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    流菜🍇🐥

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    主ゆやの書き納めとして書いていたものです。TF主くんが夢の中でズァークに世界滅亡の共犯を唆される話。倫理観の危ういTF主くんがいます。

    ##アクファ夢小説

    悪い夢 目が覚めると、隣から声が聞こえてきた。小さく鼻を鳴らしながら息を吸う、特徴的な呼吸である。何度か鼻をすすると、今度は圧し殺したような嗚咽が聞こえてくた。それが泣き声であることは、考えなくても分かってしまう。
     最近は、いつもこうだった。僕の家を訪れた時、彼は必ず涙を流すのだ。それも、僕の起きている間ではなく、眠ってからを見計らって泣いている。とはいえ、僕が物音で目を覚ますことくらい、彼にも分かっているはずだろう。それでも隠そうとするのは、弱みを見せることに抵抗があるからだ。
     僕は、静かに寝返りを打った。音を立てないように気を付けても、布団はがさごそと衣擦れの音を響かせる。隣に眠る少年は、顔を布団の中に隠すように身体を丸めていた。その小さな身体に手を伸ばすと、抱え込むように抱き締める。
     布団の中で、優しい温もりが僕の身体に伝わった。生きている人間の、柔らかくて穏やかな体温だ。肌に伝わる微かな鼓動は、彼が人であることを示してくれる。両腕に力を込めても、彼は大人しく受け入れてくれた。
     僕の胸元から、微かな泣き声が聞こえてくる。鼻をすすり上げる度に、小さな身体が小刻みに震えた。回した手のひらを動かして、優しく背中を撫でてみた。しなやかな筋肉の弾力は、前よりも少し強くなった気がする。いつまでも子供みたいに思えるけど、彼は日々成長しているのだ。
     僕の前ではこんなに泣いているのに、昼間の彼はいつもと少しも変わらなかった。軽い足取りでステージに登り、楽しそうに笑いながら自分のデュエルを展開する。その姿はまだ拙いけれど、エンターテイナーとしての振る舞いが板に付きつつあった。この少年が毎夜のように涙を流しているなんて、誰が想像できるだろうか。
     彼は、自分の弱さを隠しているのだ。誰にも悟られないように、不安や悲しみを押し込めている。それが自分にとっての役目だとでもいわんばかりに、元気な振りをしているのだ。
     そんな彼を見ていると、僕は胸が締め付けられるような痛みを感じる。彼が背負っているものの全てが、その笑顔に込められているように思えるのだ。彼にとって、笑っていることは何よりも重要な使命なのだろう。その笑顔で、彼は世界を救ったのだから。
     僕は、背中から手を離した。そろそろと腕を動かして、頭の上へと移動する。柔らかい髪に指を沈めると、手のひらで髪を撫で付けた。
     まるで、子供をあやしているみたいだ。彼の温もりを感じながら、不意にそんなことを考える。中学生だから、子供であることには変わりないのだけれど、そういう意味ではない。生まれて間もない幼子を抱いているような、そんな気持ちだ。実際に、彼は赤子も同然なのだろう。この世界が今の形へと作り替えられたときに、彼もまた生まれ変わったのだから。
     いつの間にか、泣き声は聞こえなくなっていた。穏やかな寝息だけが、静かな部屋の中に響いている。怖い夢は、もう彼の世界から去っていったのだろう。安心感を感じながら、僕はゆっくりと目を閉じた。

     気づいたら、僕はアカデミアの敷地内にいた。融合次元の片隅、周囲を海に囲まれた孤島に存在していた、デュエリストの養成施設だ。赤馬零王は、この施設を利用して兵隊を集め、各次元を侵略しようとしていたのだ。今ではごく普通のデュエル専門学校に生まれ変わり、未来のプロデュエリストを育成していることだろう。
     僕が立っていたのは、そんな施設の廊下だった。よくある学校の廊下と同じで、細長い通路の両端には、各教室へと続くドアが並んでいた。昼間なのか、通りは光が差していたが、そこには人っ子一人いなかった。
     僕は、教室の中へと足を踏み入れた。スライド式のドアを開けると、机と椅子の並んだ室内を覗き込む。よくある学校の風景だが、そこに人の姿は無い。隣の教室も覗いてみたが、そこにも人はいなかった。
     異様な光景だった。大きな学校の片隅の、通路に面した教室にいるのに、そこには僕以外の人間がいない。周囲の教室を見渡してみても、人のいた気配すらないのだ。机の中は全て空っぽで、黒板には粉すら付いていない。ただ、無人の建物だけが続いていた。

    ──○○○

     不意に、後ろから声が聞こえた。どこかで聞き覚えのある、妙におぞましい声だ。嫌な予感がして、背筋に冷たいものが走る。震え始める身体を抑えながら、ゆっくりと後ろを振り向いた。
     そこには、遊矢の姿があった。正しく言うと、『遊矢によく似た何者か』だ。彼は、金色に輝く瞳で僕を見つめている。その視線の凍りつくような冷たさで、相手が誰なのかが分かった。
    「ズァーク、だね」
     尋ねると、彼はにやりと笑った。身体の奥から絞り出すような声で、くつくつと笑いを漏らす。
    ──気づいていたか
     笑みを浮かべながら、彼は淡々と言葉を続ける。身体の奥から出るような、低くて重い声だった。遊矢の身体からこの声が出ていたなんて、今になっても信じられなかった。
    「分かるに決まってるでしょう。僕は、君を倒したんだから」
    ──倒したのはお前ではない。赤馬レイだ
     彼は淡々と語る。確かに、止めを刺したのはレイだった。魂となったズァークを封じ込めたのは、レイの魂を宿した零羅である。僕はその手助けをしただけで、倒した訳ではなかったのだ。
    「そうだね。倒したのはレイと、零羅だ」
     僕が言うと、彼は顔を曇らせた。零羅による封印の記憶は、彼にとっても思い出したくないことなのだろうか。そもそも、彼は本当にズァークなのだろうか。何も分からなかった。
     お互いに黙ったまま、僕たちは目の前の相手を見つめていた。重苦しい沈黙が、人気のない教室を通りすぎていく。いつの間にか、ズァークの姿は龍のような異形に変化していた。露出された上半身は灰色に染まり、全身を鱗のようなものが覆っている。背中から飛び出しているのは、凹凸の激しい漆黒の翼だ。髪の間からは三角形の耳が覗いていて、ゆらゆらと上下に揺れていた。
     彼は静かに口を開いた。さっきとは少し違う、籠ったような歪んだ声が、僕の耳に突き刺さる。

    ──お前は、本当に正しいことをしたと思っているのか?

     それは、問いかけだった。淡々とした声で紡がれる、とても重い言葉だ。何を問われているのか分からなくて、目を見つめたまま問い返した。
    「どういうこと? 何が聞きたいの?」

    ──お前は、我を止めただろう。我の復活を拒み、魂を浄化し、世界を統合しただろう。それは、正しいことだと思っているのか。

     彼は淡々と答える。その言葉は、真っ直ぐに僕の心を射抜いた。僕が心のどこかで考えている問いを、彼は真正面から突いてきたのだ。
     僕は、何も答えられなかった。彼の問いに対して、答える言葉が見つからなかったのだ。黙り込む僕を見て、異形は怪しげに笑う。瞳をぎらつかせると、勝ち誇ったように言葉を続けた。

    ──本当は、後悔しているのだろう? あの時、我を止めなければ良かったと。世界を滅ぼしてしまえば良かったと。そうすれば、我が分身が苦しむことは無かったのだと。そう思っているのだろう?

     それは、僕がずっと考えていたことだった。遊矢が苦しんでいるのは、この世界が救われたからなのだ。最終決戦の日、彼はズァークに肉体を乗っ取られ、この世界を壊しかけた。その日の記憶に対する罪の意識を、彼はずっと抱えているのだ。
     もし、この世界を壊していたら、彼は苦しまずに済んでいただろうか。世界を破壊し、何もかもを灰塵と帰していたら、彼の苦しみも消えていただろうか。
     こんな世界なんて、滅びてしまえばいい。そう思ったことは、一度や二度ではなかった。この世界は、遊矢が生きていくには厳しすぎる。彼は、誰よりも過敏に人の言葉や感情を受け取ってしまうのだから。プロデュエリストとして生きていく上で、その性格や抱えている過去は重いハンデになるだろう。実際、彼は何度も心無い言葉に苦しみ、涙を流しているのだ。
     こんな世界なんて滅びてしまえばいい。大切な人を苦しめる世界も、傷つける人類も、この世から消え去ってしまえばいい。その感情は僕の奥底に眠っていて、決して消えることはなかった。
    「僕だって、考えることはあるよ。この世界が滅びてしまえば、遊矢は苦しまなくて済むんじゃないかって。遊矢を傷つける全てのものを、破壊してしまうことができるんじゃないかって」
     言葉を選ぶように、僕は彼への返答を口にする。直球的な言葉に、彼の表情が変わった。
    ──ならば、滅ぼしてやろうか。我が復活を果たせば、この世界など簡単に壊すことができる。お前の望みを叶えることも容易い。
     誘うような声色で、彼は言葉を紡ぐ。彼が言い終わるか終わらないかのうちに、僕も言葉を返した。
    「いらないよ」
     僕の言葉に、彼が顔をしかめる。拒否されることなど、少しも想定していなかったという顔だった。滑稽さすら感じる表情を眺めながら、僕は言葉を続ける。
    「僕は、この世界を壊してほしいとは思ってないんだ。だって、そんなことをしたら、遊矢が悲しむから」
     そう。僕の世界の中心は遊矢なのだ。彼が望まないなら、僕も世界を滅ぼしたいとは思わない。彼が笑顔を見せてくれることだけが、僕の一番の願いなのだ。
     僕の言葉を聞いて、彼はあからさまに顔を歪める。僕が分身を選んだことが、彼にとってはショックだったのだろう。それとも、今度は僕を復活の依り代にするつもりだったのだろうか。
    ──後悔しても知らないぞ
     一言だけ言い残すと、掻き消えるように姿を消した。無人の教室の中に、僕一人だけが残される。その空間も、一瞬のうちに別の風景へと変わっていった。
     これは、きっと夢なのだろう。僕の無意識の中にある破滅願望が、ズァークという形で現れているのだ。僕は、世界に未練なんて感じていない。機会さえ与えられれば、躊躇なく滅ぼすことができるのだから。
     でも、今はその時ではないのだ。榊遊矢という少年が、その結末を望まないからだ。彼が望まないなら、僕は破滅を望んだりはしない。僕の意志は、全て彼に左右されるのだから。
     もしかしたら、僕はものすごく危ない人間なのかもしれない。遊矢の言葉ひとつで、世界を救う英雄にも、滅亡を呼ぶ悪魔にもなれる。そんな人間は、きっと他にはいないだろう。この世に僕だけなのだ。
     明晰夢に浸った意識の中で、僕はそんなことを考える。目覚めの温かい気配が、すぐそこまで近づいていた。
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