雪の夜の道「マーヴ、何やってんだ!」
しんしんと降り積もる雪がわずかな光を白く反射する。暗闇が続く道の先がぼんやりと照らされ、見間違えるはずのない姿を映し出した。
「ぐーす?」
ずず、と鼻を啜る音。すぐ後にふわふわとした声がいつもよりか細く響いて、もう一度鼻がずずと鳴った。
揺らいだ声の原因は、暗闇で姿の見えない人物を不審に思ったからか。或いは冷えた空気に晒されたマーヴェリックの咽喉が、音を出すには充分な空気を肺に送り込むことができていないからかもしれなかった。
「そうだ。お前の相棒だよ。どうした? お前んちに行くって言ってただろ。行き違いになったら……」
「ぐーす、おそかったから、」
まいごになってるかもしれないだろ。
不安が地面に落ちる。
どこかで倒れてるかもしれないし、と項垂れたかと思えば、「大丈夫だったか?」といじらしい瞳がグースを見上げた。愛おしさが込み上げ、目の前の愛らしい存在をぎゅう、と抱きしめる。グースの力任せな腕の檻でもごもごと喚きながらもどうにか顔だけ脱出したマーヴェリックは、ぷはっと冷たい空気を吸い、「ぐーす?」と再度疑問符を投げかけた。
「ったく、すげー冷たくなってんじゃん」
「グースも冷たいけど……」
「鼻も真っ赤になってる」
「でも、手袋とマフラーはしてる。イヤーマフも!」
マーヴェリックの声が心なしか弾んでいるのは、身に着けているそれらのものが全てグースから贈られたものだったからだ。
グースは深い息を吐いてマーヴェリックの頭を撫でた。
本来であれば、雪が降りしきる夜にひとりで外出したことを咎めるつもりだった。危険で向こう見ずな行動はマーヴェリックが得意とするところではあるけれど、目が届く範囲で行われるそれと、気づくことの出来ないところでの危険行為は全く違う。
今夜はマーヴェリックの苦手な『暗くて長いひとりぼっちの夜』になりそうだった。雪を降らせる雲が淀み、空気が肌を刺す。低い気温は人間の不安を大きくする。荒れる天候を口実に、「お前の子供体温で抱き枕になって」と半ば強引に予定を決めた。その時のマーヴェリックの安堵した表情は、グースの心を熱い充足感で満たした。
家で待っていればよかったのに。そう考えて、「いや、違う」とグースは思い直した。
『暗くて長いひとりぼっちの夜』だったのだ。だから、ひとりで待つうちに不安が募って、俺を迎えに来たんだ。この子供みたいに純粋で傷つきやすい心は、どんなに恐ろしかったんだろう。
「偉いな。ちゃんとあったかくして来たんだ?」
「おう! このもこもこのやつ、あったかい」
どうだと見せつけんばかりに胸を張るマーヴェリックの頭を撫でて「いいこ」と褒めれば、笑顔が安心に蕩けていった。寒さで真っ赤になった林檎のほっぺたを両手で包む。鼻先をくっつけると、やはり凍るように冷たい。
「……グースの鼻、冷たい」
「俺はマーヴの鼻が冷たいんだけど?」
「くっつけてたらあったかくなる?」
「どっちも冷てぇからなぁ……」
曖昧な答えでは納得しないマーヴェリックに、続きは帰ってから試すことを約束し、もふもふミトンに包まれた手を握る。
温かいココアに入れるのはクリームかマシュマロかだなんて話しながら、手を繋いで雪の光の道を進んだ。