前世の愛 薄暗い部屋の中に、口付けの音が響いた。真っ白な肌に舌を這わせ、唇を押し付けて表面を吸い上げる。なめらかできめ細かい肌は、舌で撫でても心地がいい。何度か舌先を滑らせると、僕はそっと顔を上げた。
「早く、しろよ……」
下からは、甘ったるい声が聞こえてくる。とろとろに溶けたその声色は、僕の身体を熱く火照らせた。
下半身に手を伸ばし、寝間着のズボンをずり下ろす。ズボンと一緒に、窮屈になっていた下着も脱ぎ捨てた。押さえつけられていたものが、枷から解放されて伸び伸びと身体を伸ばす。冬の風に晒されて、両足にに鳥肌が立った。
下に視線を向けると、ルチアーノが僕の身体を見上げている。真緑の瞳に見つめられ、下半身がドクドクと熱を持った。普段はそんなに見てこないから、少し恥ずかしくなってしまう。
「えっと、何を、見てるの?」
尋ねると、彼はにやりと口角を上げた。僕の方に手を伸ばすと、太ももを指先で触れる。燃えるような温もりが、冷えた肌に点された。
「君って、こんなところにほくろがあったんだな」
「えっ?」
身体を起こすと、自分の下半身に視線を向けた。足の付け根にあるものを手で避け、腿の辺りに視線を向ける。よく目を凝らして見てみると、右の内腿の真ん中当たりに黒い点がついているのが分かった。
「ほんとだ。こんなところにほくろがある……」
呟くと、ルチアーノは楽しそうに笑った。指先でツンツンと点をつつき、にやにやと笑いながら言う。
「ほくろには、迷信があるんだろ。君はもちろん知ってるよな」
「えっ?」
急に話を振られても、何を言っているのかさっぱり分からなかった。ほくろについての迷信なんて、何も聞いたことがない。しばらく考えていると、ひとつだけ思い出したことがあった。
「それって、大きなほくろを放っておくと癌になる、とか?」
「なんだ。知らないのかよ。君の好きそうな話だったんだけどな」
僕の答えを聞くと、彼は落胆したように言う。どうやら、望んだ答えではなかったようだ。指先で腿を弾いてから、退屈そうに視線を逸らす。
「違うの? 迷信って何?」
「そんなの、後で調べればいいだろ。早く続きをしな」
尋ねても、そっぽを向いたまま黙り込んだままだった。教える気はないようである。それなら、こっちにも考えがあった。
「教えてくれないと、続きをしないからね」
ルチアーノの視線が、ちらりとこちらに向けられる。迷ったように僕を見てから、小さく溜め息をついた。ずっとキスだけで焦らされているから、身体が刺激を求めているのだろう。こういう時のルチアーノは、僕の言うことを聞いてくれるのだ。
「…………分かったよ」
しばらく間を空けてから、小さな声が聞こえてくる。一拍の間の後に、説明が始まった。
「人間のほくろは、前世で恋人にキスされた証だって言うんだろ」
「そうなんだ……」
僕は呟く。そんな話、聞いたこともなかったのだ。ぽかんと口を開ける僕を見て、ルチアーノが呆れたように言った。
「本当に知らなかったのかよ。君って変なやつだな」
迷信を知らなかっただけなのに、散々な言われようだった。まあ、いつもは僕がこういう話をしているのだから、呆れられるのも仕方ない。日頃の行いと言うものだ。
「それにしても、君の前世の恋人はよっぽど変わったやつだったんだな。内腿にキスマークをつけるなんて、僕には考えられないね」
「別に、腿くらい普通じゃない?」
「そうか? 君も変態だな」
会話を交わしてから、しばらくの間黙り込む。気になることがあって、僕はルチアーノの肌に視線を向けた。
そこには、真っ白な肌が広がっている。平らなお腹も、わずかに隆起する胸も、長い手足も、全てがきめ細かくて滑らかだった。
両手を伸ばすと、すべすべした肌を撫で回す。指先を滑らせながら、ほくろがないかを探した。上半身を眺めると、今度は下半身に視線を移す。
「何してるんだよ」
上の方から、ルチアーノの声が聞こえてくる。下半身に視線を向けたまま、呟くように答えた。
「ルチアーノには、ほくろは無いのかなって思って」
「あるわけないだろ。僕はアンドロイドだぞ。ほくろやシミなんてひとつも無いのさ」
寸分の間も置かずに、自慢気な声が返ってきた。確かに、彼の肌にほくろはひとつもない。どこまでもどこまでも、滑らかな白色が続いているだけである。少し悔しくなって、真っ白な太腿に唇を押し付けた。
「ひゃっ……! なんだよ!」
答えもせずに、右の内腿を吸い上げる。丁度、僕のほくろがあるところだった。唇を滑らせると、今度はお腹にキスをする。次に唇を押し当てたのは、恥骨の真上だった。
「んっ……。何してるんだよ……」
甘ったるい吐息が、僕の耳をくすぐる。足の付け根についた器官が、興奮に膨らみ始めていた。
しばらくキスを浴びせてから、僕はようやく顔を離した。何度も吸い付いたから、肌には口付けの痕跡が残されている。ルチアーノの蕩けた顔を眺めると、頭を撫でながら答えた。
「ルチアーノの来世に、たくさんほくろをつけてあげようと思って」
「そんなの……要らないよ……」
返ってくる声は、快楽でとろとろに溶けていた。艶かしい姿に、下半身が熱を取り戻し始める。温もりを求めて、彼の後ろの窪みに手を伸ばした。