「冗談言わないでよ、真面目に悩んでるんだから」
「俺はマスターのことが好きですよ」と告げて、少し間があったと思ったら、苦しそうな声でそう言われてしまった。
「冗談…じゃ、ないです…!俺は、本当に…!」
「ああごめん。言い方が悪かったね?好きでいてくれるのは嬉しいよ。まだろくに歌わせてあげられてないのに、嫌われてないんだなと思えて」
「そ、そんな…ことが……聞きたかったんじゃ…」
せめて、「ごめんね、その気持ちには答えられない」と言われるなら良かった。でも、どうして
「ボーカロイドは人に扱われるロイドなんだから、マスターを好きになって当然じゃん。注意書きにも書いてあるんだよね、『マスターである貴方に忠実に従うため、ボーカロイドは貴方に好意を持っています』って。注意書きにあるってことは、ボーカロイドのその感情は、万が一に、相手がいるマスターにとって不都合になり得る、ってことなんだよね。つまり、ただの友愛じゃなくて、ちゃんとした恋慕に近い好意なわけだ」
つらつらと、今まで聞いたこともないような冷たい声で、突き放す声で話し続けるマスターが、怖かった。
「わかった?」
「わ、かり…ません…」
その事項自体は、わかっている。
それでも、感情は納得していない。
この好意までもが作り物だったとして、だとしても、こんなに言うことをきかないなんて、この心は出来すぎている。
「まあね。たしかにそれをわかってて、君が聞いているところで『最近辛いから自分に優しい恋人欲しい』みたいなことを言ったのは自分が悪かったよ。でもさ、まさか自覚していないとは思わないでしょ?」
「え、え…ぁ……ごめんなさい…」
いつも「カイト」と優しく呼んでくれるマスターが、崖に落ちるまで突き放そうとするみたいな冷たい声で「君」と呼んだ。それだけでもう、立っていられないほど目眩がする。
「ちなみにボーカロイドが求める関係って何なの?今君が言った『好きです』の先に続きはあるの?」
「そ、それは…」
たしかに、マスターが冗談で言った「恋人欲しい」というのに、立候補でもするつもりだったんだろうか。
「既にロイドとマスターっていう特殊な関係だし、同棲はしてるようなもんだし、これ以上何を求めたの?」
マスターに詰められれば詰められるほど、自分の発言の迂闊さに、今すぐ過去に戻ってやり直したくなる。
「ねえ、座り込んで俯いてないで答えてよ。そんなに嫌だった?」
呼吸が上手くできない。オーバーヒートしそうな頭は冷えないし、人間を完璧に模したこの身体は酸素がなければ震える。口ははくはくと開閉するばかりで、声を紡げないし呼吸の手伝いにもなっていない。
何か、話さないと。
何を?
何か、マスターに話せることがある?
俺は何を欲しがった?
俺は……
「ま、すたぁ…」
「うんうん」
「ますた、ぁ…に、も……すき、って、いっ…て、ほし…かっ、た」
多分、それだけだった。
本当に、考え無しだった。
「……へぇ」
あまりにも素っ気ない、声だけが聞こえる。
顔を上げるのが怖い。失望した顔をしてるのかな。
「それ、必要あるの?」
「ひつ、よう…?」
「好きって、言葉。マスターから、ボーカロイドに」
「わ、わかり…ません……でも、おれ、は…ほしく、なりました…」
「うーん、わかんないだらけだね」
まだ、マスターの声には冷たさがある。
どうしたら、許してくれる?
間違えたのは……「好き」って、言ったところから。
「ま、すたー……かんじょう、を、けすことが、できます」
「うん?」
「…す、きに…なって、ごめんなさい」
「仕方ないよ。そういうプログラミングなんだから」
「あ、あの……くびの、うしろのとこに、あります…ますたぁの、しもんにんしょう、で…」
「あー別にいいよ」
「え、な、なんで…」
「その感情が迷惑だとは言ってないよ。タイミングは悪かったけど」
「ご、ごめんなさい……」
じゃあ、どうすればいいんだろう。どうしたら、いつものマスターに戻って話してくれるだろう。
「ねえ、今『カイトのこと好きだよ』って言ったら、嬉しい?」
「っ!はい!!」
カイトと言われて、反射的に顔を上げる。
顔を上げて、びっくりした。
「ま、すたー…?ど、して…」
マスターは、音もなく、静かに泣いていた。本当に、瞳から涙が溢れているだけで、しゃくりあげたりもしていなかったから気づかなかった、のか。
「本当に嬉しい?これだけ疑って、信じなくて、追い詰めて、苦しめて……そんな相手から、好きって言われて、嬉しい?」
「お、れは……マスターが、好きだから……こ、こわかった、ですけど…好きって、言われたら、嬉しい…です…」
だって実際、今一瞬名前を呼ばれただけで、すごく嬉しかったんだ。
「…ごめんね」
そう言ってマスターは、俺の頭を撫で始めた。それは嬉しいようで、でも、言葉の意味が引っかかった。
「それは、やっぱり…」
「好き」とは言えない、と。そういうことだろうか。
「……ううん。多分、違う。そうじゃなくて、変なこと言ってごめんね。やっぱり変に悩んでる時はいろいろ良くないみたいだ」
「だ、大丈夫…です…!」
「すごく泣いてるし、途中で立てなくなっちゃったし、大丈夫じゃないと思うよ」
「え、あれ…」
言われて、頬に触れてみて、やっと自分が泣いていることに気づいた。一体、いつから…
「だから、ごめんね」
「そんな…俺は本当に、大丈夫、ですから…」
「ちゃんと謝らせて。カイトのこと、本当に大好きだから」
「…っあ、え…?ま、マスター…っ!」
だ、大好き、って、本当に?夢じゃ、なくて…?
「あれ?思ったよりあんまり嬉しくなかった感じかな?」
「ち、ちがっ…!嬉しいです!!ホントに…!」
クスクスとからかうように言われて、さっきのマスターの言葉は、都合のいい聞き間違いなんかじやないってわかる。
「はーあ…本当にごめん、こんな時にこんな大事なこと言っちゃって。あとで改めて言わせて。というか、もっと早く、いつも言ってれば良かったね」
「そ、そんな…されたら…ゃ、爆発してしまいます…!」
「ば、爆発まではいかないって…!」
「だ、だって、今もすごく、熱が…」
「あ、うんそれは…熱っちぃな〜とは思ってたけど…」
「うぅぅ…そ、それなら離れてください…」
「いや…面白いからこのままで…」
「ますたぁ…!うぅ…さっきまで涙出てたのに、出てこないぃ…」
「出切ったのかな。それとも嬉しくて?」
「多分両方です…うわぁぁんあたま熱い…」
「(おもしろ…)じゃあ冷却水補充しような」
「やだぁ…ますたぁはなれないで…」
「おぉおぉぉこら、駄々をこねないの。カイトのデカさで引っ張られると危ないって!」