ヴァレンティオンの一幕 主な色は茶色。そこからさらに白に赤、ピンク。金色も少し、混ざるだろうか。昔からある色合いは基本的に変わらないけれど、ここ最近使われるものは、先人たちが築き上げてきた技術もあって年々鮮やかで多彩に進化していっている。
色も形も味も様々な、ククル豆が原料のチョコレート菓子。そんな中身を引き立てるのは、同様に色鮮やかな箱や瓶詰めたち。
言えなかった言葉たち。伝えたかった大事な想い。
様々なカタチの愛情。好意の証し。
去年は伝えられなかった。だから今年こそは、伝えたい。
神様どうか、勇気をください。逃げ出さないよう、見守っていてください。
今日ばかりはイクジナシな心を奮い立たせ、お菓子と共にあの人の元へ──。
◇ ◇ ◇
「かぁぁぁぁぁぁ!! あっっっまいのう!!」
パキッ、っと軽やかな音を立てて噛み割ったものから溢れ出す甘さ。口に含み、舌の上で転がした瞬間から甘いのは解っていたのだが、中に含まれていたトロリとした半固形化された甘さが、またさらに上をいく。
甘い、甘いと、独りごちながら柔い菓子を咀嚼する。すぐさま体内へと吸収され消えていく、ほんの僅かなエーテルと多量の想い。
エオルゼアに住まう人々の心が浮き立ち、男も女も、老いも若いも分け隔てなく、そわそわといつもよりも少し忙しなく揺れる時期。
今年も、ヴァレンティオンの季節がやって来た。そしてその成功を願う様々な祈りが、今年も神へと降り注いだ。いつものように二面宮に置かれた進物台には、ここ数日間はチョコレート菓子がやたらめったらと多い。時々現れる塩っ気のあるものが本当にありがたい。
今食べたものは、恋する乙女の祈り。爽やかで甘酸っぱい恋の味だ。どこか苺に似ている。
「…………多い」
傍らのザルが眉間を寄せて、呻くようにして呟いた。その手元にはまだ山のように菓子が鎮座していた。どことなく遠い目でそれを見つめる半身の背を軽く叩き、ナルはカラカラと笑ってみせた。
「実に可愛い人の子等の祈りではないか。……おお、これはなかなか、初々しい味であるな」
「こちらは少し苦さが強い」
「ほお! 愛も恋も、実に種類が多いのう」
一口サイズの菓子を一粒摘み上げて口内へと放り込み、ナルはパクリと平らげた。
この時期になると、神々は忙しい。人からもたらされる願掛け混じりの祈りは、須く神へと届けられる。どの神域の神々も、今頃は大量の菓子と格闘していることだろう。……職人に大人気のビエルゴは特に困っていそうである。こればかりは手伝うことができないので、是非とも頑張ってほしい。
神への祈りの具現化なのだから、捨てることなぞ出来ないソレを二人で消化している。世界中の祈り──という名の菓子を食べているのだが、終わりが見えない。それどころか日に日に数を増していっている気がする。固定された体なので太ることはないのだが、この時期はさすがに太るのではないか疑念が湧いてしまう。
「うおっ」
口に含んだ強烈な一粒に驚き、ナルは思わず口元を覆った。ナルの異変にすぐさま気付いたザルが背中を摩ってくれた。
「濃いっ……!」
怨念じみた情念に喉を焼かれそうになった。グルルッと唸り声を上げて腹の中で渦巻くエーテルを宥めて消化するのに、少しだけ苦心した。
人の想いは強いなぁ。と、年々強くなってくる人の強さに感動すら覚える。
ことさらに濃い祈りを消化した腹を摩っていると、「ナル」と己を呼ぶ半身の声を聞いた。いつの間にか伏せていた顔を上げれば、思いの外近くにザルの拳があった。黄金の拳が開かれ、その手中に現れたのは青い石。照明の光を受けてキラリと煌めく硬質な青は、角度によってはどこか紫にも見えた。
「口を開けよ」
「……ザルよ。鉱石は好きだが、さすがにソレを食すのはっ」
「案ずるな」
ナルの言葉を遮り、意思を無視して顎を掴まれ、「食べられる」と言って口内に石を押し込まれた。
歯に当たる感触は石なので硬質で冷たい。なのに──、
「甘い……?」
舌に感じた味覚を声に出せば、ザルは満足げに一つ頷いた。
(鉱石なのに甘い?)
ころりと口内で転がして味を堪能する。ネットリとした甘さがあるのに、妙な清々しさがある。ほんの僅かな苦味の中にある、スパイシーな香り。それでいてよく体に馴染む。
試しに噛んでみれば、何故か歯を入れられることができた。パキリ、パキリと軽快な音をたてて砕け、溶けてすっと消えていく。
青が、体に染み渡る。腹の中ではなく、胸の中に火を灯した。
取り込んだエーテルは、馴染みがありすぎるものだった。
「美味いか?」
不味い訳がないと言わんばかりの不敵な表情で聞いてくるのだから、ナルとしては堪ったものではない。
「お前そのものだからな」
「つまり?」
「美味いに決まっておろう」
素直に答えると、小さな笑い声と共に頬を撫でられた。忙しなく鳴る心臓の音がうるさい。不意打ちで変な事をしでかすのは、はて、どこで覚えて来たのやら。
「それで?」
「うん?」
「お前からは何もないのか?」
求められ、ナルは即座に己のエーテルを固めた。
掌の中に現れた、小粒の鉱石。一見すれば朱い石に見えるそれの味は、きっとザルのものと同じだろう。口を開けて待つザルの口内へと、ナルはそっと鉱石を押し込んだ。
「美味いか?」
ナルの鉱石を丹念に味わうザルへと、ナルは先ほどと同じ言葉で問いかけた。
「お前そのものだ」
帰ってきた答えに、ナルは笑った。
ぽぽぽ。ナルの頭上の炎が、小さく爆ぜた。
ちりり。ザルの頭上の炎も、小さく爆ぜた。
おわり