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    転生して兄弟になった🟡🟠①

    family ある日忽然とアルバーンの行方が分からなくなった。
     やりかけの仕事と、数個箱に残ったままになっている食べかけのチョコレート、週末の遊ぶ約束を残したまま。
     事故などの可能性も考えられることから、彼を知るもので協力し四方八方探したが、特に得られた手掛かりはなかった。
     怪盗をしていたときには、訪れた場所に痕跡を残さないようにしていた、とアルバーンが言っていたのを思い出す。

    (こんなときにまで、そんな流儀守らなくてよかったのに)

     サニーはカレンダーアプリで、果たされなかった約束の日のスケジュールを眺めながら、溜め息をついた。




     あれからアルバーンのことを忘れた日はなかった。それでも時間は止まらないし、サニー自身も日々の生活をしていくために、やらなければならないことは沢山ある。一日一日を必死にこなしているうちに、気付くと数年が経っていた。

    『久々に皆で会わない?』

     浮奇からノクティクスのグループ宛てに、メッセージがあったのは先週のことだった。アルバーンの出来事があってから、彼抜きで集まることに躊躇いがあり、かつての仲間といまいち疎遠になってしまっていた。
     ただ、そうやって皆が離れ離れになってしまうのも、アルバーンの本意ではないだろう。サニーは『行く』という二文字だけ打って返信した。明日はその約束の日。
     また気兼ねなく集まれるようになって欲しいと思う反面、アルバーンの存在が全くなかったかのようになってしまうのも嫌だったサニーは、キャリーバッグに荷物をあらかた詰めると、自室のチェストの上段を漁る。そこには、アルバーンがいなくなってしまったときに、家に残っていた中から、いくつかもらってきたものがあった。
     アルバーンがいなくなってしまった悲しみを、今更蒸し返したいわけじゃない。

    (でも皆で集まる場に、アルバーンがいないのは寂しい)

     だからせめてその場に、何か彼の物を持って行きたかった。引き出しの中には、アルバーンがかつて身に着けていたサングラスとピアス、あと彼のデスクに無造作に置かれたままになっていた宝石が入っていた。
     宝石に興味なんて微塵もないが、きらきらしたものが好きと公言していた怪盗のことだ、ろくでもない場所から持ってきた可能性もある。処分するのが躊躇われて持ち帰ることにしたものだ。また、比較的大きめの宝石にも関わらず、しまわずに置かれていたので、アルバーンがいなくなったことに関係あるかもしれないと思ったことが、より一層、自分が持ち帰らなければならないと思わせる原因だった。
     ピアスをポケットに忍ばせるくらいなら、皆に気を遣われることはないか、と中でも小さなそれを手に取る。そこでサニーは横にある宝石がちらりと瞬いたように感じた。何だろうとそちらに目をやると、透明な結晶の中でゆらゆらと、輝くものが蠢いているのが見える。

    (前からこんな感じだったか?)

     サニーはよく見ようと宝石を手に取り、顔を近づける。始めは微かにという表現が妥当だった揺らぎが、だんだんと輝きが増してくる。直視しているのが目に痛いほどになり顔から離すも、石から溢れた光はぐるぐると渦を巻いて大きくなっていく。その渦を見ていると、吸い込まれるような不思議な感覚に襲われた。
     嫌な予感がして部屋の端に宝石を放るも、既に遅く、巨大な光の渦は部屋全体を覆うほどに成長している。
     瞼を閉じても感じる眩しさに頭がくらくらする。目の奥が刺されたような強い刺激に思わず膝をついた。体が宙に浮くような感覚があり、渦の中心に体が飲み込まれていくのがわかる。目を閉じているから自分が今どの方向を向いているのか、上下左右の見当がつかない。
     脳まで揺らされるようなその気持ち悪さに、一瞬、意識を手放してしまった。




     サニーが次に目を開けたときにまずわかったのは、そこが自分の部屋じゃないことだった。部屋どころか建物の中でもない。
     目の前にあるのはどこか開けた通りのようだったが、道路は舗装もされておらず、辺りには土埃がたっている。自動車も走っていなれば、遠くに馬が引く貨車が停まっているのが見えた。周囲の建物も軒並み背が低く、木の板を重ねた壁で作られている。目の前を横切る女性の服装はロングスカートにエプロン、頭には布製であごの下で紐を結ぶタイプの、見慣れない帽子を被っている。何もかも自分が今までいたところ、更にはかつていた未来とも違った。
     二回目となると流石に飲み込みも早い、多分また過去に行ってしまったのだろう、そう理解するのにさほど時間はかからなかった。以前ノクティクスの皆で、それぞれがどうやって過去に飛んだかの話をしたことがある。タイムマシンやワームホール、星の力など人それぞれだったが、アルバーンは確か不思議な宝石が原因だと話していた。まさかその宝石ごと過去に飛んでいたなんて話は、聞いていなかったけれど。
     土にまみれたズボンを叩き、立ち上がる。近くにいたぶかぶかのベストと帽子を身に着けたに少年に声をかけて、今は何年かと尋ねると、少年は不思議そうな顔をしてこちらの全身を見回した後、先程までいた時代よりもかなり過去の西暦を答えた。
     
    (ああ、やっぱり)

     以前にも同じような状況から、どうにか生活していけるようになった実績があるため、さほど焦りはなかったが、強いて言えば、今日会う予定を組んでいたのにこんなことになってしまい、浮奇やファルガーには心配かけてしまうなという申し訳なさはあった。
     状況が大体把握できると、一つの可能性が頭をよぎる。アルバーンのことだ。彼もあの宝石の力で過去に飛ばされたのではないだろうか。もし同じ時代に飛ばされていれば、会える可能性があるかもしれない。どうにかもう一度会いたい。
     ここにじっとしていても始まらない。そう思って歩きだそうとすると、右のポケットにちくりとした違和感がある。
     何だろうと手を突っ込むと、出てきたのはピアスだった。宝石を手に取った際、無意識のうちにズボンのポケットに突っ込んでいたためか、アルバーンのピアスまでこの時代に連れてきてしまっていたようだ。唯一先程までいた時代から持ってきたものが、アルバーンのものだという事実は、彼が忘れないでいて欲しいと自分に訴えかけているように感じた。
     アルバーンにこれを渡せる日が来るようにと願いながら、サニーは力強くピアスを握りしめた。





     飛ばされた時代が悪い。サニーはそう自分を慰めるしかなかった。思っていた以上に、自分がかつていた時代に比べ、通信も交通も発達していない。そんな中で、世界のどこにいるかもわからない人間一人を見つけるのは、あまりにも難題だった。
     自分の住んでいる国の外の情報なんてほぼ入らない。それならばと思い国の外に出てみようとしても、そもそも相手がどこの国にいるかもわからない。一度だけ船に乗り、別の大陸に渡ってみたこともあったが、行った先でも、人の足で巡って得られる情報なんて、一握りもなかった。ゴールドラッシュに沸く時代の流れとは裏腹に、自分の手から一度見つけたと思った砂金が、ぽろぽろと零れ落ちて見失うような虚しさで溢れた。
     何もできなかったという無念と、汚れて光り方が鈍くなったピアスを抱えたまま、サニーの生涯は一度そこで幕を閉じた。


    ***


     転生なんてアニメみたいなこと本当にあるんだ。自分が生まれ変わったことに気づいたとき、サニーは他人事のようにそう思った。
     かつての自分が生涯を終えた時代が古かったからか、再びの生を受けたのはアルバーン達と過ごしたあの時代だった。
     前世で過ごしたあの世界と、今いるこの世界で、完全に同じ時が流れているとは言い切れない。ただ、このまま時が過ぎれば、過去に飛ばされたアルバーンがこの時代来る可能性が僅かでもあるなら、それを信じてみたいという気持ちはあった。
     もし再びこの時代にアルバーンが来たとしても、それは自分が時間を共有した、あのアルバーンではないことは理解している。会って触れ合えなくてもいい。もう一度姿が見られれば、それでよかった。それほどまでに、サニーがアルバーンを探し求めた時間は、果てしなく長かった。
     以前と同じように時が進むのであれば、自分たちがこの時代に来るのは、今のサニーが大人になってからになるので、大分先の話になる。それでも、サニーはその日を一日一日、数えるように待ちわびた。




     夏の暑さも陰りを見せ始め、時折吹く風に秋を感じる今日も、待ちわびる日のために、通り過ぎていく日々の一つでしかなかった。
     その日は朝から張り切る父親に起こされ、いつも以上に家の掃除を丁寧にやらされた。休みの日は少しでも長く寝ていたいサニーは不機嫌になったが、父親はそんな様子を気に留めることなく、自分以上に忙しなく働いている。

    「サニー、今日はお前に会わせたい人がいる」 

     昼食を終えると父親が真っ直ぐにサニーを見て、そう話を切り出した。話は大体想像がつく。

    「ああ、この前言ってた新しい家族?」

    「察しが良くて何よりだよ。向こうにはお前のことも話しているし、会うのをとても楽しみにしてくれている」

     今この家は、サニーと父親の二人で暮らしている。そこに今後見知らぬ母と、三歳下の弟が加わるかもしれない。そのための初めての顔合わせに、今日という日が選ばれた。
     サニーの今世の母親は、五年前、サニーが十三歳の頃に病気で亡くなった。サニーは前世の記憶を持って生まれてしまったために、年相応の子供らしくない様子を見せることがあり、周囲からは変わった子供だという烙印を押されがちだったが、母はそんなサニーに愛情深く接してくれた。サニーもそんな母のことが大好きだった。
     日々をアルバーンに再び会うまでの待ち時間と位置付けているサニーでも、母との思い出の中には心の宝箱にしまうような、大切なものが多くある。勿論、父にも感謝するような出来事はいくつもあったが、子供の頃の心地よい記憶の中にはいつも母の笑顔があった。
     今時再婚なんて珍しいことじゃない、自分だってもう自立できる年齢だし、父も父の幸せを見つけるべきである。そんなことは頭でわかっているが、母の思い出が染みついているこの家に、他人が来るのは釈然としない思いがあった。
     子供じみた我儘だとはわかっているので、不機嫌な表情が父から見えないように、ダイニングテーブルに頬杖をつき、窓の外にある庭を眺める。
     日当たりのいい大きな庭は、母がいなくなってから、手入れを容易にするために、新しい花を植えなくなった。芝や植栽の手入れはしているので、整えられているが、緑一色の味気ない風景になっている。

    「写真あるけど、会う前に見ておくか?」

    「どうせもうすぐ会えるなら、今見たって誤差でしょ。もしかして、俺の写真も向こうに見せてる?」

    「お前が写真嫌いだから、そもそも最近は撮ってないだろ。見せる写真もない」

     それはそうだと思いながら、恨めしそうにこちらを見る父を見ると、サニーは少し父が可哀想になってきた。少し前までは多感な反抗期で、親に写真を撮られるなんて断固拒否だった。父が新しいパートナーを求めたのは、自分のそういった頑なな態度にも理由があったのかもしれない。
     今は以前より、家族に対する許容の気持ちが生まれている。今度何かの折に、一緒に写真を撮るのも悪くない。
     家の前に車が到着する音がした。チャイムが鳴る前に、待ちきれないとばかりに、父親が玄関の方へ急いで向かっていく。
     ドアが開くと同時に、楽しそうな声が聞こえた。はつらつとした女性の声だ。穏やかだった母とは雰囲気が違うなと思うと同時に、そうやって比べてしまうことにサニーは自己嫌悪した。
     向こうにも連れ子がいるという話だったが、ここからだと父と女性の声しか聞こえない。新しい弟はちょっと気になるなと声の方を見ると、丁度父親がリビングと玄関を繋ぐドアを、開けるところだった。

    「サニー、ほら立って。挨拶しなさい」

    「どうも、初めまして」

     言われなくてもそうするところだったのに、と椅子から立ち上がり来客の方を見る。

    「初めまして、あなたがサニーね、会いたかったわ」

     女性はサニーの目の前にすっと進むと、いかにも満面の笑みという顔で、力強く手を握った。積極的な女性の勢いに押されつつ、その後ろに隠れるように立っていた少年に目が留まる。 
     その瞬間、サニーは心臓が止まるかと思った。

    「ほら、あなたも挨拶して」

     女性は体を横にずらすと、サニーの方へ少年の背中を押した。少年は緊張した様子でサニーを見る。
     距離が近づくと、サニーの中で、より可能性が確信に変わった。
     いくら何十年も会っていなかったとしても、自分が彼を見間違えるはずない。
     その茶色の柔らかそうな髪も、印象的なオッドアイも、薄く開かれた唇から見える八重歯もサニーには見覚えしかなかった。

    「初めまして、サニー…お兄ちゃん。アルバーンって言います。よろしく」

     何でここにいるんだ。会えて嬉しい。弟って君だったのか。俺のこと覚えてるかな。色々な感情が浮かんでは他の感情と混ざり合って、マーブル模様を頭で描く。結局どれもうまく言葉にならず、絞り出せたのは「よろしく」の四文字だけ。
     そこには何十年もかけ探した、愛しい人の姿がそこにあった。


    ***


     コンコンとドアを叩くと、サニーは廊下から中の様子を伺った。ノックするまで聞こえていた規則的なシャーペンの音が止んでしんとなる。

    「はい」

     中から返事があるだけで、少し緊張する。サニーは頭の中で繰り返しシミュレーションした言葉を口に出した。

    「アルバーン、新しいゲーム買ったんだ。一緒にやらない?」

     沈黙が流れる。下の階からは母がテレビを見ながら料理をしているのか、軽快なBGMと野菜を切る音が聞こえてくる。沈黙はたった数秒のことだったと思うが、サニーにとっては千秒にも万秒にも感じた。

    「…ありがとう。でも、宿題があるし」

     遠慮がちなアルバーンの声が、扉越しに返ってくる。

    「じゃ、じゃあ勉強教えてあげようか!大学生だし、高校生の勉強ならちょっとは…」

    「わからないところは先生に聞くから大丈夫」

    「…そっか」

     取り付く島もないとはこのことだった。新しい家族が正式に増えたのは、顔合わせから一月後のことだ。
     新しい母はサニーに積極的に関わってくれたので、元来自分から動くタイプではないサニーにはありがたかった。最初はいまいち気持ちが乗らない再婚だったが、自分の子供と分け隔てなく愛そうとしてくれている母の姿勢に、サニーも次第に気持ちが変わっていった。
     勿論、気持ちの変化には、アルバーンのことが関係してないと言ったら嘘になる。新しく弟になったアルバーンの様子を見ると、自分と違って前世の記憶はなさそうだった。ただ、容姿は勿論、声、仕草、どれを取っても、あのアルバーンとの関係がないとは思えない程似通っている。
     折角こうやって巡り合えたのだから、昔のようにとはいかないまでも、仲良くなれたら嬉しい。しかし、今のように、何度かアルバーンとコミュニケーションを図ろうとしたものの、どれも惨敗していた。
     自分だって、最近までは新しい家族に抵抗があったのだから、自分より年下のアルバーンがよりそう感じてしまっても仕方ない。サニーは自分にそう言い聞かせる。それでも、こうやってフラれ続けると、地味にダメージが蓄積されていく。
     はあ、とついた小さな溜め息は扉の向こうで再開されたシャーペンを走らせる音とぶつかって、煙のように消えた。

    (俺、前はどうやってアルバーンと仲良くなったんだっけ――)





    「サニー、味はどう?」

     この家の新しい母親になった女性は、四人掛けのダイニングテーブルの斜向かいから、サニーに声をかけた。父は今日は仕事が忙しく、帰りが遅くなるということで、三人で夕食を食べている。
     母は人数が多くなると作り甲斐があって楽しいと、レストランかと思うほど一食で何品も作ってくれた。必要な栄養が取れれば十分だと、男二人の時は簡素な食事が多くなりがちだったサニーの家の食卓は、ここのところ随分色彩が豊かになった。

    「まだあまり好みとかわからないから、こういうのが好きとか苦手とか、遠慮なく言ってね」

    「いえ、いつもおいしいです!」

     新しい母親に対して初めは警戒心を抱いていたサニーも、自分のことを気にかけてくれ、気さくに接してくれる彼女に、今では肩の力を抜いて話せるようになっていた。つい先日、何気ない会話の流れで好きだと話した長ネギが、夕飯のメニューに入っていることも嬉しい。

    「そんなこと言って、僕は野菜嫌いっていつも言ってるのに、聞いてくれないじゃん」

     サニーの隣に座っていたアルバーンが不機嫌な声で、自分の皿の上にあるプチトマトを摘まみ、向かいに座る母の皿に載せた。母は呆れた顔をして、それをアルバーンの皿に戻す。

    「あなたのリクエスト叶えるとお菓子だけになっちゃうわ」

    「肉は食べてる」

    「そうやって屁理屈ばっかり」

     サニーは吹き出しそうになるのを堪えて、大皿からラザニアをよそう。まだ直接の関りはあまり持てていないが、こうやって過去一緒に過ごしていたときとは、また違うアルバーンの顔が見れるのは、新鮮で楽しかった。
     過去の自分も知らないアルバーンの姿を、こうしてみられるなんて思ってもなかった。いつかそのうち、こういう会話に自分も混ざれるようになったらいいなと思う。

    「そんなこと言ってると、本当は『新しいお兄ちゃん楽しみ』『早く会いたい』って言ってたのバラすわよ」

    「え?」

     突然思ってもみなかった方向から会話が自分に降ってきて、サニーはいまいち言葉の意味を飲み込めないまま、素っ頓狂な声をあげた。

    「ママ!!」

     アルバーンがテーブルに勢いよく手をつき、カトラリーが音を立てる。サニーは音に驚いてそちらを見ると、顔をトマトさながら赤く染めたアルバーンと目が合った。
     アルバーンは目を泳がせ、こちらに何か言いたげに口をもごもごと動かしていたが、結局それを言葉にすることなく、溜め息として口の中の空気を吐き出す。
     体の中が空になってしまうのではないかと思うほど、長い息を吐き終わると、不機嫌そうに口を曲げた。

    「…もう、そういうのいいから、ご馳走様」

     アルバーンは不貞腐れた様子で立ち上がると、足早に自室へ戻っていった。母はそれを見てもう、と口をへの字にする。先ほどのアルバーンの言い方や仕草とよく似ていて、二人は親子なんだなと改めてサニーは感じた。

    「サニー、ごめんね。あの子照れ屋さんだけど、悪い子じゃないの。さっき言ってたのは本当のことよ。アルバーンもあなたと会えるの楽しみにしてたの」

     いつもカラっとした笑顔の母が珍しく、真面目な顔でサニーの方を向く。子供達が当初の想定より打ち解けられていないことを心配しているのだろう。

    「兄弟になったのも何かの縁だし、仲良くしてあげてね」

    「ははは」

     何て返したらいいかわからず、サニーは適当な愛想笑いで誤魔化す。何の縁か因果なのか。仲良くできるものならそうしたいんだけどな。サニーはアルバーンの皿に残された真っ赤なプチトマトを見ながら、心の中で呟いた。



     先ほどの言葉を素直に受け取ると、アルバーンは元々、新しい家族と仲良くしたいと思う気持ちがあったのだろう。
     それを妨げている原因があるとしたら、自分なのかもしれない。
     サニーは自分の部屋に戻りベッドに倒れ込むと、考えを巡らせた。
     サニーが生まれ変わったように、あの新しい弟がアルバーンの生まれ変わりだったとしても、彼は純粋に、新しい兄である自分と会えるのを楽しみにしていてくれていた。それなのに自分は、かつてのアルバーンの面影ばかり追いかけて、あの子自身を見ようとしていなかったのではないだろうか。もしかすると、そういった部分が透けていたのかもしれない。

    (これからは、ちゃんと兄として、今のアルバーンと仲良くなる努力をしなくちゃ…)

    「うわ!」

     突然壁の向こうから悲鳴が聞こえてきた。この部屋の隣はアルバーンの部屋だ。慌てて自室を飛び出し、ノックもせずにドアを開ける。ドアを開けると同時に、中からアルバーンが飛び出して、そのままの勢いで抱き着いてきた。思いがけない接触にサニーはの心臓は跳ねたが、それを表に出さないようにして、アルバーンに問いかける。

    「どうしたの?」

    「あっ、あれ!あれ!」

     アルバーンは泣きそうな顔をして窓を指す。サニーが目を凝らすと、夜風を取り入れるために、僅かに開けられた隙間のすぐ横に、握りこぶし大の大きな黒い蜘蛛がいた。この辺りでは珍しい種類ではないが、アルバーンはここよりも都会から来たので、見慣れないのかもしれない。

    「あー、あの蜘蛛?」

     アルバーンは口にするのも嫌なのか、こくこくと頷くことで返事をする。

    「ちょっと待ってて」

     サニーはずんずんとそちらへ進み、慣れた様子でそれを掴むと、窓の外に放った。他にも入った虫がいないか周りを確認し、窓を閉めるとアルバーンの方に向き直る。

    「もう大丈夫」

    「本当?」

     アルバーンは恐る恐る窓に近づくと改めて辺りをぐるり見て、念のためとベッドの下まで覗き込んでいた。よほど虫が嫌いらしい。

    「アルバーンは虫苦手なの?」

    「てんとう虫とかなら掴める。けど、あんな大きいのは無理」

     そう言ってアルバーンは苦い顔をしながら、親指と人差し指の先で、てんとう虫の大きさを示した。それが限界なのであれば、さっきのはとんだ怪物だろう。

    「それなら、ここの辺りはもっと大きい蜘蛛もいるから、窓は閉めといた方がいい」

     これくらいのもいるから、とサニーは手を顔の前に持ってくると、自分の顔くらいの大きさの大きさの円を作った。
     脅しではなく事実この辺りにはそれくらいの品種もいる。流石にその辺りになると、サニーでさえ直接掴むのには躊躇する大きさだ。アルバーンはひっ、と息をのむ。

    「そんなに!?」

     いちいちビクビクするリアクションが面白いので、本当はもっと怖がらせてみたい気持ちはあったが、あまりいじめたり、ここで笑ってしまって本当に嫌われたら困る。蜘蛛がいなくなり、アルバーンが落ち着きを取り戻したのを確認すると、サニーは自室に戻ることにした。

    「じゃあ俺は部屋に戻るよ。いきなり入っちゃってごめん」

     そう言ってサニーは、開けたままになっていたドアの外に進もうとする。そのとき、シャツの後ろ側が軽く引かれるのを感じた。
     おや、と思いそちらを見ると、アルバーンが指先でシャツの裾を摘まんでいる。サニーが振り返った瞬間、アルバーンはびくりとしたが、躊躇いながらもその口を開く。

    「ええと…ありがとう、お兄ちゃん」

     今まで距離を置いていた人物に助けられたからか、慌てているところを見られたからか、それとも先程の夕食の母の言葉が効いているのか、あるいはいずれも当て嵌まるのか、気恥ずかしそうに伏し目がちになりながらも、感謝の言葉をサニーに伝えようとする気持ちは十二分に感じられた。

    (可愛い!!!)

     叫び声が心の中に留められたことを、サニーは自分でも褒めたいと思った。いじらしい様子のアルバーンに、心臓のど真ん中が射抜かれたような気分になる。久々に至近距離で浴びるアルバーンの可愛さの破壊力の凄まじさに、思わず顔が緩みそうになる。
     今すぐにでも抱きしめたいという衝動を抑えながら、アルバーンの頭にぽんぽんと軽く触れるだけに留めた。

    「まあ、また何か出たら言ってよ。俺はそういうの全然平気だから」

     控え目ではあるが、頷いてくれたアルバーンに嬉しくなる。
     たとえ過去の記憶がなくても、アルバーンは自分にとって可愛い存在であることに変わりはない。今のアルバーンが望む良い兄になれるように頑張ろう。そうサニーは心に決めた。



     あの一件があってから、すぐに仲良くなったとは言えないが、徐々に距離が縮まっていったようにサニーは感じていた。
     自分が料理をしていれば、アルバーンが気になる様子で遠くから眺めてくるので、こちらに呼んで味見をさせると、おいしいと笑顔になった。
     日本語に興味があるのか勉強しているようだったので、会話の練習をしないかと声をかけると、嬉しそうに頷いた。
     リビングでスマホゲームをしていたアルバーンの画面を見て、そのキャラ見たことあると言うと、アルバーンの方からこのゲームが如何に面白いか、という話をしてくれた。それならばと、すぐにそのゲームをダウンロードし、序盤の攻略をアルバーンに教わりながら一緒に進めたりもした。
     少しずつアルバーンの方から「お兄ちゃん」と声を掛けてくれることが増えてくる。それだけで勿論嬉しかったが、何となくしっくりこないという理由で「おにい」のがいいなと伝えると、次からはそう呼んでくれるようになった。
     過去の自分とアルバーンも疑似的な兄弟のようなものではあったものの、実際の関係は友人であり他の関係も孕んだ複雑なものだったので、本当の弟ができたらこのような感じなのかもしれない。これはこれで楽しいかも。そう思えてきた。
     アルバーンに今度は何を作ってあげよう、何を教えてあげよう、何を一緒にしよう。そう考えるだけで、サニーは毎日が楽しくて仕方なかった。
     自分の隣に笑顔のアルバーンがいる。アルバーンを突然失ってしまったあの日からすると、それだけで、何にも代えがたい幸福があった。


    ***


     天気予報が外れて、夕方から急な雨が降ってきた。季節は廻り冬の寒さは峠を越し、春を待つ頃にはなってきたが、濡れた体は気温以上に冷える。少しでも早く帰ろうと、サニーはバス停からの道程を走ったが、向かい風に乗った雨が体を強く打ち付けてきて、余計に濡れたような気がした。

    「ただいま」

     家の鍵を開けて中に声をかけるが、返事は帰ってこず、家を叩きつけるような強い雨の音だけ聞こえる。父と母は仕事だろうが、アルバーンもまだ帰ってないらしい。
     靴の汚れをマットで落とすと、タオルを取りに、洗面台のあるバスルームへ向かう。リュックは走ったときに背中側にあったからか、あまり濡れておらず、中身は無事のようだ。濡れてまとわりつく服が気持ち悪く、向かう間にパーカーとシャツを脱ぎ、片方の手に纏めて持つ。
     サニーがバスルームのドアを開けると同時に目に飛び込んできたのは、タオルを手に取り、何も身にまとっていないアルバーンの姿だった。

    「わ!サニー!?」

    「ごめん!!アルバーン」

     予想外の肌色に、サニーは慌てて今開けたばかりの扉を勢いよく閉める。扉越しとはいえ、何となくそちらの方を見るのも憚られて、ドアに背中を向けて謝罪した。

    「僕こそごめんね、おにい。体が冷えちゃったからシャワー浴びたくて」

    「あ、そうだよね。俺もそうしようかな。じゃあ俺リビングにいるから、出たら声掛けて」

     声が上ずってないだろうか、アルバーンから様子がおかしいと思われてないだろうか。サニーは気が気じゃなかった。

    「いいよそこで。ちょっと待ってて、すぐ拭いて出るから」

     アルバーンは慌てて着替えているのか、扉の向こう側から布ずれの音が聞こえる。嫌でも中の様子を想像してしまう。
     冷えていたはずの体は火が出るように熱く、心臓の音が扉を突き抜けて聞こえていたらどうしようと思うくらいうるさい。落ち着こうと思ってゆっくり深呼吸しようとするが、たかが息を吸って吐くことさえ上手くいかない。
     少しすると扉が開いて、タオルを肩にかけたままのスウェットのアルバーンが出てきた。すれ違いざまに感じる温かい湯を浴びたばかりのアルバーンの、濡れて上気した肌の艶めかしさと、シャンプーの柔らかく甘い香りに、頭の奥がくらくらする。
     サニーは乱暴にドアを閉めると、手に持っていた服を放り出し、急いでジーンズを脱ぎ捨てた。シャワーブースに入ると、いつもより強めの水流を体に当てる。
     今自分の頭に浮かんでいるものを洗い流してしまわないと、おかしくなってしまいそうだった。

     思い出すのは過去のアルバーンとの記憶。
     二人は兄弟であり、友人であり、恋人だった。
     戯れでも、本気でも、何度も繰り返し交わした愛の言葉。
     重ねても重ねても足りないと、舌を絡め求めあった唇の感触。
     細い体で懸命に自分を受け入れている体に、触れたときの肌の熱さ。

     先程アルバーンの裸を見てしまったことがトリガーになり、自分がどんな風に彼を想っていたのか、思い知らされてしまう。どんなに必死に流そうとしても、ふつふつと底から生まれる感情は頭の中を、体中を埋め尽くしてくる。
     弟として愛そうと思った。会えただけでよかったと言い聞かせてきた。実際今日まで上手くやってきた。これからも今の幸せで十分だと思えればよかった。
     今まで必死に感情に蓋をして抑えていた分、溢れる気持ちは止まらない。 
     自分の生涯をかけて探すくらい愛した人が傍にいるのに、抱きしめることも叶わないなんて。
     その気持ちを口に出したら終わりだと思った。それでも吐き出さないと壊れてしまいそうなくらい、想いは全身を侵食してくる。

    「…アルバーン…ごめん…やっぱり、好きだ……」

     震える声で紡いだ言葉は、流れる水と共に排水溝に吸い込まれて、暗く深い闇の底に消えた。




    (続)
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