お手伝い 町を歩いていたら、牛尾さんの姿を見かけた。ルチアーノに断りを入れると、彼の元へと歩み寄る。声をかけると、驚いた様子で振り向いた。
「○○○と、ルチアーノか。声をかけてくるなんて珍しいな。どうしたんだ」
牛尾さんは僕とルチアーノを交互に見た。確かに、僕がルチアーノを伴って牛尾さんに声をかけることはほとんどない。ルチアーノはシグナー陣営が嫌いだし、シグナーもルチアーノのことを良く思っていないからだ。
「牛尾さんに、借りてるものがあったから。忘れる前に返そうと思ったんだ」
そう言うと、僕は鞄の中を探った。中から、軍手と植物用の鋏の入った袋を取り出す。受け取ると、彼は合点が言ったという顔をした。
「ああ、これか。別に、次の機会で良かったんだぜ」
「早めに返しておこうと思ったんだよ。一度忘れたら、なかなか思い出せなくなるでしょ」
言葉を交わす僕たちを、ルチアーノは斜め後ろから眺めていた。眉をぴくりと動かすと、間に割り込むように聞いてくる。
「君たち、何の話をしているんだい? 密談なら僕も混ぜてくれよ」
僕は、片手でルチアーノを制した。牛尾さんが困ったように苦笑いを浮かべる。密通を疑われていることは、一目瞭然だった。
「そういうのじゃないよ。人手がほしいって頼まれて、お手伝いに行ってたんだ。道具を貸してもらったから、忘れないうちに返そうと思ったんだよ」
「○○○が来てくれて助かったよ。なんせ、あっちは男手が足りないからな」
僕の返事に、牛尾さんも言葉を足してくれた。ルチアーノは目を細めて僕たちの話を聞いている。納得しているかは分からないが、噛みつくつもりはないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。
「で、次はいつ来てくれるんだ? かわいこちゃんたちが待ってるぜ」
安心したのも束の間、牛尾さんはとんでもないことを言い出した。ルチアーノの目が吊り上がる。僕は、慌てて牛尾さんに駆け寄った。
「ちょっと、牛尾さん……!」
口を挟もうとすると、耳元に口を寄せて囁く。
「まあ、見てな。上手くいけば、あいつをマーサの家に連れていけるかもしれねぇ」
その言葉で、僕にも牛尾さんの考えが分かった。彼は、ルチアーノをマーサの元に連れていこうとしているのだ。僕が連れていかれた時も、同じ手口を使っていた。
「なんだよ。かわいこちゃんって。本当は疚しいことでもあるんじゃないか?」
思った通りに、ルチアーノは疑いを向けてくる。口角を上げると、牛尾さんは誤魔化すように言った。
「それは、俺の口からは言えねぇな。守秘義務ってもんがある」
「ちょっと、牛尾さん」
慌てたふりをして、僕も口を挟んだ。ルチアーノは眉根に皺を寄せている。不機嫌そうな表情を見て、牛尾さんは僕たちから距離を取った。
「空いてる日があったら教えてくれよ。じゃ、俺はこれで」
僕たちに背を向けると、通りの奥に去って行く。その後ろ姿を見送ると、ルチアーノは僕を見上げた。
「君、何か隠しごとしてるだろ。全部白状してもらうからな」
ルチアーノが僕に詰め寄る。何も疚しいことは無いのに、雰囲気で緊張してしまった。
「別に、何もないよ。ただのお手伝いなんだから」
「何の手伝いなんだよ。かわいこちゃんなんて言うくらいだから、女ばかりの場所なんだろ。そんなものにうつつを抜かして、デュエルに支障が出たら困るじゃないか」
頬を膨らましながら、彼は不満を口にした。本心なのか建前なのかは分からないが、僕が女の子と会っていることが気に入らないらしい。彼には関係ないことにも思えるが、引っ掛かることがあるのだろう。
「じゃあ、ルチアーノもついてくる? 」
思い付いたように言うと、彼は不意を付かれたように顔を上げた。僕を真っ直ぐに見ると、目を真ん丸に見開く。
「へ?」
「気になるなら、一緒に行こうよ。噂の女の子たちにも会えるよ」
さすがに違和感を感じたのか、ルチアーノは顔をしかめた。
「いいのかよ。あんなに慌ててたから、隠したいことだったんじゃないのか」
「いいよ。どうせバレるんだろうし、早めに明かしておかないと、後が怖いから」
ここだけは、偽りの無い本心である。牛尾さんと交流があることも、マーサの家に通っていることも、長くは隠してはいられない。いつかは話さなければいけないと思った。
「ふーん。随分物わかりがいいじゃないか。まあいいや、連れていけよ」
少しだけ疑いを残しながらも、ルチアーノはそう言ってくれた。後は、日付を決めるだけだ。大会前日のようなわくわくを感じながら、僕は手帳を開いた。
待ち合わせに選んだのは、治安維持局の近くだった。人で溢れる大通りのベンチに、ルチアーノと二人で腰をかける。しばらく待っていると、建物の方から牛尾さんがやって来た。
「よお、○○○。いつもありがとな。……今日は、ルチアーノもいるのか」
隣のルチアーノに目を留めると、初めて知ったと言う様子で言う。自然な演技だった。治安維持局職員というのは、嘘が必要なのだろうか。
「今日は、かわいこちゃんとやらのところに行くんだってな。どんな場所か見せてもらうぜ」
ルチアーノの言葉に、牛尾さんは苦笑いを浮かべる。ここまで執着されるなんて、彼にとっても予想外だったのだろう。
「分かったよ。そんな怖い顔するなって」
Dホイールに乗ると、繁華街からハイウェイに乗った。ダイダロスブリッジを抜けて、旧サテライトエリアへと走っていく。僕の後で、ルチアーノが周囲を見渡した。
「サテライトかよ。いかにもって感じだな」
「そんなんじゃないよ」
僕は苦笑いしかできなかった。ルチアーノは盛大に勘違いをしているのだ。僕たちが向かうのは、怪しいお店なんかではないのだから。
市街地を抜け、住宅街に入ると、僕たちはDホイールを停めた。目の前には、大きな家が立っている。牛尾さんが先頭に立って、家のドアをノックした。
しばらくすると、家の中から足音が聞こえてきた。ドアが開いて、恰幅のいい女性が姿を現す。後ろからは、たくさんの子供たちが顔を覗かせた。
「手伝いに来たぜ。今日は、庭の剪定の続きで良かったよな」
牛尾さんが声をかけると、マーサはにこりと笑顔を浮かべた。僕たちを交互に見て、包み込むような声を発する。
「また来てくれたんだね。待ってたよ」
「こんにちは」
答えながら、僕はルチアーノの背中を押した。よろよろとした足取りで、ルチアーノがマーサの前に歩み出る。その姿を視界に捉えると、気遣うように声をかけた。
「おや、その子は?」
「僕の友達なんだ。僕のお手伝いが気になるって言うから、連れてきたんだよ」
答えると、僕は後ろにいる子供たちに視線を向けた。彼らは、少し離れたところから僕たちの様子を窺っていた。ルチアーノのことが気になるらしい。
「そうかい。ここには年の近い子がいるから、たくさん遊んでいきな」
家に上がると、ルチアーノが僕の服の裾を掴んだ。耳元に顔を近づけると、ひそひそ声で言う。
「なんだよ、ここは」
「僕のお手伝い先だよ。さっきの女の人は、サテライトに住む親のいない子供たちの面倒を見てるんだ。僕と牛尾さんは、たまにお手伝いに来てるんだよ」
「かわいこちゃんって、あいつらのことなのか? 君たちは、僕を騙したのかよ」
ルチアーノの問いに、僕は答えられなかった。駆け寄ってきた子供たちが、僕たちの間に入って来たのだ。あっという間に、僕たちは子供に囲まれてしまった。
「ねぇ、君はどこに住んでるの?」
「名前は? なんて呼べばいい?」
「一緒に遊ぼうよ」
口々に質問されて、ルチアーノは困ったように子供たちを見る。助け船を出すように、横から口を挟んだ。
「この子は、ルチアーノだよ。デュエルが得意だから、一緒に遊んであげてね」
「おい、ちょっと待てよ……!」
ルチアーノが口を挟むが、僕は聞き入れなかった。ついてきたのはルチアーノなのだ。子供たちと遊ぶことは、彼にとってもいい洗礼になるだろう。
「じゃあ、僕は牛尾さんのお手伝いをしてくるから、子供たちと遊んで待っててね」
一方的に告げると、子供たちに背を向けて歩き出す。
「おい、待てってば!」
後ろからルチアーノの声が聞こえたが、僕は振り返らなかった。まずはお仕事だ。子供たちと遊ぶのは、その後でいい。
僕の姿を見ると、牛尾さんは手招きをして呼び寄せた。広い庭は、まだ半分くらいが雑草に覆われている。植えられた植物も伸びていて、手入れが必要だった。
「あいつの面倒は、見なくてもいいのか?」
雑草を引っこ抜いていると、不意に牛尾さんが尋ねた。少しだけ顔を上げて、簡潔に返事を返す。
「大丈夫だよ。ルチアーノは、一応は治安維持局所属の職員だし。予想外なことには慣れてるでしょ」
言葉を選びながら、僕は返事をする。ルチアーノの本職は、治安維持局長官である。しかし、それは副長官と長官代理しか知らないトップシークレットだ。気軽に話していいことではなかった。
「そうらしいな」
そう言うと、牛尾さんは再び手を動かす。しばらく作業を進めると、雑賀さんが帰ってきた。三人で協力しながら、二時間ほどかけて庭を綺麗にする。
「こんなもんでいいかな」
そう言うと、雑賀さんは額の汗を拭った。道具を片付けながら家へと入ると、マーサがお茶とお菓子を用意していた。労働の後のおやつは、格別のご褒美だ。ありがたくいただくことにする。
「いつもありがとうね。助かるよ」
「礼を言われるようなことじゃねぇよ。これは、俺がやりたくてやってることだから」
マーサの言葉に、牛尾さんは謙遜するように首を振った。彼は、いつもこんな感じなのだ。かつての自分に、罪の意識を感じているのだろう。
お茶菓子を食べていると、別の部屋へと部屋からルチアーノが入ってきた。呑気にお茶をする僕たちを見て、不満そうに頬を膨らませる。
「何してるんだよ。僕を放ったらかしにしてさ」
そう言う彼は、隣に年下の女の子を連れていた。なつかれてしまったのだろう。彼は、中々にモテるのだ。
「ごめんね。僕にも、いろいろやることがあったから」
「あんなことを言って騙してくれてさ。後で覚えてろよ」
「まさか、騙されるなんて思わなかったから。ごめんね」
謝ると、彼は僕の手を握った。ぐいぐいと引っ張って、子供たちの輪へと連れていく。
「ほら、○○○が来たぜ。デュエルをしてくれるってさ」
ルチアーノが言うと、子供たちが嬉しそうに駆け寄ってくる。あっという間に、二対二のタッグデュエルをすることになった。
かなり手加減をしながら、子供たちのデュエルの相手をしていく。次から次へと子供たちはやって来るから、へとへとになるまで相手をさせられた。
「だらしないなぁ。こんなことでへばるなんて」
肩で息をする僕を見て、ルチアーノはにやにやと笑う。完全に策に嵌められたようだ。ちょっと悔しいが、ここはお互い様だろう。
「おい、そろそろ帰るぞ」
隣の部屋から、牛尾さんの呼ぶ声が聞こえた。子供たちに別れの挨拶をして、マーサのいる部屋へと向かう。僕たちの姿を見ると、彼女はにこりと笑った。
「今日は、ありがとうね。また、いつでもおいでよ」
「うん。また、お手伝いに来るね」
「ルチアーノくんも、いつでも来ていいからね」
マーサの言葉に、ルチアーノは困ったように俯いた。人の愛情に触れるのが初めてなのだろう。戸惑っているのが伝わってくる。
「また連れてくるから、その時はよろしくね」
僕が代わりに答えると、ルチアーノは僅かに表情を崩した。勝手に決めるなよ、と、小さな声で呟いている。
Dホイールに乗ると、僕たちはハイウェイに乗った。海の気配を感じる風を浴びながら、ダイダロスブリッジを駆け抜ける。
ルチアーノは、子供と遊んだことがあるのだろうか。不慣れな態度を見る限り、きっと無いのだろう。今日の経験が、彼にとっていいものになってくれたらいいと、心の隅で思った。