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    転生して兄弟になった🟡🟠③
    (今回で完結です)

    family.3「暇ならドライブ行かない?」

     特にやることもない休日、テレビを点けたものの面白い番組もやっておらず、アルバーンはあてもなくチャンネルをポチポチと変えていると、サニーが後ろから声を掛けてきた。
     今の明らかに暇を持て余している状態を見られているのなら、忙しいという返事もできない。でも二人きりで出かけることに、抵抗がないわけではない。アルバーンが答えあぐねていると、サニーがソファの隣に座り、更に押してくる。

    「アルバーンと行きたいところがあってさ、付き合ってよ」

    「行きたいところって?」

    「できれば内緒にしておきたいんだけど…言わなきゃ来てくれない?」

     至近距離で真っ直ぐ見詰めてくる、深みのある群青に吸い込まれ、思わず頷きそうになる。アルバーンは慌てて目を逸らした。

    「別に出かけるのが嫌ってわけじゃないけど…」

    「兄弟として二人で出かけるのもだめ?」

     気持ちに応えられないのに、デートに応じるのはよくない。でも兄弟としてなら、問題はないかもしれない。この前サニーが言っていたように、母が兄弟仲良くして欲しいと思っているのなら、むしろ出かけた方が母は喜ぶのではないだろうか。

    「兄弟としてなら…まあ、いいかな」

     アルバーンがなんだかんだ流されてしまうのは、自分の中のサニーに対する好意があるからだ。
     サニーが自分と二人で過ごしたいと思ってくれていることが嬉しい。思わず持ち上がりそうになる口角を留めるために、口元に力を入れた。
     それと同時に、アルバーンの中にはチクチクとした罪悪感が生まれる。母を大事にしたいとサニーに伝えておきながら、サニーを完全に拒否しないことで、サニーの気持ちを自分に引き留めさせていた。
     サニーからの愛も、母からの愛も選べず、どっちつかずになっている。狡くて、最低だ。
     アルバーンがぐちゃぐちゃと思考を巡らせていると、いつの間にソファから立ち上がって車のカギを持ってきたのか、サニーにソファの背もたれ越しに、後ろからポンポンと肩を叩かれた。

    「ほら、車乗って。早く行こう」

     夕飯くらいには戻るから、とサニーがキッチンにいる母に声を掛けると、母は気をつけてね、と笑顔で二人に手を振る。アルバーンは気まずい気持ちを抱えながらも、笑顔を作って手を振り返した。


    ***


     アルバーンが後部座席の扉を開けたのを見て、サニーがほんの少しだけ残念そうな顔をしていたが、見えないふりをしてそのまま乗り込んだ。デートじゃないから、心の中で言い聞かせるように呟く。
     自分自身の中で線引きをつけるためにも、この距離感だけは死守しなければならなかった。
     サニーも続いて運転席に腰かけると、ケースから取り出した眼鏡をかける。
     慣れた手付きでエンジンを掛けると、ラジオから少し古めの、しかしどこかで聞いたことある懐かしい音楽が流れてきた。サニーがラジオを消そうとしたので、アルバーンはそのままでいいよ、と告げる。
     無音だと何か話さなくてはならない気持ちになるので、音がある方がありがたかった。音に耳を傾けながら、アルバーンは窓の外を向く。
     ゆっくりと走り出した車の窓外には、大きな枝に鈴なりに咲いたジャカランダの紫色が見えた。この辺りでは、この木の開花が、春の訪れを告げると言われている。
     サニーは過去に日本で見た桜の方が好みだったと言っていたが、桜に馴染みがないアルバーンからすると、十分に惹かれる美しさがあった。何本も連なる街路樹の花が、トンネルのように空を覆う。
     はらはらと花びらが舞う様も幻想的で、もしこれが現実じゃなければ、素直に二人で過ごせるこの時間が嬉しいと、サニーに伝えられるのに。そう思いながら、アルバーンはもたれかかるように車の窓に体を預けた。




     目的地までは少し距離があるからと、途中で昼食を取ることにした。
     大きめの駐車場があるレストランに入ると、家族連れや友人同士のグループでとても賑わっている。しかし、テイクアウトを利用する客も多く、店自体も大きいため、席の確保は問題なさそうだった。テラス席には犬を連れた客もいる。
     パイで有名な店と言うこともあり、店内にはバターと小麦の食欲を誘う香りが広がっていた。レジに並びながら、アルバーンは壁に貼ってあるメニューと、睨み合いをしている。

    「チーズパイが一番人気らしいよ」

     注文の順番が近づき、見かねたサニーが声を掛ける。確かに、ショーケースの中で一番大きな幅を取っているのはそのメニューだった。しかし、専門店だけあって他にも魅力的なパイの種類が多く、つい目移りしてしまう。

    「んー、でもカレーパイにしようかな、さっきカレーパイ持ってる人がいておいしそうな匂いがしたんだよね」

    「わかった、カレーパイね。他のも食べたければまた来よう」

     サニーは、ショーケースの向こう側にいる店員に声をかけて注文する。店員は手に持った紙の箱に手早くパイを詰め、トレイの上にフォークとナイフ、ドリンクと共に並べた。

    「あ、お金…」

    「いいよ。俺が出す」

     財布を取り出そうとポケットを探るアルバーンを、サニーは制止した。それならばとトレイを運ぼうとするも、手際よく会計を済ませたサニーにそれも奪われてしまう。

    「子供じゃないんだから、僕だってそれくらいできる」

    「今日は俺が誘ったからいいんだよ」

     過去に一緒にいたときも、サニーは口ではアルバーンを甘やかしすぎないようにしないと、なんて言いながら、何かにつけ物をくれたり、自分が上手くできないことを率先してカバーしてくれていた。そういうところ変わってないな、と思いながらサニーの後ろをついて歩く。
     席に着いて紙箱のふたを開けると、程よく焼き色がついたパイが顔を覗かせた。
     ショーケースに入っている時点で、美味しそうだと思っていたものが、目の前のかじりつける距離にあると、より一層魅力的に見える。
     サニーはテーブルにあるトマトソースでパイの上に雑に波線を描くと、片手でそれを持ち、大きな口でかぶりついた。それを見て、アルバーンも両手で自分のパイを持つと、勢いよく齧る。
     サクリとした音と同時に口に広がるカレーソースのスパイスが、食べている傍から更に食欲を刺激してくる。優しいパイ生地と濃い味のソースの相性も良く、夢中で二口、三口と進んでしまう。

    「おいしい~!んっんっん~!」

     思わず嬉しい声が漏れてしまうアルバーンに、サニーは顔を逸らして吹き出した。ちょっとはしゃぎすぎてしまったかと、恥ずかしさでアルバーンは小さくなる。

    「ごめん、おいしくて、つい…」

    「俺こそごめんごめん、思ったよりアルバーンの反応がよかったから」

     サニーはアルバーンの方を向き直ると、言葉を続けた。

    「でも安心した。最近アルバーンがここまで笑顔になったところ、見てなかったから。ちょっとは元気出たなら、連れて来た甲斐があったよ」

     アルバーンはサニーの言葉に、パイを置くとテーブルに肘をついて頭を抱えた。

    「僕そんなにだった?この前ママにも心配されちゃった」

    「すごくわかりやすく、って感じではないと思う。父さんは…気づいてないんじゃないかな。ただ、アルバーンはいつも元気いっぱいだったから、普段からよく見てる人は心配になるのかも」

     アルバーンは深いため息をついた。周りの人を大事にしたくて色々と考えていたことで、かえって大切な人たちが、自分のことで気に病んでしまっている。
     体に溜まった空気を吐ききると、気を取り直して顔を上げた。

    「そうだね。最近、僕らしくなかったかも。心配してくれてありがとう。これからは気を付けるよ」

     そう言って再びパイを食べ始める。アルバーンらしく振舞わなくちゃ。いつも元気で、笑顔で、パワフルで、そんな自分の姿を頭に描く。
     家に帰ったら母にも自分らしい姿を見せなければならない。下手に不安にさせないようにしなくては。勿論、サニーの手もこれ以上煩わせないようにしないと。
     もしかしたら今日自分を誘ったのは、用事に付き合ってもらいたいような言い方をしていたけれど、自分を気晴らしさせるためかもしれない。そう思うと申し訳なかった。

    「違う違う。別に、無理して元気なふりして欲しいわけじゃない。だから変に気にするなって」

     サニーはまっすぐアルバーンを向きながら言う。アルバーンも再びパイを食べる手を止め、サニーの方を向いた。

    「笑いたいときに笑って、泣きたいときは泣けばいい。さっきみたいに、美味しければ美味しいって笑ってくれれば、それでいいから。俺と一緒にいるときに変な気は張らないで。そのままのアルバーンと一緒にいたい」

     サニーの言葉に、目の辺りが熱くなる。泣きたいときに泣けばいいと言われた傍から、堪えてしまうのはどうかと思ったが、流石に外で涙を流すのは躊躇われたので、目の辺りに力を入れて涙を堰き止める。
     それならば、サニーとのこの時間を楽しみたいという自分自身の気持ちを大事にしたい。そう気持ちの整理をつけると、先程よりも大きめの一口をフォークに乗せると勢いよくぱくついた。

    「んー!おいしい!」

     心から嬉しそうに、パイを食べるアルバーンを見て、サニーも安心したように自分の食事に戻る。
     二人であっという間に残りのパイを完食すると、やっぱりデザートも食べたいよねと、意見が一致した。追加のアップルパイも注文するために、アルバーンは店員に向かって手を挙げて合図をした。



    ***



     昼食が終わり、またしばらく車を走らせると、到着したのは、小さな工房のようだった。
     小ぶりのレンガ造りの建物には、小さな出窓がいくつかあり、ネックレスやピアス、指輪などのアクセサリーが、外から見えるように飾られている。
     アルバーンがアクセサリーを見ようと窓に近づくと、建物の奥では、何やら机に向かって作業している人も見えた。ここでこれらのアクセサリーがつくられているのだろう。

    「僕を連れて来たかったのってここ?」

    「そうだよ」

     目的地に到着したものの、いまいちサニーの行動の意図が掴めないアルバーンは、サニーに尋ねる。

    「もしかして……指輪でも買うの?」

    「違うよ!」

     サニーは真っ赤になりながら大慌てで首を振る。
     自分で聞きながらも、肯定されたらどうしようかと思っていたので、アルバーンは胸を撫で下ろした。

    「それは…まあ、そのうち……ってそうじゃなくて、とにかくこっちにきて」

     サニーはアルバーンの手をぐいと引くと、建物の壁沿いに歩いて入口へ向かう。
     ドアをくぐると中には小さなカウンターがあり、そこには『アクセサリー製作体験』と書かれた、小さな木製のボードが立てられていた。どうやらここが受付のようだが、サニーからの誘いでここに来たことを思うと、予想外な内容にアルバーンは目をぱちぱちと瞬きさせる。

    「アクセサリーが作れるの?僕こういうの初めて。行き先内緒のまま行きたいって言うから、どんなところに連れて行かれるのかと思ってドキドキしたよ。最初から言ってくれればよかったのに」

    「えーだって、こういうの俺らしくなくない?」

     どうせ到着すればわかるのに、と思ったがアルバーンはあえて口には出さなかった。ただ、サニー自身もらしくないと思っているのであれば、余計に何故ここに連れてこられたのかがわからなかった。

    「まあ、意外なのは意外だったけど…」

    「体験の方ですね」

     二人で話していると、奥から工房の男性スタッフの一人が出てきた。サニーが男性に頷くと、男性はカウンターの下から紙を取り出し、それを渡してきた。
     手渡された紙を見ると、料金メニューと、その下には体験内容の詳細が書かれている。男性は早速内容の説明に移る。
     ここでは様々な方法で金属の細工ができるらしい。ハンマーで叩いて形を整えたり、道具を使用し模様を掘ったり、線状の金属を曲げて形を作ったり、粘土状のものを手で形を整えたり、そういったものの中から、好きな工法を選んでアクセサリーを作成できるようだ。
     とはいえ、今までそういったものに触れてこなかったアルバーンは、どれがいいかもわからない。
     そんなアルバーンの様子を見かねて、男性は出窓の方へ向かうと、次々と色々な種類のアクセサリー手に取った。カウンターに戻ると、持ってきたアクセサリーを一つひとつ指さしながら、どれがどの方法で作られていのかアルバーンに説明した。
     そんな中で目に留まったのは、猫の形をしたプレートがついたネックレスだった。澄ました様子で座り、横に少しカーブしたしっぽが立っているシルエットの猫だ。釣り目や尖った八重歯を持つ容姿から、前世も含め昔から猫みたいだとよく言われていたので、猫にはどこか親近感を抱いている。

    「それ、可愛いですよね。金属の板を糸鋸で切って作るんです」

     アルバーンの目の色が変わったのを見て、男性は声を掛ける。手に取って見ていいですよ、と見本をアルバーンの手に乗せる。

    「これも自分でつくれるの?」

    「勿論。細かいパーツは少し難しいところもありますが、私たちがサポートしますので」

    「んー…じゃあ僕はこれ!サニーは?」

     掌の上の見本の猫を、何度か角度を変えて見た後に、アルバーンは言った。サニーはアクセサリーを持っていないわけではないが、あまり好んでいるイメージもない。アルバーンは、サニーがわざわざここに来てまで作りたいものに興味があった。

    「俺はもう作りたいもの決まってるから」

    「どれ?」

    「見本には無いよ」

     サニーの答えに、アルバーンは益々それがどんなものか気になった。しかし、教える気があるのなら、ドライブに誘われて目的を聞いた時点で、教えてくれているだろう。だから、聞き方を変えて尋ねてみる。

    「作り終わったら見せてくれる?」

    「いいよ、じゃあお互い完成したら見せよう。それまで秘密ね」

     カウンターのすぐ裏手には、広い作業場があった。窓の外から見えた場所だ。木を基調とした落ち着いた雰囲気の作業場は、時間の流れが外よりもゆっくりしているように感じる。いくつか並べられている作業台の一つでは、先程のスタッフではないが、ここで働いているらしい男性が、背中を向けて黙々と作業をしている。
     それぞれの机の上には、きれいに整頓された状態で道具が置いてある。先程話が出てきた糸鋸の他に、刷毛や木槌、様々な形のペンチも見えた。使用用途がわからない見慣れぬ小型の機械には、ちゃんと使いこなせるのだろうかという緊張も出てくる。

    「後で見せ合うまで内緒にしたいんで、席は離してください」

     二人を隣り合った席に案内したスタッフにサニーが言うと、お互い別の壁を向く少し離れた席に変更してくれた。後ろを向いてサニーの方を見るも、背中や机の上の道具等に隠れて、何を作っているかは見えなさそうだった。
     工房の壁に下げられている時計を、ちらりと確認する。どうせあと少しでわかるのだから、気になるサニーの目的は一旦横に置いておいて、自分の猫を完璧に仕上げることに集中しようと、アルバーンは気持ちを切り替えた。




     研磨して角を整えられた猫を満足げに眺めると、アルバーンは大きく伸びをした。

    「んーっできた!」

     しっぽの付け根のカーブを切るのに苦戦して、少し手伝ってもらったものの、ほとんど自分でやった割にはよくできたと思う。勿論多少のゆがみはあるが、寧ろそれが自分が作ったと思うと愛しい『味』に感じれる。

    「そうしたら、チェーンを付けてくるので、ちょっと待っててください」

     スタッフの男性は、アルバーンのペンダントトップをトレーに入れると、作業場の更に奥にあるスタッフルームへ入っていった。
     サニーも少し前に完成したようで、スタッフが奥に持っていていたアクセサリーの返却を、待っているようだった。暫くすると、二つの化粧箱を手に持った男性が戻ってきた。

    「念のため、溶接部分や後付けのパーツに問題ないか確認してください」

     男性が言うと、サニーは箱を手に取り中身を確認した。アルバーンもそれに倣ってそっと箱を開ける。少し離れたところにいたため、アルバーンの位置からは、サニーが何を作ったのか、一切見えなかった。
     それはさておき自分の猫だ。出来上がりの時点でも、完成させたという感慨があったが、こうしてチェーンを付け、箱に収められているのを見ると、更に一層の感動がある。ネックレスがセットされた台紙には工房のロゴが入っており、本当に売られているものみたいだ。
     洗練されていない手作りのアクセサリーでも、自分の手で作ったものが形となったことに、アルバーンは嬉しくなった。連れてきてくれたサニーにも早く見せたい。
     アルバーンが顔を上げると、サニーは受付に立っており、スタッフと会計を始めていた。慌ててサニーを追いかけて、作業場から受付へ向かう。そんなに慌てなくても置いていかないよと、サニーは笑う。
     会計を済ませて、担当してくれたスタッフにお礼を言って工房を出ると、二人で並んで車へ向かった。

    「今作ったのはいつ見せ合う?帰ってから?」

    「そんなに気になる?」

    「それはそうでしょ。だって僕このために連れてこられたんだし」

     うーん、とサニーが悩んでるふりをして勿体ぶるので、アルバーンも怒ったふりをして頬を膨らませた。

    「サニー、ここまできて今日見せてくれないなんてことある?」

    「冗談だって、でもここの駐車場で見せ合うのもなぁ。ちょっと行ったら海だし、そこでお互いつくったの見せよう」

    「うん!」

     アルバーンは頷くと、早く見たいし見せたいからと車に走っていく。サニーはそんなアルバーンを見ながらマイペースに足を進めた。


    ***


     春の夕方の海となると、観光地でもない場所では人もあまりおらず、遠くに犬の散歩をさせる人が見えるくらいだった。海岸線は西向きでないため、海の向こうではもう夜の気配がする。
     昼間よりも冷たい海風が肌を撫でた。冷たくて気持ちがいい。サニーの少し後ろを、絶妙な距離を保ちながらアルバーンはついていった。
     波の音を聞きながら、砂浜のすぐ上に作られているコンクリートの歩道を歩いていると、いくつかベンチが置かれたスペースがあった。その一つに腰かけると、サニーは自分の右側の座面をぽんぽんと叩き、アルバーンを誘導する。

    「どっちから見せる?」

    「俺は、アルバーンのから見たい」

    「じゃあ、僕のからね」

     どうせそう言われるだろうと、心の準備をしていたアルバーンは、手に持った箱を開けると、ネックレスを手に取った。両手でチェーンをつまむと、サニーの方へ向ける。

    「じゃーん!これが僕の」

    「すごい!上手にできてる」

     ペンダントトップに指を添え、サニーはまじまじと見る。あんまり見られると粗がわかっちゃうなと思ったが、素直に凄い凄いと褒めてくれるサニーに悪い気はしなかった。
     サニーは少し見て、何かに気づいたのか、あ!と声をあげた。

    「これ、左右で目を変えてる?」

    「そう!気づいてくれて嬉しい!目の全体を掘る方と、淵だけ掘る方で差をつけて、僕の目みたいにしてみたんだ」

     そのまま自分の方に持ってきて、顔の横にペンダントトップを持ってきて、猫と自分を比べるように見せた後に、胸のところにそれをあててみる。どう?言ってとサニーの反応を見ようとしたとき、サニーの手がネックレスに伸びてきた。

    「折角だから、このまま付けてみようよ。きっと似合う」

     サニーはネックレスを手に取ると、チェーンの金具のフックを外し、両手を左右からアルバーンの後頭部側に回す。金具がきちんとハマるように、アルバーンの後ろを見ようと、腰を浮かして身を乗り出し、体が触れるか触れないかの距離まで近づいた。
     このままサニーに抱きしめられてしまうのではと、思えてしまうような体勢になっているため、アルバーンは身動きが取れず、固まることしかできない。口で息を吐いたら、そこから心臓が飛び出そうで、下を向いて目を閉じ、唇を固く結んだ。
     しかし鼻で呼吸することで、今度は却ってサニーの匂いを強く感じてしまう。もう、頭が茹ってしまう前に、早く終われと祈ることが精一杯だった。
     後ろでカチリと金属の音が聞こえる。

    「はい、おしまい。……アルバーンすごく良い!」

     体を離すと、サニーはベンチに座り直した。顔が熱い。しばらく息を止めていたので、アルバーンは体の酸素が不足していた。不自然にならないように、ゆっくり深呼吸をする。

    「ん…はは、ありがと」

    「えーと、鏡になりそうなものはないな。写真撮るからこっち向いて」
     
     サニーの方を向くと、スマートフォンを持ったサニーから、撮るよ、と声が掛かる。恥ずかしいが、サニーの端末に残るなら、少しでもマシな顔でいなければと、居住まいを正して笑顔を作る。スマートフォンからカシャリと音が聞こえた。
     サニーはすかさず、手に持ったスマートフォンを半回転させ、画面をアルバーン側に向ける。

    「ほら、いい感じ。後で写真送るよ」

     アルバーンはそれに対して上手く返せず、「うん」と「ああ」の中間のような曖昧な返事しかできなかった。
     客観的に、自分がサニーにどんな表情を向けているのか、改めて画面に映る自分から、思い知らされてしまったからだ。
     こんなの、恋してるみたいじゃないか。
     照れや嬉しさや、色々な感情でごちゃまぜになった顔で、カメラの方を向く自分は、レンズでなくその後ろの人物を見ているのがわかる。赤く染まった頬は、夕焼けだけが原因ではない。周りに人がいなくてよかった。今、この場所にいるのが自分たちだけなのが、せめてもの救いだった。

    「サニーのは?次は僕がサニーのつけたところ撮ってあげる」

     自分の写真から、少しでも早く話題を逸らしたくて、サニーに話を振る。サニーは一度座面に置いた箱を手に取り、両手で包み込んだまま膝の上に乗せた。

    「これは、俺のじゃなくて、アルバーンのなんだ」

    「僕の?」

     サニーは箱を手でいじりながら言葉を探す。アルバーンはきょとんとした顔で、箱とサニーを交互に見た。

    「俺、昔…ってちょっと前とかの話じゃなくて、前の世界での、ずっとずっと前の話なんだけど、アルバーンに借りたままになって、ずっと返せてないものがあったんだ」

     アルバーンにはサニーの言葉の意味が今ひとつ飲み込めなかったが、大事なことを伝えようとしている気がして、全てを逃さないようにじっとサニーを見つめた。

    「いつか会えた時に返そうって思って、ずっと持ってたんだけど…そのまま死んじゃって。だから、アルバーンに会えた時から、同じものがないかずっと探してたんだ。だけど、全然見つからなくて。そりゃあそうだよね、アルバーンは元々、今よりずっと未来にいたんだし、その世界のものだったら、今この世界にあるわけない」

     はあ、と緊張を押し殺すようにサニーは息を吐き、ゆっくり蓋を持ち上げた。アルバーンも箱の方に目線を落とす。

    「だからもうつくるしかないかなって、そういうの探したんだ。割と自分では上手くできたと思うんだけど、どうかな?」

     そこにあるのは、見覚えのあるピアスだった。大きさも、形も、アルバーンがずっと付けていた、魚形のそれだ。
     サニーと離れ離れになってしまったときに、置いてきてしまったピアス。それを前世のサニーがずっと持っていたのも初耳だった。懐かしいと思うと同時に、それほど長い時間、自分のことを想っていたサニーのことを思うと、胸の中にこみ上げるものがあった。
     
    「サニーに付けて欲しい」
     
     そう言ってアルバーンは、左の耳につけている、小さなフープだけのシンプルなピアスを外した。耳の前の髪をかき上げ、穴が開いた耳をサニーの方に差し出す。
     わかった、とサニーは答えると、大事そうにピアスを手に取り、そっと耳に触れた。先程ネックレスをつけてもらったときよりも、直接指が触れる分、より体温を感じる。ピアスは付けなれないのか、少し手間取っていたが、無事付けられたようで、耳から手が離される。少しだけ、サニーの熱が自分の肌から遠ざかってしまうのを、名残惜しく感じた。

    「じゃあ撮るから、もう一回こっち見て」

     ピアスを付けた姿を撮ってもらうために、アルバーンは改めてサニーの方を向いた。サニーは画面を見て位置を確認すると、カメラ越しではなく、直にこちらを見てきた。アルバーンと目が合うと、嬉しそうに目を細める。
     アルバーンは先に撮ってもらった時よりも、色々な感情が押し寄せて、上手く笑顔が作れていないのが自分でもわかった。
     レンズを真っ直ぐ見ようとするが、だんだんとレンズがぼやけて、位置がわからなくなってしまう。レンズだけではない。周りの景色がどこもかしこもぼやけていた。

    「えっ!どうしたの?アルバーン」

     サニーの驚いた声で、アルバーンは自分が泣いていることに気づいた。一度自覚すると、余計に止まらなくなってしまう。ぽたぽたと顔から落ちた雫は、服を濡らして胸元に線を引く。
     サニーの前で泣くのは二度目だ。どちらも、サニーと過ごした過去の日々を思い出した時だった。
     ピアスがサニーの手元からなくなってしまったのは、随分前のはずなのに、作られたピアスが自分の記憶と寸分違わなかったのは、サニーが長い間、未だ記憶に残るほどに何度も眺めていたからだ。
     このピアスは、以前の自分にとっては、ただの昔身につけていたアクセサリーだが、前世のサニーにとって、アルバーンとの繋がりを示す手がかりで、道標で、希望だったのだ。
     軽いはずのピアスなのに、今左耳にしっかりとした重みを感じるのは、サニーの想いも乗っているからなのかもしれない。でも、自分だって同じくらいのものを、サニーに対して抱えている。
     サニーのことが好きだ。
     どうしようもなく好きだ。
     ずっとずっと好きだ。
     ピアスありがとうと言いたくて口を開いたが、上手く言葉に出来ず、嗚咽が漏れただけだった。そんなアルバーンの様子を見て、サニーはアルバーンの頭に手を添えると、自分の方に引き寄せる。
     情けない顔をしているのは明白だった。アルバーンにとって、サニーがそうやってくれることで、今の顔を見られないのがありがたかった。寄りかかったサニーの、匂いや体温に安心すると、余計に涙が出てくる。
     力を入れないと声を出してないてしまいそうで、サニーの体に腕を回してしがみついた。サニーの服が濡れてしまうが、構っている程の余裕はない。
     押し殺した涙声は、静寂に響く波の音によって遠くに攫われていった。



     どれだけ泣いたかはわからないが、しばらくそうしているうちに、泣き疲れて溢れてくる涙も途切れ途切れになってきた。アルバーンはひとつ、大きく息を吐いて顔を上げる。何も言わず、自分が落ち着くのを待ってくれていた優しいサニーの顔がすぐ傍にあった。
     涙こそ流していないものの、サニーの目尻も少し赤くなっているように見える。
     このまま、抱きしめて、大好きだと言えればいいのに。今までの想いを全て伝えられるような、キスができたらいいのに。
     衝動的に体が動く。アルバーンはサニーの頬を両手で固定すると、少しずつ顔を近づけていった。最後にしたのはサニーとで、前世の話。やり方なんてすっかり忘れている。それでも唇さえ触れたら、思い出せるような気がした。

     次の瞬間、サニーのスマートフォンから、着信を告げるメロディーが流れる。
     慌ててアルバーンが体を離すと、サニーは発信者を確認し、急いで電話を取った。

    『──』

     電話の向こうから、言葉ははっきりとは聞こえないが、父の声が聞こえた。サニーは明らかに決まりが悪い顔をしている。
     そういえば夕飯頃に帰ると言って出かけたが、今は何時だろうか。

    「ごめんごめん、思ったより遅くなった。話してたら夢中になっちゃって。連絡しなかったのは悪かったよ。今から帰るから。うん、夕飯は家で食べる」

     その後も繰り返し何度か謝った後、サニーは電話を切った。言われてみれば、到着したときは夕方だったのが、いつの間に夜と言っても差し支えない程の暗さになっていた。空には星もいくつか見え始めている。

    「ごめん、僕が泣き終わるまで待ってたから」

    「いいよ、俺がアルバーンと一緒にいたかったから。でも父さんも母さんも心配してるみたいだし、急いで帰らないと」

     サニーは立ち上がると、アルバーンの方に手を伸ばす。アルバーンも素直にその手を取ると、ベンチを後にした。
     その手を離さないまま、二人並んで車へ向かう。
     アルバーンが自ら進んで助手席に座ると、サニーは一瞬驚いたが、特にそれに言及することもなく車を発進させた。

    「怒らないんだ。キスしようとしたこと」

     車が動き出してしばらくすると、外の景色を眺めたままアルバーンから話しかけた。

    「何で俺が怒るの?」

    「僕からそういう関係を拒否したのに、自分勝手だった」

     気持ちが昂ってしまったとはいえ、軽率な行動だったと、冷静になった今なら思える。電話が来て助かった部分は大きい。

    「俺は別にいいけど。アルバーンとまたそういう風になれたらいいと思ってるし、ただ…」

    「ただ?」

     言葉の続きが気になってサニーの方を向く。向いたところで暗い車内では、あまり表情は見えなかった。サニーは続ける。

    「しないままで終わってよかったって思ってる」

    「どうして?」

    「したら罪悪感で後悔してる。アルバーンが」

     サニーが今の自分の気持ちも含め、全て理解してくれていることに驚きつつ、言葉には同意しかなかったので、アルバーンは頷いた。

    「だろうね」

     キスをしようとしたときは夢中で忘れていたが、母とのことが整理がつかないうちに、サニーとそういう関係にならなくて、よかったのは確かだ。
     ただ、ずっとこのままでいいとは、今まで以上に思えなくなっていた。サニーのことが好き。その気持ちは、一生自分の中に閉じ込めておけるような小さなものではない。
     現に、お互い人生一回分は抱えてきた想いだ。
     サニーのためにも、母のためにも、そして自分のためにも、はっきりと答えを出さなければいけなかった。
     アルバーンが自分の中にあった意識を、窓の外へ向けると、景色は見慣れたものになっていた。家が少しずつ近づいている。

    「あー…どうやって怒られるのを回避するかを考えなきゃ。腹減ったし、早く母さんの作った夕飯が食べたい」
     
     サニーはそう言いながら、ウインカーを左に出してゆっくり曲がった。ここを曲がれば、家の前の通りに出る。
     朝はあんなに鮮やかだったジャカランダも、夜の中では月の光を遮り、車に影を落とす闇の一部だ。一枝一枝通り過ぎる度に、家と、答えを出す時が近づいている。
     アルバーンはこれからのことを考えて目を閉じると、祈るように左耳のピアスを撫でた。


    ***


     車の音が聞こえたためか、玄関を開けると、既に両親が揃って待機していた。ただいまの前に開口一番ごめんなさいと言うと、

    「遅くなるなら連絡しなさい!もう二人ともいい年齢だから、逐一細かくどこに行くとか何をすると聞かないけれど、心配はするでしょう」

     電話では様子がわからなかったが、家に帰ると父よりも母の方が立腹していた。腕を組んで父より前に立つと、二人を睨むように見ている。
     母の背中の向こうにあるリビングからは、アルバーンの好きなパスタのチーズソースの匂いがする。きっととうに夕飯の準備が終わっていたのだろう。申し訳ない気持ちでいっぱいになり、アルバーンは母にごめんなさいと告げる。
     サニーはアルバーンを隠すように前に立つと、二人に向けて言った。

    「次は気を付けるよ。俺がアルバーンと出かけるの初めてだから張り切って、予定を詰めすぎちゃったんだ。だから怒るのは俺だけにして」

    「勿論、年上のあなたの方が責任はあるかもしれないわ。でもアルバーンも連絡くらいできたでしょ」

     母は一度サニーの方に目線を向けてから、アルバーンの方に再度向き直る。
     アルバーンは母と話そうと、サニーより前に出ようとするが、サニーがかばうように手を前に出したので、その手をぐいと下げ、サニーより一歩前に出た。

    「アルバーン?」

    「ママ、連絡しなかったことは本当にごめん。でも、今日はもうひとつ、言わなきゃいけないことがある」

     アルバーンは母の方を見て言う。アルバーンを遮ろうとしたサニーも、母も父も、普段と違うアルバーンの様子に、この言葉の続きを聞かなきゃいけない気がして、家の中がしんと静まる。

    「僕は、サニーが好き」

     数秒待ったが、言葉の意味を受け止め切れていないのか、両親からの反応はなかった。サニーがアルバーンの言葉に驚いた顔をするので、大丈夫だと示すために、そちらを見て一回頷く。

    「この前、僕がママの幸せを壊すかもしれないって言ったのは、それなんだ。多分ママが思い描いているような、兄弟としての好きには、僕はなれない。だって僕は、ママたちが今想像してるよりずっと前から、サニーのことが好きだから」

     平静を装おうとするが、心臓がバクバクして手が少し震えるのが自分でもわかった。

    「怒られる覚悟もできてる。でも、悪いことをしてるかって聞かれたときに、これがそうなのかわからなかった。だから、このことにはごめんなさいはしたくない。誰かを好きになることが、悪いことだなんて、僕には思えない…!」

     車の中でぐるぐると考えていた言葉を、矢継ぎ早に話す。言葉を告げる中で、遮られたり、反論されたりすれば、うまく伝えられなさそうだったためだ。
     話す中で、息継ぎのタイミングもわからなくなっていたからか、言い終わると息が少し乱れていた。自分の伝えたいことが全て伝わったかはわからない。でも今の言葉が自分の出した答えだった。
     ボールはもう投げてしまった。後は、それを受け取った母がどう返してくるのかを、待つしかなかった。
     未だに少し震える手をもう一つの手で抑えようと力強く握ると、その手に更に大きな掌が重なる。サニーの手だった。
     横を見ると、先程アルバーンがサニーにそうしたように、サニーがこちらを見て頷いた。

    「俺も、アルバーンが好きだ。アルバーンも本気だから、隠さず父さんや母さんにちゃんと伝えようと思ったんだと思う。どう感じるかは二人次第だけど、俺もアルバーンを好きだと思う気持ちに、迷いはない」

     サニーの声を聞いているうちに、手の震えは落ち着いていた。アルバーンは答えを聞くために真っ直ぐ母を見る。
     母はアルバーンの視線を正面から受け止めた。そして数秒考えて、言葉を発する。

    「その話をしたとき、悪いことをしたら叱らなくちゃいけないって言ったのは、覚えてる?」

     アルバーンは頷いた。その言葉を貰ったからこそ、考えて、出した気持ちだった。

    「悪いことは、もう叱ったわ」

     そして、ふっと息を吐き笑うと、母は続けた。

    「連絡を怠ったこと。それ以外で今日叱るべきことなんて、何もない」

    「…ママ、本当にごめんなさい。次からちゃんと連絡します」

     アルバーンの謝罪の言葉が終わるか終わらないかのうちに、体がぐいと引かれるのを感じた。母が自分を強く抱きしめている。この前と同じくらい強い力で。

    「言ったでしょう。私はあなたの一番の味方よ」

     今日いっぱい泣いて、涙を枯らしておいてよかったと、アルバーンは思った。母の前で涙を流すのは照れ臭かったからだ。それでも、鼻の頭につんとしたものは感じる。
     そんな二人の様子に何か心を動かされるものがあったのか、父がサニーを抱き寄せようとしたが、やんわりと拒否をされていて、その様子がおかしかったアルバーンは声を出して笑った。
     

    ***


     コンコンとノックの音が響く。
     ベッドに横になっていたサニーは、体を半分起こして扉の方に顔を向けた。

    「何?」

    「テレビ貸して欲しいんだけど」

    「いいよ入って」

     言うと同時に開かれた扉から、むくれた顔のアルバーンが中に入ってくる。

    「リビングのテレビは?」

    「今パパとママがソファで二人の世界を作ってて、近寄れないんだよね」

    「あー…」

     最初はアルバーンとサニーの関係を受け入れつつも、戸惑いが全くなかったとは言い切れない父と母だった。しかし最近は、二人が家でも遠慮しなくて済むように、自分たちがそれ以上に仲良くすると主張している。
     正直ありがたさよりも、サニーとしては、親のそういうのを見ることへの気恥ずかしさの方が大きい。しかし向こうは向こうで、新婚にも関わらず、ずっと恋人としてではなく、親として過ごすことに重きをおいてきていたので、これを口実に、気兼ねなくそういう時間が持てているのかもしれない。
     
    「母さんが幸せならいいんじゃないの?」

    「まあ確かに、それはそうだよね」

     サニーは半分茶化して言ったつもりだったが、アルバーンは心からそう思っているのか、妙に納得した顔をして、てきぱきとゲームのセッティングをし始めた。
     ベッドの反対側の壁に置かれた、デスクの上のモニターに、ゲーム画面が映る。
     アルバーンがデスクの前に置かれた椅子に座ると、サニーも体を起こし、画面が見やすい位置に座りなおす。膝の上に頬杖をついて、アルバーンに言う。

    「バイト代、特に使うものも無くて貯まってるし、テレビとかモニターとか買ってあげようか?そんないい奴は無理だけど」
     
     特に高時給ではないが、物欲も大してないので、バイト代は貯まる一方だった。それでアルバーンが喜ぶものが買えれば、一番いい使い道のような気がした。

    「んー…それはいいかな」

    「遠慮しなくていいのに」

     いつも何かを提案すると、ホント?や嬉しい!と乗ってきてくれることが多いので、おや、と思ってアルバーンを見ると、少し恥ずかしそうに、肩越しにこちらを見ている。

    「だって、ここに来る口実が一個減っちゃう」

     いじらしすぎる様子に、思わず、はぁ?と声が出てしまった。否定されたのかと思って眉尻が下がるアルバーンに、違う違うとサニーは首を左右に振る。
     そのまま立ち上がると、アルバーンの座る椅子の背もたれに手をかけ、唇を軽くアルバーンのものと重ねた。

    「口実なんて『キスしたい』だけで十分だろ」

     アルバーンと目が合うと、一瞬今何が起きたのか整理する間があき、次の瞬間には驚いた顔をしをしたかと思うと、すぐにもう一回をねだるように目を閉じた。
     そんな表情が目まぐるしく変わるアルバーンに、可愛すぎてがっつきたくなる気持ちを抑えつつ、もう一度キスをするためにゆっくり顔を近づける。

    「二人とも、ケーキ焼けたから降りていらっしゃい!」

     唇があともう一息でくっつくというところで、リビングから母が呼ぶ声がした。お互いに慌てて顔を離すと、何となく恥ずかしくて、照れ笑いを浮かべる。

    「アルバーン、サニー」

     返事がないので、聞こえてないと思ったのか、今度は父が名前を呼んだ。サニーは今行く、と返事をすると立ち上がってドアを開ける。アルバーンもそれを追いかけるように続いた。
     階段の下からふわりと立ち上る甘い匂いは優しくて、温かい、幸せの香りがした。



    END
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