暗渠にて半田桃は暗渠の奥深くでとてつもなく強い下等吸血鬼と交戦中だった。
パトロール中に突如として感じた強烈な気配。刀を手に走ったらそこには巨大なチスイオオカマキリがいた。
半田の身長の2倍はあるだろうか、それはとても大きな体躯をしていた。
カマキリは半田の存在にまだ気づいていない。半田は冷静に血液錠剤を口に含んだ。
静かに距離を詰め、一気に抜刀して斬りこむ。血液錠剤の力でブーストした身体能力を使い、半田は高く飛び上がってカマキリの首を落としにかかる。
「……っ、硬い…!」
カンと刀を弾き返された半田は軽やかに着地すると体勢を立て直す。
カマキリは鎧に覆われたように硬かった。だが柔らかい部分、覆えていない部分が必ずあるはずだ。そこを見つければ隙ができる。
半田は必死に頭を回して刀を握り直した。そこからはカマキリの弱点を探るための小競り合いがはじまった。
カマキリは半田の血を吸い尽くそうと隙を産むための細かい攻撃を繰り出してくる。半田は慎重に丁寧にそれをかわして、刀を振った。
細い脚に刃を当てる、ガチンと鉄同士をぶつけたような音がする。次、関節。また鈍い音が響く。
次第に疲労が溜まり、ついにカマキリは半田の腹に頭突きを喰らわせた。
「かは……っ!」
半田は地面に倒れ、カマキリにのし掛かられた。それでも冷静に、深く息を吸い酸素を取り込むとポケットからピルケースを取り出し血液錠剤を追加で服用した。
追加した錠剤の効果により一時的に目覚めた怪力でカマキリの腹を殴り飛ばし、足元に転がる刀を手に立ち上がる。
「隙がないのならこの力で鎧ごと叩っ斬るまでだ」
刀を振りかぶるとカマキリの腹を一刀両断する。カマキリは悶える。
しかし、半田は手応えを感じなかった。皮膚に傷が一本入った程度で倒すどころか内臓にも達していないようだ。
「なんて硬いんだ……」
冷や汗が流れはじめる。だが全く手が無いわけじゃない、この怪力が使える間にあの傷をさらに深く大きくするのが一番の策略だと考えた。
隙を伺いもう一度カマキリに斬りかかる。下等吸血鬼であるカマキリに知性は無い。だが防衛本能は備わっているようで、一度斬られた腹を無防備に晒し続けることは無かった。
背後に回り込んだり下に潜り込んだり、半田は素早く縦横無尽に走り回り少しずつ腹の傷を広げていく。
15回ほど斬りつけたところで血液錠剤の効き目が切れてきた。これ以上は厳しい、応援を呼ぼう。
そう考え一度カマキリの視界から逃げ出した。物の影に隠れて、追ってこないことを確認してからポケットを探る。しかし無線が出てこない。まさかと思いちらりとカマキリがいる方を見た。カマキリの足元には壊れて叩き割られた無線が転がっていた。戦闘中、落とした拍子に攻撃を浴びて壊れたのだろう。
半田は青ざめた。助けが呼べなくなってしまった。しかし半田はすぐに物陰から出て刀を握る、助けを呼べないなら自分で倒すしか無い。3錠目の血液錠剤を飲んだ。
一度の戦闘で2錠より多く飲むのは経験のないことだった。半田が飲んでいるものは戦闘向けに作られていて、市販で流通しているものよりも効果が強い。副作用が出る可能性もある。その副作用がどんなものなのかを半田はちゃんと把握してはいなかった。
しかしこの場で服薬を渋るほど怖がりでもない。むしろこのまま何もできず殺される方がよほど怖い。
覚悟を決めた半田はいつも以上にみなぎる怪力でカマキリに挑んだ。
「はぁ……っ!!!」
ばき、と細い足が折れる音がしてカマキリは体勢を崩した。今だ。
この攻撃で決める。
そう思った矢先、バクンと動悸がして足の力が抜けた。
「え…、」
体が重い。この機会を逃したら倒せないかもしれないのに、焦る気持ちとは裏腹に、吐き気と内臓の鈍痛が半田を襲っていた。
カマキリは足を一本折られたことでふらふらしつつも今までと比べ物にならない殺気を放っていた。
まずい、まずい、まずい、頭の中がパニックになる。無線は壊れた。場所も暗渠の奥だ。助けは来ない。
もう自分に残されている手札は更なるドーピングしかなかった。現に血液錠剤のせいで体調不良が酷い。これ以上飲めば無事ではいられないだろう。
だがこのチスイオオカマキリを放って逃げた結果、地上に出てきて暴れられたらと考えるとどうしてもここで仕留めたかった。
震える手で4錠目の血液錠剤を服薬した。
強い動悸と高揚感、血が沸き上がってくるのを感じた。それから先の記憶は無い。
ロナルドがパトロール中、なんとなくの思いつきで暗渠に入った。
「……?なんだあれ」
手にしていたライトで奥を照らすと、吸血鬼の灰が大量に落ちている。その上で白い制服がしゃがんでいるのが見えた。
「…は、半田!!」
慌てて駆け寄ると半田は真っ青な顔で「ヒュー、ヒュー」と変な呼吸をしながら小さく痙攣していた。