地下デュエル「違法デュエル場?」
僕が尋ねると、牛尾さんは静かに頷いた。彼にしては珍しい、深刻そうな険しい表情を浮かべている。牛尾さんは大人だから、僕たちの前で仕事の不安を見せることなどほとんどないのだ。その余裕が崩れているということは、何か重大な事件が起きているのだろう。
「そうだ。旧サテライトエリアの地下に、違法のデュエル施設があったことは知ってるだろう。ほとんどがシティ統一の工事で壊されたんだが、まだ、いくつかは残ってるみたいでな。今でも使われているらしいんだ」
そこまで語ってから、彼は目の前のコーヒーに手を伸ばした。口元に運ぶと、重々しい仕草で一口だけ飲み込む。なんだか、嫌な予感がした。
「そのうちのひとつで、地下デュエルが行われてるって通報があったんだ。高額レートで賭けを持ち出され、身ぐるみを剥がされたという話も二件は聞いている。地下デュエルなんて違法スレスレのものを、わざわざセキュリティに報告する物好きなんかいないだろ。実際の被害件数は、何十倍も上ってことになるわけだ」
続けられた言葉に、僕はごくりと唾を飲む。ここまで聞いて、事情の分からない僕ではないのだ。気持ちを落ち着かせるために、目の前に置かれたココアに手を伸ばす。口に含んだ液体は燃えるように熱くて、猫舌な僕は舌をやけどしてしまった。
「それは、治安維持局でなんとかできないの? 事件性があるってことでしょう?」
尋ねると、牛尾さんは静かに首を横に振る。予想はしていたが、そう簡単な話ではないようだった。
「それが、そうはいかないんだ。調べたところ、やつらのやってることは何も法に触れていない。ただただ、負け無しに強いというだけでな」
「遊星は、この事は知ってるの?」
「伝えはしたんだが、WRGPに出場することを考えると、無茶なことはできないらしい。トラブルを起こしたら、出場資格が取り消しになるかもしれないからな」
告げられた理由に、さすがの僕も反論したくなってしまう。WRGPに出場するという条件は、僕たちだって同じなのだ。一方的に危険を犯す訳にはいかない。
「僕たちも出場するんだけど……」
「お前には、イリアステルがついてるだろ。なんとかならないのか?」
一切悪びれることもなく、牛尾さんは僕に告げる。確かに、ルチアーノの力を使えば、僕たちは危険を犯すことなく問題を解決できるだろう。でも、協力するにはそれ以前の問題があった。
「一応、話はしてみるよ。あんまり期待はしないでね」
「ああ、駄目だったら、他を当たるよ。ありがとな」
会話を終えると、僕は黙ってココアを口にする。いつの間にか、中の液体は僕にも飲めるほどぬるくなっていた。
「それで、引き受けてきたのか? その、地下デュエル討伐ってやつをさ」
僕の話を聞くと、ルチアーノは呆れたような声で言った。首だけをこちらに回して、ソファの向こうから僕を見る。
「まだ、完全に引き受けたわけじゃないよ。参考までに話を聞いて、現場の情報をもらってきたんだ。ルチアーノは、勝手に決められたら嫌がると思ったから」
僕の言葉に、彼はにやりと口角を上げた。椅子の背もたれから身を乗り出すと、からかうような声色で言う。
「よく分かってるじゃないか。全く、治安維持局のやつも、よくこんな時に面倒なことを頼めるよな」
「こんな時だからだよ。WRGP当日にトラブルが起きたら、責任を問われるのは治安維持局なんだから」
「それもそうか。あいつらにとって、責任問題は何よりも避けたいことだろうからな」
なぜか楽しそうな声を上げると、ルチアーノはケラケラと甲高い声で笑った。耳に突き刺さる声を聞きながらも、僕は険しい顔を浮かべていた。この事件については、僕も思うことがあるのである。呑気に笑う気にはなれなかった。
牛尾さんの話によると、治安維持局は、この事件を闇のカードによるものだと考えているらしい。被害者の話に不自然な点が多く、ところどころ記憶が抜け落ちていたからだ。地下デュエルの主は闇のカードを使って戦いに勝利し、その記憶を消しているとしてもおかしくはない。
だとしたら、そのカードはどこから出てきたものなのだろう。ルチアーノが知らないということは、イリアステルのものではないのかもしれない。最近はアルカディアムーブメントも動き始めているみたいだし、不穏な気配がしていたのだ。
「そんなに気になるなら、協力してやってもいいぜ」
不意に、ルチアーノが声をかけてきた。驚いて顔を上げると、キラキラと輝く緑の瞳が僕を見つめている。彼はにやりと口元を歪めると、上から目線にこう言った。
「気になるんだろ。そんな上の空で戦って、負けられたら困るからな。地下デュエル討伐とやらを手伝ってやる」
「いいの? 治安維持局に協力するのは、あんまり気分が良くないんじゃない?」
「君は、僕がそんなことを気にするほど子供だと思ってるのかい? 利用しなくなったからと言って、あいつらを嫌ってるわけじゃないさ。それに、僕にも気になることがあるからな」
彼は、僕の方に身を乗り出してきた。手を伸ばして資料の入ったメモリーを奪うと、ターンするように前を向く。跳ねるような動きでソファの上から下りると、端末を起動して情報を表示させた。
「ふーん。やつらの拠点はここなのか。ますます怪しいな……」
ぶつぶつと一人で呟いてから、僕の方に視線を戻す。その瞳は、既に獲物を前にした肉食獣の輝きを浮かべていた。
「そうとなったら、早速行こうぜ。とっとと支度しな」
「ちょっと待ってよ!」
勝手に話を進められ、僕は慌てて鞄を手に取る。さっき片付けたばかりなのに、また持ち出すことになってしまった。まあ、こればっかりは仕方ない。依頼を受けてきたのは、紛れもない僕なのだから。
ルチアーノがワープ機能を起動した。光の波に飲み込まれて、僕たちの身体は宙に浮かぶ。あっという間に、周囲の景色が切り替わった。
その建物は、思ったよりも堂々と鎮座していた。強い光を放つ大きな箱が、暗闇の中を切り裂くように、僕たちの視界を塞いでいる。地下デュエルと言うくらいだから、てっきり建物も地下にあるものだと思っていたが、案外そうでもないらしい。なんだか不思議な話だった。
「ここだな」
一切恐れることなく、ルチアーノは建物の入り口へと歩いていく。対する僕はと言うと、少し脅えながら彼の後に続いていた。牛尾さんの話が本当なら、ここの主は負け無しの最強デュエリストだ。ひょっとしたら、僕たちでも負けてしまうかもしれない。
「たのもー!」
大きな声で宣言しながら、ルチアーノは両手で扉を開ける。古くなった蝶番が、ギリギリと大きな音を立てた。あまりにも子供っぽい仕草に、僕は開いた口が塞がらなくなってしまう。そんな僕を残したまま、彼はずんずんと中へ入っていった。
受付に座っていた男が、怪訝そうな瞳でルチアーノを見つめる。年端もいかない子供であると分かると、鼻を鳴らして嘲笑した。
「なんだ? 迷子か? ここは、お前みたいなガキが来るところじゃないんだぜ」
しかし、ルチアーノは少しも動じない。彼は彼で、このような男の扱いには慣れているのだ。挑発に少しも応じることなく、淡々と用件を告げる。
「ここの主とデュエルをしたいんだ」
「はあ?」
「聞こえなかったのかい? ここの主とデュエルがしたいんだ」
男が、馬鹿にしたような笑い声を上げる。嘲るような視線でルチアーノを見ると、突き放すように言葉を投げた。
「お前が? 冗談もいい加減にしろよ」
「なら、勝手に会わせてもらうよ」
しかし、ルチアーノは動じない。ちらりと男に視線を向けると、踵を返して建物の奥へと向かう。僕も慌ててその後を追った。
「おい、待てって!」
男の声が、僕たちの後ろから響いてくる。追いかけて来るんじゃないかと思ったが、足音は聞こえなかった。安心に胸を撫で下ろしていると、奥の部屋へとたどり着いた。
そこには、デュエルコートが広がっていた。入り口から遠く離れた反対側には、玉座のような椅子がぽつんと置かれている。そこに座っているのが、このデュエル施設の主らしかった。
「ずいぶんかわいい挑戦者だな」
ルチアーノに視線を向けると、男がぽつりと言葉を発する。さっきの男ほど露骨ではないが、やはり嘲笑の響きが含まれていた。毅然と男を見上げると、ルチアーノも堂々とした態度で言う。
「お前が、ここの主だな。僕とデュエルをしろ」
「まさか、自分が俺に釣り合うとでも思ってるのか? 度胸試し感覚で挑んだら、後悔することになるぞ」
「その言葉、そっくりそのままお前に返すぜ。僕を見た目通りの子供だと思うなよ」
二人の視線が、空中でバチバチとぶつかり合う。男は黙ったまま席を立つと、デュエルコートまで降りてきた。ルチアーノの煽りを聞いて、対抗意識が燃やされたのだろう。バチバチと火花をちらしたまま、デュエルディスクを展開する。
「俺に挑んだこと、後悔させてやる」
「後悔するのはそっちだよ」
お互いに煽りあったまま、流れるようにデュエルが始まった。男が先攻を宣言し、次々とモンスターを並べていく。対するルチアーノは、淡々と男の妨害をかわしていく。手練れと呼ばれる者同士の、一歩も譲らない読み合いだ。こうなってしまえば、僕には見守ることしかできない。少し離れたところから、静かにデュエルの成り行きを見ていた。
異変が起きたのは、三ターン目に入った時だった。男がカードをドローすると、にやにやと笑い始めたのだ。まるで勝利を確信したかのような仕草で、彼は一枚のカードを掴み取る。ルチアーノの目の前に突きつけると、堂々とした態度で宣言した。
「魔法発動! 催眠術!」
「えっ?」
奇妙なカードに、僕は間抜けな声を上げてしまう。それは、僕が小さかった頃に持っていたような古いカードで、お世辞にも強いとは言えないのだ。なぜ、自信満々な態度で取り出したのか分からなかった。
目の前に突きつけられたカードを見て、ルチアーノはにやりと口角を上げる。まるで、こうなることが分かっていたかのような、余裕綽々の態度だった。
「やっぱり、そういうことかよ。それなら、こうだ」
そう言うと、伏せていたトラップカードを発動した。魔法カードが無効にされ、墓地へと吸い込まれていく。反撃を食らい、男は慌てたような声を上げた。
「なぜだ! なぜ、カードが効かない?」
「残念だけど、僕は闇のカードに耐性があってね。そんなもので操られたりはしないんだ」
「くっ…………」
悔しそうな顔をする男と、余裕綽々のルチアーノ。何かが起きているのは分かるが、何が起きているのかは分からなかった。呆然とする僕の前で、デュエルは淡々と進んでいく。畳み掛けるような攻撃で、ルチアーノが勝利を収めた。
崩れ落ちる男のもとへ、ルチアーノが静かに歩み寄る。真上から男を見下ろすと、冷たい声で言った。
「そのカードを渡してもらおうか」
「くっ…………!」
男はデュエルディスクに手を伸ばすと、中に入っていたカードを引き抜いた。それは、さっき発動を無効にされた、催眠術のカードである。引ったくるように受け取ると、ルチアーノはくるりと踵を返した。ぽかんとした僕に気がつくと、少し面倒臭そうな態度で言う。
「このカードは、イリアステルが試作した闇のカードなんだよ。ゴースト事件の時に行方不明になってけど、こんなところにあったなんてね」
「そうなんだ……」
「このカードには、相手の記憶を書き換える力が込められているんだ。あの男はこの力で記憶を書き換えて、相手に自分が勝ったような幻覚を見せてたんだろうな。供述が曖昧だったのも、記憶の一部を消されてたからだよ」
喋りながらも、彼は手元のカードを破っている。そこそこ厚みのある素材でできているはずなのに、コピー用紙でも破るような手付きだった。細かい紙屑になったカードを、バラバラとコートの上に撒き散らす。
「まあ、不完全な試作品だったから、そこまで上手くはいかなかったみたいだな。全く、馬鹿なやつだぜ。ひひっ」
楽しそうに笑いながら、彼は出口へと向かっていく。後ろには、茫然自失となった男が残されたままだ。慌てて後を追いながら、僕はルチアーノに声をかける。
「待ってよ。あの人はどうするの?」
「僕はどうもしないぜ。君の依頼人に伝えて、煮るなり焼くなり好きにすればいいじゃないか」
何事も無いように語ってから、さらに甲高い笑い声を上げる。その横顔が、今だけは恐ろしく見えるのだった。