打上花火の帰路途切れることのないように、上がり続けていた花火の音が止んだ。
しばらくの静寂の後、夏虫の鳴く声が耳に戻ってくる。
「……花火、終わりましたね。」
はい、と小さく答えるひとは、その体もやはり小さい。
消えてしまいそうだと思ってその片手を取り、帰りましょうと呼びかけると、やはり小さく、はい、と。
今度はさっきよりも消え入りそうに小さい声で、自分のしたことは逆効果だったのかもしれないと思いつつも、それでもやはり小さなこの手を離す気にはなれなかった。
りりりりと響く鈴虫の声の中を、二人でゆっくり歩く。
夜ももう遅い。本来ならば急いで帰るべきだが、今は油断はせずとも急ぐ必要はない。俺がいるから、何かあってもこのひとを守るから。
蛍が光って飛んでいるのも、見せたかった。あいにくこの道には鈴虫と、姿の見えないほかの夏の虫しかいない。それと、俺とこのひと。
蛍は、来年。来年見つけられなかったら、再来年だ。
そうか。俺は来年も再来年も、その先も当たり前にこのひとの隣で、夏を迎えられるのか。亭主に、なるから。
一気に気恥ずかしくなってしまった。きっと今の自分は耳まで真っ赤に茹で上がっていることだろう。あたりが暗くてよかった。でも手が、手汗が出てるんじゃないだろうか、繋いでいる手がぬるぬるしていたら、このひとの気分が悪いだろう。
握り込んでいた手を開いて離そうとしたら、指を握り込まれてしまった。俺は手のひらを開いているのに、指を握られてしまったらどうしようもない。手が、指が、この人は小さい。この人はすごく小さい。女なんだ。か細くて、柔い。弱くて、愛おしい。
俺の嫁さんになってくれるひと。
こんな俺を選んでくれた、こんな俺と家庭を持ちたいと思ってくれたひと。
守ろう。
守るだけじゃなくて、泣き虫なこのひとがなるべく笑っていられるように、俺にできることはなんでもやろう。
たとえば、そうだな…
そんなふうに考え巡らせていたら、あっという間に師範の待つ家に着いていた。このひとの足が鼻緒に擦れて痛くないように…正直なところ理由はそれだけじゃないが、とにかくゆっくり歩いたのに、もう着いたのか。
師範とこのひとと、これからは俺の、家。
わけもなく目が細まっていく。下瞼が小さく震えながら上がる。泣いてしまいそうな時ってこうだろうか。
花火の打ち止めからもうかなり経った今頃は、残る煙もない。
澄んだ夏の夜空はどこまでも広く、深い青黒さはこの両腕に彫られた罪にも似ているが、今はとても美しく見える。
この家に、このひとに見合う俺になろう。
親父にも報せに行くんだ。墓の中からでも、俺の誓いを聞いてもらいたい。
やりたいことが、たくさんある。とはいえ今は思い馳せてばかりいないでまずは家に…家に、入ろう。
「ただ今戻りました。」
できることが当たり前になってしまったかのように、
叶えたいことが、たくさんあった。