僕の恋人はぬいぐるみ やあ。僕の名前は古賀恵介だよ。
こっちはうさぎのぬいぐるみのサムくん。とっても大きくて、ふもふもで、可愛いでしょう。夜、抱っこして寝ると、よく眠れるんだ。
……大人の男なのに、ぬいぐるみなんて変だって? はは、そうかもしれないね。昔からよく言われるよ。なよなよして、女みたいだって。それで虐められたこともあったなぁ。
ん、どうしたんだい? ……動いた? ぬいぐるみって……サムくんが?
あはは、やだなぁ。やめてよ、そんな訳ないじゃないか。サムくんはぬいぐるみだよ?
……やっぱり動いてるって? ……そっか。君には、見えるんだね。
うん、そうだよ。実は、サムくんは生きてるんだ。ぬいぐるみだけど、ちゃんと息をしているんだ。
そして――サムくんは、僕の弟で、恋人なんだよ。
「……けーすけくん」
夜。ベッドでサムくんを抱いて寝ていると、囁くような声が聞こえてくる。可愛らしい、幼い子供の声。サムくんだ。
腕の力を緩めて、サムくんの顔を覗き込みながら、「なあに」と応える。すると、サムくんは困ったように眉を下げて、
「ちょっと、くるしいよ……」
「あ……痛かったかい? ごめんよ」
サムくんがあんまりふもふもだから、つい、ぎゅうっと抱き締めてしまったみたいだ。慌てて腕の力を抜き、今度は優しく抱き寄せようとして、ふと思う。今は気をつけていても、眠ってしまったら、無意識に力を込めてしまうかもしれない。そうしたら、サムくんは苦しいまま、朝まで過ごすことになる。
「…………」
寂しいけれど――サムくんを少し離れた場所に寝かせて、再び布団に潜る。近くにいると、どうしても手を伸ばしてしまいそうだから。
サムくんに背を向けて、物足りなさを我慢しつつ目を閉じる。……と、もぞもぞと布団が動く感覚がして――ふもっと、背中に柔らかい感触。
「けーすけくん……どうして、離れるの?」
泣きそうな声に目を見開く。背中の方で、ぐすっ、と鼻をすする音がして、
「……ボクのこと、嫌いになったの……?」
「……っ」
堪らなくなって、素早く身体を反転させ、サムくんをぎゅっと腕の中に閉じ込める。
「そんな訳ないよ……っ! ただ、君を抱き潰してしまうのが怖くて――」
はっとして力を抜く。怖いと言っておきながら、つい、腕に力を込めてしまっていた。
「あ……ご、ごめんね、サムくん……大丈夫かい?」
慌てて様子をうかがうと、サムくんはきょとんとした顔で僕を見つめて――それから、ふわりと。花びらがゆっくり開くように微笑んで、
「……よかった。ボク、嫌われた訳じゃないんだね」
ぽろりと涙を零し、ぎゅっと僕に抱きついてくる。
「大丈夫だよ、けーすけくん。ボクはぬいぐるみだから、どんなにぎゅーっとしても、死なないもん」
「サムくん……」
「……ボクはどこにもいかないよ。ずっとずっと、キミと一緒にいるからね」
「……っ、うん……っ」
胸がふるえる。うれしいのに、なんだか妙に切なくて。込み上げる涙を、サムくんのがうつったんだと誤魔化した。だって、大の大人が泣くなんて、みっともないから。
腕の中には、あたたかい命がある。僕だけの、ちいさないのち。ずっとずっと、一緒だよ。
「……兄さんったら。また枕を抱き締めて寝てるのね」
子供のように眠る兄の姿に、鈴音は切なげに目を伏せる。
どうやら最近は、この枕が彼の心の支えらしかった。少し大きめの、何の変哲もないただの枕だが――きっと兄の目には、なにか違うものに映っているのだろう。
「でも……すごく、穏やかな顔……」
たとえ幻でも。兄の助けになってくれるのならば、今はそれでいい。
物言わぬ無機物と寄り添うように眠る兄に、そっと布団をかけ直してやる。「おやすみ、兄さん」と一声かけて、鈴音は部屋を後にした。