雨がろうろうと降っている。
昼間の晴天は遠い昔のことのように消え去り、電柱に引っ提げた街灯が地面に伸びる線を映す。
菅原は帰ろうか、と迷う。昼間は晴れだったのだから傘など持っていない。もちろん帰る時に降ると知っていれば折り畳み傘くらいは鞄に入れていたはずである。
帰宅するはずだった時間もゆうに過ぎ、手土産を持ってはいるものの家主が起きているかどうかわからない。
弾むような足取りで、酔いの勢いに任せて行ってしまおうなんて普段の菅原なら余程のことがない限りやらないことだ。それが旧知の仲であってもだ。親しき仲にも礼儀ありっていうだろ。と菅原は理性とは反対に歩き続ける自らの足を嗜める。
「はー」
ぴたっと止まった足と頭の中が一つの糸で結ばれていく。
よし。今日はやめよう。
雨も降ってるし…。
きっと気のいい彼のことだ。文句は一言二言言うかもしれないが家に入れてくれるだろう。濡れた体を見て心配してくれるだろう。当然のように客用布団を敷いて俺を泊めてくれるのだろう。
そうしたいし、そうされたい。アルコールで緩んだ頭の中は簡素な欲で満たされる。
この雨は戒めの雨なのかもしれない。菅原はスーツのポケットに入れた携帯を取り出すと徐に文字を打った。
自分と自分との折衷案。こんな時間に…と躊躇わないこともなかったが、家に行こうとしたことを考えればマシだろう。ポケットに携帯をしまうと、菅原は再び歩き出す。近所の住民の睡眠を邪魔しないように小さく小さく鼻歌を歌いながら。