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    僻地。

    ミンナココニイタ

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    僻地。

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    🧡ふみや夢(男)🧡
    伊藤ふみやと、男児のころ伊藤ふみやに向かって軽率にも大人になったら結婚してくださいと言ってしまった男と、閉ざされた玄関扉と、手斧と、ピッキング冤罪をかけられる猿川慧(実際は出番なし)。
    続きもそのうち書きます。

    リメンバーミー(1)ドアが開かない。
    ドアノブを回した。回らない。引っ張る。引っ張れない。針金を錠穴に突っ込んで捻る。捻りきらない。押してみる。数センチで止まって押せない。
    ドアは開かない。

    「うーん。慧なら、こういうのできるんじゃないかな」連れてきたらよかったな。ヘアピンを頭から抜いて真っ直ぐにして、さっさと開けてしまいそうだ。暗い穴に針先をねじ入れてシリンダーの穴をかつんかつん。はい、おしまい。みたいな。まあ慧はヘアピンをつけてないから、そのために俺が頭に一本刺してきてあげないといけないけど。今度はそうしよう。俺は朝に起きて、歯を磨いたら髪をヘアピンで留めて上げるんだ。「ふみやさん、今日はピンをお使いに。よくお似合いです。セクシーですね」あ。天彦がイメージに入ってきた。「うん。髪が伸びてきたからね」俺はそれらしいことを言っていかにもな感じにごまかす。ちょっと天彦は違和感を覚えて、なんだか信じられないっていうような微妙な顔をするけど、結局問い詰めようがないし、あんまり些細な事柄なので「そうですか」と流してくると思う。俺はじゃあ、と言って、これまたわざとらしく離れて、そしてリビングで転がっている慧に声をかけて、(まあこの道中に関しては多分どうにでもなる)ここまで一緒に来てもらう。「慧、このドアが開かないんだ」俺がそう言うと、きっと「だから何だよ」って言うだろう。俺は諭すように、「開けられる?」って言う。そうしたら、「やってやろうじゃねえか」って、俺の頭のヘアピンを何本かの毛と一緒に乱暴に引き抜いて、俺が「痛いよ」と文句を言う間にさっさと開けてしまって、「開けてやったぞ。ほら」って、ダメにしたヘアピンを投げて寄越すだろう。俺は痛そうな顔をしながら笑うという器用な真似をこなしつつ「ありがとう」って言う。
    うん。やっぱり完璧にうまくいきそう。
    でも今日に限っては慧がいないからどうしようもないのだ。
    はは。
    ……。

    いや困った。ここはアパートの3階だった。たしかにこの部屋は独房でもなし、道に面した窓がちゃんとあるさ。おあつらえむきに蔦が繁茂したベランダだってある。周囲の目を気にしなければなんとか登ってこられそうだし、降りることだってできそう。でも考えてみてほしいんだけどさ窓を割って侵入でもしたら封鎖不可の逃走経路ができるし、そしてここから落ちたら怪我をするかもしれないし、第一窓を割って入るだなんて、強盗のすることだろ。だからこの部屋への侵入経路はこれ以外現実的じゃないんだ。それで、まあドア開けくらいやってみたら案外できるんじゃないかなと思ってたんだけど、ちょっと無謀だったかもしれない。まさか鍵屋を呼ぶわけにもいかないし、どうしたもんかな?
    とりあえず針金を押し込んでみる。いや、だめそう。これ壊して中からも開かなくなったら困るよな? だったら、もうドアを壊しちゃった方がましじゃないかな。少なくとも、そうしたら出入りはできるじゃないか。窓よりはましだし。
    と思ってさっき買ってきた手斧を叩きつけてみたけど、これはちょっと軽すぎた。ていうか、刺さって抜けないし。なんか駄目だな。今日は何も上手くいかない気がしてきた。これは、一回帰ってちゃんと諸々練ってきたほうがいいかも。でも決行が今日であることが大切だし、ここで帰ったら面倒なことが起きそうだ。なんとか、やれるだけやってみよう。俺はいろいろと考えつつ、いったん座り込んで鞄を探った。いろいろ持ってきてはみた。油。カッター。懐中電灯。包丁(依央利が研いでたのを一本拝借してきた。かなりよく切れる)、<諸君が考えつくかぎりの刃物>、ドライバーセット、針金の束、鞄の奥底に斧を買った時に戻ってきた小銭、どこかから入り込んできた葉っぱの欠片、ニッパー、なんだっけこれ? なんか使えそうだから持ってきたでかいニッパーみたいなペンチみたいなあれ。どうしようもないな。どうしよう。テコの原理とか使えないもんかな。あとは、蝶番をこっちから壊せないかな。または極論、中身を引き摺り出すことが目的なんだから、一旦ドアを無視したっていいかもしれない。あくまで物理法則にのっとるやり方で行くなら、まずは上階を占領して、床(あるいは天井。物事は考え方次第)をぶち抜いてみるとかどうだろう?

    ん?
    なんか、声が聞こえたような気がする。俺はドアからちょっと離れてそれを聞くのに集中した。中からは、よく知った声が聞こえてきた。やめて! やめて! そう叫んでるようだった。この分厚いドアを貫通するなんて、なんたる近所迷惑か。俺は「いいから、開けろよ」そうささやいた。「開けない限り続けるよ。絶対にこじ開けてやる。お前をここから引き摺り出す」堂々と当たり前のように話しかける。相手は負い目のある身なので、これにすっかり萎縮したようで、後退りする気配がした。そして窓から脱出しようとしたらしい。カーテンを開け放つ音。絶叫。スプレーで書かれた文字を見たらしい。
    『ハッピーバースデー』
    俺はここ二週間くらい鏡文字の練習をしてた。全てはこの日のためだった。特に、「ハ」が難しかった。バランスが難しい。シンプルな形状である以上、角度が付くと違和感がある。力むと八になってしまう。八ッピ-八゛ーースデイ。最初はほんとそんな感じだった。表現しきれないけど、スとか反対向きだった。それが今やこんなに綺麗に、一目でハッピーバースデーだってわかるくらい上手になったんだよ。
    よく考えたら、『Happy Birthday』のほうが簡単だった。そっちにしておいたら、練習は早く終わって、このドアを破る方法をちゃんと考える暇もあったんだと今は思う。でもまあ、そんなことどうでもいいじゃん。ていうか今更どうしようもないしさ。ね。
    「誕生日おめでとう」
    俺は声を張り上げる。

    誕生日おめでとう。18歳の誕生日おめでとう。成人年齢(2018年6月に民法の定める成年年齢を18歳に引き下げだってさ)おめでとう。
    お前が俺と結婚したいって言った日おめでとう。
    おめでとう。それから9年おめでとう。わーい9周年。
    忘れてたみたいだから、祝いにきてやったんだよ。
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