ドラマのようには行かない行いなんだかんだあり、簓と盧笙と付き合うことになった。
最初は俺も冗談か何かの罰ゲームだと思って軽く流していたが、だんだんとエスカレートしていく2人の告白やその時に見せる本気の表情に呆れ、基根負けして、素直にこいつらの気持ちを受け入れた。
元相方だなんだと言いながらまるで兄弟のように仲がいい2人に、3人で付き合うのに嫌悪感はないのかと俺が尋ねると、盧笙は「簓やし、3人でも零と付き合えとるのは事実やし別に気にしとらんわ。」と言い、簓は「盧笙やし、零も盧笙もみぃんな好きやから全然ええ!」とのことだった。
詐欺師だ科学者だと忙しい人生を今まで送ってきた俺でさえ理解が追い付かず首を傾げるほどの2人だったが、途中で脳を納得させるのが面倒くさくなり、最後には思考を放棄した。
2人は俺の事を常に可愛がるように撫でたり、口付けたり、抱き締めたりする。
自分より身長を低い人間にそういった行為をされるのは慣れているので此方も適当に対応を取っていた。
そもそも最初の方は、俺は2人に明確な恋愛感情なんてなく、ただの暇潰し程度に思っていた。
簓と盧笙は何処かそれを察しているのか、キスやハグはしてもそういった行為をしたいとは言ったことがない。
まだ26歳で性欲も有り余っている頃だろうに、必死に我慢している。我慢させていると言った方が正しいかもしれない。
今日もいつも通り盧笙の家でソファに座りながら、床に腰を下ろして俺の脚の間に頭を入れたままテレビを見る簓の髪を弄りつつ、俺の横に腰掛けて肩に頭を預けてくる盧笙を横目に見る。
時折盧笙が頬へキスを落としたりすると簓が拗ねて俺の反対隣に来る。
ただでさえデカい男が2人座って狭いソファが余計に狭くなると俺の機嫌が少しだけ悪くなるので盧笙も最近は簓がいる時キスをしてくることを控えていた。
その簓は盧笙が居ない時俺にキスばかりしてくるが、それを言うと盧笙の表情が人1人殺しそうな面になりそうなので言うのはやめておいた。
たまたまテレビで同性愛をテーマにしたドラマが流れていた。
男2人がひとつ屋根の下で一緒に暮らして、料理を作ったり他愛ない会話をしたり、日常生活を送るという普通のドラマだった。
このドラマのように髭が生えて、男らしい方がトップをするのだろうと勝手に俺は思い込んでいた。
46年間、ほぼ半世紀という長い人生を歩んできたと言っても若い男2人と付き合うのは初めての経験。
しかも男を抱いたことは数回あっても抱かれたことはないし、同時に2人を抱いたことなんて女でもない。
ほぼ全てが初体験のような2人との交際は少し刺激的で俺も楽しんでいる節があった。
俺が根無し草なのを知っているせいか少し強めの独占欲のようなものを押し付けられるのも、女関係の話をするとあからさまに嫌な顔をして不機嫌になるのも、どこか子供っぽくて可愛いと思っていた。
そういう可愛らしさも相まって、行為をするときは勿論俺がトップなのだろうと疑わなかった。
俺は身長もあるし、声も低い。
先程のドラマのトップのように見るからに男だし、女なんてごまんと抱いてきた。
そんな俺が20も下の男2人に抱かれるなんて誰が想像するだろうか。
その夜、簓と盧笙が改まったように3人で眠るベッドの上に正座で座っていた。
風呂から上がって頭の上にバスタオルを乗せて下着だけを身につけたまま寝室に入ると目に飛び込んできたその光景に少し驚きながら首を傾げる。
「おぉ……?どーしたお前ら……おいちゃん今日はなんも悪いことしてねェぞ……?」
「いや、それは知っとる、そうやなくてやな……いや、ちょお…………あかん、盧笙から言うてぇな……!」
「嫌や、お前が言うてジャンケンでさっき決めたやろ、男が言葉曲げんなや。」
どうやら俺が風呂で体を濡らしている間コイツらは仲良くジャンケンで何かを言う役割を決めていたらしい。
こんな夜にベッド、2人の改まった表情。
なんとなく察しながらも言いにくそうに口ごもる簓の言葉をベッドに腰掛けて待った。
「……あ~……っ、その……したいんや……零と……」
ようやく簓が口を開いてもごもごと小さく呟く。
やっぱりか。そんな感想が頭に浮かんだ。
まぁ分かってはいたが今日ではないにしろ2人を抱く準備なんてしてないし、なんなら2人とも抱かれるのが初めてだろうし、後ろの準備も上手くできないだろう。
しかし俺は1人頷くとベッドに2人を押し倒した。
「なるほどなァ……おいちゃんとしてェの?いいぜ、天国見せてやるよ。」
少しだけ舌を出し、唇を潤わせると悪戯に目を細める。
こうやったら実際に行為をする気はなくても大抵の男女は俺に落ちる。
色々手玉に取るにはこうした方が1番早いと持論があった。無論2人は手玉に取る必要も別にないのだが。
簓と盧笙が顔を赤らめて少し慌てるような素振りを見せる。
ここまでの反応は全て想像の範囲内であったため、余裕はまだ持っていることが出来た。
しかし、次には俺のその余裕はがらがらと音を立てて崩れ去ることになった。
2人の掌が俺の頬へ添えられる。
するとこんなことを言い出した。
「っ、あかんそんなん言うたら……!体は大事にせなあかんやろ……!なぁ盧笙!」
「せやで零、今までそうやって体大事にしてこんかったんやろ。今の見たら分かるわそんなん……俺らがよぉさん勉強して絶対気持ちよぉさせたるな。」
「おん!俺ら頑張って勉強して、絶対零のこと気持ちよぉさせる!それまでちょっと時間かかるかもやけど……待っとってくれるか……?」
今まで保てていたポーカーフェイスが瞬く間に剥がれ落ちていくような感覚に襲われた。
体は大事に?気持ちよくさせる?勉強?
頭の中の大量のハテナにひとつひとつ回答を与える時間も与えないまま2人はもう一度口を開いて、重ねてこう言った。
「俺ら、男抱くん初めてやけど、零が初めてでほんま嬉しい。零は初めてやないと思うけど、今まで抱かれた誰より気持ちよぉさせたるからな!」
疑いが確信に変わり、くらりと目眩がした。
あぁこれ俺がボトムか……、そう思い理解した時には既にいつもの入眠の時のようにベッドに横にさせられていて両頬にキスを落とされたかと思えば、横で2人は寝息を立て始める。
「マジかお前ら……」
無意識のうちに独り言が零れて思わず額を押さえる。
少し難儀なことになったなと思いながらふと見た時間は午前2:30。
明日のことは明日の俺に任せよう、そう思って目を閉じた。
ちゅんちゅんと朝から喧しい鳥の囀りに意識を叩き起される。
まだうとうとと船を漕ぎながら欠伸を零しながら体を伸ばす。
固い体を動かすとばきばきと音が鳴ってそのまま背中を軽く捻る。
今気付いたが簓と盧笙は既に横から居なくなっていた。
何時だと目を軽く擦り短針を見ると11を指す。
もう一度大きな欠伸を吐き出して覚束無い足取りで洗面台まで向かう。
ぱしゃぱしゃと水を出して意識を覚醒へ引っ張るように水に濡らした手のひらで顔を叩く。
髭を軽く整えてからリビングへ向かうと盧笙が作った朝食が置いてあった。
トーストに目玉焼き、ハムとサラダ。
インスタントのコーヒーにお湯を入れて軽く手を合わせてから洋物の朝食を似合わない和の箸で摘みながらコーヒーを啜る。
腹も大方膨れたのでご馳走様と小さく零し、台所へと皿を持っていく。
かちゃかちゃと陶器を鳴らし洗いながら昨日言われたことをぼーっと思い返す。
未だに何かの間違いに違いない、そもそも初めてじゃないと思うけどってなんなんだ。
何か重大な勘違いをされている気がする。
俺は男を掘る趣味もないし、掘られる趣味もない。
無駄に昔から男ウケは良かったため掘らせてくれとは言われたことはあったが、全て断ってきた。
天谷奴零46歳。この歳にして処女を若い男に奪われるなんて考えたくもない。
ため息を吐きながらスーツに身を包む。
ネズミ講の講義がひとつと、可哀想なカモとの面会が一件。
処女を近々奪われるという何とも嫌な未来を想像しながら家を出た。
「ただいま~っ!って零おるやん~!ただいまれ~っ!」
「おーぅおかえり簓くん、手洗ったか?」
今日一日の詐欺師としてのやることを済ませるとその足で盧笙の家へと向かった俺はソファに座ってテレビを見ていた。
丁度液晶の中で挨拶を始めた天才お笑い芸人といま帰宅した簓の声が重なる。
後ろから抱き締められた自分より細い腕を撫でながらテレビから視線は逸らさずに尋ねる。
「あっ、洗っとらん!洗てくるわ!がらがらもする~!」
「行ってらぁ、ちゃんと綺麗にしてこいよ~。」
忙しない様子に少しだけ苦笑を浮かべては背中から離れた体温を少しばかり名残惜しそうに、無意識に表情を曇らせていたようで、ぱ、と顔に触れてそれに気付くと俺も絆されたなと肩を竦める。
実際最初の頃に比べたら2人に対して恋愛的、とまでは行かなくても友好的な感情以上のものは感じていた。
2人が毎日のように溢れる愛を行動で表してくるせいか、単に俺が絆されてしまっているせいかは分からないが、心のどこかで2人が愛おしいと思ってしまっている。
相変わらずテレビの中で元気よくギャグをかましている簓と目が合った。
「れー手洗ってきたでー、あ!俺のやつ見とるんやん!気付かんかった!」
「ちょーど帰ってきたらやってたから見てたんだわぁ、やっぱ板の上だと面白ぇな簓は。」
「一言余計やな~、"板"の上やなくても腹"痛"なるくらい面白いやろ?板だけに。」
「そーいうとこだぜ簓くん。」
寒いギャグを冷静に指摘すると簓は俺のターン横に座ってはなんでやなんでやと膝の上に頭を置いてばたばたと四肢を暴れさせる。
宥めるように頭を撫でていると、携帯の光が網膜を刺激した。
簓がそれに反応したように画面を覗き込む。
「あっ盧笙やん、なんて?」
「ン~?もうすぐ帰るから家居るならそうめん湯掻いてろだってぇ。」
「今日そうめんか~、ええやん。ほなトマトそうめんとかどない?まぁつゆにぶち込むだけなんやけども。」
「いいなァそれ、そんじゃ簓はトマト切り係宜しくな。」
合点承知之助、などと言いながら簓はトマトを切って俺はそうめんを湯掻く。
なんだかんだこの時間も気に入っている。
飯を作るのは別に嫌ではないし、人と食うのも気を使わない相手なら嫌いじゃない。
玄関の扉が開く音が鳴り、ただいまと盧笙のよく通る声が聞こえてきた。
俺と簓で台所から盧笙に声を掛ける。
「おかえりぃ盧笙くん。そうめん出来てっから手洗ってこい。」
「トマトも切ったでなー!」
「おぉ……おおきに……なんや零が俺ん家の台所で料理しとるんも大分慣れてきたわぁ……」
盧笙が荷物をリビングに置いては俺の首筋にキスをひとつ落としてから洗面台に手を洗いに行く。
盧笙が帰ってくると毎回やっているその行動に俺も多少慣れてきた。
俺からあまり2人に対して行動は起こさないが、時たまに落とすキスだけで2人はある程度満足しているらしい。
手を洗っていた盧笙が戻ってくるとリビングのローテーブルの上に水を切ったそうめんをざると、水受けの皿ごと乗せる。
希釈用の麺つゆを水で薄め、氷を入れてからトマトを放り込む。
3人で手を合わせては頂きますと声を揃えてそうめんに箸を付けた。
それから数週間、程々に楽しくて、程々に幸せな日々を3人で送っていた。
いつかの夜、漸くと言っていいのか、その夜が来た。
「……れぇ、俺らな、よぉさん調べたんよ。痛くない方法とか、気持ちよぉなれる方法とか。」
「せや、……やから今日、ええか……?嫌やったら断ってくれてかまへんから……」
ベッドに押し倒されたまま顔を近づけられる。
雄の顔を浮かべた2人を見ながら少し申し訳ないなと思う。
なぜなら俺は2人が思っているように男に抱かれたことが一切ないからだ。
よって綺麗な声の出し方など知らないし、達した演技なども上手くできる気がしない。
というかそもそも男に抱かれるなんて機会なんて生きててそうそうあるわけが無い。以前見たドラマのように性的な性別嗜好が合わない限り。
どう言おうかと悩んでいるところ、何を勘違いしたのか2人が悲しそうに眉を下げ出した。
「あー、違ぇのよ、違う違う。嫌とかじゃねぇの。……お前さんらよぉ……おいちゃんのこと当たり前に抱かれたことあると思ってるよなぁ。」
「え、ぁ……お、おん、やって零えっちやし今までも男誘って生きてきたんかなて……」
「盧笙素直すぎひんか、俺も似たようなこと思っとったけど……」
予想は出来ていても面と向かって言われると多少気にはするものだ。
ため息を零しては2人の頬を撫でる。
控えめに擦り寄ってくる様子に少しだけ目を細めた。
「……あんなぁ、俺は女の子は星の数ほど抱いたし、男も何回か抱いたことある。だがなぁ、おいちゃん抱かれたこと生まれてこの方1回もねぇの。」
「えぇ!?!?零処女なん!?!?」
「うるせぇ処女って言うな。」
「やかましで簓。」
簓は心底驚いたように表情を崩し、盧笙は相変わらず申し訳なさそうに眉を下げたままだった。
今までの勘違いを心底悔やんでいる、と言葉にはしないものの表情に浮かび上がっていて、何故かこちらが申し訳なくなった。
盧笙が口を開いては俺の髪へ触れる。
「零、勘違いしとってすまんかった……俺ら当たり前みたいに零が抱かれたことある思て……」
「おん……零めちゃくちゃえっちやし、おっぱいデカいしなんかいちいちエロいし……男の100人200人は食うとる思っとってん、ごめんな。」
「いやお前盛りすぎやろ精々30人くらいにせぇや。あとこの空気で言うかそれ。」
「んなっ!俺は場を和ませようとしてやな~!」
「おーおー落ち着けェ、揉めるな揉めるな。あと胸は胸筋であって乳じゃねぇ。」
いつものお笑いのノリで小さな喧嘩を始めた2人を宥めながら、2人の体の影からするりと外に逃げる。
少しだけ困ったように頭を掻く。
ちらりと刺さらと盧笙両方の瞳を見つめると少しばかりの情欲と不安が入り交じっていた。
俺はため息をついて2人を抱きしめる。
「……ン~、……とりあえず今日は寝ようぜ?」
悩んだ末の答えがこれだった。
2人には申し訳ないが男に、しかも2人に掘られるのは御免被りたかった。
いくら鍛えていると言っても26歳2人の体力には負けるだろうという主に体力面から判断した結果だ。
今日は丸く収めて、その後にまた色々考えてどうにかこうにか抱かれないようにすればいい、そう思いながら横に寝転がる。
大人しくなった2人を両脇に抱き締めて目を閉じた。
脳が回転して疲れたのか、もやもやとした意識に霞が掛かるようにすぐに夢へと落ちていった。
「おはようさん零!よぉ寝れた?」
ぱちぱちと瞼を何回か上げ下げし、起き上がる。
横で俺を抱き締めていた簓が声をかけてくる。
眠そうな様子は感じさせられないことから随分前から起きていて、俺を抱き締めていた事がわかった。
「俺今日1日オフやでな、家でゆっくりしよ。」
「珍しいなぁ、簓くんが1日オフなんて。」
「せやろ?勝ち取ってきたねん。」
他愛もない会話をしながらリビングへ向かい、朝食を食べる。
昨夜のような男の表情は一切感じられず、仮面でも付けているのかと疑うほどだった。
「味噌汁うま~、染みるわぁ~……」
「簓それオッサンみたいだぞ。」
「オッサンに言われた無いんやけど!?」
苦笑を零しながら朝食を平らげ、シンクへ皿を置く。
ベランダに出て煙草に火をつけると肺の奥深くまで煙を落とし込む。
少しだけ口元に弧を浮かべた。
「…………筋トレすっかぁ……」
いつ初夜のテイク2が来るかも分からない。
仕方ないとばかりに、可愛い男2人の為に体を暴かせてやろうと思ったのだった。