選ばなかったほうの酔っ払いです笑「それでだなあ、ぞろやあ。シャチとのきょりがあ、ちかすぎる!」
「そうか?」
「ちけえ!おれいがいをよこにおくなあ!ぶんなぐれ!」
「筋トレの話してただけだ。ハートの奴ら、お前のために強くなりてえんだと」
「そうか」とふにゃふにゃ嬉しそうに笑っているこいつは、あの、ハートの海賊団船長のトラファルガー・ローだ。死の外科医だかなんだか物騒な呼び名があるらしくウソップなんか未だにビビってるぐらいだ。体中に刺青いれてる堅気には見えない男だ。そんな物騒な男がこんなふにゃふにゃになっているのは、おれのせいだ。おれが酒で潰した。そもそもこいつは酒は飲める口らしくしかも自制の男なので自分の許容範囲を超えて飲まないようセーブしているそうだ。シャチやペンギンもキャプテンが酔ったところなんて見たことがないと言っていた(つーかあの二人がすぐに酔っ払うからだろ)。
ま、おれにかかればこんなんだけどな。
「だからってあいつらだってぞろやはやらねえ!おれのものだあ!」
「はいはい。お前のものだよ、おれは」
ああ、早く素面の時に言ってくれ。そうしたらおれだって言ってやんのに。
トラ男がべろんべろんに酔っ払うのは初めてじゃない。
初めて二人で飲んだ時、気にせずおれのペースで飲んでいたらいつのまにか潰れていた。と思ったら突然怒りだした。何かと口喧しい男なので(ウソップがそんなのお前くらいだ問題児めとわけ分からないことを言っていた)また始まったかとげんなりしていると、全てひらがなのくせに饒舌に話し出すトラ男がいておれは面食らった。
『おまえにいっておきたいことがある』と告げられたので何だと返した。
やれ誰々ときょりがちかい。
やれおっぱいがまるみえだ。かくせ。いやおれにだけみせろ。
やれふろあがりにうろうろするな。
やれしょくじはいっしょにとれ。
やれおれのとなりからはなれるな。
やれおれのいうことをちゃんときけ。
初めは何を言われているのかまったくわからなかった。
それがこの後も延々と続き漸く話が見えてくると『お前・・・、お前の処は言わねえだろうが、おれの処ではそういうのを関白宣言って言うんだよ』と酔っ払い相手に説いたところで無駄とは思っても口に出さずにはいられなかった。案の定『かんぱくってなんだ』と目が据わりながら聞いてくるトラ男に関白宣言の例え話をしてやれば、突如ふにゃふにゃし出した。目を疑ったぜ。トラ男が、笑ってやがるし、ふにゃふにゃしてる。ふにゃふにゃ?疑いすぎて何度目を擦ったかわからねえ。
『あってる』
『はあ?』
『おれはぞろやがだいすきだから、あってる。おれからぞろやへのかんぱくせんげんだ。』
今度は変な声が出た。さっきからこいつは何を言ってんだ?!
理解が追いつかず、ぱちぱち目を瞬かせて、たぶん顔も赤くなっていたんだろうおれに『かわいいがすぎる!』とデカイ声で叫びながらトラ男は抱きついてくる始末だ。トラ男、寝なさすぎて頭がイかれたのか?どうする?医者はこいつだぞ。ロビンに相談してみるか?しかしこいつにもキャプテンの威厳ってもんがあるだろう。黙っておいた方がいいか?
それにふにゃふにゃしているトラ男があんまりにも嬉しそうなので、まあ、つまりだな、トラ男に惚れているおれとしては思わぬところで互いに好いていることを知ってしまったわけだ。はあ。いいのかこんなんで。
それからこいつに酒に誘われた時はおれのペースに乗せて潰して、ふにゃふにゃさせてる。
ふにゃ男になると途端に素直で強欲になるトラ男は相変わらずひらがなで捲し立てている、おれへの恋やら愛やら不満やら命令を。
あと何故かルフィの文句がかなりの割合で出てくる。船長同士張り合ってるからか?
かと思えば素面のトラ男はクールで威張り散らした男前で、酒の席に誘われた時以外で接触することはそんなになかった。あったとしても迷子!進入禁止!開けるな!問題起こすな!などと一々細かいことで怒鳴りつけてくるのでまあおれも面白くねえ。ふにゃ男になるとあんなに好きだって言ってくるじゃねえか!!だから腹いせに潰しちまうわけだ。
「ぞろやあ!きいてんのか!」
「聞いてるぞ」
「おれはぞろやをあいしてる。ぞろやもおれをあいしてるか」
「おう、愛してるぜ」
「あたりまえだな」とほにゃほにゃ顔中で笑っているトラ男に、いったい何時になったら素面の時に言ってくれるのか、おれは最早意地になっていた。
おれから呷って言わせてもいいし、こっちからガツンと言ってやりゃあ簡単だが、普段あそこまで興味ありませんゾロ屋には迷惑してますという顔をされるとなんとしてでもトラ男から言わせてえんだ、おれは。
ふにゃ男に言われたことを思い出してトラ男やハートクルーの前でシャワー室の帰りがけ半裸でウロウロしていると、何故か顔面蒼白のハートのクルーに両脇抱えられて服を着させられるので作戦が成功したことがない。こいつらは船長しかり全員規律ってヤツにうるせえ。
あとはナミの小癪な作戦を思い出し、トラ男の前で「暑ぃ」と上着を脱げばまたハートのクルーたちが飛んできてシャツを着せるので驚いた。こいつら、ついにはシャツを携帯しているのか?!
なのでおれの作戦もなかなか思い通りに進んでいない。トラ男も何も言ってこない。なんだかなあ。
む、思い出すと面白くねえな。
今度はおれと仲間たちの距離がどうのこうの語り出したトラ男に、憂さ晴らしでトラ男の鼻を摘まんでやった。ふがっと呼吸の邪魔をされたトラ男が「なにすんだっ!」と怒った後に「じゃれついてんのかあ?」と喜びだしたので、こいつこんなに感情豊だったんだなとしみじみ思った。トラ男の本懐をとげた後だからだろうか?少しはルフィを見習って自由にすりゃいいんだ、トラ男も。
「まあべつにいいんだけどよ、このままでも」
おれは両腕を下敷きにして頭を乗せた。今は帽子もとっているトラ男は表情がよく見えた。下から覗いていると真っ赤な顔とまっかな瞳と出会う。こいつ首まで真っ赤でやんの。ここでおれが噛み付いたりキスしたりすれば、ふにゃ男は泣き出すし喜ぶしで大変な騒ぎになりそうだ。それはそれで面白そうなのでまだとっておくか。
「わかってんのか?おれたち、もうあんまり時間がねえんだぜ」
おれはいつまでも待ってやってもいい。どうせおれは死ぬまでトラ男が好きだ。
でも実質一緒に居る時間は少ない。ワノ国についたらこんな浮かれた話はできない。おれもカイドウに集中してえしな。
早くしろと背中を蹴ってやりたい衝動と、ふにゃ男と話すのは楽しいのでこのままでもいいかと思う気持ちと。
そんなおれの気持ちも知らず、ふにゃ男は「ぞろやのほっぺがぷにってしてる!あざとい!かわいいがすぎる!せっこうでかたをとりたい」などと文句を言っているのか喜んでるのか何を言っているのかよくわからない芸を披露している。
はあ。
酔ってもいねえのに、こっちまでふにゃふにゃになりそうだ。