額 布団の中に潜り込むと、僕は前の方へと手を伸ばした。シーツの上を撫でるように手を滑らせると、目の前に横たわる背中に触れる。様子を窺うようにそこを撫でてみるが、抵抗される気配はなかった。大丈夫そうなことを確認すると、今度は上の方へと手を伸ばした。
首筋を伝うように手のひらを回すと、周囲を流れる髪に指をかける。腰まで届くほどに長い赤毛は、川のように僕たちの間を流れていた。指を櫛のようにして通してみると、引っ掛かることなくさらさらと流れていく。まるで作り物のように綺麗なのは、彼の身体が本当に作り物だからだろう。
髪の流れを堪能するように、僕は彼の頭に指先を這わせる。手入れの行き届いた長い髪は、高級な布のような感触がした。トリートメントをしっかりとつけているのか、揺れる度にいい匂いが漂ってくる。こうして後ろ姿だけを見ていると、女の子と一緒に眠っているみたいだ。
気が済むまで髪の揺らめきを堪能すると、今度は頭部へと指を伸ばした。手のひらに収まりそうなほど小さな頭を、右の手のひらで包み込む。さすがにこれは嫌だったのか、彼は頭を振って手を落とした。僕が一度手を引っ込めると、向こうから小さな鼻息が聞こえてくる。
再び手のひらを伸ばすと、今度は手のひらで頭に触れた。髪の流れに沿うようにして、そっと頭頂部を撫でてみる。今度は嫌じゃなかったのか、強引に振り払われることはなかった。彼からの抵抗がないのをいいことに、存分に頭のぬくもりを堪能する。
しばらく頭を撫でてみたが、ルチアーノからの反応はなかった。彼は神の代行者という立場だから、こうして他人に甘やかされるのは恥ずかしいのだろう。それに、人智を越えた力を持つ彼にとって、僕たち人間は格下の存在なのだ。目下の相手に行動を起こすなど、度の過ぎた振る舞いだと思っているのだろうか。
彼のそんな事情が分かっているから、僕も言葉を催促するようなことはしない。こうして大人しく受け入れてくれているだけで、僕にとっては充分すぎるほどの幸せなのだ。本来であればあり得ないであろう行動を、彼は僕にだけ許してくれている。その事実が嬉しくて、ついつい丁寧に頭を撫でてしまう。
慈しむように頭を撫でていると、指先に固いものが当たった。その正体を探るように、僕は前の方へと手を伸ばす。彼の頭の上の方、ぴょんぴょんと跳ねた特徴的な毛束の下に、固くてつるつるとしたものが埋め込まれている。何度か指先で撫でているうちに、ようやくそれが宝石のようなものだと分かった。
「…………なんだよ」
僕の行動が気に触ったのか、ルチアーノが不満そうな声を漏らす。湿っぽい響きにびっくりして、慌てて触れていた手を離した。僕が様子を窺っていると、ルチアーノは再び口を開いた。
「どうしたんだよ。急に」
咎めるような声色が飛んできて、僕は再び口を閉じる。なんだか嫌な予感がして、手のひらが少し汗ばんできた。ここで返答を間違えたら、彼は機嫌を損ねるだろう。少し考えてから、僕はなんとか言葉を返した。
「ちょっと気になっちゃって。ルチアーノの身体は柔らかいのに、ここだけゴツゴツしてるから」
緊張しながら言い終わると、黙ってルチアーノの反応を待つ。僕の言葉が気に入らなかったのか、彼は黙りこんだままだった。自分の失敗を悟って、胸の奥が焦りに満たされていく。何かを言うべきか考えていると、唐突に向こうから声が聞こえた。
「気持ち悪いこと言うなよ」
「…………ごめん」
湿っぽい声色で告げられて、僕は反射的に謝ってしまう。自分の失言で機嫌を損ねたことは、考えなくても理解できた。他人の身体のことに触れるなんて、デリカシーのない発言だっただろう。恋人関係になっていなかったら、すぐにでも始末されていたかもしれない。
ルチアーノの気配を窺いながら、僕は布団の中で手を滑らせる。指の先に残っているのは、額の固い感触だった。真っ白な肌に浮かぶ青い固まりは、彼の姿の中では少し異様だ。日中に何度も見てはいるものの、それが何かは分からないままだった。
布団の中で横になったまま、僕はぼんやりと考える。彼の額の宝石は、いったい何なのだろうか。彼がアンドロイドであることを考えると、機械システムか何かなのかもしれない。一度考え始めたら、気になって仕方なくなってしまった。
「ねえ」
「なんだよ」
恐る恐る声をかけると、投げやりな声が返ってくる。面倒臭そうな響きをしてはいるが、機嫌を損ねているわけではなさそうだった。僅かな希望にすがるように、様子を窺いながら問いかける。
「もっと、触ってもいい?」
「好きにしろよ」
彼の返答を聞くと、僕はゆっくりと手を伸ばした。こうして許しを得たからには、好きに触っても構わないのだろう。再び頭に手を触れると、前髪の下へと指先を這わせる。下の宝石に触れると、そのまま指先で擦ってみた。
宝石の表面を撫で回しながら、指先の感覚に集中する。つやつやとしていて固い感触は、柔らかい身体の中では異質だった。石と同じような素材でできているのか、触れると少しひんやりする。好奇心のままに輪郭をなぞってみたが、肌との境目は分からなかった。
探るように指を動かしていると、ルチアーノが小さく身じろぎをした。身体の一部を撫でられているのだから、相当の羞恥心を感じているのだろう。手を振り払ったりしないということは、嫌悪感を感じているわけではないはずだ。そう思って指先を動かしていると、彼の身体に明確な異変が起きた。
「んっ…………」
ルチアーノの唇から、微かな吐息が零れ落ちた。それと全く同じタイミングで、彼の身体が小さく跳ねる。突然のことにびっくりして、僕は慌てて指先を離した。心臓がバクバクと音を立てて、身体が熱くなる感覚がした。
「どうしたの?」
反射的に問いかけを投げるが、返事は返ってこなかった。機嫌を損ねたのではないかと思って、身体に冷たい汗が流れる。しかし、当のルチアーノは、僕の行動を気にしているわけではなさそうだった。しばらく間を開けると、消え入りそうな声で言葉を返す。
「…………えっち」
「…………え?」
予想外の言葉が飛んできて、僕は口を開けてしまった。僕は彼の頭を撫でただけで、何も変なことはしていないのである。もしや、それは僕が思い込んでいるだけで、彼にとっては愛撫に等しいものだったのかもしれない。考えたところで、真実は何も分からなかった。