粉まみれの愛あまい塊。小麦粉と砂糖を卵で練って餡子を入れ込んで鉄板で焼き上げたヒトガタのいのちもどき。それも量産された、さらに不良品の。
――其れがいったいどうしていま瞼を開ける自由意思を携えてこうして生きているのでしょうか?
この家のリビングに8名が集まっていた。ご存知の7名に加えて、どこぞのお姫さま、じゃない。ブロンドの小づくりな頭がふたつある。テラが二人いる。ただし、片方のテラは甘く香ばしい匂いを薄く漂わせているし、体格は明らかに幼かったので、こちらが後から来た異物であることはだれにとっても明らかだった。
身長など誰と比べるべくもなく小さく、腕やおなかは骨筋張ったようなところがなく柔らかそう。具体的にいえば、10代も始まったばかりの、蕾がつきかけた感じだった。しかしそこまで印象が離れてなお彼を「テラである」といえるのは、その際立った容姿。そしてなによりテラ本人が、それを「テラくん!」と呼んだからにほかならない。
「え、これテラさんなの」
「そうだよ」
「そうじゃないよって言ってほしかったかも」
「なんで? テラくんがいっぱいいた方がうれしいでしょ?」
「嬉しいは嬉しいですけど、ちょっとすぐに消化できる事象ではありませんねえ……」
「つーかありえねーだろ。ウソだよ、ウソ」
「はぁ~? 僕がそんなつまんないことするわけないじゃん。テラくんはたった一人だよ? で、これは正真正銘のテラくん! ね~?」
「うんっ!」小さいテラがちょこちょこ寄ってきて、自分に抱きつく。
「え、なんか今矛盾しませんでしたか……」大瀬の声は、テラ(大きめ)にかき消された。「はぁぁっ、かわいいいっ! どうしよう、なんでこんなにかわいいんだよ! 食べちゃいたいっ!」
「これが本場の共食いかあ」
「……ふみやさん、実際、あの小さいテラさんはいったいなんなんですか?」理解がこっそりとふみやに耳打ちする。
「テラだよ?」
「ですから、もうっ! そういうことじゃなく――」
「それ以外のなんでもない。ていうか、お前たちはなんでそんなに疑ってるの?」
「え?」
ふみやは真っ直ぐに理解を見た。
目と目を合わされたそのとたん、理解には自分の体が勝手に半歩前へ進んだような心地がした。
思いきり、無理に目を開かされたかんじ。強制的な思考の拡張。過剰な空リソースの投与。解析不能で、それでも効果を発揮する無分別な記号で構成されたコードの群れ。
一瞬瞼が痙攣する。これでしばらく目を閉じることは許されなくなった。
「逆に、どういう説明だったら納得するんだ? たまたま顔が似てて名前と自認が同じ赤の他人? ああ、それともドッペルゲンガー? ……いやあ、そんなわけないよね」
「はい、それはもちろん、それで__」
「ちゃんと考えてみてよ。あのテラが、自分以外のものをそう呼んで、自分の中に入れられると思う? つまり、他ではない。同一の存在。これは絶対にそう。なら、どう考える? 脳を書き換えて認識をいじる、異世界からの侵略者か? 別の世界線からきたテラか? タイムスリップしたのか? そっちのほうがわかるかもね。でも、それはお前たちにとって聞いたことがある『馴染み深い現象』にすぎない。ないことはないけど、ありうる可能性がより高いだけ。簡単に理解できるだけだよ。つまり、あれはテラだ。新しく生まれてきた、顕界したテラ」
ま、あんま馴染みのあることではないよね。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、それじゃあ、テラさんがテラさんを造ったことになりますよね? えっ、合ってる? それでいいんですか? ……そんなことあるんですか!?」
「そういうこともあるよ」
「そうだよだってテラくんだもん。なんで疑う余地があるのさ。えっ、テラくんの美しさは不可能を可能にすることはご存知かと思いますが」
二人にこうまで堂々と言われてしまうと、「え、そ、そうかも・・」と思わなくもない。
「んなわけねーだろ!」猿川が叫んだが、みんな聞こえていなかった。そういうことだった。テラのカリスマ性は因果を超越し、一種の単性生殖に至った――いや、分裂による多重存在というにはいくらか余計なものが入っている。魚が卵に精子をかけるのに近い|。どころかそのものだろう。