どくりつこっかへのみち(仮題)「大丈夫?」
吞みのペースは速くはなかった。水だって合間に飲んでいた。夕食後の吞みなんだから、空きっ腹だったわけでもない。
反省点が見つからないんだよね。ついつい眉間にしわが寄る。
「ダイジョブ」
「だいじょばなさそう。辛いときに嘘をつくの、やめて欲しいな」
空になった段ボールが積み上げられた、まだ物の揃いきらない殺風景な部屋の一画。ベッドに仰向けに転がったゴウが疲れてたのかもと、言い訳染みた言葉を紡いだ。
ほんのりと朱に染まった頬が、潤んだ瞳が、少し高めの声が、いつものゴウではないと僕に知らしめる。缶ビール一本で動けなくなってしまったこの友人は、今日からここで一人暮らしを始めるのだ。なんか、いや、はっきりと、すごく心配。
「引っ越しで体を動かしたからってのもあるんだろうけど」
今までもゴウとお酒を飲んだことはあったけれど、こんな酔い方をするのは初めて見た。ほろ酔いはとうに過ぎている。息苦しそうな様子に頬に手を添えると、発熱した子供のように柔らかくて、熱い。
「あったかい求肥(ぎゅうひ)みたい」
「食べないで」
口をついた言葉に、ゴウが力無く笑う。
こういう無防備な姿、ゴウのうわべしか知らない人間が見たら、ビックリするんだろうな。
「ゴウは、お酒、向いてないんじゃない?」
かく言う僕自身、さしてお酒に強いわけでも弱いわけでもない。一人で2本目を空けるのも寂しいので、ベッドの端っこに陣取ってコーン茶片手にゴウの観察をしてるわけで。
「ん。でもさ、せっかくだから、やってみたかったんだ。家吞み」
一国一城の主となったお祝いで、当の王さまがダウンしてしまったというお話。
「僕だから良いけど、他の人の前でそんな風に横になっちゃダメだよ」
句読点ごとにため息のような呼吸をするゴウは、どこか扇情的だ。今後増えるだろう付き合いと酒席の数を思うと危険性が頭をかすめて、つい小言のようなことを言ってしまう。
「ふは。流石に、人前ではしないって」
僕の言葉の奥底の意味には気付いてないんだろう。寝転がったまま笑い出した友人に冷たい視線を送ってしまう。これは、釘を刺しておく必要がありそう。
「失礼だとか、マナー的な話だけじゃなくて」
ペットボトルを床に置くと、僕はベッドに乗っかった。仰向けのゴウの上に身を乗り出してわざとゴウを僕の影に閉じ込める。少しは脅かしてやらないと。
「オオカミがでるかも知れないよって言ってるの」
キョトンと見上げていたゴウが2秒後、弾けるように笑い出した。何その反応!
「僕、今、本気で怖い顔してたんだけど!」
「ごめん、それが面白かった」
「何で?」
「トキオが、無理して表情作ってるの、バレバレだから」
苦しそうに笑い転げるゴウに腹が立つ。何か投げつけてやりたいけれど手頃なクッションは生憎まだ段ボールの中。唯一の枕はゴウの頭の下。
「え?ちょっと、トキオ?」
このままやり返してやれないのは癪なので、僕はゴウの横にゴロリと体を横たえた。慌てたゴウの声にフンと鼻息を荒げてみせる。
「この時間の家吞みなんだから、当然泊めてくれるよね」
むくれ気味の僕にそりゃそのつもりだけどと律義者の友人が応える。答えを聞きながらグイグイと背中とお尻でゴウを押しやると、素直に場所を明け渡してどんどん端っこへ流されて行ってしまった。そういうところだよ、ゴウ。
「トキオ、落ちる!落ちちゃうって!」
一人暮らしのベッドなんだから大きいわけもなく、すぐに追い詰められたゴウから笑いながらの悲鳴があがる。
「降参?」
意地悪く言ったつもりだけど、酔っぱらいにそんな些細な違いは飲み込めないらしい。
「こーさん!」
酔いがまわってるゴウは、楽しそうにケラケラ笑って敗北を宣言した。ひとまず領土を返還してそっと振り向くと、クスクス笑う青い瞳と目が合った。
意地悪されたとは微塵も考えていないんだよね。ああ、本当に埒(らち)もない。
「ゴウは、しばらくは家吞みしちゃダメだよ。する時は、僕を呼んで」
どれだけの効果があるかはわからないけれど、魔除けのお守り程度にはなるだろう。降伏の対価として僕が押しつけた不平等条約はすんなりと受け入れられた。
「でも、何で?」
うん、そういうところ。