スイカゲーム 世間では、スイカゲームというものが流行っているらしい。ランダムに現れる果物を同じ種類でくっつけて、さらに上の果物に進化させていくゲームだ。操作はシンプルだが攻略方法はなかなかに難解で、予想もしない方向に果物が転がってしまったりするらしい。なんとか最高得点を出そうと、人々は白熱したバトルを繰り広げていた。
僕がそのゲームに触れたのは、友達に紹介されたことがきっかけだった。面白いからやってみなと言われて始めたら、すっかりはまってしまったのである。スイカを作ろうと試みても、果物は予想外の場所に転がり、間に邪魔物が挟まってしまう。何回か繰り返しても、作れるのはメロンだけだった。
とは言っても、僕がスイカと格闘できるのは、ルチアーノが来ていないときか、お風呂に入っている間だけだった。僕がゲームをしていると知ったら、彼は絶対にスコアを馬鹿にする。下手くそだから仕方ないのだけど、あまり気分のいいことではないから、彼のいない隙を狙って遊んでいた。
その日も、ルチアーノがお風呂に向かったことを確認してから、僕はゲーム機の電源を入れた。ソフトを起動すると、果物の並んだメニュー画面が表示される。スタートボタンを選択して、ゲームを開始した。
次から次へと落ちてくる果物を、箱の中に放り込んでいく。ころころと転がる果物は、思い通りに動いてくれない。反対側に転がり落ちたり、思いもよらない方向に跳ねていく。なんとか制御しようと、唸り声を上げながら果物を積んだ。
ゲームに熱中していると、部屋の近くで足音が聞こえた。慌てて中断ボタンを押して、本体を枕の下に隠す。少し遅かったようで、部屋に入ってきたルチアーノに見咎められてしまった。
「今、何を隠したんだよ」
眉を吊り上げながら、ルチアーノが僕に詰め寄る。枕から手を離すと、何もなかった振りをした。
「どうしたの? 気のせいだよ」
「全然隠せてねーぞ。目も泳いでるし、不自然だ」
ルチアーノの鋭い声が、僕の耳に突き刺さる。仕方なく、下に隠したものを取り出した。ゲーム機の電源を入れて、画面を表示する。
「なんだ。流行りのゲームじゃないか。君、そういうのに興味があったんだな」
「興味くらいあるよ。流行ってるだけあって、けっこう楽しいし」
答えると、ルチアーノは僕にゲーム機を押し付けた。真上から画面を見下ろすと、再開ボタンを押す。
「ほら、やりかけなんだろ。続きをしろよ」
果物が落下して、僕は慌ててボタンに指先を伸ばした。今回は、けっこういい感じにできているのだ。台無しになるのは嫌だった。
必死にボタンを操作する僕を、ルチアーノは真上から観察する。時折「ふーん」や、「あーあ」などと声を漏らすから、やってるこっちは緊張してしまう。ついに手元が狂って、変な方向で進化してしまった。
「「あっ」」
僕だけでなく、ルチアーノまで声を漏らす。果物が進化した拍子に、箱の中から飛び出したのだ。画面に浮かぶgame overの文字を見ながら、僕は大きく溜め息をついた。
「君、下手くそだな」
ルチアーノが呆れたように言う。
「ルチアーノが変なこと言うからでしょ。……ていうか、何しに戻ってきたの」
「そうだった。忘れ物を取りに来たんだ」
尋ねると、彼は思い出したように言った。ベッドの上から下りると、タンスの方へと向かっていく。何かを取り出すと、小走りに部屋から出ていく。
ルチアーノが去ると、僕はリトライボタンを押した。まっさらになった画面の上に、果物が降ってくる。今度は失敗しないようにと、慎重に果物を積んでいった。
今回も、途中で詰まってしまった。メロンの両隣にりんごが引っ掛かって、大きな果物が作れなかったのだ。果物はすぐに箱を溢れ、ゲームオーバーになってしまった。
「上がったよ」
三回目のゲームを進めていると、正面から声が聞こえてきた。寝間着に身を包んだルチアーノが、僕の方を見つめている。僕は、ゲームを閉じてベッドから下りた。
「じゃあ、行ってくるね」
そう告げてから、寝間着を持って部屋から出ていく。洗面所に向かいながら、僕はふと思った。
ルチアーノはああいうゲームをやるのだろうか。いつも彼が持ち出すのは、対戦モードのあるものばかりだ。ソロプレイのパズルゲームをやっているところなど、これまでに見たこともなかった。
ルチアーノなら、スイカくらい簡単に作れるだろう。スイカを作るだけではなく、スイカとスイカをくっつけて消すこともできるのかもしれない。彼が本気を出したら、僕のスコアなど一瞬で抜かされてしまう。
身体を洗い、湯船の中に身体を沈める。結局、ルチアーノの忘れ物とはなんだったのだろう。彼のことだから、僕の隠し事を暴くための嘘だったのかもしれない。彼のことはよく分からないのだ。
身体が温まると、湯船から上がって身体を拭いた。寝間着を着込み、髪をタオルで拭いながら、ゆっくりと自分の部屋を目指す。
予想通り、ルチアーノは例のゲームをやっていた。ゲーム機を両手で握りしめると、忙しそうに指先を動かしている。僕の存在に気がつくと、こっちに視線を向けながら言った。
「遅かったじゃないか」
「別に、遅くはないよ。一時間は経ってるんだから」
「そっか、もうそんな時間なのか。ゲームをしてるとあっという間だな」
答えながら、彼は画面に視線を戻す。ポチポチとボタンを操作し始めた。ベッドに腰をかけ、首を伸ばして手元の画面を眺める。
そこにはスイカが転がっていた。隣にあるのは、なんとパイナップルだ。僕には想像もできない絵面に、大きく目を見開いてしまう。唖然としていると、彼はにやりと笑って言った。
「やっぱり、スイカくらいは簡単に作れるな。さすがに消すとなると難易度は上がるけど、何回かやればできそうだ。君は、こんなものに苦戦してたのかい?」
僕は大きく息を吐いた。僕の頑張りの記録は、彼に一瞬で抜かされてしまったのだ。僕の六時間を、彼は暇潰し程度の時間で塗り替えてしまった。才能の差とはこういうことなのだろうか。
「こんなものって、僕には難しかったんだよ。まだスイカもできてないし、スコアも2000点くらいでしょ」
「君はゲームが下手だからな。果物の間に小さいのが挟まって、くっつかなくなったりしてるんだろ?」
その通りだった。僕は、場所の調整というのが下手なのだ。的確すぎる言葉に、何も言い返せなかった。
ルチアーノは、その後も綺麗に果物を積んでいった。あっという間に進化を積み重ねて、二個目のメロンを作っている。しかし、それ以上はできないみたいで、スイカとメロンでゲームオーバーになっていた。
「僕だって、練習すればできるようになるよ。貸してみて」
話を反らすように、ルチアーノの手からゲーム機を奪い取る。リトライを押すと、落ちてくる果物を箱の中に並べた。
そこで、あることに気がついた。画面の隅にあるスコアランキングが、見慣れない数字になっていたのだ。全てが3000点を超えていて、明らかに僕のものではなかった。
「えっ?」
僕が言うと、ルチアーノはにやりと笑った。僕の画面を覗き込みながら、からかうような声色で言う。
「そうそう、君のスコアランキング、全部書き換えておいたからな。頑張って追い付けよ」
画面を見ながら、僕は呆然と口を閉ざした。これを超える頃には、彼はさらに上のスコアを出しているのだろう。僕の記録は、永遠に記録としては残らなくなったのだ。