【夏五】シンデレラ 軽やかなベルの音と同時に扉が開いたときから、店内の視線はずっとひとりの男に釘付けだ。
細長い店内をさらに半分に割るような長いカウンター。店内にはこのカウンター席が7つしかない。私とは反対側に座っている、デート中らしきカップルの彼女は、まるで芸術作品のような横顔にうっとりと見惚れている。ただ、彼氏の方も同様なので、浮気だなんだの喧嘩には発展することはないだろう。
「マスター、いつもの」
少し不機嫌そうな声で告げられた注文にも、ひとりカウンターの向こう側に立つ壮年の男は気を害した様子もなく、はいはいと頷く。小洒落たバーのマスターというよりは、このあたりを縄張りにしているヤクザと言われた方が納得してしまいそうな強面である。その見かけにビビって引き返す者もいると聞いたが、2人のやり取りを見るに、どうやら常連であるらしい。
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