焦げマシュマロをもう一度 真っ赤な火が、ぱちぱちと音を立てて燃えている。
ゆらめく光に照らされて、ピンク色の封筒が赤く染まる。ボクはそれを、焚き火の中に投げ込もうとして、……できなくて、ぐっと唇を噛み締める。
手の中でくしゃくしゃになった封筒。その中身は、ボクの好きな人――ううん、好き『だった』人――ティーチくんへの想いを詰めた恋文だ。……ほんとうは、これを渡して、告白するつもりだった。だけど、その前に――ボクの恋は叶うことなく、終わってしまったんだ。
数日前の光景が、目の奥にちらついて離れない。ティーチくんと、白ねこのおねえさんが、二人並んで歩いているのを見てしまった。ふたりはとっても楽しそうで、……とっても素敵で、お似合いだった。それを見た瞬間に、ぎゅうっと胸が苦しくなって。ボクは逃げるようにお家に帰って、布団を被って泣きながら寝てしまった。
青いねこと、白いねこ。並んで歩いているだけで、きらきら光って輝いて、虹色のビー玉みたいだった。周りの景色まで優しく溶けて、風にそよぐ木が、ふたりを祝福してるみたいで……あんなの、どうやったって敵いっこないじゃないか。
でも……ボクは、ティーチくんもおねえさんも、大好きだから。悲しいけれど、ふたりを応援しようと決めたんだ。ふたりが幸せなら、ボクも幸せなんだから。だから、だから――
「……さよなら」
潰れたお手紙と一緒に。叶わなかった恋心を、跡形もなく燃やしてしまおうとした時だった。
「サムくん」
少し低い、落ち着いた声が、ボクを呼ぶ。振り向くと、青いねこがそこに居た。
「……ティーチくん……」
呆然として動けないボクに、ティーチくんが静かに近付いてくる。そして、ボクの手元を覗き込んで、「それ、なんだい?」と首を傾げた。
……お手紙、見つかっちゃった。慌てて隠そうにも遅くて、しどろもどろになりながら言葉を返す。
「あ、え、えっと……。……これ、もういらないから……燃やしちゃおうかな、って……」
「…………」
だめ。ティーチくんの目、見れないよ。
俯いて火を見つめるしかないボクに、ティーチくんの視線が突き刺さる。……なんだか、悪いことしてるみたい。なにも悪いことなんかないのに。
ぱちぱち、ぱちぱち、焚き火の音がなんだかうるさい。耐え切れずに、封筒を手放してしまおうとした時、
「いらないなら、僕が貰うね」
「え、」
何か言うより前に、ティーチくんの手がすっと伸びてきて、封筒を取り上げる。突然の事に固まるボクの目の前で、ティーチくんはしわくちゃの封筒を開いて、中から紙を――
「だ、だめ……っ! 見ないで……!」
叶わないってわかったから、諦めたのに! こんな気持ち、知られたら嫌われちゃう……!
慌てて止めようとしたけれど、もう遅かった。ティーチくんの黒い目が下を向いて、ボクのお手紙をじっと見ている。……他の誰かに宛てたものだよって言えたらよかったけど、ティーチくんのお名前を書いちゃってるから、ごまかせない。隠せない。ボクの気持ち、捨てようとした気持ちを、知られてしまった。
「あの、えっと、ちが、違うんだよティーチくん! それはえっと、文字のれんしゅうで……っ」
「ねえサムくん。これ、どうして燃やそうとしたの?」
「……え?」
冷たい声に、背筋がひやりとする。ティーチくん、怒ってる……?
ティーチくんはお手紙から視線を外して、ボクをじいっと見つめてくる。いつもと同じように見えるけれど、なんだか怖い。……や、やっぱり、嫌われちゃったのかな。どうしよう、どうしよう……!
頭がこんがらがって、あわあわしちゃって言葉が出てこない。そんなボクを見つめ続けながら、ティーチくんが口を開く。
「これ、僕へのお手紙だよね。……僕のこと、嫌いになっちゃったのかい?」
「そ……っ、そんなことない!!」
思ったより大きな声が出てしまって、自分でビックリして口を押さえる。ど、どうしよう、ティーチくんも驚いてるよね? そう思って、おそるおそるティーチくんの顔を見上げた時――
「よかった。僕も、君のこと好きだよ」
にこっと笑ったティーチくんが、近づいてくる。え、と思った時には、ふもっとした感触に包まれて――抱きしめられてるんだって、気づくのに数秒かかった。
ティーチくんの、柔らかい毛。少しひんやりした体。『ばなな』みたいな爽やかな香り。意外としっかりした腕、ボクよりひとまわり大きなからだ。
ティーチくんの手が、ボクの頭を優しく撫でる。耳の付け根をくすぐられて、そこでようやく、ボクの心臓が動き出した。ドキドキドキドキ、信じられないくらいの速さで動いてる。口から飛び出してしまいそうなそれを飲み込んで、からからに乾いた喉を唾液で潤しながら、なんとか口を開く。
「てぃ、……ち、くん、……だめ、……」
「……だめ? どうして?」
「だ、だって……こんなこと、されたら……ボク、ダメになっちゃう……」
「……いいじゃないか。ダメになってよ」
耳元で囁かれて、また心臓が止まりそうになる。なに、なにこれ、どういうこと? ティーチくん、ボクのことからかってるの?
だって、だって、ティーチくんはおねえさんと……。ボクのこと好きだっていうのも、友達としてなんでしょう? だったらこんなことしないで、普通にお話しようよ、ねえ。
ティーチくんを押し返そうとするけれど、びくともしなかった。それどころか、ますます強い力で抱きしめられる。
「ねえサムくん。君は、がんばってお勉強して、お手紙を書くくらい、僕のことが好きなんだよね?」
「あ、え、」
「だったら僕、君のこと貰っちゃってもいいよね?」
「え? えっと、その……」
「ねえ。サムくんは僕のものでしょ?」
「……っ」
なんで。なんで、なんで、なんで?
ティーチくんのことばのひとつひとつが、ボクの心を奪いにくる。捨てようとした恋心を、くしゃくしゃにしたお手紙を、拾い上げて、見せつけてくる。ボクはまだ、ティーチくんのことが、こんなにも好きなんだって。どうしても諦められないんだって、突きつけられる。
……ひどいよ。ひどいよティーチくん。こんなの、どうやったって敵いっこないじゃないか。
「う、ひっく……ティーチく、ティーチくん……っ! 好き、好きだよぉ……っ」
「……君の口から、ちゃんと聞けて良かった。僕も好きだよ」
「うん、うん……っ! ごめんね、お手紙燃やそうとしてごめんね……っ」
「いいよ、もう。ほら、泣かないで?」
ティーチくんのひんやりした手が、ボクの涙を拭っていく。けれど、ぼろぼろ溢れる涙は止まらなくって、ティーチくんは困ったように笑いながら、頭を優しく撫でてくれる。
いっぱい泣いて少し落ち着いた頃、ティーチくんがボクの顔を覗き込んで、
「ねえサムくん。僕のものになってくれるかい?」
「そんなの……っ、ボクはずっと、ティーチくんだけのものだよ!」
「ふふ……嬉しいな。これからよろしくね」
そう言って微笑むティーチくんの目は、虹色のビー玉よりも綺麗だった。
この後。ティーチくんとおねえさんが恋人同士だっていうのは、ボクの勘違いだったことがわかった。
……そのことで、ティーチくんにお仕置きされちゃったのは……また、別のお話。