break the wall 俺とサムは猫と兎ながら、いわゆる犬猿の仲だった。
顔を合わせれば、いつも喧嘩が始まる。だというのに、俺は何故か奴に惹かれて、告白まがいのことをして、何故かオーケーの返事を貰った。天地がひっくり返った瞬間だった。
なにはともあれ、晴れて俺たちは恋仲となった訳だが――今でもどこか、夢だったのではないかと思っている。
何故ならば。俺のカワイイコイビト様は、相も変わらず、他の男に夢中だからだ。今だって、仮にもカレシである俺の目の前でティーチに抱き着き、どでかいハートを飛ばしてやがる。
「おい何堂々と浮気してんだこのクソウサ公が」
言いながらサムの首根っこを引っ掴み、強引にティーチから引き離す。サムは「ぐえっ」と潰れた蛙のような声を出して、涙目で俺を睨んできた。
「なんだよ邪魔すんなクソコバヤシ!」
「邪魔するに決まってんだろアホ。お前自分の立場わかってんのか?」
「はあ?」
「カレシが居るのに、他の男にベタベタすんなっつってんだよ」
サムはぐうっと声を詰まらせるが、それでも負けじと俺を睨み、
「……ティーチくんは兄さんだからいいの」
「いい加減その妄言やめろ。気色ワリィんだよメンヘラ野郎」
「はああ!? そんなこと恋人に向かって言う!?」
「都合のいい時だけ恋人面すんな、この浮気野郎が」
「う、浮気浮気って……兄さん以外にはしないもん……」
「当たり前だろ。他の奴にも尻尾振ってたら、ただじゃおかねぇからな」
中指を立てて威嚇する。サムの勢いはどんどん萎縮していったが、普段の鬱憤が溜まっているせいか、まだまだ言い足りない。
再び口を開こうとした時、俺たちの間に割って入ってきたのはティーチだった。
「ふたりとも、ケンカはだめだよ。あとサムくん、僕は君のお兄さんじゃないからね」
しっかり釘を刺すティーチに、サムは「そんなぁ……」と目を潤ませる。ざまあみろ。
こっそりと舌を出してサムを馬鹿にしていると、ふいにティーチが俺を見た。まずいバレたか、と慌てて舌を引っ込め、笑顔を貼り付ける。と、ティーチは何やら申し訳なさそうな顔をして、
「ごめんね、コバヤシくん。僕にサムくんを取られちゃったみたいで、寂しかったよね」
「……は?」
予想外の言葉に笑顔が凍りつく。しかしそんな俺に構わず、ティーチはなおも言葉を続ける。
「でも、君がそんなに嫉妬するなんて……ちょっと意外だけど、それだけサムくんのことが好きなんだね」
「は……はあぁぁあ!?」
にこにこと笑いながら爆弾を投下するティーチに、俺は飛び上がって片方の手で中指を立て、
「そんな訳ねえだろ馬鹿! このクソビッチウサギの躾がなってねえから、叱ってやっただけだっての!」
もう片方の手でビシリとサムを指差してやるが、もう遅かった。
クソウサ公はクソムカつく顔でにやにやと笑いながら俺を見て、
「へえ……ボクに構って貰えなくて寂しいんだぁ? コバヤシクン、頭撫でてあげようか~?」
思いっきり煽り散らかしてきやがるから、どっかの糸がぷつんと切れた。
間に立つティーチを押しのけ、サムの胸ぐらを掴み上げ、噛み付くように口づけた。勢いに任せて舌を突っ込み、めちゃくちゃに口内を荒らし回る。
「っん、んんぅ……!?」
サムはくぐもった悲鳴を上げ、俺の胸をどんどん叩く。苦しそうだが、そんなことは気にしてやらない。逃げようとする頭を抱え込み、より深く唇を合わせて、気が済むまで貪った。
満足して唇を離してやると、途端にげほげほと咳き込んで、赤い顔に涙目で俺を睨む。
「……っこのウンコバヤシ! ティーチくんの前で何すんだよ!!」
「うるせぇクソガキ。お前は俺のモンだってわからせてやったんだよ」
「な……」
サムは目を丸くして、赤い顔を更に真っ赤に染める。そして、「ばーかばーか!」とガキ特有の罵倒をしながら、どこかへと逃げていった。
後に残されたのは、自分の大人気なさに後悔し始めた俺と、茫然と口を開け放しているティーチ。さてどう言い繕うか、と思考を巡らせながら、大きな溜息を吐いた。