もうひとつの特効薬朝の支度を整え、ゆっくりと階段を下りていく。
まだどことなく薄暗い廊下を歩き、白く明るく広い食堂へと足を踏み入れた。
中には、他のファイターはいなかった。
とはいえ、バイキング形式に置かれた食べ物達には、手が付けられた跡がある。ボクより先に起きていたファイター達が取ったんだろう。
その食べ物の中からひとつずつ自分の分を取り、ひとつ決めている、いつもの席に座る。
席に座る前から、辺りをキョロキョロと見渡したり、開かれた出入り口を眺めてみる。キミはこの時間に来るはずだ。
そしてその出入り口からは、何人かのファイターがと入ってきた。
「マリオ、おはよう!」
「リーダー、おはようございます。」
「(あいさつするような仕草)」
「おはよう!」
よかった。今日も皆、元気そうだ。
今日も、隣に良いですか?と何度か言われた。
でも今日も、それを全部断った。
隣で一緒にご飯を食べたい人がいる。
キミの話をまた聞きたいな、って、キミを何日も前から待っている。
「(ドクター、今日もいないな)」
スマブラ世界においては、他のファイター達が、寮に戻ってこない日がある。皆それぞれ自由にしているから、外に出ていたり、別の寮に泊まっていたり、元の世界に帰っていたりする。ボクだって同じで、何日か寮を開けたことがあるから、それはわかっている。
だから、ただ1人のファイターが1日2日くらいいないのは、大騒ぎするようなこと、ってほどでもないんだ。本当は。
ドクターは、マスターからバグウィルスを倒す役割を与えられているという話を前に聞いた。それを理由に帰ってこないんじゃないか、と、考えている。なんとなく。勘だけど。
役割、と言っても駆除するなら、敵を倒していくなら…キーラの事件のことや亜空の事件と似たようなものだと思う。だから、やりたいとも言った。
キミがそう言わなくても、キミが独りで抱えようとしているのはわかっていた。
でもドクターは、何度か言ったところで、自分にしかその魔力がないことと、万が一キミが戻って来ないことがあったら…そう言ってそれ以上は聞かせてくれなかったし、聞いても答えてくれなかった。
それでもボクは、キミがその敵達を倒して進んでいることを、キミが帰ってくることを…いつも信じている。
カタ、とトレーにスプーンが置かれた。自分の分の朝食が、空っぽになった合図。
ぼんやり考えながら食べていたけど、考えすぎるのも良くないかな。
空っぽの小さなお皿を見つめながら、トレーを持って歩き出した。
「ごちそうさま。」
トレーと食器を片付け、食堂を後にした。
今日は試合の予定が入っていない。珍しく、一件も。しばらく試合が続いていたから、気分転換ができそうだ。
…いや。マスターに会いに行こう。
マスターなら、ドクターが今どうしてるのか、知ってるかもしれない。
「マリオ。」
そんなことを考えていた時、随分とタイミング良くマスターの声が聞こえてきた。
遠隔で、頭の中に。
「(マスター?どうしたの?)」
「キミに話したいことがある。管理棟に来てくれるか?」
管理棟とは、マスターがいる建物のこと。
ボク達スマブラファイターは、この世界ではファイターが合同で暮らす寮にいる。だけどこの寮にマスターはいなくて、いつも管理棟というスマブラ世界の管理と監視をしている…らしいところにいるんだって。
「わかった、すぐいくよ。」
廊下を歩き、ドアの前の玄関で靴を履く。
トントンと床でつま先をたたくと、大きなドアに手をかけて、外へと駆けていった。
管理棟への道は、試合会場の隣の道を真っ直ぐにいったところにある。前に行った時は…いつだっけ。というくらい久しぶりのことだ。
天気はとても良く、木々も青々としている。暖かい日差しだけが、駆け足のボクについてきた。
少し経つと、道の先に、大きな建物が現れた。
しんと静かに立つ建物の入り口は、誰も触っていないのかというくらい綺麗なガラスの自動ドア。近寄ってみても、ガラスの向こうは見えない。ドアはボクが立っても反応せず、インターホンがついている。
「マスター、ボクだよ。」
インターホンのボタンを押して用件を言う。それがこの管理棟に入るルールだ。
ガチャ、という音がし、ドアのロックが外れた。ひとりでに開くドアを越え、中に入ると、真っ白な床のタイル、真っ白な壁のタイル。
ただ、何もない部屋に靴音が響く。
そしてその先にいたのは、マスターだ。
「マリオ。忙しいところすまない。」
「ううん。ボクもマスターに聞きたいことがあったから、ちょうどよかったよ。……それで、先にマスターのことを聞きたいな。」
今度はボクの声が響いた。
声が止んだ頃に、マスターの指が、きゅっと軽く握られた。
音のない時間が、少しだけ流れた。
やがてマスターは、次の言葉を続けた。
「ドクターが、行方不明になった。」
ボクが、一番聞きたかったことだ。
でも、そんな言葉は、聞きたくなかった。
「えっ…!?どうして!?」
次の言葉を待たずに、再び声が響いた。
「ドクターと連絡がつかなくなった。途絶えた場所は既に把握しているが、それ以上の事はわからない。」
「だったら!ボクがドクターを探すよ!
場所はわかっているんでしょ?そこに連れてって!」
考えるよりも前に、強い決意と強い声で言った。何の迷いもなかった。
ボクは真っ直ぐに、マスターを見つめていた。
「……ありがとう。マリオ。
私も何度も彼を連れ戻そうとしたが、何もできなかったことをとても悔やんでいた。
キミにまたこのようなことを頼んでしまうが…。」
「ううん。今頼まれなくても、ボクはドクターを探しに行くつもりだったんだ。少しでも場所がわかるなら、ボクは何でも協力するよ!」
「本当に、ありがとう。
では、案内する。ついてきなさい。」
マスターの声のトーンが、元に戻った。
そして、向きを変えて進んでいくのを、ゆっくりとついていった。
ついていったすぐそこにあったのは深く暗い、大きな扉。その横に、階数を表示する画面。
これ、エレベーターの扉だ。扉の大きさからして、中に大きなマスターとボクが乗っても、まだスペースがありそうなくらいだ。
…こんな扉、前…あったっけ。ここに訪れたのは随分前だから、ボクが忘れているだけかな。
静かに扉が空いたエレベーターの中は、青色のライトがついていた。それが、どことなく秘密というか、外部に漏れちゃいけないような、ひっそりとしたそんな雰囲気を醸し出していた。だからか、中に入って待っている間、会話する気になれなかった。
外の景色は何も見えなかったけれど、ズンと沈み込むような、重い何かを感じた。このエレベーターが、今、地下へと下りているんだろう。だけど、ここからどのくらい地下に降りているのかは、数字のある画面を見ても、特に何も書かれていなかった。扉は中々開かなかったから、…かなり下にあるのかもしれない。
ほどなくしてエレベーターが止まり、扉が開いた。
「ここは…?」
マスターが下りるのを確認した後、きょろきょろと辺りを見ながらついていった。
今度は見たことのない…星空のような、宇宙のような景色の広がる、広い部屋だった。床は透明だけど、どうやらあるみたいだ。ひとつだけ、奥の方にある、床の四角いパネルのようなものが白く光っていた。
「ここは、通称「スタートエリア」。
裏世界への入り口がある部屋だ。
向こうに正方形のパネルがあるだろう?
それが、裏世界への入り口のパネルだ。」
『裏世界』。
その言葉に、聞き覚えがあった。
そう、ドクターから聞いた話に、出てきた。
「!もしかして、ドクターの役割の?
その話を前に聞いたんだ。ドクターから。」
「そうだ。
ドクターの役割…ウィルスの駆除。それは裏世界で行っている。裏世界へ行ったまま、戻ってこなくなった。」
『バグウィルス』…。
その言葉も、ドクターが言っていた言葉だ。
「それも、ドクターの役割に関わること、だよね。ボクはドクターから、少ししか聞いてないから詳しいことは知らないんだ。
だから、教えてほしいな。」
「…私からキミには何も言っていなかったな。
手短に説明しよう……」
…手短に。と言ったわりには、長い説明だった。まあ、マスターは大体そうだけど…。
まとめると、こんな感じ。
ボク達のスマブラの世界とは違う、「裏世界」というものがある。そして、その裏世界から敵として現れるものが「バグウィルス」。
そのウィルスを倒せる薬を作れる力を持つのがドクター。その力で、バグウィルスを倒す役割をしていたんだって。
基本的には、部屋である各エリアを移動して沸いているウィルスを倒していく。その間もマスターと連絡を取り合っている。だけど、中にはバグエリアという、ウィルスが作り出したもので連絡が取れないエリアもあるみたい。
そして、ドクターはここに戻るって連絡をくれたんだけど、そのまま何日も戻ってないんだって。生きているかどうかもわからないけど、直前まで連絡がついていたなら…ドクターは生きている、と、ボクは思う。
……キーラとか、亜空軍とかとの戦い。それに似ているような気がした。
「…つまりは、裏世界にバグウィルスっていう敵勢力がいる。そして、ドクターは、ここに戻る途中に、行方がわからなくなってる。
…そういうこと?」
「ああ。そうだ。」
「ボクは…ドクターがまっすぐに帰ってこないなんてことはあり得ないと思ってるよ。だから、きっとこのエリアで何か起きてる。」
これは直感、な部分もあるけど、ボクにはそれ以外考えられない。ドクターは帰ると言った後、勝手に寄り道なんかしないと思う。
「キミがそう言うなら、それで間違いないだろう。直ちに向かってほしい。」
「うん!わかった!!」
すぐちくるりと向きを変え、パネルへ向かおうとした。が、マスターに呼び止められた。
「一時的なものだが、ドクターの魔力のデータもキミに与えよう。バグウィルスを駆除する為のものだ。キミ達のベースのデータがほぼ同じなら、キミにも使いこなせるはずだ。」
そっと近付いてきたマスターの人差し指が、白く光っている。そこから、ドクターの魔力を感じる……。
「そのまま、じっとしていなさい。」
マスターの人差し指が、ボクの胸に触れた。
……胸が、暖かい。
じんわりと何かが流れてくる。
白い魔力。雷の魔力。薬の魔力。ドクターの魔力。それが、ボクの元々持っている赤い魔力、炎の魔力と混ざっていく、感覚………。
マスターの指が離れた後に手の平を見てみると、赤い稲妻がバチッと音を立てた。
「わぁ…。」
雷の魔力だ。
ドクターの魔力は近くで見たことがあったけれど、自分で雷を使ったことはない。というか、本当は、本来は、使えない。でも、今回限りとはいえ、雷の魔力を貰った。
だからか、何だか…緊張するより、わくわくしちゃう。
「薬とその武器も出せるはずだ。」
ドクターの動きを思い出しながら、すっと手のひらをもう一度開いてみる。すると、赤い光を帯びたカプセルが現れた。もう少し強い魔力を込めると、今度は注射器やメスも出現した。
ドクターのものと、同じだ。
「これを、ウィルスに撃ち込めばいい?」
「そうだ。キミの炎も効果こそある。だがそれよりも高い効果を発揮するのが、この薬の魔力だ。」
「わかった!」
そして再びくるりと向きを変え、パネルの方へと駆け足で歩いていく。
「何かあったらすぐ知らせてほしい。
キミの健闘を祈る。ドクターを、頼む。」
「わかってる!必ず戻るよ!」
スタートエリアのパネルから、裏世界へと足をいれた。