褒める カードショップから出ると、僕は大きく息を付いた。ここでも、目的のものは入手できなかったのだ。大きく肩を落とすと、トボトボと路地を歩き出す。
ショップに入ったのは、今ので六軒目だ。朝からカードショップを片っ端から回っているのに、それは見つからなかった。それもそのはずである。僕の探しているアイテムは、限られた数しか生産されていないレア中のレアなのだから。
「もう諦めなよ。こんなに回ってなかったんだから、どこにもないって。君だって分かってるんだろう」
隣から、ルチアーノの厳しい声が聞こえてくる。彼の言うことは最もである。しかし、僕は諦められなかった。
「この通りには、まだ見てないカードショップがあるでしょ。そこに行ったらあるかもしれないよ。試してみないと分からないんだから」
そう言うと、僕はルチアーノの手を引いて歩き出す。呆れ顔をしながらも、彼は僕の後に続いた。駄々をこねる子供を見るような目で僕を見る。
「どこに行っても、無いものは無いと思うけどな。まあ、それで気が済むなら行けばいいんじゃないか」
大人のような物言いに、少しだけ自分が恥ずかしくなる。しかし、レアアイテムには代えられないのだ。ルチアーノを引き連れて、商店街の先に向かう。
目的のお店は、大通りを少し反れた路地裏にあった。こじんまりとした建物の中に入っているから、初めて来た人はなかなか気づかないのだ。他のお店では見ないようなカードが並んでいたりして、なかなかの穴場なのだ。
建物の階段を上ると、お店の中に入っていく。いつのまにか顔見知りになった店員さんに、限定アイテムの在庫を尋ねた。申し訳無さそうな表情を浮かべると、声のトーンを落として言う。
「申し訳ないんですけど、あのセットは入荷してないんですよ。うちは小さな店舗ですから、人が殺到したら捌ききれないんです」
「そうですか……」
トボトボと戻ってくる僕を見て、ルチアーノが呆れたようにため息を付いた。子供を見るような視線を向けると、気のない声で言葉を発する。
「だから言っただろ。どこに行っても、無いものは無いって」
「そうだね。…………じゃあ、帰ろうか」
明らかに気落ちしている僕を見て、彼は呆れの色を濃くする。本気で僕の気持ちが分からないようだった。
だって、そのアイテムは世界で五万セットしか販売されていない限定アイテムなのだ。歴代有名決闘者のエースモンスター、その特別加工カードがセットになった、プレミアムな一品なのである。大会を志すデュエリストなら、誰もが欲しがるアイテムだった。
僕だって、何もうかうかしていた訳ではない。先行抽選だって申し込んだし、当日のインターネット抽選も申し込んだ。それでも不安だったから、店舗の抽選も三店舗分申し込んだのだ。しかし、その全てが、落選の結果を出してしまったのである。
ショックだった。これだけ申し込んでおけば、ひとつくらいは当たると思っていたのだ。ここは、デュエリストの集まる町、ネオドミノシティである。限定アイテムだって、大半がこの町に入荷されるのだろう。そんなことを思っていたのだ。
しかし、どれだけお店を巡っても、そのアイテムは見つからなかった。抽選が終わっていたり、そもそも入荷されていなかったりしたのだ。僕の甘い考えは、根本から砕かれてしまった。
家に帰ると、ソファの上に倒れ込んだ。ショックが大きすぎて、油断すると涙が出そうになる。くしゃくしゃになった顔を見られないように、視線を下に向けた。
「そんなに悔しかったのかよ。限定アイテムなんて、そのうち再販されるだろ。その時に買えばいいじゃないか」
呆れを隠さない声色で、ルチアーノは言う。何も分かっていない発言に、不快感を感じてしまう。そんなつもりはないのに、返す言葉にトゲが刺さってしまった。
「これは、今回だけの限定なんだよ。今を逃したら、絶対に手に入らないんだ。次はないんだよ!」
頭上から、ルチアーノが息を飲む声が聞こえた。沈黙が室内を満たす。気まずくなった頃に、彼が言葉を発した。
「…………悪かったよ」
空間が揺らぐ気配がして、ルチアーノがどこかへと去っていく。大人げない反応をしてしまったことに、自己嫌悪を感じて心が重くなる。ルチアーノを傷つけてしまったこともそうだが、彼に気を使わせてしまったことが、何よりも悔しかった。
それから数日の間、ルチアーノは僕の元を訪れなかった。それもそのはずだ。僕たちは喧嘩別れしたのだから。感情のままに言葉を吐いて、彼を傷つけてしまった。彼が一番嫌がることを、僕はやってしまったのだ。
ルチアーノに謝りたかった。どんなに大人びていたとしても、彼の根底は幼い子供なのだ。その事を忘れて、本気で喧嘩に持ち込んでしまった。なんて大人げないことをしてしまったのかと、心の底から反省していた。
僕は、ルチアーノの来訪を待った。僕の方から会いに行っては、彼の気持ちを乱してしまうだろう。気が向くまで待とうと思ったのだ。
待って待って待ち続けて、ようやくルチアーノは僕の家を訪れた。気まずそうにリビングに降り立つと、視線を合わせずに僕の方を見る。もごもごと口を動かすと、小さな声で謝った。
「…………この前は、悪かったよ」
「僕も、悪いことしたと思ってるよ。ひどいことを言ってごめんね」
謝ると、ルチアーノは安心したように顔を上げた。潤んだ瞳で僕を見上げると、ホッと息をつく。
「この件は、これで終わりにしてくれよな。明日からは、今まで通りのパートナーだ」
そう言うと、彼はごそごそとポケットを探った。何かの袋を取り出すと、僕の目の前に差し出す。それを見て、僕は言葉を失ってしまった。
「ねぇ、それって…………!」
僕の視線は、袋に釘付けになってしまう。それは、僕が買えなかった限定セットだったのだ。キラキラした袋に入った十数枚入りのカードは、思っていたよりも小さかった。
「君が欲しがってたセットだよ。僕には、流通に関わる知り合いがいるからね。彼に言って、取り寄せてもらったのさ」
僕は、両手を伸ばしてその袋を受け取った。世界に五万個しかないセットだ。粗雑な扱いなんて出来ない。大事に両手で抱えると、胸の前で抱き締めた。
「ありがとう……! 本当にほしかったんだ……!」
僕が泣きそうな声を上げると、ルチアーノは一瞬だけ驚いた顔をした。すぐに気を取り直すと、呆れたような声色で言葉を返す。
「そんなにほしかったのかよ。……あんなこと言って悪かったな」
「そりゃあ、ほしいよ。限定セットだもん。この世に五万個しかないんだよ」
袋を光に翳して、パッケージを眺める。テレビでよく見るような有名モンスターが、表面にずらりと並んでいる。ずっとほしかったカードが手元にあるのが嬉しくて、居てもたってもいられなくなった。
「本当にありがとう! ルチアーノは優しいね。本当に、僕の最高の恋人だ。僕は世界一の幸せ者だよ」
矢継ぎ早に言うと、彼は気を良くしたみたいだった。僕を見上げると、どや顔で無い胸を張る。ふふんと鼻を鳴らすと、上機嫌な声色で言った。
「もっと褒めろよ。僕は、君のためにカードを取り寄せてやったんだからな」
「ルチアーノがいなかったら、僕はこんなにいい暮らしはできなかったよ。本当にありがとう。 …………天才! デュエルが強い! かわいい! 最高!」
僕が言葉を並べると、彼はちらりとこちらを見た。少しだけ目を細めると、不満そうな声で言う。
「なんか、褒め方が雑じゃないか? まあ、いいけどさ」
「本当に嬉しいんだよ。ルチアーノと出会えて良かった。君と出会えなかったら、僕はこんなに幸せを感じることはなかったんだから。本当にありがとう」
それでも言葉を続けると、不意に下を向いた。僕から顔が隠れるくらい俯くと、小さな声で言う。
「褒めすぎだろ…………」
消え行きそうな声は、羞恥に満ち溢れていた。愛おしさを感じて、衝動的に抱き締める。僕の腕の中で、ルチアーノが嫌そうにばたついた。
「なにするんだよ。やめろよ」
そんなことを言われても、離したりはしない。後ろに腕を回して、身体の隅々を撫で回す。しばらく撫でていると、ついに観念したように動きを止めた。暴れるだけでは、拘束から逃れられないと分かったのだろう。
僕は、本当に幸せだ。こんなにかわいくて、超人的な力を持つ恋人がいるのだから。そんな思いを噛み締めながら、僕は恋人の身体を撫でた。