夏、君の呼ぶ声はどの水よりも瑞々しい。
せせらぎの中を威勢よく泳いでいく魚のようだ。嬉しそうに飛び跳ね、俺の名前を呼ぶ。
秋。からっ風に紛れて飛んでくる声は香ばしい香りを運んでくる。
楽しいねぇと笑う顔がどんな紅葉よりも鮮やかで、写真に撮りたいって思った。
冬、どこまでも透き通る空を眺めていた。ずっと音楽が流れていたのに、不思議とその声だけはすぐにわかる。なんでだろう。
しん、と静まり返った平地に君の声が落ちる。雪にしてはうるさいような、雨にしては静かなような、弾むような声で。
独り占めできるその静けさが毎日の楽しみだったのは内緒のこと。
春。ふわりと舞った声にノイズが混じった。
チューニングを合わせたいのに合わない。
カッコ悪いけど、泣いた声なんて聞きたくなかった。いつもみたいに跳ねるような、弾けるようなその声で名前を呼んで欲しかった。
下の名前で、呼ばれるなんて思わなかったけど…
いつもよりも威勢は少ないけど、しっとりとした、確かな声で名前を呼んだ君を抱きしめたい気持ちを掌に集めて握った。
大丈夫。
大丈夫だから。
寝たら、忘れるから。
全部の言葉を、全部の声をその掌に閉じ込めて、心の中に封じ込めた。
ごめん、好きな人。
最後まで全部は、嘘つけなくてごめん。
思い出だけもらってごめん。
涙が逆流して鼻を詰まらせた。
寝たら、忘れるから。