甘える ベッドの上に腰を下ろすと、ルチアーノが近づいてきた。恐る恐る僕の隣に座り、顔色を窺うように覗き込む。目が合うと、恥ずかしそうに頬を染めて下を向いた。
今日のルチアーノは、甘えん坊モードらしかった。これまでに数えるほどしかない、ほんのたまにのことだけれど、彼は子供のように甘えたがりになるのだ。僕の膝の上に乗って、なでなでやだっこを要求する。それも自分の口では言えないから、僕が察するのを待つばかりなのだ。最初の頃は何も分からなくて、よく機嫌を損ねていた。
僕は、黙って両手を広げた。この仕草は、要求の受け入れの合図だった。はっきりそうと分かる、でも、恥ずかしさを感じさせない応答として、僕が手探りで見つけ出したのである。
応じられたと分かると、彼はおずおずと動き出す。僕より頭一つ分小さい華奢な身体が、ゆっくりと膝の上へ乗ってきた。至近距離まで近づいた状態で、僕たちは顔を向かい合わせる。さすがに恥ずかしいようで、ルチアーノは下を向いていた。
一言も言葉を交わさないまま、僕は彼の身体に腕を回した。無愛想にも見えるが、こうするのが一番の正解なのだということを、僕は長年の経験から知っている。彼はプライドが高いから、あまり露骨に甘やかしの言葉をかけると、逆に機嫌を損ねてしまうのだ。
ルチアーノの子供らしい体温が、静かに僕の身体へと伝わってくる。しっかりと両腕を回すと、彼は顔を僕の肩に乗せてきた。トリートメントのフローラルな香りが、優しく僕の鼻をくすぐる。そっと片手を離し、彼の背中に手を当てた。
平らで肉付きの少ない背中を、ゆっくりと手のひらで撫でる。慈しむように、優しい手付きになるように意識しながら、彼の身体に触れていく。背中を撫でると、今度は頭に手を当てた。長い髪を掻き分けながら、頭を撫でていく。
僕の頭の横で、ルチアーノが大きく息を吐いた。微かに聞こえてくるのは、鼻を啜る音だろう。幸せを感じているのか、過去や未来を想像して悲しんでいるのか。気にならないわけではないが、尋ねることはできなかった。
しばらくそうしていると、ルチアーノはゆっくりと身体を起こした。相変わらず下を向いたまま、僕の膝の上から降りる。満足したのかと思っていたら、今度はお腹に顔を押し付けられた。
抱きつかれた勢いで、危うく後ろに倒れそうになる。なんとか踏み止まると、ルチアーノの身体に腕を回した。じわりと熱を放つ無機物が、お腹で涙を流している。身体が小刻みに震えているのが、伝わってくる振動で分かった。
「大丈夫」
気がついたら、口から言葉が出ていた。悲しそうな泣き声を聞いていたら、放っておけなくなってしまったのだ。背中に手を添え、髪を優しく撫で付けながら、僕はルチアーノに話しかける。
「大丈夫だよ」
腕の中では、ルチアーノが鼻を啜っていた。こうなってしまっては、声を出したくても出せないのだろう。今の彼は、外見相応の子供なのだ。
彼の美しく艶やかな髪を、後ろに流すように撫で付ける。少し考えてから、背中をトントンと軽く叩いた。それでも足りない気がして、髪を掻き分けるように頭に触れる。肌に指を通しながら、くしゃくしゃと頭を撫でた。
「僕は、どこにも行かないから」
僕の言葉は、彼の耳へと届いているのだろうか? 子供のように扱ってしまっているから、機嫌を損ねているかもしれない。彼は子供であって子供ではないし、とても気難しい性格をしている。だからこそ、僕は彼と一緒にいることを選んだのだ。
静かな部屋の中を、時計の音が響き渡る。小さな息遣いと衣擦れの音、背中を擦る音だけが、部屋に聞こえる音の全てだ。腹部の温もりを感じつつ、モーターの振動を聞いていると、不意に彼が顔を上げた。
涙に潤んだ真緑の瞳が、真っ直ぐに僕の瞳を捉える。頬はほんのりと上気し、表情も子供らしく緩んでいた。何も言わずに立ち上がると、僕に顔を近づけてくる。
「んっ…………!」
僕の唇の上に、ルチアーノの唇が重なった。無防備に開いた口の中に、ルチアーノの舌が入り込んでくる。僕の舌を探り当てると、強引な仕草で重ねられた。珍しく積極的な態度に、僕の方が面食らってしまう。
「んっ……ふっ…………」
くちゅくちゅと音を立てながら、舌と舌が絡み合う。唇の端から流れた唾液が、顎を伝って下へと落ちた。息苦しさに耐えかねて、そっとルチアーノの背中を叩く。名残惜しそうに舌を撫でてから、彼は唇を離した。
「ぷはっ…………!」
肺に空気が入り込んで、漫画のような声が出てしまう。大きく息を吸い込むと、そのまま深呼吸をした。酸欠ぎみだった脳内に、新鮮な空気が染み渡る。
「こんなので息が切れるなんて、君はお子様だな」
僕の膝に座りながら、ルチアーノが小さな声で言った。まだ涙混じりだったが、声色からはからかいの色を感じる。強がりの滲んだ言葉だった。
「急にキスされたんだもん。すぐには応えられないよ」
いつものように答えると、彼はきひひと笑った。膝の上によじ登ると、にやにやと笑いながら身体をくっつける。甘えられているのだと気がついて、僕も腕を伸ばして応じた。
ルチアーノの身体は、すごく小さく感じる。僕よりも頭ひとつ分小さいのだから、小さくて当たり前だ。この小さな身体で、彼は多くのものを背負っているのだろう。そう考えると、この少年を愛おしく感じた。
「僕には、ルチアーノの悲しみは分からない。でも、こうして一緒にいることはできるよ」
背中に手を回しながら、僕はそんなことを呟いた。下を向いていたルチアーノが、にやりとした表情を保ったまま顔を上げた。きひひと甲高い声で笑うと、さっきよりもしっかりとした声で返す。
「何かっこつけてんだよ。そんなこと言っても、君はかっこよくなんてないぜ」
「かっこつけてるんじゃないよ。これは、僕の本心だから。僕は、ルチアーノとずっと一緒にいたいんだよ」
真っ直ぐに目を見て答えると、彼は恥ずかしそうに下を向いた。ただでさえ上気していた頬が、熱を持ったように赤く染まる。その姿が愛しくて、僕は彼の頭を撫でる。
「こっ恥ずかしいこと言うなよ。馬鹿」
下の方からは、小さな声が聞こえてくる。それが愛おしくて、僕はさらに頭を撫でた。