願い事願い事
七夕一週間前の深夜の警視庁の一角に、青々とした笹の葉が飾られていた。水色。黄色。青色。桃色。薄緑色の短冊にはたくさんの願い事が書かれていた。彼女が欲しいです。定時で帰れますように。娘にパパ嫌いと言われませんように。給料が上がりますように。定時で帰りたいです。など。
「…自分が朝見た時より増えてます。特に定時で帰れますようにと書かれた短冊が増えているように見えます」
「奇遇だな風見、僕も思っていたところだよ」
降谷と風見は遠くを見るような目で定時で帰れますようにと、力強い筆圧で書かれていた短冊を見た。
笹の葉の下には長机が置かれていた。長机の上には綺麗な字で、ご自由にどうぞと書かれた紙が張り付けられた箱が一つ。箱の中には色とりどりの短冊と黒色のペンが数本入っていた。
「…風見は書いたのか?」
「ええ、昨日書きました。降谷さんがこれ以上、車や建物を壊しませんように、と書きました。叶うといいなと思っています。ね、降谷さん」
「う……車や建物についてのことは、すまなかったよ…次は気を付けるようにする……次からは気を付けるから…だからな……その……」
「はは、冗談ですよ…って、降谷さん……?」
冗談だと、風見が笑ったあとも降谷の挙動がおかしい。疑問に思った風見が怪訝な顔で、降谷の名前を呼ぶと、降谷はバツが悪そうな顔で風見を見つめた。
「………」
「………」
「………ぅ……」
「……まさか、違いますよね」
「じ、事件に巻き込まれて、コナンくんの協力者になっていたらな…その…車が、あ!ちょっとだけだ!ちょっとだけ……だと思うが…左側のミラーがふっ飛んで……大丈夫だ!怪我人は出なかった!あとはタイヤが一本パンクしたぐらいで……それから…」
「それからって!それはちょっとって話ではないですよ!最近多いですよ!」
「っ~~!すまない!あとは頼んだぞ!風見!」
「えっ!あ!ちょ…!降谷さん!?」
降谷はポケットに隠し持っていた缶コーヒーを風見の胸に押し付けた。押し付けられた缶コーヒーに風見が目を奪われている一瞬の隙を突いて降谷は風見の目の前から忽然と姿を消していた。
「はぁーーーー……まったく…あの人は…………」
風見は大きくため息を一つ吐くと、渡された缶コーヒーを開けて一気に飲み干した。
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「ははは、相変わらず仲がいいですね」
「あれを仲良しというな、風見さんが可哀そうだろう」
「まぁ、それもそうですね」
へらりとBは左手で自身の頭を掻いた。
「……どれどれ…?…あっ!あれは風見さんの字ですね!いつも見てるので、すぐにわかりましたよ!……んーー…あ……」
「あれは降谷さんのだな……願い事は………あぁ……」
降谷と風見が書いた願い事の内容をAとBは呆れたように、だけどどこか納得したかのように書かれた短冊を見つめていた。
「なんだかんだ二人とも同じことを考えてますね」
「似た者同士、ということなんだろう」
「それは良くも悪くも、ですか?」
「………。休憩は終わりだ。戻るぞ、風見さんに無理をさせるわけにはいかない」
「ふふ、そうですね!もうひと踏ん張り頑張りますか~!…って!置いて行かないでくださいよ!」
Bの含みのある言い方にAは答えない。代わりに、この話はこれで終わりだと言わんばかりに、笹の葉に背を向けて歩き出したAの背中をBは慌てて追いかけた。
誰もいなくなったその場所で、黄色と薄緑色の短冊がゆらゆらと揺れていた。