを押した。微かな電子音が鳴ると共に、本体が稼働する鈍い音が聞こえた。
部屋が暖まるのを待っているうちに、今度は身支度を整える。まだほんのりと冷たいケーキを冷蔵庫に入れると、洗面所に向かって手を洗った。蛇口から流れる暖かい水が、冷気に強ばった腕を溶かしてくれる。急激に襲ってきた寒暖差で、手のひらが少し痒くなった。
再びリビングに戻ると、ルチアーノがソファに腰かけていた。機械でできている彼の身体は、手洗いでウイルスを落とす必要がないらしい。僕が身支度を整えるまで、こうしてリビングで待っているのだ。
「お待たせ。じゃあ、さっそくチキンを食べようか」
ルチアーノの背中に声をかけると、僕は惣菜のパックに手を伸ばした。中のチキンをアルミホイルに乗せると、オーブントースターで温め直す。焼けるのを待っている間に、冷凍食品のおかずとパックのご飯を温めた。
「やっぱり、僕も食べる前提なのかよ。君は物好きだな」
呆れたように呟きながらも、ルチアーノはテーブルの方へと歩いてくる。嫌がるような素振りを見せてはいるが、本心では悪く思っていないみたいだ。僕の向かいの席に腰を下ろすと、キッチンで動き回る僕へと視線を向ける。焼き直したばかりのチキンを置くと、興味深そうに覗き込んだ。
「そうだよ。こういうのは、二人で食べないと意味がないんだから」
彼の言葉に答えながら、僕は電子レンジへと向かった。解凍したばかりのおかずを引っ張り出すと、パックのご飯を突っ込んでダイアルを回す。せっかくのクリスマスだから、こっちも豪勢にハンバーグプレートを選んだ。
「僕には、食い物なんていらないのに。まあ、どうしてもって言うなら食べてやるよ」
尊大な態度で言い放つと、机の前に置かれたフォークを手に取る。器用に肉を骨から引き剥がすと、一切れずつ口の中に入れていった。対する僕はと言うと、骨を掴んで丸かじりしている。せっかく骨付きのチキンを買ったのだから、豪快に食べないともったいない気がしたのだ。
「なんだよ。その食べ方は、みっともないぞ」
ルチアーノの小言が聞こえてくるが、聞こえない振りをして聞き流した。そうこうしているうちに、電子レンジが電子音を発する。レンジから白米を取り出すと、テーブルの近くまで歩いていく。その移動の最中にも、白米を口の中に放り込んだ。
「いいんだよ。ここは家なんだから」
対抗するように言い返すと、僕は改めて箸を手に取る。白米が揃ったことで、クリスマスの食卓の用意が整ったのだ。挨拶のタイミングを逃してしまったが、そこはイベントに免じて許してもらうことにする。こういう特別な日くらいは、神様も許してくれると思った。
冷凍食品のハンバーグに手を伸ばすと、一口分を切り分けて口の中に運ぶ。温めただけのハンバーグは、さっきまで凍ってたとは思えないほどに柔らかかった。プレートという名を冠しているだけあって、トレイには付け合わせの野菜ソテーがついている。野菜としてカウントするには頼りないが、その気遣いがありがたかった。
「それにしても、肉ばかりの食事だよな。もっと野菜も食べなよ」
僕の食卓を見下ろすと、ルチアーノは呆れたように言う。いつの間に食べ終えたのか、目の前のチキンは無くなっていた。指先に残った油が気になるのか、ティッシュで指を拭っている。そんな彼の姿に視線を向けると、僕は開き直って言葉を返した。
「いいんだよ。今日はクリスマスなんだから」
再び箸を手に取ると、今度は白米へと手を伸ばす。ハンバーグの切れ端を上に乗せると、口の中に放り込んだ。味のついた肉汁と白米が混ざって、少しまろやかな味になる。次から次へと口に運んでいると、すぐに空になってしまった。
夕食が終わると、今度は食後のデザートの時間だ。食器棚から二人分のお皿を出すと、冷蔵庫からケーキを取り出した。パックを傾けないように気を付けながら、ルチアーノの待つ机へと向かう。お皿を席の前に置くと、浮き浮きした気持ちで口を開いた。
「ケーキも、ルチアーノの分を用意してるからね」
ショートケーキの側面を掴むと、倒さないように気を付けながらお皿へと乗せる。正面に座っていたルチアーノが、呆れた様子で視線を向けた。それもそのはずで、ルチアーノは甘味全般を好まないのだ。それでも、付き合ってもらえると分かっていたから、僕はケーキを二つ買ってきたのだ。
「君は、僕に嫌がらせでもするつもりかい? 僕が甘味を好まないことは、君が一番よく分かってるだろう?」
頬を膨らましながらも、彼はお皿を引き寄せる。フォークの先で生クリームをつつく彼を見て、僕はあることを思い付いた。
「せっかくだから、ちょっといい紅茶を入れようか」
キッチンへと戻ると、小さな鍋でお湯を沸かす。棚の奥から取り出したのは、ルチアーノからもらった紅茶缶だった。上層部御用達の品らしく、蓋を開けただけでもいい香りが漂ってくる。ティーポットに茶葉を入れると、熱いお湯を注ぎ込んだ。
お揃いのマグカップを並べると、少し蒸らした紅茶を注ぐ。鮮やかな赤茶色の液体が、ポットの口から溢れ出した。マグカップが満たされると同時に、白い湯気が立ち上る。注ぎたてホヤホヤの液体を、ルチアーノは平然と口に含んだ。
「まあ、これがあれば、食べられなくはないかもな」
小さな声で呟くと、彼はケーキにフォークを伸ばす。同じようにケーキを掬い上げると、僕も一口目を味わった。専門店ほどの味ではないが、これも美味しいショートケーキだ。紅茶が冷めるのを待ってから、今度はマグカップに手を伸ばす。恐る恐る傾けて口に含むと、ケーキの甘味を溶かしてくれた。
用意したケーキを食べ終えると、僕は食器の片付けを始めた。とは言っても、今日のメニューは市販品と冷凍食品だったから、洗う食器はケーキのお皿くらいだ。片付けを終えて給湯器のスイッチを押すと、後はお湯張りを待つだけになる。普段ならここでプレゼントを渡すのだが、今年は少し段取りを変えることにした。
「ごめんね。今年は大会の準備で忙しかったから、プレゼントは用意できなかったんだ」
ソファに腰を下ろすと、僕は彼に声をかける。プレゼントが無くて寂しかったのか、一瞬だけ表情を曇らせた。すぐにいつもの顔に戻ると、淡々とした調子で言葉を紡ぐ。
「そうか。まあ、大会の方が大事だからな。仕方ないさ」
平然を装ってはいるものの、寂しがっていることがバレバレだった。何だかんだ言いながらも、彼はプレゼントを楽しみにしていたのだろう。本当は用意しているのだが、ここでバラしてしまうのは勿体ない。痛む心を抑えながら、喉まで出かかった言葉を押さえ込んだ。
しばらく時間を潰しているうちに、給湯器が軽快なメロディを流す。隣に座っていたルチアーノが、おもむろに腰を上げた。
そこからは、いつもと変わらない日常の一場面だった。ルチアーノがお風呂から上がってくると、入れ替わりに僕が洗面所に向かう。お風呂から上がった後は、僕の部屋に移動して時間を潰すのだ。ベッドの上に横たわっていると、ルチアーノは小さな声で言った。
「今日は、しないのか?」
彼の口から出た言葉に、僕はびっくりしてしまった。彼がスキンシップを誘ってくるなんて、滅多に無いことなのだ。しかし、今日の僕は、彼と身体を重ねるつもりはなかった。ここで体力を使ってしまったら、夜まで起きていられなくなってしまう。
「今日はしないよ。遠出して、ちょっと疲れちゃったからね」
「そうかよ」
僕が答えると、彼は寂しそうな声で答えた。震えるような微かな声色に、再び罪悪感を感じてしまう。後ろめたさを隠すように、僕は彼に囁いた。
「ごめんね。その代わり、明日いっぱいしてあげるから」
隣に横たわる背中からは、何も言葉は帰ってこない。しかし、ここから微かに見える耳は、ほんのりと赤色に染まっていた。そんな彼の姿を眺めながら、僕は部屋の電気を消す。しばらく眠った振りをしていると、隣から寝息が聞こえてきた。
ルチアーノがスリープモードに移行したことを確認してから、僕はゆっくりと布団から出る。足音を潜めて押し入れに向かうと、隠していたプレゼントを取り出した。音を立てないようにベッドに戻ると、枕元にプレゼントの袋を置く。無事にミッションを遂行させると、僕は布団の中に潜り込んだ。
眠りの世界に入りながらも、僕はぼんやりと考える。ルチアーノは、僕よりも起きるのが早いのだ。枕元に置かれているプレゼントを見たとき、彼はどんな反応をするのだろう。彼の様子を想像すると、楽しみで仕方なかった。
翌日、僕が目を覚ますと、隣にルチアーノの姿はなかった。枕元に置いていたプレゼントも、跡形もなく姿を消している。どうやら、彼はプレゼントに気がついて、僕の部屋から持ち出したみたいだ。いったい、どんな反応を見せてくれるのか、期待に胸が高鳴ってしまう。
足早にリビングに向かうと、そこにはルチアーノの姿があった。テレビの前に腰を下ろして、据え置きのゲーム機を広げている。彼が操作しているソフトこそが、僕からのクリスマスプレゼントだった。
「おはよう。ルチアーノ」
背後から声をかけると、彼はこちらを振り返った。しかし、それは一瞬だけで、すぐに前に視線を戻す。
「やっと起きたのか。全く、君はいつも変なことばかり考えるよな」
恐らく、彼が言っているのは、僕からのクリスマスプレゼントのことだろう。彼に本当のクリスマスを体験してほしくて、わざわざ枕元に置いたのだ。僕も誤魔化すのは得意ではないから、薄々は感づいていただろう。それも含めて、クリスマスの醍醐味というものだ。
「びっくりした? これが、本来のクリスマスなんだよ。起きたら枕元にプレゼントがあるって、すごく嬉しいと思わない?」
「子供じゃないんだから、こんなもので喜んだりしないよ。まあ、せっかく君が用意したものだから、一応受け取ってやるけどな」
テレビ画面に視線を向けたまま、彼はぶっきらぼうな態度で言う。何だかんだ言っても、ゲームで遊んでいるということは、嫌ではなかったのだろう。微笑ましい気持ちで眺めていると、彼は小さな声で呟いた。
「実は、昨日の大会参加は、君へのプレゼントのつもりだったんだ。君は、僕と一緒にイベントに参加するのが楽しいって言ってただろ。だから、思い出を作ってやろうと思ったんだ」
彼の口から零れた言葉に、僕は一瞬だけ言葉を失う。てっきり、彼がクリスマスに予定を作ったのは、クリスマスらしい過ごし方を避けるためだと思っていたのだ。しかし、本当はその逆で、僕を喜ばせようとしていたらしい。不器用な彼らしい行動に、愛おしさが込み上げてきた。
「そうだったんだ。ありがとう」
お礼の言葉を返すと、彼は恥ずかしそうに頬を染める。いろいろあったけど今年のクリスマスも、楽しい思い出になったみたいだ。僅かに口角を上げながら、僕は朝食を取りにキッチンへと向かった。