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    Ogonsakana

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    Ogonsakana

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    今年の2月くらいに書いた菊トニ話です。支部にあげて恥ずかしくなってすぐ消しちゃったのですが、ポイピクなら恥ずかしさ半減する気がして
    2人の子供目線の話です。好き勝手やってます。なんでも許せる方向け

    秋のサンタ小さい頃、サンタさんと話したことがある。

    あの当時、僕は新築アパートの2階で母と二人で暮らしていて、その下にある小さな整骨院が母の仕事場だった。
    物心ついた時から父はいなかった。母にそのことを尋ねても、決まって悲しそうな顔をするだけで、父のことは何も教えてくれなかった。
    たまに遊びにくる親戚の夏ちゃんや門倉のおじちゃんに聞いても、みんな苦い顔をするだけで教えてはくれなかった。僕は幼心にきっと父が母に何か悪いことをしたんだと思って、父のことを詮索するのをやめ考えないようにしていた。
    母と二人きりの生活だったが、僕は少しも寂しくなかった。家にはよく牛山のおじちゃんやキラウシ兄ちゃんがお土産を持って遊びにきてくれたし、すぐ下の母の仕事場によく遊びに行っては母や従業員のおじちゃんたちに宿題を見てもらったりしていた。店が閉まる時間までそこにいて、母と一緒に家に帰るのが僕は好きだった。目の見えない母の手を引いて一緒に階段を上がる。母の手は少しカサカサしているけどあったかくて、ぎゅっと力を込めると母もぎゅっと握り返してくれる。階段を登って部屋の前まで先導すると母はいつも「ありがとなぁ」と言って僕の頭を撫でてくれる。僕は母のこの笑顔が大好きだった。家に入って母が作る夕飯(と言っても大体はキラウシ兄ちゃんが作り置きしてくれた惣菜だったり永倉のお爺ちゃんがくれた高そうなレトルト食品だったけど)を食べながら、僕は今日学校であったことを話し、母はそれにうんうんと頷く。それから一緒に洗い物をしてお風呂に入る。僕の家にはテレビがなかったから、母が流すラジオを聴きながら学校の図書館で借りてきた本を読むのが日課だった。そんな平和で穏やかな生活に僕は満足していた。


    小学2年生の秋の終わり、いつものように母が流すラジオを聴きながら、僕は本を読んでいた。ラジオではクリスマスの子供へのプレゼントの話をしていて、僕は内心ワクワクしていたのを覚えている。クリスマスの日は母が土方のお爺ちゃんの家に連れて行ってくれて、そこで牛山のおじちゃんや夏ちゃん達からたくさんプレゼントを貰えたからだ。今思うと父がいない僕をみんな気にして、すごく可愛がってくれていたんだと思う。僕はそれが嬉しくて嬉しくて家に帰った後も母がうんざりするほど何度も「これを貰ったんだよ」「この本ずっと欲しかったやつなんだよ」と自慢していた。でもそれよりもっと楽しみなことがあった。次の日、朝起きたらベッド横に置いてあるサンタさんからのプレゼントだ。毎年僕が欲しいと思ったものを持ってきてくれて、僕が書いた手紙に小さいトナカイの絵が描かれたメッセージカードの返事をくれた。プレゼントとカードを抱きしめて母に「サンタさんきたよ!」と報告すると母は「良かったなぁ」と言って幸せそうに笑った。
    だから僕は本を読みながら、今年はサンタさんはどんなものを持ってきてくれるんだろうとワクワクしていた。
    読んでいた本がいいところで母が「もう寝ろ」と言ってきた。僕は「はーい」と言ってこっそり本を持って自分の部屋に行きベッドの上で本の続きを読んだ。母は目が見えないはずなのに、テーブルライトの薄い明かりでさえも気がつくので僕は暗闇の中、じっと目を凝らして一行一行ゆっくり読んでいた。
    そうして本を読み終えた時くらいだろうか、時間はもう深夜一時を回っていて、母も寝たのか家の中はシーンと静まり返り僕は少し怖くなった。もう寝てしまおうと頭まで布団をかぶろうとした瞬間、僕の部屋のドアが音も立てずゆっくりと開いた。僕は母がまだ起きてる僕を叱りにきたのだと思って咄嗟に目を瞑った。ぎゅっと力一杯目を閉じ動かないでいるとゆっくりゆっくり、僕のいるベッドに近づいてくるのがわかった。僕はなんだか違和感を感じて、気づかれないようにそっと薄目を開けると、黒い大きな人影がこちらの顔を覗き込んでいた。母じゃない。僕は驚いて目を見開き「え」と小さく声を上げた。すると人影も「わ、起きちゃったか」と小さな声を出した。その低い男の声があまりにも穏やかだったから、僕は怖いのと驚いたので固まってしまった。
    しばらく無言で男と見つめ合っていた。暗い部屋の中、男の顔ははっきりとは見えなかったけれど背が高く大柄で母よりも少し若く見えた。手には大きな鞄を持っていて、一瞬泥棒かと思ったけれど、それにしては身なりが綺麗で僕はますます混乱した。
    「だれ?」
    絞り出すような、小さな声で僕は尋ねた。
    「おじさんのこと、わかんない?」
    さっきと同じで穏やかな声で男が聞いてきた。
    僕が首を横に振ると
    「そうかぁ、わかんないか。そうか、そうだよなぁ」
    と呟いて、少し寂しそうな顔をした。
    母の知り合いだろうかと思った。けど母の仕事場でも、土方のお爺ちゃんの家でもこんな人は会ったことも見たこともなかった。
    男はしばらくそうかそうかうんうんと呟いてから、手に持っていた大きな鞄から箱を一つ取り出した。
    「これね、プレゼント。おじさんサンタさんなんだ」
    はいと僕にその箱を差し出した。受け取ってよく見てみると、それは僕がずっと欲しがっていたモデルガンだった。「わぁ!」と声をあげ僕は興奮した。そのモデルガンはデパートのおもちゃ売り場で、母に何度も買ってくれとせがんではだめだと言われていたものだったから。今思うと知らない男がなぜ自分の欲しいものを知っていたのか恐怖でしかないのだが、その当時の僕は怖さよりも手に入らないと思っていたものが突然自分のものになった嬉しさでいっぱいだった。しかしすぐ疑問が浮かんだ。
    「でもまだクリスマスじゃないよ。それにサンタさんは赤い服に白い髭なんだよ」
    その当時は秋の終わり頃で、街は確かにクリスマスの飾り付けがされていたけれど、クリスマスの日はまだ1ヶ月以上も先だった。それに男は全身黒い服で、顎と口元に短い髭は生えていたけれど、自分が知っているサンタの白く長い髭とは似ても似つかなかった。疑いの目を向ける僕に対し男ははははと笑い声をあげた。
    「今日はね視察に来たんだよ。◯くんがいい子にしてるかなって。他の人にバレちゃいけないから今日は変装してるんだ」
    ちゃんといい子にしてたからご褒美にこれを持ってきたんだよ。と僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。初めて会った人のはずなのに、僕はなんだかそんな気がしなかった。荒っぽく撫でる手は硬かったけどあったかくて安心して、母に似てるなと思った。なんで僕の名前を知っているんだろうとも思ったけど、その時の僕は単純だったからきっとサンタさんの不思議な力でわかったんだろうと勝手に納得した。
    「ありがとうサンタさん」
    僕は男に抱きついた。男は一瞬驚いた様子を見せたがすぐに「うん、うん、いいんだよ。◯くんは本当にいい子だな」と強く僕を抱きしめた。その声が妙に震えていたのを今でも覚えている。
    どれくらいそうしていただろうか。しばらくして男は「もう帰らないと」と僕の体を離した。
    「クリスマスもまた来てくれる?」
    僕が尋ねると男は「もちろん」とまた僕の頭を撫でた。
    「あ、そうだ」
    男は思い出したかのように大きな鞄を漁って何かを取り出した。
    「これね、◯くんのお母さんへのプレゼント」
    それは少し古いが綺麗な黒と茶色のギザギザ模様のスカーフだった。
    「サンタさんね、お母さんには会えないんだ。だから◯くんが代わりに渡してくれるかな?」
    僕はうんと頷いて、綺麗に畳まれたそれを受け取った。
    男はニッコリ頷いて「じゃあね」と言って僕の顔を撫でてから、入ってきた時と同じように、音を立てず、ゆっくりゆっくりドアを開いて部屋から出ていった。
    男が部屋に入ってから出ていくまで、多分30分もなかったと思う。でもその時の僕はサンタさんと初めて出会った時間が何時間にも感じられて、しばらく興奮していた。
    サンタさんから貰ったモデルガンと預けられた母へのプレゼントを握りしめて、母の喜ぶ姿を想像しながら眠りについた。


    次の日の朝、朝食を用意している母の元へ駆け寄り僕は昨晩起きた不思議な出来事を話した。
    朝の忙しい時間、最初は生返事だった母が、僕が出会った黒いサンタの話をした瞬間バッとこっちを振り返った。パンを焼いていたトースターが出来上がったとピーピー鳴るのも無視して、母は僕の肩を掴んで「どんな男だった!?」とものすごい血相で聞いてきた。てっきりサンタと出会えたことに喜んでくれると思っていたから、僕は驚いて、吃りながら昨夜見たサンタ男の特徴を話した。
    すると母の顔がみるみるうちに青ざめていって、「なんで、なんで」と呟き始めた。そして僕に「何もされてないか?」「痛いことされなかったか?」「何時ごろに来た?」「どんなこと話した?」と矢継ぎ早に聞いてきた。部屋中に響くトースターのピーピー音と、母の怒鳴り声にも近いそれに僕はパニックになって、何も言えず固まってしまった。僕が何も答えないでいると母はハッとした顔をしてどこかに電話をかけ始めた。部屋の隅で、小さな声で話していたからよく聞こえなかったけど
    「土方さん、どうしよう、どうしよう」
    と言う母の弱々しい声で、土方のお爺ちゃんへかけているんだとわかった。
    僕はもう泣き出しそうだった。いつも冷静で優しい母が、半狂乱でなんでなんでと取り乱す姿は子供の頃の僕にとって大きなショックだった。
    母はしばらく話した後、旅行用のキャリーに服やら歯ブラシやらを手あたり次第詰め込み始めた。母が放り投げた携帯はまだ繋がっていて、僕が取ると土方のお爺ちゃんの声がした。
    「◯◯か、今から迎えにいくからお母さんと二人で待ってなさい」
    僕はこの時ようやく何かとんでもないことが起きたんだとわかって、怖くなってわんわん泣き始めた。
    キャリーに荷物を詰め終わった母が僕を抱っこして「大丈夫、大丈夫だからな」と何度も背中をさすってくれた。でもそんな母も今にも泣き出しそうな顔で、僕はますます不安になった。
    しばらく部屋の隅で母と二人そうしていると、玄関のチャイムが鳴った。
    「おーい都丹、迎えにきたぞ!牛山だ、開けてくれ!」
    牛山のおじちゃんの声が聞こえて僕と母は安堵した。玄関を開けると牛山のおじちゃんと土方のお爺ちゃんが立っていた。アパートの下に停められていた黒の大きな車にはキラウシ兄ちゃんと夏ちゃんもいて、僕と母を挟むようにして車に乗った。
    「怖かったなぁ」
    「もう大丈夫だからな」
    と牛山のおじちゃんや夏ちゃんが僕を撫でてくれた。助手席に座っていた土方のお爺ちゃんはずっと険しい顔をしていた。
    「お爺ちゃんち行くの?」
    僕が聞くと母は「そうだ」と言ってそれきり黙ってしまった。僕は母の膝に乗ったまま、初めて見た母の姿を思い出しては怖くなって涙を流した。
    土方のお爺ちゃんの家に着くと、母は永倉のお爺ちゃん達と話があると言って奥の和室に行ってしまった。パジャマ姿のまま家を出た僕は夏ちゃんのお古を着せてもらって、キラウシ兄ちゃんや門倉のおじちゃん達に遊んでもらった。
    しばらくすると奥の和室からカノちゃんが来て、サンタさんにあった日のことを聞いてきた。僕は母に話したことと全く同じことを話した。
    「じゃあそれもそのサンタさんにもらったもの?」
    カノちゃんが僕がずっと握っていたスカーフを指差した。
    「うん。サンタさんがお母さんにって」
    そういうとカノちゃんはそうですかとニッコリ頷いて「私がお母さんに渡してきましょうね」とスカーフを受け取った。
    それから変わるがわる牛山のおじちゃんや永倉のお爺ちゃん達が来ては少し話をした。母と土方のお爺ちゃんは結局その日は奥の和室から出てこなかった。
    次の日起きると目を腫らした母がいて「ごめんなぁ」と僕を抱きしめた。「僕もごめんなさい」と言うと母はまたちょっと泣きそうな顔をして笑った。



    その日以来僕はあのアパートには戻っていない。学校もしばらく休んで土方のお爺ちゃんの家にいて、そこで年も越した。普段お正月やお盆でしか会えないおじちゃん達が毎日遊んでくれたから、僕はここでの時間はすごく嬉しかった記憶がある。あの日のことが気になったけど、聞いてしまうとまた母が半狂乱になるんじゃないかと思って誰にも聞けなかった。
    小学3年生に上がる年の三月、僕は学校を転校した。前の学校の友達や先生とお別れができなくて少し寂しかったけど、しょうがないことだと自分を納得させた。母も整体師の仕事を辞め、夏ちゃんが経営してる羊牧場で働くようになった。
    それから何事もなく僕は小学、中学を卒業して高校へ進学し大学まで行かせてもらった。あの日のことがあってから母は少し過保護になっていて、僕が東京に出て仕事がしたいと言った時は大反対された。けど土方のお爺ちゃんに説得されて渋々許してくれた。(この件は今でも本当に感謝している)
    それから僕は土方のお爺ちゃんの紹介で東京のそこそこいい会社に就職することができた。社会人になってからは新しいことばかりで毎日忙しく、もう小学2年生の頃に出会ったサンタ男のことなんてすっかり忘れていた。
    そんなある日、出張先で偶然通りかかった古いおもちゃ屋で、あの日サンタからもらったのと同じモデルガンを見つけた。
    「わぁ、まだあったんだこんなの」
    箱を手に取りまじまじと見る。ナガンM1895のモデルガン。今考えると小学生がどうしてそんなものを欲しがったかわからないが、当時の僕はとにかく欲しくて欲しくてたまらなかった。
    あのアパートを母に抱えられて逃げるように出ていった日、僕はサンタからもらったこれを置いていってそれっきりだった。
    久しぶりに見るそれに僕は感動するのと同時にあの夜の出来事を鮮明に思い出した。薄暗い部屋の中で見た男の顔の特徴的な皺と艶のある黒髪が妙に引っかかったことも思い出した。
    それから僕は出張を終え有給を取って母のいる土方のお爺ちゃんの家に戻った。みんな僕が出ていった頃とあんまり変わらない姿で(門倉のおじちゃんだけは何故か髪と髭を伸ばしてだいぶ変わっていた)あたたかく迎えてくれた。母も少し目元のシワが増えていたけど相変わらず綺麗だった。
    カノちゃんが作った夕飯を食べ、母が風呂に入った時に僕は夏ちゃんにこっそりあの日のことを聞いてみた。もう大丈夫だろうけど、やっぱり母に直接尋ねるのは気が引けた。夏ちゃんは「うーん」と顎髭を撫で唸った後ポツリポツリ話してくれた。

    あの夜、あのアパートに来たのはサンタさんでも泥棒でもなく僕の実の父親だった。
    僕が生まれる前、別の土地で整体師として働いていた母に父が一目惚れし、何度も店に通っては母に交際を申し込んだらしい。その時の父のあまりの執着ぶりに周りは反対していたが、母は父の粘り強さに半分惚れ半分折れる形で付き合い始めた。それからしばらく経たないうちに結婚して父の実家がある土地へ家を建て引っ越し、僕を妊娠した。その頃から父の病的とも言える独占欲が顔を覗かせ始めた。父は妻である母をそれは大事に大事に扱った。しかしそれは人に対するものではなくペットや人形に向けるそれだった。何かあってはいけないからと母を決して家から出さず、食べるもの着るもの全て父が用意し、食べさせ着替えさせ、母が自分で何かをしようとすることを許さなかった。母が夏ちゃんなんかに電話しようとしたものならすごい血相で怒ったという(夏ちゃんは当時電話越しにその声を聞いたらしい)
    そんな風に外の世界から断絶され、毎日父とお腹の我が子しか話しかける相手がいない中で、母は精神的に参ってしまった。重度のノイローゼになり、父が仕事でいない時に、大きなお腹を抱えて一人で土方のお爺ちゃんの家に帰ってきた。
    その日のうちに自宅に妻がいないと知った父が半狂乱で母の元へ訪れた。
    「どうして庵士さん」
    「こんなに好きなのに」
    「また俺から逃げるのか」
    真っ黒な目でそう繰り返す父を土方のお爺ちゃんと牛山のおじちゃんが対応して玄関先で追い返した。それから弁護士や土方家の人間を挟んで、母は父の顔すら見ないまま父と離婚した。その後もしばらく父からの手紙や軽いストーキング行為があり、母はすっかり怯えてしまって、父には母への接近禁止命令が出された。それからは父からの執着もなくなり、やっと落ち着いてきた頃に母は生まれたての僕を連れてあのアパートへ引っ越した。
    もう何年も接触のなかった父が、知らないはずの母の元へ、それも夜中に家へ侵入し息子と会っていたと知りあの時はみんな騒然としたらしい。
    「あの時は心臓止まるかと思ったぜ」
    そう呟く夏ちゃんを見て、僕は自分が生まれる前そんなことがあったのかと少し混乱した。
    しかし妙に納得できた。
    あの日僕を撫でたあたたかい手に僕がわからないと言った時の寂しそうな顔。そして抱きしめるとすごく安心した大きな体と震えた声。全部全部あのサンタが僕の父だからだった。
    「どうして父さんは、そんなこと」
    僕が呟くといつの間にか隣で酒を飲んでいた牛山のおじちゃんが
    「好きで好きでたまらん同士だから、うまく行かないってこともあるんだ」
    と僕の背中を軽く叩いてそう言った。
    あの日父は何故僕に会いにきたんだろう。なぜ来たことがバレるのに母に贈り物をしたのだろう。母は父のことを今はどう思っているんだろう。
    その時ちょうど母が風呂から上がってきて、僕はもうこれ以上父のことは聞けなかった。

    次の日の朝、顔を洗おうと鏡を覗き込んだ時に気がついた。
    「あ」
    僕の頬と額にうっすらある特徴的な皺、幼い頃からあるこれが、あの日みた父の顔のものとそっくりだった。僕は目や鼻なんかは母に瓜二つで、母似だねと言われて育ってきたから今まで全く気が付かなかった。
    水に濡れた手でそっと頬を撫でる。あの日父が別れ際に撫でてくれた手を思い出し、何故だがわからないけど目頭が熱くなった。
    あの頃、母を含めたみんな、僕が父に何かされたんじゃないかと心配していたけど僕を抱きしめてくれた父はどこまでも優しかったし、少なくともあの瞬間だけは父親としてあるべき姿を僕にむけていた。

    夕方になって、駅に行くために家を出ようとした時、母が一通の手紙を差し出してきた。
    「お前が成人した年にな、お前の父さんが送ってきた手紙だ」
    ずっと渡すべきか悩んでいた。今まで渡せなくてすまなかったと母は謝った。
    僕は手紙を受け取って「今まで本当にありがとう」と言って母を抱きしめた。僕も母もちょっと涙ぐんでいた。
    そうしていると土方のお爺ちゃんがきて「立派になったな」と肩に手を置いた。
    僕は涙を拭って「はい」と言ってそのまま家を後にした。
    駅までのバスの中、貰った手紙を握りしめいろいろなことを考えた。
    カノちゃんとキラウシ兄ちゃんの料理は相変わらず美味しかったな。夏ちゃんは気のいい兄ちゃんからもうすっかり大人の男になってた。門倉のおじちゃんは相変わらず鈍臭いけど優しかった。永倉のお爺ちゃんは僕が子供の頃から見た目が変わらない。牛山のおじちゃんと土方のお爺ちゃんとまたお酒飲みたいな。
    浮かんでは消え浮かんでは消え、次第に僕はうとうとし始めた。
    新築のあのアパート、まだ幼い僕と母さんが歌を歌っている。淡い光に照らされてニコニコ歌う僕たちを父さんが見つめている。
    もしかしたら、そんな三人暮らしの日々が存在したかもしれない。
    そんなことを思いながら僕は家に帰ったら父さんからの手紙を読もうと決めて、眠りについた。
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