ねごと エネルギーが満たされると、この身体は自然と目を覚ます。大抵は夜が明けた頃になるのだが、バッテリーの状況によってはもっと早く目覚めることもあった。薄暗い部家の中を見渡して、今がどのくらいの時刻なのかを確認する。壁掛け時計の短針は、午前四時を指していた。
僕は、隣に眠る青年に視線を向けた。体格のいい十代後半の男が、僕の目の前に横たわっている。首から下を布団の中に沈め、すうすうと小さな吐息を吐いていた。
彼の顔はこちらを向いていた。おおよそ大人とは思えない無防備な寝顔が、至近距離で僕の前に晒される。そんな姿を晒して、首を絞められたらどうするのだろう。首筋に手を伸ばすと、年相応に太い首に指先を触れる。
布団の中で指を動かすと、彼の肌をなぞった。彼の筋肉質な肌が、僕の指先を跳ね返す。そのまま何度かつつくいてみるが、彼は目を覚まさなかった。朝になっても一人では起きられないほどの眠りの深さなのだ。これくらいのことでは起きないのだろう。喉仏を軽く押してみるが、目を覚ます気配はなかった。
僕は、青年に顔を近づけた。眠っている彼の横顔に、そっと息を吹きかける。それでも、彼は目を覚まさなかった。なんだか面白くなって、目と鼻の先まで顔を近づける。鼻息を感じるほどの距離まで近づくと、鼻先に鼻先を触れた。
柔らかい感触がして、肌と肌が触れ合う。ここまでしても、彼は目を覚まさない。唇を近づけると、そっと唇を重ねてみる。
顔を離すと、じっと彼の顔を眺めた。長く伸びた前髪の間から、閉じた瞳がちらりと姿を現している。普段は前髪で隠れているが、彼の顔立ちはなかなかに整っているのだ。一部の女の子からは美形だと囃し立てられているが、彼はなぜか頑なに前髪を切らなかった。
「ルチアーノ…………」
不意に、青年が声を上げた。予想外のことに、一瞬だけ僕の動きが止まる。目を覚ましたかと思ったが、そうではないようだった。瞳は閉ざされたままで、今もすやすやと寝息を立てている。
どうやら、これは寝言というものらしい。夢の中でまで僕のことを考えているなんて、どれだけ僕のことが好きなのだろう。少し気持ち悪いくらいだ。
「なんだよ」
小さな声で答えると、彼は身じろぎをした。布団の中で僕の手を掴むと、ずるりと音を立ててシーツの上を滑らせる。動きを止めると、寝惚けた声でこう言った。
「ゴムパッキンは、食べ物じゃないよ…………」
こいつは、いったいどんな夢を見ているのだろう。ゴム製品と食べ物を間違えるなんて、正気だとは思えない。彼の頭の中では、僕はそんな非常識なやつなのだろうか。
「何言ってるんだよ」
耳元で囁くと、彼は再び寝息を立て始めた。布団の中で手を動かすと、拘束していた手首は簡単に離れてくれる。そのまましばらく様子を見るが、寝言を言う気配はない。毛布に身体を沈めると、そっと瞳を閉じた。
五分ほど経つと、彼は再び身じろぎをした。僕に頭を近づけると、頬に頭を触れてくる。寝惚けた様子で僕の服を掴むと、諭すような声で言った。
「それは、タイヤじゃなくてグミだよ……」
だから、何の夢を見てるんだこいつは。
「だから、さっきから何を言ってるんだよ。ちゃんと説明しろよ」
声をかけてみるが、返事は返ってこなかった。僕の服を握りしめたまま、すやすやと寝息を立ててしまう。また、眠りの世界に落ちていくようだ。どこの世界に、タイヤとグミを間違えるアンドロイドがいるのだろう。その夢の中はどうなっているのだ。
「いったい、何の夢を見てるんだよ……」
僕は呟く。彼の発言は支離滅裂で、何を表しているのか理解できなかった。夢は脳の記憶整理の副産物だから、意味などないのだろう。彼の頭の中では、僕がゴム製品と食べ物を間違えたり、タイヤとグミを間違えたりしているのだ。
「そんなもん、間違えるわけねーだろ」
耳元で囁きながら、僕は彼の額を弾いた。いわゆる、デコピンというものである。僕に変な夢を投影していたのだから、これくらいは許されるだろう。
「痛いよ、ルチアーノ」
布団の中から、小さな声が聞こえてくる。起こしてしまったのかと思ったが、相変わらず瞳は閉ざされたままだ。大きく深呼吸をすると、無防備な寝顔を睨み付けた。
「なんなんだよ……」
彼は答えない。ただ、規則正しい寝息だけが、部屋の中を満たしていた。