福袋 お正月と言ったら、初売りの季節だ。ショッピングモールは初売りセールを開催し、こぞって店頭に福袋を並べる。最近はオンライン販売が主流なのだが、細々と店頭販売も続いているらしい。親世代やそれ以上の年齢の人々は、インターネットだと分かりづらいそうなのだ。今もテレビで情報を得て、町に買い物に出ている。
そうやって世間を賑わす初売りも、僕たちにはあまり関係がなかった。ネットニュースとして流れてくる福袋の情報も、右から左に流すだけである。僕は買い物を趣味にしていないから、特別ほしいものもなかったのだ。食べ物は二人だと食べきれないし、新年だから服を新調しようという発想もなかったのである。
しかし、そんな僕にも、ひとつだけ気になる福袋があった。各社のカードショップが販売する、中古カードのまとめ売りである。オリジナルパックやブロック販売と言われるこの手の商品は、常日頃から店舗の片隅に置かれている。それゆえに、福袋と称して売られているものは、通常商品よりも中身が豪華になるのだ。
その日、僕が訪れたカードショップに並んでいたのも、そのような福袋のひとつだった。人通りの少ない小さな店舗の、ストレージボックスの並ぶ棚の片隅に、その包みは置かれていた。見たところ数十枚のカードが束ねられていて、表面に目玉カードが詰められているらしい。めぼしいものは既に売り切れているのか、見えているのはよくある汎用カードだけだった。
とはいえ、そこに見えているカードも、そこそこの値が貼る品だった。カード名の下に貼られている手書きの値札は、かなりお値打ちに設定されている。開けるまで中身が何かは分からないが、この量のカードをバラで買おうとすると、この価格では収まらないだろう。そこまで高額なパックでもないし、買ってみる価値はあると思った。
棚の奥に手を伸ばすと、二つだけ積まれていた包みを持ち上げる。ケースの裏に隠れて見えなかったが、下も福袋であるようだった。どちらも同じカードが目玉商品で、価格も同じに設定されている。両方を奥から引っ張り出すと、両手に抱えて見比べた。
「何を見てるんだよ」
こちらに視線を向けると、ルチアーノが呆れたように言葉を紡ぐ。両手にパックを抱える僕の姿は、確かに滑稽と言えば滑稽だろう。彼はカードを買ったことが無いくらいだから、ブロック販売のことも知らないようだった。
「これは、デュエルモンスターズの福袋だよ。ストレージに入ってたカードが、こうやってまとめて売られてるんだ。一枚目のカードがサービスカードになってて、後は運試しって感じだね」
手にしたブロックを差し出すと、僕はルチアーノに説明する。手の上に乗っているカードの塊を、彼は恐る恐る手に取った。OPP袋でしっかりと包装されたカードを、くるくると回しながら確認する。どれだけ視線を巡らせたとしても、中に何が入っているかは分からないだろう。
「これが、デュエルモンスターズの福袋なのか? こんなに束ねられてたら、中身が分からないじゃないか」
ブロックを僕に押し付けながら、ルチアーノはそんな言葉を吐く。やはり、神の代行者としての知識しか持たない彼には、福袋というものが分からないようだった。本来、企業の福袋というものは、中身の分からないものなのである。近年は中身の分かるものが主流になっているが、やはりドキドキ感も大切なのだ。
「だからいいんだよ。福袋っていうのは、一年の運試しをするためのものなんだ。いいものが入ってるかもしれないと思いながら買うから、こういうのは楽しいんだよ」
真剣にブロックを見比べながら、僕は説明の続きを語る。しかし、当のルチアーノは、半ば呆れたような表情をしていた。ブロックを選ぶ僕を横目で眺めながら、小さな声で呟いている。
「要するに、企業の売れ残り処分ってことだろ。まんまと乗せられるなんて、君たち人間は滑稽な生き物だな」
彼の辛辣すぎる言葉選びに、僕は思わず苦笑を浮かべてしまう。彼の物言いは間違っていないが、あまりにも情緒が足りなかったのだ。機械として産み出された彼には、人間の情緒というものが分からないのだろう。
「そんなこと言わないでよ。日本には『残り物には福がある』って言葉があるくらいなんだから。福袋だからって、中身が悪いものだとは限らないんだよ」
なんとか言葉を並べるが、ルチアーノを納得させるには足りなかった。一切の興味を示していない彼は、冷めた瞳で僕を見上げている。こうなったら、あまり長く悩んでいることはできない。ブロックの片方を手に取ると、僕はレジへと向かった。
「変なもの買いやがって。後悔しても知らないぞ」
僕の後に続きながら、ルチアーノは小さな声で囁く。彼の言葉を聞き流しながら、僕はショップの外へと出た。しばらく買い物をしていたから、繁華街はいい感じに日が暮れている。カードで重くなった鞄を抱えると、僕は家路へと歩を進めた。
その日の夜、身支度を済ませて自室に引き上げると、僕は鞄に手を伸ばした。蓋を開けて中に手を突っ込むと、カードのブロックを引っ張り出す。学習机に付属した椅子に腰をかけると、背後からルチアーノが近づいてきた。
「やっと開けるのか。何が出るのか、この目で見届けてやるぜ」
にやにやと笑みを浮かべながら、ルチアーノがそんなことを言う。ブロックを買うことには否定的だったものの、その中身は気になるようだった。僕の隣から顔を出すと、包みを開ける手元を見ている。
「言っておくけど、あんまり期待しないでね。こういうのは、ランダムで入ってるものだから」
貼り付けられたテープを剥がしながら、僕はそう前置きする。この手のオリジナルパックの中身は、大抵が昔の汎用カードなのだ。ショーケースにあるような高価なカードは、入っていたらラッキーなくらいである。下手に期待をしていると、開けた後にがっかりすることになってしまう。
「分かってるよ。所詮は売れ残りなんだからな」
くすくすと笑みを溢しながら、ルチアーノは僕の耳元で囁く。からかうような声色を聞いていると、本当に理解しているのか疑わしくなる。まあ、買ったのは僕なのだし、彼が機嫌を損ねることはないだろう。丁寧に包装を開くと、中のカードを机に広げる。
やはり、袋の中に包まれていたのは、少し昔のカードがほとんどだった。モンスターと魔法と罠が、それぞれ十枚ずつ入っている。それはカテゴリーを持っているものもあれば、全く関係のない汎用カードだったりした。カテゴリーや効果ごとに分けながら、一枚ずつ机の上に並べていく。全てを並べ終えると、僕は机の上を見下ろした。
「まあ、こんな感じかな。良くも悪くもなかったよ」
ルチアーノの様子を窺いながら、フォローするように言葉を紡ぐ。パックを買い慣れていない相手には、この結果は物足りなく感じるだろう。案の定、隣から覗き込んでいた彼は、退屈そうな声で呟いた。
「いかにも売れ残りって感じだな。……それで、このカードはどうするんだよ」
「使えそうなものは使うけど、そうじゃなかったらストレージに入れるよ」
何気なく言葉を返すと、彼は呆れたようにこちらを見る。大きく息を吐くと、今日一番の呆れ声で言った。
「結局、要らないものが増えただけかよ。無駄遣いしやがって」
飛んでくる辛辣な言葉に、僕は苦笑いを浮かべてしまう。やはり、ルチアーノにとって、パック購入は理解のできない文化らしい。まあ、デュエルモンスターズのプレイヤーでも躊躇うことがあるのだから、神の代行者である彼にはもっと縁の無いものなのだろう。
「無駄じゃないよ。こうやってカードを集めてたら、いつか使う日が来るかもしれないんだから。それに、このカードを安く買えたしね」
ルチアーノの言葉に答えながら、僕は一枚のカードを持ち上げる。パックの目玉商品になっていた、少し値の張る汎用カードである。これは二枚しか持っていなかったから、僕にとって大きな収穫である。それだけで、僕はいい買い物をしたと思えるのだ。