綿に性別という概念はない アイドル活動はそれなりに順調に見えてもでCrazy:Bはまだまだ下っ端アイドルだ。まばらに入った仕事はほぼ休みがないような期間もあればぽんっと連休が入る時もある。そういった日は大体ニキのアルバイト先であるカフェや食堂をたまり場にして暇を潰すのだが労働基準法というものもありニキも常に働いているわけではない。燐音が暇を持て余している日に限ってニキも丸一日オフになっていたりする。そうなると燐音はニキに引っ付いてウザ絡みするしかなくなるのだが燐音が暇だからと言ってニキが暇とは限らない。
「燐音ちゃーん、暇なら掃除手伝ってもらっていっすか?」
燐音とニキは寮を離れ2人が4年間共に過ごしたニキのアパートへと帰ってきていた。おいしい料理を作るには環境からとニキは帰ってくる度に掃除をする。とは言え元々物は少なくこまめに掃除されている部屋はそこまで埃っぽいわけでもないのだが燐音は掃除をしたい気分ではない。手伝わされるくらいなら逃げることを考える。
「あ?暇じゃねェ、今日レディースデーだわ、ちょっくら行ってくるわ」
「んぃ?どこかお出かけっすか?それなら帰りにちょっとお使い頼みたいんっすけど」
「ん~、覚えてたらなァ」
燐音はニキが掃除機を掛けている間に無造作においてあるニキの財布から何枚か札を抜き出す。
誰も見ていないと思ったがしっかりと目撃者は存在していた。
それはまっすぐな瞳でじっと燐音を見つめている。燐音を見ていたのはニキぬいだ。ニキぬいは別に燐音の行動を咎めたくて燐音を見ていたわけではない。ただ燐音のことが好きすぎる故に常に燐音を見ているのだ。
それに気づいた燐音はしぃーっと口元に指を当てパチンと片目を閉じ合図を送る。ニキぬいはんぃと言いそうになり慌てて丸い両手を口元まで運ぼうとするがニキぬいの短い腕では大きな顔面の口元には届かずただ顎の縫い目に手を当てもじもじしているようにしか見えなかった。
「なァんぃちゃん、あーしと一緒にお出かけしようぜ」
「んぃっ!」
ただ見ているだけだと思ったがデートの誘いを受けニキぬいは機嫌をよくしハート型を作ったゴム紐を勢いよくぶん回している。ニキぬいは燐音とのお出かけが大好きなのだ。
燐音はささっと支度を済ませニキぬいを肩に乗せると首元からふわりと甘い香りが漂う。
「んぃ~」
桃と蜂蜜が混ざりあったようなフレグランスにニキぬいは思わずうっとりとする。今日の燐音はTシャツにダメージジーンズとラフなスタイルだがしっかりとまつ毛は上がり目元も頬も口元も仄かに色付いている。たかがパチンコされどパチンコ、どこで誰が見ているかも分からないのだ、燐音はアイドルのオフとして最低限の身嗜みを整えるが単純に化粧をするのが好きなのもある。つまりは誰かに見られる事の意識というよりもほぼ自分の為だ。
「んぃちゃんはこういう匂いが好きっしょ」
「んぃ~んっ!」
そんな燐音が自分の為ではなく、わざわざニキぬい好みの香水を選んでつけている。
「んぃちゃんもつけてみるか?」
「んぃ!」
ニキぬいが返事をすると燐音はニキぬいの顎の縫い目にしゅっと香水を吹きかけるとニキぬいはふわりとお菓子のような甘さに包まれる。
「んぃ~」
「これでお揃いだなァ」
自身から漂う甘い香り。燐音と同じ香り。これはんぃが燐音ちゃんぃのお嫁さんぃである証拠、とニキぬいはふふんと誇らしげにゴム紐を揺らすがここでニキぬいは突然何かを思い出したかのように縮こまる。
「んぃちゃん?」
「んぃ……」
燐音はアイドルだ。そんなアイドル燐音が白昼堂々と嫁とデートをしているところを誰かに見られてしまったら今後のアイドル活動に影響が出るのではないか。思えば今までも燐音の載せるSNS画像に写り込んでは匂わせだだの嫁面ウザいとファンから叩かれる事があった。こんな物理的に匂わせ行為を働いてしまったらまた燐音が叩かれ炎上してしまう。それだけは避けたい。
「んぃちゃん眩しかった?今日は天気いいもんなァ」
しかし燐音は特別気にしている様子ではない。それもそうだ、燐音は隠すつもりもないからこそこうしてニキぬいとデートをするのだ。それならばニキぬいも堂々としているべきだとピンとゴム紐を伸ばしんぃっと胸を張り太陽に顎の縫い目を見せつける。今日は大好きな旦那様との楽しいデートの日なのだ。
ω
今日の燐音はツイている。いつもなら少しでも出遅れれば埋まっている目当ての台が今日は珍しく空いていた。
「お~お~、幸先がいいねェ。これもんぃちゃんのおかげかァ?」
「んぃ?」
燐音は顎に手を当て首を傾げすっとぼけた顔をしているニキぬいの頭を優しく撫でると肩に乗せていたニキぬいのゴム紐をレバーに掛け、スロットマシンにメダルを投げ込んでいく。
「んぃぃぃいいっ?!」
燐音がレバーを引くとニキぬいは踊るようにぶらぶらと揺れながらゴム紐がぐるぐると回転していく。
「っしゃ……!きたきたァ!!」
大きな音と台の振動で視点もよく定まらないまま踊らされているニキぬいだがブレた状態から捉えられる燐音の様子からしていい状況なのだろう。
「んぃっ!んぃっ!」
ニキぬいは揺られながらもまっすぐな瞳で燐音を見つめながら応援をする。とは言え燐音は回転し揃う絵柄や数字の方に夢中でニキぬいがどんなに回転しようが視界には入っていない。鳴き声もスロットマシンから流れる音や周りの騒音に掻き消される。しかしただの偶然だろうがニキぬいがクイッと腰をくねらせればくねらせる程絵柄や数字が揃いに揃いジャンジャンバリバリとメダルが放出される。
「きゃははっ、さっすがあーしの勝利の女神様。この先も頼むぜェ」
「んぃ!」
燐音は少し動きの大人しくなったニキぬいの唇を短く切り揃えられた爪が整った指先でふに、と触れ、その指を自身の唇へそっと当てる。
「んぃっ?!」
突然のご褒美にニキぬいは思わず動きが止まる。これは燐音による求愛行動だ。普段はきらびやかに彩られ長めに整えられている爪は今日はピカピカと磨かれているだけで何もない。これはきっとニキぬいを引っ掻かぬように、ニキぬいが傷つかぬようにという燐音による配慮だ。家に帰ったら思う存分に撫で回してくれるという合図に違いない。もしかしたら一緒のお布団でニキぬいを抱きしめながら寝てくれるのかもしれない。
「んぃ~っ♡」
想像しただけでたまらなくなってしまう。ニキぬいは帰宅後の甘い時間を過ごす為にも精一杯の応援を続けた。
ω
「ヒャッハァーッ!ボロ勝ちしすぎて笑い止まンねェわ!んぃちゃんもそう思うっしょ?」
「んぃんぃっ♡」
結果として燐音は過去最高の儲けを得た。ニキぬいはご褒美に燐音が両手に持てるだけのお菓子を貰ってご満悦だ。
「寿司とピザ届く前に帰ンねェと」
「んぃ!」
お菓子だけではない、燐音はニキぬいのリクエストに答えて出前も取っていた。燐音とデートできたというだけでも幸せなのにたくさんのお菓子に贅沢な食事、もしやこの後プロポーズされてしまうのではとニキぬいはそわそわしてしまう。
「んぃちゃんなんか震えてっけど寒ィの?」
「んぃっ」
違う、と訴えてももじっとした仕草が止まるわけではない。ゴム紐を振り回し否定したところで落ち着かない様子は隠せない。
「あ!ションベンか!!悪ィ悪ィ、急いで帰るとしますか」
「んぃ~~っ!」
もっと違うと否定しても燐音は聞く耳を持たない。それもそうだ、漏らされては困るからだ。あらぬ誤解を招いたままニキぬいは燐音に運ばれ帰宅する。
ω
「もぉっ!!燐音ちゃんまた人の財布からお金取ったっすね!!!」
帰宅するなり飛び込んできたのは家主のどこか情けなく全く迫力のない怒号だ。
「ンな事よりんぃちゃんが漏らしそうだから早く便所!!」
「えっ!マジっすか?!んぃちゃんここまで我慢してきたの偉いっすね?……ってそれどころじゃないっすね?!トイレまで頑張って!!!」
「~~~~~ッ!!!!」
「いたぁっ!!地味に痛い!やめてぇ!!」
燐音からニキにバトンタッチされたニキぬいは尿意は全くないと抗議をしながら高速で振り回したゴム紐でニキの顎をパシパシと叩く。しかしニキもニキとて手渡されたからには自身の上で漏らされては困ると必死だ。
「……で、燐音ちゃんは僕に言う事あるんじゃないっすか?」
ニキぬいをトイレまで運んだニキは改めて燐音に問いただす。
「悪ィ、料理酒買えなかったわ。っつーかこればっかりは仕方ねェっしょ急いでたし」
「んぃ!」
散々違うと抗議しながらもいざトイレに置かれるとしっかりとトイレでの用を済ましている。所詮綿畜生なのだ。その様子を見てニキはほっと一息つく。
「緊急事態っすからね……じゃなくて!!もっと大事なこと!んぃちゃんのおしっこと一緒に流されるとこだったっす!」
「あ~、多分あと5分くらいで寿司とピザが来る、勿論ニキきゅんの奢りでなァ」
「えぇっ?!あんた何勝手な事してくれてんっすか!今僕お金ないんっすけど!!誰かさんのせいで!!!」
横暴すぎる燐音の態度にニキは慌ててないとわかっている財布の中身を確認するとそこには元々入っていたはずの金額よりも何倍もの額が収められていた。燐音はこっそり勝ち分をニキの財布に戻していた。
「……んぃ?」
「きゃはっ!なァ~、言う事あンのはニキの方じゃねェの?」
「ん~~~、んぃ~~~~、なんか納得できないっす……」
ニキがどうしようか悩んでる間に出前の到着を知らせるインターホンが鳴る。
「おっ、きたきた」
先に到着したのはピザ屋の方だった。燐音に促されるままに渋々とニキは玄関を開けるとそれまで沈み気味だったテンションが一気に上る様子が伺える。しっかりと封がされているとは言えそこから漂う匂いに燐音への不満は掻き消されたようだ。そして会計を済ませている間にもう1件の出前が到着する。ニキは先程まで何に対して怒っていたのかも忘れ今はもう目の前に届いたご馳走で頭がいっぱいだ。
「出前頼むなら先言って欲しいっすよ~、え~もう食べてもいっすか?いっすよね?」
「いいけどよ、そっちの鍋いいのか?」
既に夕食の支度が始まっているキッチンからはぐつぐつと音を立てながら既に匂いだけで味覚も反応するような舌によく馴染んだいい香りが湯気と共に流れてくる。
「あ~、かぼちゃの煮物作ってたんっすけどもうちょっと時間掛かるんで大丈夫っす」
ニキは手際よく食卓に出前の品と食器を並べ食事の支度を進めていく。そんなニキの姿を見ていると愛おしさが止まらなくなり燐音は優しい眼差しで見つめる。
「なァニキ、明日さァ……一緒に買い物行くか?今日おつかい忘れちまったし」
「あ、いいっすね~、燐音ちゃんと一緒なら酒屋さんにも入れるし選び放題っすね」
食卓が整うとニキは元気よくいただきますと手を合わせ寿司とピザを次々と腹の中に収めていく。
「は~、最高っす!ほらほら、燐音ちゃんも早く食べないと僕が全部食べちゃうっすよ~」
手作りではないものの自身が手配した食事を笑顔で、満足そうに食べているニキの姿に燐音は好物のピザを目の前にしても既に腹いっぱいの気分だった。
「好きなだけ食えよ、あーしはこの後いっぱいニキきゅん食うからよ」
「ッ……?!き、昨日もしたのにまだする気っすか……?」
「あァ?あーしがたった1日の為だけにネイル落としたとでも思ったのかよ」
燐音とニキがこうしてアパートで過ごしているのはただ燐音が暇だからというわけではない、主に燐音がニキを抱く為だ。そして昨晩、ニキは燐音にキャンキャン鳴かされまくっていたのだ。
「だって明日お買い物するんっすよね?お酒とか重いものいっぱい買うのに……」
「優しい優しい燐音様が荷物持ちくらいしてやンよ」
「いくら燐音ちゃんの方が力持ちでも女の子に荷物持たせてると世間の目が痛いんっすよ」
婚姻関係を結びもう幾度となくニキは燐音に抱かれているのだが激しく抱かれた翌日はひどい脱力感に襲われ上手く力が入らない。ただそれは燐音が一方的だからというわけではない、ニキの方ももっと強く抱いて欲しいと願ってしまった結果だ。つまりは自業自得の部分もある。
「なんの為に連休作ったと思ってンだよ、てめェを抱く為に決まってンだろ」
「そんな事だろうとは薄々思ってたっすけど……う~ん……明日……早く起きてお買い物済んだらじゃ駄目?」
照れくさそうに、ほんのりと肌を赤く染めながら言葉を紡ぐニキに燐音は一気にボルテージが上昇してしまう。
「デートは延期だ延期、今すぐ抱く。もう我慢できねェ、朝まで抱き潰す」
残っていたビールを一気に飲み干しくしゃっと缶を潰す。居ても立っても居られない様子の燐音にニキの背筋はぞわっと粟立つ。
「せめてその前にお風呂っ……!お寿司冷蔵庫入れて……あ!タイマー鳴ったら鍋の火止めといてっ!!!」
経験上、性欲に浮かされた燐音の勢いは止まらない。どんなに抵抗をしようが力で敵わない事は分かりきっているのだからそこから逃げるにはすぐ様準備という名目で風呂に逃げるのが最善だ。
「しっかりケツ洗ってこいよォ!って昨日ヤりまくったから慣らす必要もねェか!きゃっはははは!」
「もぉっ!言い方ぁ!!」
「遅かったら風呂場まで犯しに行くかンなァ!」
「ヒィッ……!」
逃げるように浴室へ向かうニキを見送りながら燐音も言われた通り食卓を片付け準備を整える。
ω
不本意にトイレに運ばれたハプニングはあったものの燐音との楽しいデートを終えご馳走を食べた後、気づいたら眠りこけていたニキぬいが目が覚めた時、飛び込んできた光景は燐音がニキを組み敷いて抱いている姿、そして聞こえる音は快楽に溺れたニキの嬌声と体内を燐音の指で掻き混ぜられている証拠を表す水音だ。だが幸か不幸かこれが何をしているのか綿であるニキぬいには理解ができていなかった。いつのものように燐音が下僕であるニキを懲らしめているのだろうと思っていた。
「んぃ……」
ニキぬいは寝ぼけ眼を擦りながら燐音に加勢しようと2人の方へ近づいた時、ニキがあまりにも大きな声を出しついビクッと驚き立ち止まってしまう。
「今日も上手にメスイキできたなァ」
「っ………」
ビクビクと震えるニキを燐音は優しく抱きしめながら丸い頭を撫でる。
「さっすがあーしのお嫁さん、ま~だ愛し足りねェわ……」
そしてそっと唇を重ねる。そこでニキぬいは気付くのだ、全ては自分の勘違いだったのだと。ニキぬいが燐音のお嫁さんだと思いこんでいたのもたまたまそう言った発言をニキに向けてしていた際にニキぬいが近くにいただけだ。ニキぬいは燐音にとってお嫁さんでもなんでもなく、ただの小道具に過ぎなかったのだ。
「……」
ニキぬいはきゅっと唇を噛み締め顔面に皺を寄せ必死で涙をこらえた。しかし同時に沸き起こる尿意はこらえることができずその場に漏らしてしまった。これはニキぬいによるささやかな復讐だ。その結果ベランダに吊るされ天日干しされる事になるとも知らずに……