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    oshi_suko1

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    間接的に、正しく仇■そこらへんにいる蜘蛛視点で閣下とセシルス。妄想色強めのファンタジー

    蜘蛛の恩返し~朝の蜘蛛は仇でも逃がせ~ 人語を解す脳、同族とは一線を画す外見や能力が付与されたのは、神の恩寵ではなく神の怠惰の証とも言えるでしょう。愛を持って丁寧に造られれば、本来蜘蛛という生き物が持ち得る範疇を超えた力を持って生まれ落ちることはなかった。私はそう思うのです。

    「ふむ。ふむふむふーむ」

     それでも必死に生きて参りました。なんとか形だけでも蜘蛛社会に溶け込み、蜘蛛生まだまだこれからという時。私は今、死の危機に瀕しておりました。全身を青で染め上げた死神が、じっと私を覗き込んでいます。
     青髪の青年は地べたを這いずる私をより近くで見つめる為か、しゃがみこんで私の一挙一動を見守っています。怖くて前足さえ動かせません。このまま私は殺されるのでしょうか。

    「閣下見てください! チシャみたいですよ!」

     青髪の青年がガバっと背後を振り返りました。風圧で飛ばされそうになるのを、八本の足で踏ん張って耐えます。青年の視線の先では豪奢な椅子に腰掛けた青年がこちらを見下ろしていました。

    「無様に這いつくばって何をしているかと思えば。人間と虫の区別もつかなくなったか」
    「失礼な! ついた上で言ってるんですよ、ほらほら」

     むんずと指で体を掴まれ、思わずぎゃー! と叫びそうになります。まあ叫べないんですけど。けれど、浮遊感こそあるものの、痛みを感じないことから青髪の青年は案外優しい手付きで私を運んでいるということが分かりました。そしてずい、と閣下と呼ばれた男の前に私を突き出します。閣下さんは私を見て嫌そうに眉を顰めた後、けれど目はこちらを向けたまま沈黙しています。

    「この毒々しい桃色の瞳とかそれっぽくないですか? もしかしてチシャが生まれ変わって僕たちに挨拶に来たのかも!」

     チシャって誰ですか。私の脳内の問いかけなど拾われるはずもなく、閣下さんは鼻を鳴らして青髪の青年を嘲笑しました。

    「貴様の戯言もここまでくればいっそ見事なものよな、セシルス。物書きにでも転職するか?」
    「いえいえ、僕はあくまで役者ですので」

     閣下さんはまだ私から目を逸らしません。セシルスと呼ばれた青い方から感じたそれとは種類の違う、このちっぽけな命は目の前のこの人に握られているのだという確信を抱くに十分な鬼気を纏った青年です。
     けれどそれがふと緩みました。それは閣下さんが私から目を逸らしたことだけがもたらしたものではありません。その瞳に郷愁に似た柔らかい何かが宿ったからです。よく見れば、この人は髪にも目にも、美しい黒を宿しているのでした。

    「貴様にとっても、あれの白の方が見慣れていただろう」
    「でも元は黒だったじゃないですか。閣下と同じ」

     哀切の滲む黒い視線が、私の輪郭をなぞります。
     そんな風に意味深に見つめられると、まるでこの一幕に何かとても意味があり、天上の観覧者も「実はこの蜘蛛は本当にチシャの生まれ変わりで、記憶を失っているだけなのでは?」とお思いになってしまうかもしれません。私の頭の中を覗いているかもしれないあなたへ、それは絶対にないので安心してください。
     覗きついでに私の生い立ちも少し聞いてくださいな。彼らは今黒だの白だのお話しされておりますが、実は私、昔は全身が真っ白だったんです。それこそ全ての色が抜け落ちたように。その白が災いして仲間から遠巻きにされ、なんなら敵と認識されていたような。ですがご安心ください! 今は他の蜘蛛と変わらぬ真っ黒な姿を手に入れましたので! チシャさんとは正反対ですね。
     少しすると、ふいに閣下さんが片目を閉じました。私を意識の外に追いやったのを感じます。

    「処分しておけ。巣を張り巡らせる前にな」

     そうでした! 私は今絶賛死の危機に瀕していたのでした。到底命乞いが通じる二人には見えません。命を乞う為の声も私にはありません。そもそもこの二人に限らず人間や私より大きな生き物というのは、一切の慈悲なく私たち弱者を踏みにじることができるのです。私は所詮ただの蜘蛛。
     忘れかけていた死への恐怖にふるふると体を震わせていると、私を掴んだセシルスさんの指がひょい、と閣下さんから遠ざけられました。

    「まあまあ、朝の蜘蛛は仇でも逃がせ、というのはボスの故郷の言葉らしいですから」

     セシルスさんはそう言って、なんと窓辺に私を放しました。え、助かったんですか? 私、生きてていいんですか? ボスさん、ありがとうございます。顔も知らぬボスさんにこの世の全ての感謝を捧げます。
     じりじりと、朝日が私の背を灼く中、恐怖でうまく動かない体で必死に彼らから距離を取ります。私が命からがらこの場から離れようとする間にも、二人の話は続いていました。

    「忘れたと思っていた」
    「何をです?」
    「貴様の空っぽの脳みそでは、死した者を思うことなどないだろうと」
    「閣下、僕をなんだと思ってるんですか! まるで僕を血も涙もないみたいに! まあ、しばらく自分の血は一滴も流してないですし、涙なんて記憶にもないですが……」

     セシルスさんが私を見ます。閣下さんがその黒瞳に浮かべていたものから、哀しみも苦痛も、後悔も未練も全て取り除いた、純然たる懐旧の念だけを乗せて。

    「友人でしたから」
    「……そうか」

     ――。なんだか、少ししんみりした空気になっていますね。まあ私はそんなことは関係なく、ようやく動くようになった八本の手足を素早く動かしこの場から脱走します。壁を伝い、糸を垂らし、ようやく死の香りから遠ざかる暗がりに逃げ込んで一息つきます。

     そういえば天上の観覧者よ、疑問に思うことがあるのではないですか? 何って、そりゃあ私がどうして真っ白な姿から今の姿を手に入れられたのかということに決まっているではありませんか! 興味ない? まあそう言わずに。

     黒に惹かれておりました。神の怠惰が作り上げた白い肢体が嫌いでたまらなかったのです。ある時、地面に広がった黒の河を辿っていくと、死にかけた男にたどり着きました。そう、私が河だと思っていたものは河ではなく、男の髪だったのです。ぬばたまの髪に、私は一目で虜になりました。黒を持つ人間は珍しかったので、これを逃したらもう一生機会は巡ってこないとも思いました。
     ですから、彼から黒をもらうことにしました。おかげで私は夢にまで見た普通の黒い蜘蛛として生きていくことができるようになったのです。
     彼は今どこで何をしているのでしょうか。きっと長生きしているはずです。


     ――色をくれたお礼に授けた『能』を、彼が使ってくれているなら、きっと。

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