ハロウィン 十月が終わりに近づくと、町はハロウィン一色になる。お店では至るところでハロウィンコーナーが広げられ、通りにはカボチャのオブジェが飾られていた。日本はキリスト教ではないのに、異教のお祭りで盛り上がっているのだ。
ルチアーノは、お祭りというものに興味がないらしい。もともと神の代行者として産み出されたアンドロイドなのだ。宗教的な慣習には馴染みがないのだろう。それもあって、僕たちは特別に何かを用意することがなかった。
事情が変わったのは、頼まれ事でポッポタイムを尋ねた時だった。僕が室内に入ると、龍亞と龍可がハロウィンの用意をしていたのである。彼らは、床に大きな布地を広げて何かを縫い付けていた。その様子を眺めながら、僕は二人に声をかける。
「二人とも、何をしてるの?」
「ハロウィンの準備だよ。週末に、マーサの家でハロウィンイベントがあるんだ」
僕の問いに、龍亞は楽しそうな様子で答えた。
「マーサの家で? どんなことをするの?」
「仮装して近所の家を回って、お菓子をもらうんだって。遊星がお手伝いをするから、オレたちも参加することになったんだ」
「そうなんだ……」
僕の問いに、龍亞は楽しそうに答える。最近の僕はルチアーノと行動することが多かったから、そんなことは全然知らなかった。かつては仲間として一緒にいただけに、少し寂しい気持ちになってしまう。
「ねぇ、○○○もお手伝いに来てみたら? ルチアーノくんも、○○○が参加するなら付いて来るでしょう?」
僕の気持ちを読んだかのように、龍可が提案の声を上げた。隣に座る龍亞が、あからさまに表情を曇らせる。妹に顔を近づけると、隠せてないひそひそ声で言った。
「えー! あいつを呼ぶのかよ! 子供たちの間に混ざって大丈夫なのか?」
「心配しすぎよ。ルチアーノくんは、わざわざ面倒を起こしたりする子じゃないわ」
「だって……」
龍亞の心配は納得できる。龍亞と龍可の双子は、かつてルチアーノの罠に嵌められたのだ。その事を、龍亞は今でも許していないのだろう。
龍可に見つめられて、彼はようやく言葉を引っ込める。彼らの力関係は、いつもこんな感じなのだ。
「分かったよ」
「じゃあ、僕たちもお邪魔していいかな?」
会話が終わるのを待ってから、僕は彼らに声をかける。龍可は穏やかな笑顔で返した。
「ええ。私は大歓迎よ。でも、遊星に相談した方がいいかもしれないわ。マーサの都合もあると思うから」
「ありがとう。聞いてみるよ」
そう言うと、僕は遊星の元へ向かった。事情を説明して、イベントに参加したい旨を伝える。彼は、快く僕のお願いを聞いてくれた。
「そうか。龍可がそんなことを。分かった。俺から話をしておく」
「ありがとう」
お礼を伝えると、僕はポッポタイムを後にした。そこで、一番の問題に気がつく。当のルチアーノ本人が、このイベントを嫌がりそうなのだ。
これから、どうやって彼を説得しよう。そんなことを考えながら、僕はシティ繁華街へ向かった。
イベント当日は、あっという間にやってきた。集合は夕方の五時だったから、それまでにルチアーノを説得しなければならない。どう話したものかと悩んでいると、彼から声をかけてきた。
「なあ、君。なんか隠し事してるだろ。朝から様子がおかしいぜ」
僕は隠し事が下手だから、彼にはバレバレだったのだろう。すぐに悟られて、詰問されてしまった。
「実は、今日の夕方にハロウィンイベントのお手伝いに行くことになってるんだ。よかったらルチアーノも参加しない?」
恐る恐る言うと、彼は僅かに眉を上げた。僕の方をちらりと見ると、あからさまに嫌そうな声で言う。
「参加って、仮装する子供の方か? 僕は嫌だからな。一人で行って来いよ」
「せっかくだから、一緒に行こうよ。僕は、ルチアーノに僕と同じ経験をしてほしいんだよ」
説得すると、少しだけ表情を緩めてくれる。一緒にいる時間が増えたからか、彼は情への訴えに弱くなったのだ。
「分かったよ。そこまで言うなら、参加してやる」
「じゃあ、一緒に行こうか。仮装は用意してあるから、心配しなくていいからね」
「お前、絶対に連れてくつもりで約束したんだろ? 悪どい奴になったもんだな」
嫌みったらしく言うルチアーノを見ながら、僕は苦笑いをする。彼の言うことはもっともだ。僕は、彼を連れ出すつもりで参加を決めたのだから。
「とりあえず、先に衣装を渡しておくね。こっちで着ていってもいいけど、向こうでも着替えられるから、好きな方で着替えて」
話を反らすように、僕は手に持った袋を押し付けた。ルチアーノはすぐに口を開けて中を見る。取り出した布地を広げると、怒りの形相で僕を睨み付けた。
「なんだよ! これ! 僕を馬鹿にしてるのか!」
中に入っていたのは、黒猫のコスチュームだった。もこもこした素材の黒い長袖と、同じ素材で作られた黒い長ズボンがセットになっている。付属品は黒い猫耳のカチューシャだった。
「売ってる中では、これが一番ましだったんだよ。ルチアーノだって、マーサの家の子供たちの前でスカートは嫌でしょう?」
そう言うと、彼はしぶしぶ口を閉ざす。三日で探した即席のコスチュームだから、あまりちゃんとしたものが選べなかったのだ。少し申し訳ないが、これで納得してもらうしかない。
「分かったよ。……後でお仕置きだからな」
凄みを効かせた声に、背筋がゾクリと寒くなる。これから、もっと衝撃的な秘密が明かされるなんて、彼には絶対に言えなかった。
マーサの家までは、僕のDホイールで向かった。冬が近づいているだけあって、五時前でも町は薄暗い。遠くに見える夕日を眺めながら、僕たちはダイダロスブリッジを渡った。
遊星たちは、既に現地に着いていた。彼はこの家で育った関係者だから、僕たち一般ボランティアよりも先に来ているのだろう。隣には、仮装衣装に身を包んだ双子の姿があった。
三人の姿を見ると、ルチアーノはあからさまに嫌そうな声を出した。後ろから僕の頭を小突くと、Dホイールに乗ったままで言う。
「お前、騙したな! あいつらがいるなら、先に教えるだろ!」
「騙すって、そんなつもりじゃないよ。聞かれなかったから言わなかっただけで」
「それを騙すって言うんだよ! こんなことなら、断ってれば良かったぜ」
「そんなこと言わないでよ。今日は一時休戦ってことで、一緒に遊ぼう」
Dホイールから降りようとしないルチアーノを、なんとか宥めようと試みる。ただマーサの家に遊びに来るだけなら、彼はここまで強情ではないのだ。子供たちはルチアーノを持て囃すし、彼はそれを満更でもなく思っているのだから。問題は、遊星と双子がいることなのだろう。
「絶対に行かないからな。お前だけで行って来いよ」
言い合いをしていると、後ろから子供たちの声がした。龍亞と龍可の双子が、いつの間にか真後ろまで近づいていたのだ。
「こんばんは」
にこにこと笑顔を浮かべながら、二人は僕に挨拶をする。龍可が着ているのは真っ黒なワンピースで、三段にフリルが分かれていた。肩には寒さ対策と思われるケープをつけているが、こっちもフリルがたくさん縫い付けられている。ヘッドドレスの上で揺れているのは、黒い薔薇の飾りだった。見覚えのあるこの姿は、黒薔薇の魔女だろう。
一方の龍亞は、黒いマントに身を包んでいた。下から覗くのは、白いシャツと黒のベストだ。口元に覗く牙から、吸血鬼であることが分かった。
「こんばんは。二人の仮装は、吸血鬼と魔女なんだね。龍可のワンピースのアレンジもかわいいし、龍亞のマントもかっこいいし、すごく似合ってるよ」
ルチアーノに背を向けると、僕は二人に声をかけた。普段着が白を基調にした服装だから、黒い装いは新鮮だった。
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ」
にこにこと笑みを浮かべながら、龍可が言葉を返す。しばらく三人で話をしていると、背後で足音がした。振り返ると、仏頂面のルチアーノが立っている。
「気が変わった。イベントとやらに参加してやる。更衣室はどこだ?」
どうやら、参加してくれる気になったらしい。どういう気持ちの変化か分からないが、とりあえず一安心だ。
「こっちよ。付いてきて」
龍可が率先してルチアーノを案内する。二人きりにするのが心配なのか、龍亞も後を付いていった。
子供たちが去ったのを見ると、僕は遊星の姿を探した。マーサの家の前で、集まった大人たちと話をしている。隣に歩み寄ると、会釈をしてから声をかけた。
「飛び入り参加させてくれてありがとう。何か手伝えることはあるかな?」
「○○○には、俺と一緒に子供たちの引率をしてほしい。近隣の子供たちも参加するから、人手が足りないんだ」
答えながら、彼は部屋に集まった子供たちを示した。広いマーサの家が、仮装した子供たちでいっぱいになっている。見たところ、二十人近くはいるんじゃないだろうか。あの中に、龍亞と龍可とルチアーノもいるのだろう。
「分かったよ。もしかしたら、ルチアーノに付きっきりになっちゃうかもしれないけど」
僕が言うと、遊星は口元を緩める。普段の僕たちを思い出したのだろう。
そんな話をしていると、子供たちが部屋から出てきた。思い思いの仮装に身を包み、手にはお菓子を入れる袋を持っている。準備万端だった。
「そろそろ行こうか」
遊星に促され、子供たちは我先にと大通りへ出ていく。賑やかなその後ろ姿を、遊星は慌てて追いかけていった。ここでは龍亞と龍可も歳上の部類になるようで、年下の子の手を引いていた。
ルチアーノは、列の最後尾を歩いていた。もこもこの服に猫耳を付けた姿で、静かに子供たちの姿を眺めている。隣に駆け寄ると、不満そうな声色で言った。
「何か言うことはないのかよ」
「えっ? 着てくれてありがとう……?」
僕が言うと、彼は不満そうに足を蹴る。どうやら間違いだったようだ。目を白黒させていると、脅しをかけるように言葉を続ける。
「違うだろ。君は、あの双子にだけ感想を言うのか?」
ようやく、彼の要求が理解できた。つまり、彼は僕の双子への誉め言葉に焼きもちを焼いたのだ。急に参加すると言い出したのも、そういうことなのだろう。すごくかわいい反応だった。
「似合ってるよ。かわいいね」
「かわいいは誉め言葉にならねーよ」
言いながらも、彼はどこか満足げだ。素直に誉めてと言えないなんて、本当にかわいい男の子だ。
そんな会話をしているうちに、僕たちは最初の家にたどり着いた。旧サテライトエリアらしくこじんまりとした家だが、外装は綺麗に整えられ、入り口はかぼちゃやコウモリの飾りで彩られている。イベントに協力してくれる家の目印だった。
先頭を行く子供たちが、我先にと玄関に駆け寄った。子供たちが転ばないように、遊星が声をかけている。扉が開くと、彼らは大きな声で言った。
「トリックオアトリート!」
「まあ、かわいいおばけたちね。お菓子を上げましょう」
家から出てきた女性が、にこりと子供たちに微笑みかける。手提げからお菓子の袋を取り出すと、子供たちに配り始めた。
「ほら、ルチアーノも」
僕が背中を押すと、ルチアーノは戸惑いながらも女性の元へと歩いていった。玄関の前に立つと、小さな声で言う。
「トリックオアトリート」
「あら、かわいい猫ちゃんね。ほら、どうぞ」
差し出された包みを、戸惑った様子で受け取る。小さくお辞儀をすると、駆け足で僕の元へと戻ってきた。
「ただお菓子をもらうだけなのに、あんなに喜ぶなんて、子供っていうのは単純だな」
いつもの横柄な態度で彼は言う。さっきまであんなにおどおどしていたのに、そのギャップが面白かった。
「ルチアーノは嬉しくないの?」
「僕がこんなもので喜ぶと思うかい? そもそも、僕には食事なんて要らないんだよ」
冷めた調子で言いながら、ルチアーノはお菓子をカゴに入れる。猫の尻尾が揺れているから、なんだか楽しそうに見えた。
先頭を行く子供たちは、既に次の家へと移動している。後を追わなくては、そのうちはぐれてしまうだろう。
「じゃあ、そろそろ次に行こうか」
ルチアーノの手を引いて、僕は早歩きで先を進む。次の家では、既に着いていた子供たちが家主からお菓子をもらっていた。
一軒、また一軒と、子供たちは家々を巡っていく。協力してくれる家はそれなりに多くて、子供たちの百鬼夜行は町を横切るように進んでいった。これだけの距離を移動すると、はぐれそうになる子供だって出てくる。僕たちの少し前では、布を被った低学年くらいの男の子が周囲を見渡していた。
「君、はぐれたのか?」
ルチアーノが、おばけの男の子に声をかける。男の子は、不安そうな顔でルチアーノに視線を向けた。
「お兄ちゃんも、ハロウィンに来てるの?」
「そうだよ。まあ、こいつに頼まれたからなんだけどね」
僕を指差しながら、彼は小言のように言葉を吐く。その少し傲慢な態度も、猫の姿で言われると憎めなかった。
「僕も、みんなと一緒に来てたんだ。でも、いつの間にかいなくなってて。ねぇ、僕と一緒に行ってくれる?」
男の子が怯えた様子で言う。ルチアーノは一瞬だけ面倒臭そうな顔をしたが、すぐに男の子と向き合った。
「いいよ。一緒に行ってやる」
「ありがとう」
男の子と三人で手を繋いで、僕たちは次の家へと進んでいく。先頭の子供たちは既に遥か先へと進んでいて、僕たちに見えるのは後ろ姿だけだ。遊星からもらった地図と、子供たちの話し声を頼りに、僕たちは次の家を目指した。
男の子は、キョロキョロと町の中を見渡していた。これまでのサテライトはハロウィンを祝えるほど平和じゃなかったというから、装飾を珍しがっているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。彼は、この町の地理を知らないみたいなのだ。
「おい、そっちは違うぞ。こっちだ」
道を反れそうになる男の子を、ルチアーノが手を引いて導く。淡々としたルチアーノの態度に怯えながらも、男の子は後をついて来た。心配になって、僕が隣からフォローをいれる。
「君は、最近この町に引っ越して来たの?」
男の子が小さく頷く。予想通りだった。笑顔を浮かべながら、緊張を解すように言葉を続ける。
「僕も、去年までは別の町にいたんだ。引っ越してすぐの頃は、迷子になって困ったよ」
ルチアーノと二人で、男の子を挟むように手を繋ぐと、僕たちは次の家へと向かった。この通りの角を曲がるとマーサの家だから、このエリアが最後だ。少し足取りを早めながら、僕たちは声の聞こえる方へと歩みを進める。
僕たちが最後のお菓子をもらい、マーサの家にたどり着いた頃には、子供たちは家の中に入っていた。男の子が僕たちの手をほどくと、玄関の前へと走り出る。布をひらひらと靡かせながら、僕たちの方へと振り返った。
「一緒に回ってくれてありがとう。僕、友達のところに行くね」
一方的に言うと、彼は家の中へと走っていく。あっという間に、子供たちの中へと消えていった。
「騒がしいやつだったな。全く」
小さな声で呟くと、ルチアーノも家の方へと歩いていく。足並みを合わせながら、僕も家の中へと入った。
「でも、楽しかったでしょう。誰かと一緒に回るのは」
「別に、面倒臭いだけだったよ」
ぶっきらぼうに答えているが、彼に嫌がっている様子はなかった。恐らくだけど、満更でも無かったのだろう。そんなことを思っていると、どこからか足音が近づいてきた。
「○○○、おかえり」
僕の名前を呼ぶ声は、龍亞のものだった。振り返ると、お菓子のカゴを抱えた龍亞が笑顔を見せている。
「○○○とルチアーノくんは、一番後ろにいたのね。二人で回ってたの?」
隣に立っているのは、もちろん龍可だった。彼女の抱えるカゴも、お菓子が溢れそうなほどに積まれている。
「一人じゃないよ。お化けの格好をした子供の面倒を見てたのさ。友達とはぐれたって言ってたから、仕方なくね」
「ふーん。ルチアーノも、年下の面倒を見るんだな」
「なんだよ、それ」
喧嘩を始めそうになる龍亞とルチアーノを、僕と龍可で止めに入る。この二人は、放っておくといつもこうなのだ。
「そういえば、あの子は友達と会えたのかな?」
なんとなく気になって、僕は後ろを振り返った。首をぐるりと動かして、室内に集まった子供の姿を見渡す。しかし、そこにあの男の子の姿はなかった。
「あれ?」
「どうしたんだよ」
僕が呟くと、ルチアーノも隣に並んで室内を見た。軽く全体を眺めてから、僕の方に視線を向ける。
「いないな。もう帰ったのか」
「帰ってるはずがないよ。これから、マーサと遊星がお菓子をくれるんだから」
ルチアーノの言葉を、龍亞が正面から否定する。彼曰く、このイベントはマーサからお菓子をもらってから解散することになっているのだ。部屋から出ていく子供が居たら遊星が声をかけているはずで、男の子が消えるなんてことはあり得ないのだと言う。
「不思議な話だな。姿を消すお化けの男の子なんてさ。案外、本物の幽霊だったりして」
ルチアーノが言うと、龍亞が小さな悲鳴を上げた。龍可の方に身体を寄せると、肩を竦めながら言う。
「変なこと言うなよ。幽霊なんて」
「でも、人間だとしたらおかしいだろ。不動遊星の環視をすり抜けて帰るなんて、幽霊じゃないとできないさ」
「そうかもしれないけど……」
そんなことを話していたら、廊下から声が聞こえてきた。マーサがお菓子を持ってきたのだ。集まっていた子供たちが、マーサの方へと集まっていく。
「マーサからのプレゼントだって」
そう言うと、龍亞も子供たちの後に続いた。
「ルチアーノくんも、一緒に行きましょう」
ルチアーノの手を取ってから、龍可もその後を追う。引っ張られるようにして、ルチアーノも子供たちの輪の中に入っていった。
しばらくすると、ルチアーノは僕の元へと帰ってきた。いつの間にか、お菓子を入れる容器は持ち手の付いたビニール袋に変わっている。袋の口を閉じると、彼は淡々とした様子で言った。
「解散だってさ。とっとと帰るぞ」
「ちょっと待ってよ。遊星に挨拶してくるから」
一言断りを入れてから、僕は遊星の近くへと向かう。子供たちとの話が終わったところを見計らって、彼に声をかけた。
「今日はありがとう。ルチアーノも楽しそうだったし、参加してよかったよ」
「そうか、ならよかった」
会話を済ませて戻る頃には、ルチアーノはいつもの格好に戻っていた。マーサの家から出ると、Dホイールに乗ってエンジンをかけた。冷たい風に満たされた夜の町を、二人乗りで駆け抜けていく。
「もらったお菓子は、全部君にあげるよ。僕には不要なものだからね」
背後から、ルチアーノの冷めた声が聞こえた。興味が無いように振る舞っているが、饒舌なのは機嫌がいい証拠なのだ。きっと、それなりに楽しかったのだろう。
「ありがとう。せっかくだから、一緒に食べようね」
答えると、彼は呆れたように笑った。その声は次第に薄れ、沈黙が二人の間を満たしていく。橋を渡り、シティへと入った頃に、僕は彼に尋ねた。
「今日は、楽しかった?」
「……別に、楽しくはなかったよ。よく分からないことを言わされるし、子供の面倒は見ないといけないし」
少しの沈黙の後に、ルチアーノは言葉を返してくる。言葉とは裏腹に、その声色はどこか満足げだった。初めてのハロウィンのイベントは、彼にとっていい刺激になったのだろう。
遊星曰く、これまでにマーサの家でハロウィンの催しをしたことは一度も無いのだと言う。シティと断絶され、貧困に苦しめられていたサテライトの人々は、宗教的なイベントに現を抜かしている余裕など無かったのだ。今回のイベントは、サテライトがシティと同等の都市になったことを示すものでもあったのだ。
つまり、今回のイベントに参加した子供たちも、ほとんどがルチアーノと同じハロウィン未経験の子供だったのである。あれだけはしゃいでいたのは、初めてのことに気分が高ぶっていたからなのだろう。
このイベントに、ルチアーノを連れてきてよかった。彼に、普通の子供たちと同じ経験をしてもらうことが、僕の心からの願いなのだから。背後の温もりを感じながら、僕はそんなことを思ったのだった。