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    花 恋

    欲望と煩悩のごった煮
    @hedgehoG_G_

    ティカク・シヒ・ブネ・フィファ・カオ・ムシャ 🧙🏻‍♀️
    17.23.45.89 🌈

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    花 恋

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    ずっと前からねりねりしてるやつです
    ラストシーンで行き詰まったので進捗がてら 書きたいところから書くからちょっとまだ不自然なところあるかもですが大目に見てくださいまだ完成してないので……

    (仮題) 愛を込めて、最高のひと品を。愛を込めて、最高のひと品を。


    一織くんが恋愛ドラマの主演に抜擢されたことから陸くんが自分の気持ちに気付いて…?というn番煎じラブコメですが結局それがいちばん美味いんですよ

    一織くん 21歳・陸くん 22歳 デビューから4年後の世界です。
    年齢操作・アイナナちゃんオールキャラ・オリジナルモブキャラ・その他オリジナル設定なんでもありのごった煮です‼️陸くんがちょっと女々しくて一織くんがナチュラルキザかもしれないです
    ラビチャ等全て把握しきれてないです😭また業界に疎いので矛盾等あると思いますが、目を瞑っていただけると……嬉しいです……

    ラストシーン前でぶつ切り、途中途中何となく不完全な描写がありますがそれでもよろしければお楽しみください……





    以下 本文



    毎夜増す寒暖差につられ、葉を紅や黄金に染めゆく街の木々。青空の下のキャンバスに描いていたそれらは、葉を落とし、枝を寒空の下に安閑と広げていた。日が短くなって、最近は秋でも寒い日が多かったからか、余計に冬との境目が曖昧になっていた気がする。いつのまにか冬仕様になった風景を車の窓からぼうっと見つめた。


    1月下旬、車を降りればひやりと澄んだ空気が頬を撫でる。オレの持病のこともあって、冬場はなるべく外気に触れないように、近くても車で移動することが殆どだった。毎回送迎してくれるマネージャーには改めて頭が上がらない。
    オレたちIDOLiSH7は、今後の予定についての話し合いをするから、と事務所に呼び出されていた。見慣れた階段をのぼって、青いドアを開ける。中には各々デスクに座って業務をこなすスタッフさんたちが、オレたちをあたたかく出迎えてくれた。社長や万理さんにも会いに行き、近況報告も兼ねた他愛もない話もしながら、会議室へと向かった。途中何も無いところで躓いて「しっかりしてください」なんて一織に怒られちゃったけど。


    会議室に着くと早速本来の目的である会議を始めた。会議と言っても、そう堅苦しい雰囲気にはならなくて、あくまでも、いつものIDOLiSH7とマネージャーの和やかな雰囲気が漂っていた。真面目な話もしながらも、お喋りのような感覚で進むから変に緊張せず、気軽に意見交換ができる。


    それから1時間近く今後の予定について話し合った。ライブやアルバム作成等のおおまかな年間スケジュールを確認すると、自然と身が引き締まった。オレもIDOLiSH7として、七瀬陸個人としても頑張っていこう、と改めて思うことが出来る。
    「今後の予定については以上になります」とマネージャーが言い、今日の会議も終わりだと思った矢先。

    「最後に1つ、みなさんに伝えしたいことがあります。」

    マネージャーが改まってメンバーに向き合い、そう言った。再び真剣な表情になったマネージャーの雰囲気を感じ取り、オレ含め、帰宅モードだったメンバー全員がマネージャーの方を見る。次の言葉を待っているとマネージャーが、すぅ、と小さく息を吸った。そして、

    「一織さんのドラマの出演が決まりました!それも主演です!」
    「一織に?」
    「はい!こちらになります!」

    そう言ってマネージャーは、オレたちにドラマの要旨が記された紙を見せてくれた。わー!っと歓声を上げながら、各々ぱらぱらとページを捲り、気になる情報を抜き出しては一織に投げた。

    「おめでとう一織!」
    「イオリ!素晴らしいです!」
    「なんか、性格いおりんに似てね」
    「ちょっと環くん……!」
    「イチも遂にかあ……お、この女優」
    「ちょっとみなさん静かにしてください!」

    からかいを含んだメンバーからの様々な言葉に、一織の耳が少し赤くなっている。そんな一織を横目に、オレはもう一度その紙に目を通した。

    どうやらこのドラマは、自炊すらできない女子大学生がひょんなことから料理人見習いになり、そこで出会う教育係の料理人に料理を1から教えてもらう。そのなかで、お互いの仕事に対する真摯さや姿勢に惹かれ、最終的に二人は結ばれるという恋愛ものだった。原作は少女コミックで、シリーズ全体で何度も重版がかかっており、今でもスピンオフ等で根強い人気があるヒット作だ。放送枠もいちばん注目の集まるゴールデンの時間帯に堂々と取ってあって、間違いなく注目を集めることになるだろう。そんな作品に、ヒロインの子とW主演を務めるらしい。

    (恋愛もの、かあ)

    一織は、大和さん程ではないけど、ドラマの出演経験は割とある方だと思う。それこそ、オレとW主演を務めた『狼少年と少年探偵』だって、シーズン1が好評だったから、と続編も放送された。
    今までも恋愛ものに出演したことは何度かあった。だけど、恋愛もので主人公として出演するのは初めてだった。

    (一織だし、完璧にこなしちゃうんだろうな)

    更に捲ってみると、そこには役名やキャラクターの性格、特徴などが細かに記されていた。

    ━━━━━━━━━━━━━━


    桜井 璃玖乃 (さくらい りくの)(18) act:伊東 姫奈
    本作の主人公。ポンコツでドジっ子の女子大学生。愛嬌があり、人に好かれやすい。人に対する警戒心が弱い。芯が強く、物怖じしない性格でとても粘り強い。……

    清水 楓 (しみず かえで)(20) act:和泉一織
    先輩料理人。眉目秀麗な容姿とそのクールな言動、見かけによらない毒舌さから彼をよく知らない人からは恐れられるが、実は優しい一面もあり、世話焼きで1度面倒を見た人を放っておけない性格。……

    ━━━━━━━━━━━━━━

    (本当だ。一織にぴったりの役)

    本当に一織なんじゃない?って程のシンクロ率に思わず笑ってしまった。
    もうひとつ、気になったことがあった。それは

    (伊東姫奈、さん)

    伊東 姫奈、と呼ばれるその女性は、国民的女性アイドルの不動のセンターだった。年齢は20歳。身長は155cmと、そこまで高いわけでもないが、それを感じさせないほどのパワフルなダンスと、透き通るような歌声が大きな人気の理由だ。小柄の童顔で王道カワイイを貫く彼女は、男性だけでなく女性からも人気がある。そんな彼女と一織が共演するのだ。間違いなく良い画になるし、影響力は反響は凄まじいものだろう。

    伊東さんと一織が並ぶところを想像してみる。21歳になった一織は、格段に色気を増して、身長も4cm伸びて178cmになった。十さんや御堂さんのような大人の色気じゃなくて、爽やかさの中にある色気。その色気から新しい層のファンも獲得していたり、抱かれたい男ランキングに入り込むようになっていた。二人は正しく美男美女でお似合いで。ドラマの主役を張るには相応しかった。でも。

    (……でも)

    「七瀬さん」

    一織の声の方に振り向くと、一織は少し怪訝そうな顔をしていた。

    「ん?なに?」
    「随分と熱心に読んでいらしたじゃないですか。何か気になることでも?」
    「え!いや、なんでもないよ!ただ一織がこの役演じてるところ想像してただけ!」
    「気が早いですよ。まったく」

    いつものように少し呆れた顔で笑う一織を見てチクリと胸が痛んだ。その顔は心做しか嬉しそうで。この痛みには気付かないふりをして、誤魔化すように笑った。


    _______________


    ふん、ふふ〜ん。鼻歌交じりに帰路を歩く。
    2月下旬にもなると冷え込みも厳しくなってくる。いつもはマネージャーに寮まで送ってもらうけど、今日はなんだか歩いて帰りたい気分だったから、寮の近くで降ろしてもらった。マネージャーはオレの体調を心配して、渋々という様子ではあったけど、まだ陽が落ちるまで時間があって、今日は珍しくそこまで気温が下がらないということで、特別に。
    今日の仕事はバラエティ番組の収録だった。共演者の中に知り合いが一人もいなくて、少し不安ではあったけど、トークはかなり盛り上がって収録は難なく進んだ。収録後、番組のスタッフに「今日の陸くん調子良かったね!」って言われてから気分も良くて、スキップなんかしちゃいそう。それに今日の夕ご飯は、

    「三月のオムライス〜!」

    三月のオムライス、美味しいんだよなあ。いや、三月のご飯は全部美味しいけど!ほのかに甘みのあるふわふわの半熟卵と、それに包まれた、旨みがぎゅっと凝縮されたチキンライス。ケチャップでくまやうさぎを描いてくれるときもあって、それがめちゃくちゃかわいい。その時は、いつも眉をひそめてお小言を沢山ぶつける一織の表情も柔らかくなってて、かわいいやつめ、とも思ったりする。そうこうしているうちにすぐ寮に着いた。

    「ただいま〜」

    いつもなら寮の奥の方から誰かしらのおかえりが返ってくるはずなのに、今日は返ってこなかった。その代わり、リビングがやけに賑やかな気がする。リビングまでの道を歩いてみると、元気な環の声が聞こえた。

    「わー!いおりんイッケメーン!」
    「我が弟ながら、イケメンだと思う」

    なにがあったのか、と思ってドアを開けると、そこには髪を切ったらしい一織がいた。どうやら一織は、役作りのために髪の毛を切ったらしい。一織は大胆なイメージチェンジをしないから、見慣れない髪型にメンバーは興味津々だった。メンバーに囲まれあちこちの髪の毛を触られている一織は、少し不愉快そうな顔をしている。そんな一織をみて、いてもたってもいられなくなり、近くに駆け寄った。

    「一織……かっこいい!」

    全体的に数センチ切ったことでだいぶさっぱりしている。出会った時から4つ歳を重ね、17歳の幼さ残る顔立ちとは違い、くっきりとした目鼻立ちがより目立つようになった。一織は美形だなあとつくづく思う。それがこの髪型になって更に際立った。そして、料理人という役に相応しい清潔感も増したように思う。
    興奮のあまり一織の肩を揺さぶると、一織は勘弁してください、とでも言いたげな表情でこちらを向いた。

    「皆さん揃いも揃ってなんなんですか本当に」

    うんざりしたような声色で喋りつつも、一織の顔が少し綻んでいて、こちらまで嬉しくなる。でも、その笑顔の中には確かな決意も表れていた。


    _______________

    3月にもなれば、まわりから春のいぶきを感じられる。幼くやわらかな青葉は、春の陽気にあてられ、そのみずみずしい香りを纏った。
    あれから約2週間経って、いよいよ一織がドラマに向けて動き始めた。まずは初回放送に向けて、明日から3日間集中して撮影を行うらしい。

    撮影に向けて一織は自室に籠ることが多くなった。元から学校の勉強のために部屋にいる時間は比較的多かったように思うけど、最近はその比じゃない。やっぱり、一織自身初のメインキャラクター、主演として、気合いが入っているんだと思う。仕事から帰ってきたら専ら台本読みで、部屋で一人食事をとることも少なくはなかった。料理人の役をやる以上、実際に料理をするシーンもあるらしい。その練習のためにキッチンで一人料理の練習をしてたりするらしいけど、練習時間が基本的にオレが仕事で一織がオフの日か、夜遅くだから中々会えない。会えたとしても「早く寝てください」と怒られてしまうと思う。
    オレたちも、一織の熱心さを目の当たりにして、必要以上に詮索することはなかった。頭ではわかっていても、少し寂しかった。

    (最近一織の顔みてないなあ)

    今でも仕事が落ち着いている時は、なんとなく、どちらかの部屋で一織の作ったホットミルクを飲んで寝る前のひと時を過ごす、というのが習慣になっていた。一織が作ってくれるホットミルクは、一織の優しい部分が滲んだような優しい甘さで、心まで温めてくれる。そのホットミルクを飲みながら、仕事の話から最近読んだ小説の話まで、他愛もない話をする時間が好きだった。その時の一織は、心做しかいつもより纏う雰囲気が柔らかくなるし、オレも安心して心と体を休められる。

    そんな時間がいつの間にか当たり前になっていて、それが無くなった今、妙に落ち着かなくなってしまった。一織が忙しいのは分かっている。ドラマに集中したがっていることも。それを邪魔して得た一織との時間は、きっといいものではない。それに、オレたちはもうあの頃の幼い17歳と18歳じゃないんだ。少しは考え方も大人になってるはず。

    (オレのエゴで一織を困らせたくない)

    本当は一緒の時間を過ごしたい。でもこれは、今の一織には必要のないことだと割り切って、我慢しよう。気分が沈みそうになって、慌てて自分の部屋に戻った。今日は何も考えずに寝よう。明日の朝挨拶だけしよう。そう決めて眠りについた。



    _______________




    撮影初日の朝。外は雲ひとつない晴天で、一織の撮影を応援しているようだった。三月も大和さんも、クランクインということもあって、朝食にしては豪華なものを作っていた。一織は「さすがにこんなに食べられませんよ」と苦笑していたけど、嬉しそうに柔らかく笑っていた。

    「それでは、行ってきます。」

    身だしなみを完璧に整えた一織を見る。
    これを見送ったら、本格的にオレとの時間は少なくなるんだ。そう思ったら無意識のうちに一織を呼び止めていた。

    「い、一織……」
    「はい?」

    (あ、でも)

    でもここでわがままを言って引き止めてしまったら。せっかく固めた意思が揺らいでしまう。そう思ってやっぱり引き止めるのをやめた。

    「あ、ううん、なんでもない。撮影頑張ってね。行ってらっしゃい!」
    「?そうですか。ありがとうございます。では、行ってきます。」

    そう言い、一織は玄関を出た。なんとなく名残惜しくて、無意識のうちに遠ざかる一織の背中をぼーっと見つめていた。カチャリ、とロックがかかる音で、ハッと現実に戻される。
    これから一織もドラマ撮影という長い戦いを始める。一織に振り回されすぎてちゃいけない、と自分を律して自分も今日の仕事を頑張ろう、そう思った。

    リビングに戻ると、点けっぱなしだったテレビから天気予報が流れている。『晴れのち曇り。ところにより雨。折りたたみ傘を持っておくと安心です』とのこと。
    後にこの空を覆い尽くす鈍色の雲を想像して、なんとなく気分まで重たくなってしまった。


    _______________



    やはり、今話題の女性/男性アイドルのメンバーが主役を務めるということで、放送前から話題性は凄まじかった。一織は、そのドラマの番宣のためのバラエティ出演から雑誌のインタビュー、ドラマのSNSアカウントの更新などを一つ一つしっかりこなしていた。ドラマの企画でSNSにあげるダンス動画を自室で練習しているのを見た時は、思わず可愛くて笑ってしまった。「見ないでください!」って耳まで真っ赤にしながら叫んでたの、可愛かったな。

    放送日が近づくにつれて、一織の帰ってくる時間が段々と遅くなっていっていた。一織、頑張ってる。年上らしく一織を褒めてやりたいけど、わがままを押し付けてしまいそうだからここは我慢。最近では、毎日どこかしらで、一織と伊東さんの名前を見かけるようになった。それもそのはず。いよいよ3日後に控えた初回放送に向けて宣伝にも力を入れている。1話が面白ければ、放送前の話題性との相乗効果で爆発的なヒットになることは間違いないからだ。

    (同じところに住んでるのに、テレビで見かける回数の方が多いってなに……)

    前もこんなことあったなあ、とふと思う。
    あの日、一織が忙しくなって、あの時間が取れなくなることを覚悟していたのに。一織も伊東さんも、誰も悪くないのに。

    (一織が、伊東さんに取られちゃったみたいで……なんか)

    なんか、見れば見るほど……。見れば見るほど、何? これ以上はいけない、そうだ、誰も悪くないんだ。第一、これは仕事なんだから。一織個人のためにも、IDOLiSH7の名前を売るためにも、これは大きなチャンスだった。ドラマ主演のオファーを受けるなんて大きな決断だったと思うのに、一織はそれを引き受けた。

    そもそもオレは一織の何?恋人でもなければ、ただ同じグループのメンバーなだけで、他よりもちょっと仲がいいだけ。それ以上でもそれ以下でもないはずなのに。この、話を聞いたあの日みたいな、原因不明のチクリと刺すような胸の痛みも、苦しさも、よく分からない。ねえ、一織。一織はオレをコントロールするって言ったじゃん。だったらこのよく分からない気持も、一織のその分析力で分析して、コントロールしてよ。オレのこと、死ぬほど考えてくれてるって、言ってたじゃんか。幼稚なことだと分かっていながらも、わがままな子供のように一織にこの感情をぶつけたかった。

    _______________


    4月。寮の近くにある桜は満開に咲き、灰色の道路にピンクの絨毯を敷いたようだった。
    いよいよ初回放送の日。オレたちの寮は少しだけ騒がしかった。オレも含めたみんながこの日を楽しみにしていたから、みんなお風呂からは早く済ませるし、何となくそわそわしている気がした。確か大和さんが出演したドラマを見るときもそんな感じだったっけ。夕食を早々に終え、リビングのテレビにメンバーが集まった。当の本人の一織は恐らく恥ずかしいのだろう、夕食を食べ終えたらすぐに自室に戻ってしまった。

    「いおりんも一緒にみりゃ良かったのにな」
    「タマ、意外にこういうのって恥ずかしいもんなんだよ」
    「経験者は言葉の厚みが違うな」

    大和さんが眼鏡を押し上げながら環に言った。
    そんな軽い会話をしていると、テレビからCMが流れた。

    「一織くんのドラマ、遂に始まりますね」

    CMはこのあとすぐ!という文言で締められた。時計を見るとあと1分で放送開始時刻だった。
    放送前に写真を見かけることはあっても、楓を演じている姿を見るのは今日が初めてだった。ティザーPVもあったけど、意識して見ないようにしていた。だから、一織がどんな風に演じているのか分からない。他のみんなも同じように、今日の放送で楓を演じる一織を見るらしい。

    「おっ、始まった」

    そうこうしているうちに、ドラマが始まった。
    雲ひとつない青空の下、満開の桜をバックに新生活に胸を躍らせるヒロインの伊東姫奈さん、もとい桜井璃玖乃さんが映る。いかにも大学生らしい、無難でラフな格好だ。一人暮らし用のアパートに、実家から持ってきた荷物が詰めてあるだろうダンボールがまだ少し残っていた。最近友人たちの間で自炊ブームが起こっているらしく、SNSを開けばそこには友人たちの自炊記録が沢山投稿されていた。その投稿たちを見て璃玖乃さんはふと思う。

    『そういえば自炊…した事ない…ずっとコンビニで買うか出前頼むかだったしなあ……いや、料理出来ないの、一人暮らしなのにまずくない!?てか女の子ならできた方が尚更いいよね!?』

    「……別に女の子だからっていいと思うけどなー。全然俺がやるし」
    「みっきー……かっこいい……」

    璃玖乃さんのセリフを受けて、三月がぽろっと零す。そんな三月を見て環が感嘆の声をもらした。実際、三月のそういう男前なところはかっこいいと思う。

    璃玖乃さんは実家暮らしというのに甘えて料理が全くできなかった。一人暮らしをしてからも配達サービスのヘビーユーザーになってしまっていたらしい。これは流石にマズいと思い、大学の料理サークルに入ろうと決意した璃玖乃さん。璃玖乃さん曰く、どのサークルに入ろうか決めかねてたから丁度良かった、らしい。

    『こんにちは!サークル見学に来ました!』
    『あっこんにちはー!サークル見学の子ね!とりあえずどうぞ入ってー!』

    出迎えてくれたサークルのメンバーが璃玖乃さんを調理室内へ招いた。すると、部長らしき人が現れ、『体験の子です』と、璃玖乃さんを紹介した。

    『体験の子?こんにちは!見学に来てくれてありがとう!今日はね、和定食を作ろうと思ってるの!』
    『和食作るんですか!すごい!』
    『うちは何でも作るからね。じゃあ〜……あなたにはきんぴらごぼうを作ってもらおうかな!これを副菜にする予定!切って炒めるだけだし多分あなたにも出来ると思う!あ、そういえば名前聞いてなかった!あなた、名前は?』
    『桜井璃玖乃、です!料理経験がほぼ無いので不安ですか頑張ります!』

    璃玖乃さんは格好を整え、まな板の前に立った。気合いは十分にあるようで、先輩からのレクチャーをしっかりと聞いていた。でも、璃玖乃さんは包丁を扱うのがとことん下手で、野菜も上手く切れなかった。なんとかサークルのメンバーに助けてもらいながら作ることはできたけど、璃玖乃さん自身は疲れきった様子。

    『で、出来た…!やっと出来た本当に疲れました……』
    『お疲れさまー!美味しそうじゃん!』
    『先輩方が沢山助けてくださったおかげです……私一人じゃ何も出来ませんでした……』
    『初めから上手くいく人なんていないんだからさ。練習していけば絶対に上手に作れるようになるよ!』
    『はい……』

    先輩たちに励まされながら、出来がったそれを口に運ぼうとした時、端でずっと見守っていた女性が璃玖乃さんに声をかけた。

    『あなた、うちにおいでよ!』
    『え?』

    見ず知らずの女性からの急な提案にぽかんとする璃玖乃さんを他所に、女性は1枚の紙切れを握らせる。

    『学校終わりここに来て!待ってるからね!』

    ぽかんとする璃玖乃さんを他所に、その女性は手をひらひらと振りながらその場をあとにする。その後、璃玖乃さんは教えてもらった住所を頼りに店へ向かうと、そこは和定食屋で……

    そして1回目のCMが入った。

    「まだ序盤って感じですね」
    「まだイオリ出てきませんね」
    「もうすぐじゃねえか?もうお店みたいだし」

    それぞれ前半の感想を言い合ったり、各自軽いつまみや飲み物をとりに行ったりしてCMが明けるのを待った。


    少し長いCMが明け、後半部分が始まる。

    こんにちは、と璃玖乃さんが声をかけると、『あらいらっしゃーい!来てくれたのね』と、向こうから先程の女性が出てくる。さっきと違い、桜色を基調とした上品な着物を着ていた。
    どうやらその女将さんは橘しのぶさんというらしく、ここの和定食屋を経営しているそう。店内は、和食を提供するお店らしい、清潔で落ち着く雰囲気が漂っていた。璃玖乃さんは、そんなお店を見て、ここは自分のいるところではないと断るけれど、しのぶさんは1歩も引かない。それどころか乗り気で『料理出来ないから不安だって言うの?それならうちで練習したらいいのよ〜』なんて言うから、璃玖乃さんも諦めてしのぶさんに従うのだった。

    日が変わり、出勤初日。丁度次の日なら大学も早く終わるから、と知り合った翌日から研修に入ることになった。前日に受け取った制服に着替え、しのぶさんが来るのを待つ。

    『璃玖乃ちゃん。お待たせ〜』
    『しのぶさん。お疲れ様です』

    「あ、あれもしかして一織くんじゃない?」

    全員がテレビ画面を凝視する。『こんにちは。』そう言ってしのぶの後ろから現れたのは清水楓になりきった一織だった。

    『今日から桜井さんの教育係を任せられました、清水です。よろしくお願いします。』
    『よ、よろしくお願いしますっ』

    短くなった横毛の右側を耳にかけ、和装で現れた一織、もとい清水楓は、こんなの世の女の子が見たら全員恋に落ちてしまうのではないか、というくらいに綺麗で格好良かった。

    「おぉ……」
    その場にいた全員が目を見張る。

    (っ、こんなにかっこいいなんて聞いてないよ!)


    髪を切ったことは知っていたのに、寮で何度も見ていたのに……!そんな姿に自分がドキドキしてることなんて、画面の中の一織が知るわけもなく、平然とした顔でしのぶさんと会話していた。

    『じゃあ楓くん、あとは任せたよ〜っ』
    『はい。分かりました。』

    しのぶさんは手をひらひらさせながら、じゃあね〜と、二人の元を去っていった。

    『改めまして、清水楓です。よろしくお願いします』
    『よろしくお願いします!』
    『ではまず厚焼き玉子を作ってください。うちのしのぶさんが見込んだんですから、これくらいはできますよね?』
    『ぅ……』

    そう言われ、璃玖乃さんは渋々厨房に立った。一織……じゃなくて楓の見定めるような目付きに背筋が寒くなる。璃玖乃さんは卵を扱うだけでも、卵に殻が入ってしまったり、卵が飛び散ったり、と散々だった。焼く際も所々焦げてしまい、更には綺麗に丸められず、そこには美しくない玉子焼きがあった。……多分オレが作ってもああなると思う。ていうか、始めから厚焼き玉子を要求する楓、鬼じゃない…!?

    『どうやったらそこまで品のない玉子焼きが作れるんですか?』
    『す、すみません……』
    『もしかして貴方料理できないんですか?』
    『っ』
    『図星ですね』
    『はい……っ』

    役とは分かっていても、口調や振る舞いがあまりにも素の一織と似ていて、ビクッととしてしまう。ヒロインの子もオレと同じようなことをしてるから、尚更居た堪れない気持ちになってしまった。22歳になった今でもこのドジ具合は治らなくて、未だに一織に怒られてばっかりだ。

    「はあ。しのぶさんもなんでこんなポンコツを選んだんだか。仕方ないですね、私が手本というのを見せて差し上げますよ」

    そう言った楓は、すっと腰紐を取り出した。その紐でたすき掛けをしていく。たすき掛けは、着物を着て料理などをする時に、袖が邪魔にならないようにするもの。その紐の端を小さい口で咥え、流れるように紐を操る姿はとても美しかった。たすき掛けをしたことにより、以前より逞しくなった腕が見えて、ドキッとしてしまう。
    彼は厨房に立つと、まず初めに卵を片手で割り、次に菜箸で手早く溶いた。白身と黄身が混ざり合い、黄金色になったそれを、油の敷かれた長方形のフライパンに垂らしてゆく。たまごが焼け、たちまち、じゅわっと食欲をそそる音がした。ふわふわと柔らかな湯気がたちこめ、すぐさま消えた。たまごの様子と火加減をしっかり確認し、1重1重丁寧に巻いていくその横顔は、真剣さそのものだった。

    (真剣な一織、かっこいい)

    一織の顔立ちは、正統派イケメンのようなかっこいいものよりも、完成されたモデルのような美人で綺麗なものだと思う。だから、こういう真剣な表情をすると余計に素材の良さが際立って心臓に悪い。和装までして、非の打ち所なんてどこにもないじゃないか。ずるいなあ。
    見事な腕前であっというまにふわふわの厚焼き玉子が出来上がっていた。

    『出来上がりました』
    『すごい!きれい!楓さんすごいー!』
    『うちで働くならこれくらいはできて当然です。まあ、しのぶさん直々の頼みですから貴方のことを見てあげますけど、見込みがないと思ったら切り捨てますからね』
    『っ!はい!』

    ここでフレームアウトしながらエンディングが流れた。
    今回はただただ一織がかっこよかった。一織ってあんなにも綺麗でかっこよかったっけ。こんなの一織好きになる女の子が増えちゃうよ!と心の中で叫んだ。IDOLiSH7というアイドルである以上、ファンが増えることは嬉しいことだけど。

    「いや〜、イチかっこよかったな。あれに全部持ってかれたわ」
    「いおりぃっ……成長したなっ……うっ……」
    「えっ三月泣いてる!?」
    いつの間にかお酒を飲んでいた三月は、情緒不安定気味になり、弟の一織の成長に涙を流していた。

    「俺、いおりんとこ行って感想伝えてくる!」

    そう言い残して環は一目散に一織の部屋に向かった。程なくして一織の部屋から声が聞こえ、それに釣られるようにして、みんなで一織の部屋に突撃しに行く。
    環に続き、一織の部屋でドラマの初回の感想を語り合う。みんな「一織がかっこよかった」とか「演技上手くなったね」とか、思い思いに褒めちぎった。当の本人の一織は、耳まで真っ赤になってゆでダコのようだったから「一織かわいー!」と抱きついたら「離れてください!」って怒られた。でも押し返す力は強くなくて、なんとなく、この瞬間が幸せだなあ、と思った。


    _______________


    風薫る5月、と言うにふさわしい爽やかな風が、寮の窓から流れ込んでくる。木々も青々と茂り、きたる夏の準備を始めていた。

    一織は寮のキッチンで料理をすることが増えたように思う。それもそのはず。ドラマで料理人の役をやっているんだから当然だ。以前は仕事から帰ってきた夜に一人黙々とやっていたけど、全て完璧にこなしたいからなのか、最近は時間を問わず、味見まで全て1人でおこなっている。それが食事代わりにもなっているのだろう。でも、一つだけ不思議に思うことがある。それは、一織は、練習で作った料理を絶対にオレに振る舞わないことだ。三月をはじめとしたその他のメンバーには「ドラマの練習で作ったので、食べてください」なんて積極的に振る舞いにいくのに、オレが食べようとすると「七瀬さんはダメです」なんて言ってそれを遠ざける。オレが失敗した料理を食べないで、と遠ざけるのなら分かる。でもそうじゃない。明らかに成功作で、すごく美味しそうで、見たら絶対食べたくなるのに。だから、なんでそこまでしてオレから遠ざけるのかが分からない。最近、一織とコミュニュケーションをとってないせいか、前のように一織の言動から意思を読み取るのが難しくなった。特に最近は何を考えているのか、さっぱりだった。なにか隠し事をしているようにも思える。

    今日はいつもより早めに自由時間が取れたから、なんとなくテレビを点けてみた。するとそこには一織と伊東さんの姿があった。ゴールデンの番組にゲストとして、番宣を兼ねて、また一織と伊東さんの二人で呼ばれていた。

    二人が出演するコーナーは、"誰でも簡単に作れちゃう!?おうちで簡単シェフの味!"と題して、一流シェフが、二人にお家でも手軽にシェフの味が再現できるレシピを紹介して、二人で実際に作るというものだった。ドラマでは和食を作っているが、この番組は洋食を作る。役とは違う二人の料理している姿は、ファンにとってギャップが見られる!と嬉しく思うものなんだろうな、と思った。

    『こんにちは』
    『こんにちは。今日はよろしくお願いします』
    『初めまして。La luneでシェフを務めております料理長の〜…』
    一流シェフらしき人が二人に挨拶をし、二人も挨拶をする。コーナーを進行するのに重要なMCはなんと百さんだった。

    『ひゃ〜!本物の璃玖乃ちゃんと楓くんだ!俺もユキと一緒にドラマ見てるよ!』
    『ありがとうございます』『ありがとうございます!』

    『声揃っちゃって息ぴったり!一織は役作りのためにお料理の練習したんだって?』
    『はい。彼にとって料理は大事なものですから。妥協はできません』
    『流石一織〜!』

    百さんはその後も一織や伊東さん、シェフにも平等に話しかけ、場を盛り上げ和ませていた。今日はハヤシライスを作るらしい。レシピはパネルに印刷されていて、おおまかな流れとポイントが分かりやすく書いてあった。

    (きっと一織なら、シェフさんの話とあのパネルだけで完璧に作っちゃうんだろうな)

    手を洗って、さっそく二人は調理に取り掛かる。銀色のバットにはハヤシライスを作るのに使う牛肉や玉ねぎ、その他調味料が乗っていた。

    『じゃあ私は玉ねぎを切りますね』
    『あ、伊東さん』

    伊東さんが玉ねぎに手を伸ばしかけたところ、一織がその手首を掴んだ。そして

    『私が玉ねぎを切ります。』

    スタジオにいたタレントさんも、オレも、手首を掴まれた伊東さんも、ぽかーんとして、一織がなんでそんなことを言ったのか分からなかった。百さんがすかさず『あれ、一織そんなにたまねぎが好きなのかにゃ?』と茶々を入れる。すると、毅然とした態度でこう言った。

    『いえ、玉ねぎを切って涙でも出たら、せっかくの綺麗なメイクが崩れてしまうでしょう』
    「え……」
    『一織………………イケメン!超イケメン!百ちゃん感動しちゃったよ!』

    スタジオからも『一織くんやるねえ』とか『一織くん……イケメン……』という声が混じりながら、悲鳴に近いような黄色い歓声があがっていた。17歳の一織ならやらなかっただろうし、やったとしても顔を真っ赤に染めていたはず。だけど4つ年を重ねた一織は、大人の余裕のようなものがあった。

    『思ったことを言っただけですよ。私もメイクをする時があるので。とにかく、伊東さんは牛肉を焼いて頂けますか。私が玉ねぎを切ります』
    『っ、はい……』

    一織の指示通り、一織が玉ねぎを切り、伊東さんが牛肉を焼いた。伊東さんは璃玖乃さんの役とは違い、慣れた手つきで調理を進めていく。一織も、玉ねぎの影響で少しだけ目を赤くしながらも、そのクールな表情を崩すことはなかった。
    それからも、百さんと3人の軽快なレスポンスが続いた。一織や伊東さんに話を振る時は、ドラマの内容に因んだ世間話、視聴者が知りたいであろう裏話など、シェフに話を振るときは、注意すべき点やコツなどを自然と引き出していた。百さんの見事なMCスキルでその場は滞りなく順調に進んでく。

    『ハヤシライス、完成〜!』

    じっくりと煮込まれて程よくとろみがついたルーを、ほかほかの白米に盛り付けた、見ているだけでもお腹が空くようなハヤシライスが2人の目の前に置かれている。

    『いただきます』
    『いただきます!』
    『わぁおいしそ〜!モモちゃんも食べたい!』

    2人はそれぞれ先程作ったハヤシライスを口に運ぶ。

    『ん〜!おいしい〜!』
    『トマトのさっぱりとした酸味がアクセントになっていてとても美味しいですね』

    軽く食レポをしながら、2人は食べ進める。2人ともバラエティ慣れをしていて、しかもドラマが料理をテーマにした作品でもあるから、食レポのクオリティはとても高かった。証拠に、お腹がぐぅ、と鳴ってしまった。
    最後は改めてドラマの番宣をし、そのVTRは締められた。
    VTRが終わり、スタジオにいる2人の画に切り替わった。スタジオにいる二人は、このVTRについて、スタジオにいる下岡さんから話を振られている。一織は、さっきのVTRを見た下岡さんに『一織くん、すっかりカッコよくなっちゃって〜!』と茶々を入れられていた。またも大人びた表情で答えていたけれど。
    元々料理ができる一織とは違って、伊東さんはこの役へのオファーが来るまであまり自炊をする方ではなかったらしい。だから、沢山練習したそうだ。

    それからもテンポの良い、息のあったトークでスタジオを沸かせていく。息のあった2人を見れば見るほど、オレの気持ちは比例するように沈んでいった。



    _______________



    やっぱり一織はなにか隠している。でも分からない。ただモヤモヤが募る一方だった。自分で考えても、分からないものは仕方がない、一織に聞いてみよう。夕食後は、テレビを見たり、スマホゲームをしたり、と各々好きなことをしている。中でも一織は、変わらずに台本を読みに部屋に戻ろうとしていた。早く声をかけなければ。そう思って一織の傍に向かう。

    「なあ、一織」
    「なんですか」
    「あのさ」

    いざ面と向かって言おうとすると、緊張からか、言葉が詰まってしまった。一織は、また言い淀んだオレに早くしてくれ、と言わんばかりの表情を向けた。その表情に少しイラッとしつつも、単刀直入に尋ねた。

    「あのさ、なんで一織は、オレだけに練習作食べさせてくれないの」
    「っ、」

    一織の表情が一瞬強ばる。
    やっぱりなにか隠してるんじゃないのか。念を押すようにもう一度。

    「みんなには出したりするじゃんなのになんでオレだけ」
    「……言えません。」
    「え?」
    「今は、言えません。」

    ハッキリと、そう告げられた。
    なんだよ、それ。隠し事をしているような口ぶりの一織に腹が立った。それと同時に、傷ついた。

    「言えないってなんだよ!」

    言えないって、なんだ。なんで?どうして?不満と苛立ちは募り、爆発寸前だった。
    オレたちの声が聞こえたのだろう。大和さんや三月がやってきて、咎めようとする声が聞こえるが、今は聞く気になれなかった。

    「なんでそうやって隠すの!」
    「リク、一織も事情があってな」
    「今までも作ってくれたことあったじゃん!」
    「それは」
    「一織の隣は女の子の方がいいよ!」

    「は?」

    シン、と空気が凍る。まずい。こんなこと言うはずじゃなかったのに。心の底に秘めていたものが、いつの間にか爆発してしまっていた。「七瀬さん、それはどういう意味ですか」と、一織が声を低くして尋ねる、

    「そ、そのままの意味だよ」
    「意味が分かりません。何故今その話になるのですか」
    「一織は……一織は何も分かってない!」

    溢れ出したものは止まらなくて、感情のまま叫んだ。息が上がって苦しくなる。これ以上ヒートアップしたら発作を起こすと、頭では分かっていてもブレーキが利かない。

    「七瀬さん落ち着いて」
    「触らないで!」

    感情の昂りのまま、声を荒らげてしまった。

    パシッ

    近くから乾いた音がした。その音で気が付く。

    (あ)

    (オレは、一織の手をはらった)

    オレが、一織の手を。
    違う、そんなことしたくなかったのに、違う、違う、違う。どうしようもない苛立ちとか、手を感情のままはらってしまった罪悪感が、ぐちゃぐちゃになってオレを襲った。オレは衝動のままその場を走り去った。

    「七瀬さん!」

    後ろで一織が呼ぶ。でも、追いかけては来なかった。きっと大和さんあたりに押さえられてるんだろう。今二人になったら一織になにをして、どんな言葉をぶつけてしまうか分からなかったから、追いかけてこなくて良かった。


    逃げ込むように自室に入り、お気に入りのクッションに座り込む。いつも掃除はしてあるから、埃はそこまで立たなかったはず。

    (手、腫れちゃったかな。結構強くはたいちゃった)

    今ドラマの撮影で大事な時期だっていうのに。顔じゃなかっただけマシ、だと思いたかった。でも、今回は料理人の話で、食材を扱う手の美しさも重要なシーンのひとつだった。それに、一織の手は白い。もし、赤く腫れてしまったら隠すのも難しいかもしれない。

    自分はなんてことをしてしまったのだろう。こうやって一織を傷つけて、やっと気がつけた。オレは、一織の事が好きなんだ。だから、伊東さんと並んでる姿を、役としてでも距離が近いところをみて、モヤモヤしたり胸が痛んだりしたんだ。取られたくない、なんてお門違いな事を思ったりしたんだ。ずっと抱いていたこの感情の正体が分かった。自覚した途端、じわりと視界が滲んだ。

    「ごめんね、ごめんね一織」

    ダメだ、泣くなと思えば思うほど涙が出てくるのはどうしてだろう。でもこの際いいか。涙は気持ちを落ち着かせてくれるから、発作だけは起こさないように、静かに泣こう。明日がオフで良かった。目が腫れても大丈夫、どれだけ泣いても大丈夫。

    一織とは同じ屋根の下に居るのに、薄い1枚の壁を隔ててるだけなのに、その距離がひどく遠く感じた。



    _______________



    あれから一織とは話していない。運良くか運悪くか分からないけど、あの日以降一緒の仕事が入らなくなった。寮で顔を合わせることはあるけど、一織の視線を感じては逃げるように自室に戻っている。今日も夕食を手早く済ませたあと、一人すぐに部屋に戻ってきた。

    「別に、一織と話したくないわけじゃないし……。」

    そうだ。別に話したくないないわけじゃない。こじれてなんとなく気まずいだけだ。あれだけ言ってしまったから、合わせる顔がないというか。オレたちのことを見かねたみんなが、さりげなくオレたちに仲直りをさせようと頑張っているのも分かる。一織も話をしようとこちらを伺っているのに、オレが弱くてそれに応じないだけだった。

    「一織の、ばか」

    あんまり思ってもいないことをそらに吐き出した。気を紛らわせたくて、近くにあるスマホを取る。本当は寝たりして忘れた方がいいんだろうけど、今日はそうはなれなかった。

    「あ」

    誤タップでラビッターが開いてしまった。一織から「周囲の声に惑わされないように、SNS全般は見ないで」と言われていたから、自分のアカウントを更新する時以外は開かないようにしていた。でももうなんかいいや、エゴサでもしてやろう、そう思って検索しようとした。だけど、それよりも先にトレンドに入っている文字に目がいった。

    「トレンド……」

    明日が最終回ともなれば、自然とファンの間では盛り上がるものか。そうじゃなくとも、元々話題性の高い作品だから、いつトレンドにいてもおかしくない。因みに、この前一織と喧嘩してからドラマは観ていない。全話録画はしてあるから、いつでも好きな時に観て、と言われてはいるけど中々見る気になれない。

    「だって……こんなモヤモヤしてるときに一織の恋愛ものなんて……」

    なんて、拷問に近い。自分を苦しめてまで一織の姿を見ようと思えるほど、オレの心は強くなかった。気になってトレンドの文字を追ってみる。

    「楓くん、璃玖乃ちゃん……かえりく……ドラマのこと、こんなにトレンドに入ってるんだ」

    試しに【楓くん】で検索してみると、[楓くん最高!]や[楓くんカッコよすぎ……][清水楓くん役の和泉一織何者!?]など、役と演じてる一織自身を褒める言葉で溢れていた。一織は想い人である前に、大切な仲間でありメンバーだ。そんな大切な人が世間から評価されて褒められているのは自分のことのように嬉しい。

    けれど、現実は残酷だった。

    [楓くん役の和泉一織くんと、璃玖乃ちゃん役の伊東姫奈ちゃん、二人とも美男美女でお似合いカップルすぎ!現実でも付き合っちゃえばいいのに!]


    一瞬、目の前が真っ暗になった。どくどくどく、と胸が早鐘を打つ。無機質なデジタル液晶が、残酷なまでにその現実を突きつけた。
    1番見たくなかった投稿を見つけてしまった。被害妄想だけならまだしも、一般の人からの評価を知った。その投稿はもう少し続いていて、見てはいけないと頭の中で警鐘が鳴っているのが分かっていても、その続きを見てしまった。


    「てか付き合ってるんじゃない?笑 公式アカウントに載ってた休憩中の二人ちょ〜仲良さそうだったもん笑」

    「えそれなー!?実際共演から発展する恋もあるし!これは期待大!」


    やっぱり、さぁ、そうだよな。一織と伊東さんが、お似合い。そうだ、世間一般的に見たら、まだ、男女が付き合っていた方がお似合いなのかもしれない。今世間を騒がせている性の問題も、騒がれてるからと言って全員が受け入れてくれるわけじゃなくて。未だにマイノリティは異端者として指弾されるこの世の間。特にオレと一織は同じグループのアイドルだから。仮に想いが通じ合ったとして、もし万が一今のこの関係がスキャンダルとして抜かれて、IDOLiSH7の今後を揺るがす大きな事態になったら?そこにメリットなんかひとつも無かった。"IDOLiSH7"のオレ、オレたちを守るのならオレの気持ちに蓋をするのが、距離を置くのが1番いい方法だと思った。でも、この思いをひた隠して、今まで通り傍にいるくらいなら許されるだろうか。夜にホットミルクを飲むのも、今まで通り軽い口論だって。

    やっぱりラビッターなんて開くべきじゃなかった。はぁ、とため息を一つ吐いて、スマホの電源を落とす。
    明日は遂に最終回だ。過去一番の盛り上がりになるのだろうと嫌でも予想できる。一織と、世間の反応が怖くてたまらなかった。明日が来なければいいのに。そんな在り来りな願いを抱え、そっと瞼を下ろした。



    _______________



    今日は朝からみんなバタバタしていた。マネージャーに無理を言って、全員19時前には仕事を終わらせるようにしてもらった。それも、一織のドラマの最終回に備えるためだった。オレはというと、今日もオフで一人で家にいる。「陸さん、最近顔色が優れませんよ」と、マネージャーが気を使ってどうにか少しだけ休みを多くとってくれたからできたことだ。

    (そんなに顔に出てるのか……マネージャーにはもう心配かけられないし、いい加減どうにかしないと)

    今日1日誰もいないのなら、最終回前に溜まってた分を観てしまおう。なんやかんや言って、最後まで物語を見届けたかった。
    一織は最終日を迎えるにあたって、朝の情報番組にゲスト出演することになっていて、オレが起きた頃にはもう仕事に向かっていた。テレビを点けようと思ったけど、そのことに気が付いて結局点けなかった。今二人が並んでるのを見たら本格的にダメになってしまう気がする。ゆっくり朝食をとっていると、支度を終えたみんなが玄関に向かっていた。お見送りするべく、後ろをついていく。

    「それじゃあ陸、いってくるな!」
    「何かあったらすぐに連絡してね」
    「はい!みんな、行ってらっしゃい!」

    「行ってきます!」五人分の返事が揃って聞こえた。
    しっかり鍵を閉めてリビングに戻る。自分一人しかいない寮はやけに静かだった。

    「とりあえず残りのご飯食べて、話はそれから」

    7人が座っても余裕のある広めのテーブルは、1人で座るとより広く感じる。いつも座っているところに戻って、残りの朝食をとった。でも、1人での朝食はやっぱり寂しくて。もうこの時間なら一織の出番も終わっているだろうと、テレビを点けた。8:30分、ちょうど天気予報のコーナーだった。

    『今日は曇りのち晴れ。星空が綺麗に見えます』

    星空かあ。思えば最近は下ばかり向いていたような気がする。今日くらいは空を見上げてみようかな。
    最後一欠片のパンを口に入れて、食器を片付ける。シンクに溜まっていた食器を食洗機に入れたら、準備完了。

    「よし、観るぞ」

    確か、一織と喧嘩したあとからぱたりと見なくなっちゃったから7話あたりかな。レコーダーを操作してお目当ての回から再生していく。

    7話からは璃玖乃さんと楓の距離が近づいては離れを繰り返し、その中でお互いの大切さに気付いていく、という展開になっていた。この作品名物の料理シーンでは、璃玖乃さんも楓さんも、二人とも料理の腕前があがっていて、毎話毎話美味しそうなご飯が出来上がる。

    「うわぁ、めちゃくちゃ美味しそう!一織、毎日毎日頑張ってたもんな。そりゃ美味しいそうなの出来上がってないとおかしいもん!」

    そんな美味しそうなの、オレには食べさせてくれなかったくせに。もう、思い出したくなかったのに。心に黒くモヤがかかった気がした。
    劇中で作られるご飯は、放送後にHPからレシピが公開され、誰でも自由に作れるようになっていた。ドラマのファンがそのレシピ通りに料理し、それをSNSにあげることで更なる宣伝にも繋がる。公式が呼びかけるだけではなく、こうしてファンも一体となって世間に呼びかければその効果は絶大である。すごいシステムだな、と改めて思った。

    物語はいよいよクライマックスへ。
    璃玖乃さんが楓に告白をする。璃玖乃さんは、楓さんの厳しくも優しい人柄に惹かれ、楓さんは、璃玖乃さんの一生懸命で芯が強いところに惹かれていた。明らかに想いあっている二人だったから、楓もすんなり受け入れてハッピーエンド、なのかと思いきや、楓はその告白を断った。これには璃玖乃さんもオレもびっくりした。あれだけ思わせぶりな態度を取っておいて……!実際にこんなことされたらたまったものじゃない。そうしたら楓が一つ条件を出した。『俺が納得するくらい料理の腕が上がったら付き合ってやる』『1週間後俺に料理を出してみろ』と。璃玖乃さんはいくらその腕が上達したとはいえ、マイナスからのスタートだったから、あの厳しい楓のお眼鏡に叶うような料理は出せそうになかった。残された期間は1週間のみ。付け焼き刃の技術では後々バレてしまう。璃玖乃さんは焦った。ここで最初に楓に言われた言葉を思い出して……?

    「見終わっ、た……」

    9話まで見終わった。残すところあと最終回のみ。7話から9話まで、話の緩急の付け方が秀逸で、視聴者を一瞬も飽きさせない、惹き付けて離さない内容になっていた。そして、話の切り上げ方が上手く、9話を見た人は全員最終回を観たがるだろう、という終わり方だった。現に、最終回を少し楽しみにしている自分がいた。

    「今何時……」

    ふと時計を見たらまだ12時前だった。長い間ずっとほぼ同じ体勢でいたから、身体が少し凝っている。ぐーっと伸びをして、欠伸をひとつ。ぐぅ、とお腹が鳴ったのを合図に、昼食をとることにした。

    昼食をとってもまだみんなが帰ってくるまでかなり時間がある。
    そういえば、新しく買った本にまだ手をつけていなかった気がする。とりあえずそれを読んで、時間が余ったら少しだけ寝ようか。そう思って、テレビを消して自室に向かった。

    _______________


    コンコンコン。
    誰かが扉をノックする音で意識を浮上させた。

    「陸ー、起きてるかー?ご飯だぞー」
    「んん……」

    扉の向こうから三月の優しい声がする。時計を確認すると19時を少し過ぎたところだった。数時間寝ていたらしい。仮眠したら何となく頭がスッキリした気がする。「陸ー?」ともうもう一度呼ばれた。「いまいくー」とゆるい返事をして部屋を後にした。

    一織はまだ帰ってきていないらしい。ドラマの大ヒット御礼ということで、最終回が終わった後の10:30から生配信をするらしい。恐らく、寮に帰ってくるのは日付を超えた頃だろう。




    読んでいただきあありがとうございました;;
    ラストシーンのプロットはあるんですけどね……書けない……
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