よだかの星をすくい上げた女王侯爵家に生まれた娘。「アリス」それが私の名前だった。
思わず頼りたくなるような秀才かつ体躯の良い兄弟に、思わず護りたくなるような御淑やかで華奢な姉妹の中に、体躯のいい男勝りな女の子は家族の中で異質な存在だった。
しかし家族はそんな私を受け入れてくれていた為、幼少期はそのことを気に留めたことは無かった。
だが、外の世界はそうではなかった。
歳の近いものと交流をもてば男勝りな行動や体躯を弄られ、同性と遊べば「まるで、男のようだ」と言われ、異性と交流をもてば「女のくせに生意気だ」と言われた。
次第に他人と疎遠になり、貴族交流が難しくなると両親の私を観る目が変わってきた。
「お前のような、出来損ないはこの家の名を名乗るにふさわしくない」と冷ややかな目で私を観るようになってきた。兄弟の目も次第に同じになっていった。
ただ、そんな環境の中で、正義感の強い姉と病弱な心優しい妹だけは私の見方だった。
それが私の唯一の救いだった。
しかし、その救いは突然終わった。
ある日、庭園を歩いていると私より少し年上の見習い庭師が剪定作業をしていた。すると庭師の少年の乗っていた脚立が急にぐらつき、私の目の前に落ちそうになり、それを間一髪、抱きとめて助けたことがきっかけで彼と接点を持ち、会話をする内に次第と仲良くなった。多分その時は彼に淡い好意を抱いていた気がする。
しかしそれが最悪の結果を招いた。なんと庭師の少年は病弱な妹の秘密の両片想い相手だった。
彼女は私たちの中の良さに嫉妬し、軽いヒステリックをおこしたが、それでも心根の優しさから落ち着いた後、向き合ってくれそうだった…が、一度興奮状態になったことが心身に影響して病弱故に、高熱を出したのちあっけなくこの世を去ってしまった。
庭師の少年からは「こんなことになるんなら、貴女なんかと親しくしなければよかった…!!」すまない…と妹の名前を亡骸の前で泣き叫んでいた。
もう1人私の救いだった正義感の強い姉は、その状況をみて「お前は、人の男を…ましてや自分によくしていた者の相手を奪い、その命まで奪った!なんて低俗なやつだ」と頬をぶたれ距離を置かれた。
それからは使用人と同じ寮で使用人同様の仕事をし生活を余儀なくされた。
この罰も、使用人にも馬鹿にされる生活にも疲弊していた私だったが、そこで新たな救いを見つけたのだ。
それは同じ部屋の同い年くらいの少女との出逢いだった。
同室の少女はこの屋敷で働くメイドの1人で、私のふるまいから、とても噂通りの悪女とは思えなかったからと事情を聞かれたため事情を説明すると同情して身を案じてくれた。そのやさしさから一緒に生活をする内にいつしか彼女を特別に思うようになっていった。それはわかりやすく態度に出ていたのだろう。周りの使用人たちが次第に勘づき、彼女にからかうように告げ口をした。そうして部屋に帰って来た彼女が私に冗談交じりに「私たちがデキてるだなんて、噂が出回ってるらしくておかしいよね~お互いそんなんじゃないって、ねえ?」と聞かれ、合わせて流せばよかったのに不器用な私はそれが出来ず上手く答えられなかった。少しの沈黙をおいて「私は…」と口にした瞬間、全てを察した彼女は「…嘘でしょ?」と応える前に拒絶された。「気持ち悪い」とつぶやき、彼女は部屋を出ていきその夜は帰ってこなかった。
翌朝私は部屋を追い出されたと同時に、久方ぶりに父親の見下した目をみた。
「お前は、どこにいても厄介事をもってくる。まるで我が家の厄災そのものだ。いいか、今すぐ不祥事を起こしてた娘として家名を捨て出ていくか、家名を胸に賊に拉致された哀れな娘という名目で売り飛ばされるのがいいか選べ」と淡々と父は私に言い放った。
それを横で聞いていたかつての救いだった姉が「ちょっと待ってください…!」と口を挟んできた。彼女はあの事件の後、事実を知ったのだろうか。それともあまりにも惨いと正義感がそうさせたのかはわからない。ただ、私の方を一度見やると気まずそうに苦悶の表情を浮かべた後、父の方を真っ直ぐに観た。
「父上!いくらなんでも度が過ぎています…アリスは…それに使用人の言うことなど本気にされるのですか…!!」
「…いいんです、姉様。私は名を捨てません。どうか売り飛ばしてください。」
「アリス…!?」
もう、誰かに自分を愛してもらう事を私は諦めていた。いや、正確には認めてもらう事に対してだったのかもしれない。
思えば、庭師の少年も同室のメイドも家名とか身内贔屓関係なく自分を認め個人として接してくれたことが嬉しくて、その特別な思いが恋情と錯覚していたのだろうと思う。その違いすらも私にはわからなかったのだ。実に愚かだ。
今ここで姉に助けてもらったところで、もうどこに居場所があるのだろうか。姉との関係が修復するとも限らない。それどころかまた拒絶されたら今度こそ錯乱するかもしれない。私の大切な唯一の身内の彼女だけには危害を加えたくは無かった。
家名を失うことは、私の唯一の存在理由を失うことと同義だ。それだけはどうにか避けたかった。たとえ私自身がどうなろうとも、「アリス」という娘は確かにこの家に存在したのだと記録してほしかった。
「そうか」
私の覚悟を受け取ったのか、父は一言だけいうとすぐに行商人を呼んできて、私は枷をさせられ深夜に荷馬車にのせされこの家を去った。
それから数年たち、西へ東へ向かうも私の買い手は一向につかなかった。私の容姿はあの家の娘だとすでに裏社会では認知されていた為、家への脅しの道具として購入するのも無駄だという事、それを抜きにして容姿はまずまずだが痩せ細ったうえに、骨太で大型のこの姿はとても女性としての愛玩要素からかけ離れている事が主に買い手がつかなかった理由だった。
そうして、ついには私は荷馬車から下され森の中に捨てられた。買い手もつかず厄介者の私は食費を出すだけ無駄だと判断されたのだ。
どこに居ても私の居場所はなく、死ぬ場所も選べないのか。そう思いながら、ふと目をやると野兎を目にした。食糧にしようと捕獲したが、なんとも虚しい気持ちになってやめてしまった。兎は亡き妹が好きだった動物だった。これ以上彼女のものを奪う気にはなれなかった。それと同時に生き物を罠を仕掛け捕え、食らうという事は、騙し、犠牲が伴うという事に気づき、これ以上そういったものを糧に長らえるのも嫌だと思った。
そんな離した兎が網の罠に引っかかってしまい、木の上に吊るされてしまった。
咄嗟に助けようと木の下まで向かうと足場が落ち、私は大穴に落ちた。どうやら大物を捕まえる為の二重の罠だったらしい。よじ登れるほどの高さでない事を悟り、その場で体を丸め座り込んだ。
「ふふ…このままここで亡くなれば、いつか私の骨が見つかったときは哀れな誘拐された貴族の娘のアリスとして名を轟かせるのかしら」
そんな世界を夢見て私は目を閉じた…。
そうして再び目を開けた時には、隣には見ず知らずの自分より幾分か下の年齢の少女が眠っていた。
赤い非常に短い丈のドレスに身を包み、独特なS字を描くツインテールの少女には見覚えがあった。
「ん~?むにゃ…あれ…ここどこ?また眠ってる間に、別の穴にワープして来ちゃったかあ…」
少女は目覚め、私の存在に気づくと一瞬で口づけをし、その後両手を差し出して「ん!私を抱き上げる名誉と欲しければ報酬もをあげるからお城へ運んで。」と言ってきた。
気づけば壁には茨状の枠でハートの輪が出来ており、輪の中はワープホールのようになっていた。
やはりそうだ。この方は…
「茨の女王…ドーマ」
8大貴族の1人、若くしてスワンに引けを取らない異能を持ち女王になった名の知れた少女だった。
これが運命の出会い。私の存在意義はこの為に会ったのだ…と後に私は悟った。