どこまで行ったって平凡なまま通りかかった部屋から流れ出す細やかで美しい、繊細な旋律。
これは、そう。
ベートーヴェン作曲、「エリーゼのために」だ。
かつて私自身も練習していた曲の為、つい立ち止まってほんの数秒、聞き込んでしまった。
そしてまた、あの鍵盤に触れた時の感覚を覚えている指が疼き、脳が拒む。
昨日も、今日も、明日も、いつまでも。
ずっと、こんな事を繰り返している。
私はピアノを弾く事が好きだった。
友人からは褒められ、教室の先生からは評価され、次第に私は「ピアノ関係の仕事に就きたい」と思い始めていた。
最初は両親も応援してくれていた。
しかし、徐々に徐々にみんなが否定するようになり、私も挫折した。
皆はこう言った
「才能がある人にしか無理なんだよ」
「君はあんな天才とは違うんだよ」
「諦めなさい。ピアノで遊んでいる暇があったら勉強をしなさい」
と。
私は平凡だ。
ただのそこら中を探せばきっと何処にだって居る。
ピアノという特技だって珍しくない。
お前は凡人なんだ。
いい加減認めて諦めろよ、畔田導。
黒と白の木の棒。
指で軽く押すとポロン、と「ド」の音が鳴る。
「ド」「レ」「ミ」
体は覚えている。
しかし脳が演奏を拒む。
だが一度鍵盤に触れた私の指は動きを止める事を知らない。
さっきも聞いた「エリーゼのために」
そして「仔犬のワルツ」に続いて「人形の夢と目覚め」「私を忘れないで」
力が尽きるまで指を動かした。
「これで大丈夫でしょうか?お客様」
「あぁ、大丈夫さ。君のピアノの腕は確かだと聞いたから1度聞いてみたかったんだ」
「それはどうも。ありがとうございます。そんな、私なんて所詮ただの凡人ですよ」
私は自分が奏でる音が、何よりも1番嫌いだ。