「食べてみる?」
差し出された人差し指の端っこにチョコが綺麗に膜を張った。
どうにか押し止まる液体に視線は釘付けになる。
笑われるだろうと思っていた。俺も少し呆れたくらいだ。
ただ、実際にそうやって差し出されてしまうと思った以上に喉が渇いた。
艶やかなチョコレートの色合いが薄くのびていく。もうすぐ、まもなく落下する。
そのタイミングで甘い指先を口に含んだ。
笑いもんだ。くだらない夢を見て、いい歳してドギマギして体は素直で、結局隠し通すこともできないし、挙句の果てに差し出された蜜にまんまと舌を伸ばしてしまった。
口の中に広がる甘い味は溶けていってはくれない。思いの外粘り気のあるチョコレートの舌触りに何度も何度も、人差し指の先を拭う。うっすら目を開けた先に見えるスガの顔に、頭の中でぷつん、と何かが弾ける。口の中から取り出した人差し指はすっかりチョコは溶け、代わりに滑りけのある膜が張っている。真正面から見るにはあまりにも哀れで、自分の愚かさを突きつけられているようだ。
ウェットティッシュを台所から持ってきて、スガの人差し指を拭うと、すぅっと呼吸音が聞こえた。
「だ…だいち…えろ…」
茶化してるのか本音なのか、呆然としたまま呟かれた言葉に少し頬が緩んだのは許して欲しい。
「エロ大魔王!チョコフォンデュ大臣!むっつりすけべ太郎!!」
「なんだそりゃ」
完全に茶化しに舵をきったスガの回る口の速さよ。こうなったら無駄だから、もうとことん言わせとく。
大体食べ物を粗末にするのは性に合わない。
「ほら、食べるぞ。せっかく買ったんだろ」
「お、おーそうだな。あ、大地どれ食べたい?やっぱこれ?」
見ないふりをしていた皿の脇にあった赤くて細い薬味?本来なら薬味としての立ち位置にあるそれをスガはメインディッシュとしてチョコレートにコーティングするつもりらしい。
「絶対に食べない」
えーうまいのにっ
さっきまでの狂気じみた色気は微塵もなく、屈託もなく笑うスガを見ながら、手前にあったバナナをチョコレートに浸した。
寝室の扉を開けると仰向けに寝転んだスガの目がこちらを向いた。
別々の部屋もベッドもあるのに、大抵俺の部屋にいるのは一年で一番寒い季節だからだろう。起きてる時はまだいいが、熟睡しているときは布団のほとんどをスガが占めていて、起きないように少し転がすか、どうしても無理なときはスガの部屋のベッドで寝ることもあった。
「ちょっと開けて」
起きているのにどーんと真ん中に居座るスガを手で避ける。これは俺のベッドだっつーの。遠慮されないことは正直嬉しくはある。でも眠れないのは困りものである。
半分空いたベッドに腰掛け、明日のアラームをセットする。
すると、尻のあたりにツンツンと指が当たった。
「なぁ大地」
「んー?」
携帯を置いて布団に潜り込む。すでに暖まった温もりに体がすっと馴染んだ。
「…準備、したんだけど、する?」
馴染んだはずの体が勢いよく硬直する。
ベッドのスプリングが勢いよく鳴った気がして体に力を込める。
スガの顔を見れば、疑問系で投げられた問い
のはずなのに、「しない」の選択肢はハナからないような張り詰めた空気が漂っていた。
今まで何度かしか見たことのない、発情期の獣のような空気。甘い蜜に群がる蜂のようにスガに吸い寄せられる。
ちゅ、と表面だけ唇で拭うとすぐに舌が顔を出した。舌先は熱く、口内へ潜り込む。いつになく性急な動きがスガの興奮を伝えてくる。急な変化球に理性が落ちていかないようにと、舌を絡ませながら必死で意識を保つ。
口内にはすぐに飽きたのか、ちゅ、ちゅう、ちゅ、と唇の表面を吸われる。どこか動物の求愛めいたその行為が愛しく思えた。
息を吸うタイミングでスガの唇を抑える。
「どうした?」
「んや」
ステイ、と親指で下唇をなぞる。
唾液の下に覗いた唇の乾いた感触を馴染ませる。
「はいひが、へんなふめみるから」
「…すげー笑ってただろ」
スガの手が親指を嗜めるように動いた。
「…だって、大地がさ」
「ん」
「夢って深層心理って言うべ。…だからなんか可愛いなぁっていうか」
「……」
「ちょっとアホだけど嬉しいじゃん…。」
「アホって」
「あと」
嗜められた親指はスガの手に導かれ、甘い空洞に放り込まれていく。
にゅる、と舌先が親指の先を包んで吸われていく。ぬる、ぬちゃ、すぽっと音を立てて出てきた親指に滑る唾液が光る。
「さっきの、すげー興奮した…」
自分がされたことを再現したのか、と頭が追いついてくる。
たらりと垂れた唾液を自らの口で拭う。食べられる側から見る食べる側の欲望が流れ込み、あっという間に理性の針を飛ばした。