意識 ルチアーノと恋人同士になってから、しばらくの時間が過ぎた。
恋人同士。それは、恋愛関係であることを約束した仲ということであり、お互いがお互いを思っていることの証明である。僕はルチアーノのことを愛していて、ルチアーノも僕のことを想ってくれている。明言はしていないけど、僕は確信を持ってそう思えた。
その証拠に、彼は肉体関係を許してくれたのだ。神の代行者であることに誇りを持ち、人間と関わりを持とうとしなかった彼が、僕にだけはその身に触れる許可を出してくれた。僕にはイリアステルのことはよく分からないけど、それがどれだけ名誉なことなのかは、彼の言葉を聞いていれば伝わってくる。望外な関係を許された幸せに、僕はすっかり舞い上がっていた。
ルチアーノは、すごく美しい男の子だ。真っ白で染みひとつ無い肌は、触れるととても滑らかで、それなのにしっかりとした弾力がある。背中まで流れる赤い髪は、さらさらとしていて一切の絡まりが無いのだ。まだ性差がはっきりとしていない平らな肉体も、中性的な容姿と相まって神秘的だ。そのパーツのひとつひとつに、僕は魅了されてしまう。
この身体に触れられる日が来るなんて、出会った時には思いもしなかった。ずっと、僕の片想いのまま終わるのだと、つい一月前までは考えていたくらいだ。今だって、毎日のようにこれが本当の現実なのかを疑ってしまう。彼の平な胸を撫でている時にも、お風呂上がりの湿った髪を見る時も、朝、隣で眠る彼の姿を見る時も、ついつい心配になって、自分の頬をつねったりしてしまう。
本当は、夢の中にいるのかもしれない。彼に告白したあの日から、僕は長い眠りについているのかもしれない。そうだとでも思わないと、僕はこの幸せを咀嚼できない。それほどまでに、今の僕は幸せなのだ。
「おい!」
考え事をしていると、隣から声が聞こえてきた。急いで視線を向けると、両目を吊り上げたルチアーノが、冷たい瞳で僕を見つめている。目と目が合うと、彼は鋭い剣幕で言った。
「おい、聞いてるのかよ!」
全然聞いていなかった。僕の頭の中は、ルチアーノのことでいっぱいなのである。それに、今日は少し心が乱れるようなことがあったのだ。彼の話など、少しも入ってこなかった。
「ごめん。ちょっと、ぼーっとしてて」
素直に答えると、彼はさらに目を吊り上げる。少し頬を染めると、湿っぽい声で言った。
「もしかして、昨日のことでも考えてたのかよ。君は本当に変態だな」
「うっ…………」
恥ずかしいことを指摘されて、僕は言葉に詰まってしまった。彼の言う通り、僕が意識をふわつかせていたのは、昨日のことが原因である。だって、仕方ないのだ。昨晩の僕たちは、濃厚に身体を重ねていたのである。僕は誰かと付き合ったことがないから、肉体関係を持つことそのものが初めてだ。そんな状態で身体の隅々に触れ合って、意識しないわけがない。どうしても、昨晩の行為が頭をちらついてしまうのだ。
明らかに動揺する僕を見て、ルチアーノはふんすと鼻を鳴らした。僕の頬を軽くつねると、ひとつだけ大きなため息をつく。
「図星かよ。仕方ないやつだな」
「だって、恋人と流れでするの、初めてだったんだもん」
「子供みたいなこと言うなよ」
ルチアーノはそう言うが、僕は、あまり納得がいかなかった。僕はまだ高校生の年で、本当なら、こういう行為をするには少し早い年なのだ。落ち着いていられるわけがない。
「とにかく、恥じらいなんてとっとと忘れろよ。デュエルに集中しなきゃ、特訓の意味が無いからな」
上から目線で語られて、少しだけムッとしてしまった。今はこんなに余裕ぶってるルチアーノだが、昨日は緊張でガチガチになっていたのだ。それはもう、触れることを躊躇うほどの緊張ぶりだ。悔しくなって、小さな声で呟く。
「ルチアーノだって、昨日はあんなに意識してた癖に……」
「昨日のことはいいだろ!」
動揺した返事が帰ってきて、ついつい口角が上がってしまった。仕返しをできたことに満足して、気になっていたことをぶつけてみる。
「で、ルチアーノは何を言おうとしてたの? 声をかけてきたってことは、何か言いたいことがあったんでしょ」
「話を戻すなよ。まあ、別に大したことじゃないぜ。その水をもらおうとしただけだからさ」
答えながら、ルチアーノは手を伸ばしてきた。彼が指しているのは、僕の隣に置かれている水みたいだ。上半分を掴むと、体勢を戻してキャップを開ける。
「待って!」
突飛な行動に、思わず大きな声を上げてしまった。ルチアーノの不満そうな視線が、真っ直ぐ僕に突き刺さる。
「なんだよ、そんな声を出して。文句でもあるのか?」
彼は平然としているが、その水は、ついさっきまで僕が飲んでいたものである。それを飲むと言うことは、つまり、そういうことになるわけで……。
「それ、僕が飲んだやつだから! 間接キスになっちゃうよ……!」
口に出すと、彼は一瞬だけぽかんとした顔をした。すぐに意味を理解したようで、ケラケラと楽しそうに笑い始める。
「なんだ。そんなことかよ。昨日はあんなにキスしてた癖に、子供みたいなことを気にするんだな」
「だって……!」
ルチアーノはそう言うが、僕はそんな簡単には流せなかった。僕は年頃の男の子で、誰とも付き合ったことがないのである。当然、間接キスだって気になってしまう。
そんな僕をよそに、ルチアーノはごくごくと水を飲んでいる。豪快に喉を鳴らす様子が、ふわついた頭には色っぽく見えた。揺れる髪も美しくて、ついつい視線を向けてしまう。
「何見てるんだよ、変態」
にやにやと笑いながら、ルチアーノが楽しそうに言う。その姿も色っぽくて、僕はほんのりと頬を染めた。