いっぱい食べる君が好きある日の食事の時間。
マーボーカレーを綺麗に平らげたシオンが席を立った。
「ご馳走様」
「もういいのか?」
「ええ、お腹いっぱいなの」
そう言って、シオンは自分の食器を流しに下げた。
(おかしい……シオンがおかわりをしないなんて)
そう、ここ数日シオンはおかわりをしていない。
どこか具合が悪いのかと訊ねても首を左右に振るばかり。
お腹がいっぱいだと言うが、長い間一緒に旅をしてきたからのだからよく分かっている。
シオンのおなかがおかわり無しで満たされるわけがないことを。
とはいえ、本人がお腹いっぱいと言っているのだから無理に食べさせるわけにはいかないが……
「……心配だ」
美味しそうに食べ物を頬張るシオンを見るのが好きだ。
だけど、最近の食卓では鬼気迫るものを感じる。
『私のことは気にしないで』
とシオンは言うが、気になる。猛烈に気になる。
もしかしたら、ここ最近急に暑くなったから夏バテでもしてるんだろうか。
だったら食事ではなく、甘いものを用意すればシオンはいっぱい食べてくれるのではないか。
そう思った時、以前シオンとリンウェルが楽しそうに話していた内容を思い出した。
「――そうか、あれだったら!」
嬉しそうに頬張るシオンを見れるかもしれない。
俺はいてもたってもいられず、台所へ駆け込んだ。
◇◇◇
大量の卵と牛乳、砂糖を使って、あるものを作り出した。
慎重に慎重に。大皿の上に乗せたそれはぷるん! と大きく揺れるが、形は保ったままだ。
「完璧だ……!」
我ながら素晴らしい出来栄えだ。
惚れ惚れするほどの曲線をしばし見つめた後、俺はシオンを呼びに行く。
「シオン、ちょっと来てくれないか?」
「? どうかしたの?」
シオンは不思議そうに小首をかしげ、俺の後をついてくる。
そして――食卓テーブルの上に鎮座する俺の傑作を見た瞬間、シオンが息を飲んだ。
「アルフェン、これは……」
「バケツプリンだ」
「!!」
「最近、食が細かっただろう? もしかしたら夏バテでもしてるんじゃないかと心配になったんだ。
だから、これなら食べやすいかと思ったんだが……」
俺の言葉にシオンの肩がぴくりと跳ねる。
「違うの、アルフェン。食が細かったんじゃなくて……をしてたの」
「? すまない、シオン。よく聞こえなかったからもう一度言ってくれないか?」
「だから太っちゃったからダイエットをしていたのよ!」
「……ダイエット?」
「その……旅をしなくなって、運動量も随分減ったでしょう?
今まで通り食べてたら、ちょっと……あれになっちゃって……」
言われて思わずシオンの体を見つめる。
けれど、元々華奢な体をしているのもあり、服の上からではよく分からない。
なので、夜の出来事を頭に思い浮かべてみるが――
「アルフェン、何を考えてるの」
表情が緩んでいたのか、シオンが頬を赤く染めて俺を睨みつける。
そんな顔で睨んでも可愛いだけなのだが、シオンの嫌がることはしたくない。
脳内に浮かんでいたシオンを一旦頭の隅にやり、目の前のシオンと向き直る。
「俺から見たら特に太ったと思わないけど」
「あなたは私に甘いから……!」
「じゃあ、このプリンはいらないのか?」
「……それは食べるわ」
シオンはコホンと咳ばらいをした。
それが可愛かったのと、プリンを食べると言ってくれたことが嬉しくて、頬が緩んだ。
用意しておいた大きめのスプーンを持ち、バケツプリンを一口分すくう。
「ん! 美味しい」
シオンの表情がキラキラと輝く。
やっと見たかった表情に出会えて、心底ほっとした。
「アルフェンも食べて。このままだったら私一人で食べてしまうかもしれないわ」
「俺はそれでもいいんだけどな」
「駄目よ。美味しいものは一緒に食べたいわ」
「……ああ、そうだな」
シオンに倣い、俺もプリンをすくって口に運ぶ。
大きなプリンを火にかけることは難しかったので、ゼラチンで固めたが、弾力のある食感で食べ応えがある。
カラメル部分はこれでもかといわんばかりの砂糖を使って作ったので、ほろ苦甘い。
「美味いな」
「ふふ、そうでしょう」
自分が褒められたみたいに嬉しそうに笑うシオン。
俺の奥さんはどうしてこんなに可愛いんだろうか。
「なあ、シオン。無理に食事量を減らさないでほしいんだ。
俺は美味しそうに食べるシオンが好きだから」
「アルフェン……」
「だから一緒に運動をしようか」
「…… い、一緒にって」
「? 俺も体が鈍ってきてるから、そうだな。まずはジョギングから始めてみるか」
「……ああ、そういう」
「そういう? 他に何かしたいことがあったか? シオンがしたいんだったら……」
「いいえ! 何も考えてないわ! ジョギングしましょう!」
なぜだかほんのりと頬を染めたシオン。
二口、三口目を頬張るシオンを見守っていて、シオンが何を考えていたか気づいた。
(シオンに無理させない程度に……夜も頑張るか)
少しだけ今日の夜が楽しみになった俺は、プリンをもう一口頬張るのだった。