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    79_7997

    @77e77echan

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    79_7997

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    結局こういう話はいいんだよ

     ある冬のことだった。夜中に降っていた雨の影響で一日中体の芯から凍えるような寒さだった日。父さんがいつもなら帰ってくるであろう時間になっても帰ってこなくて、母さんがしきりにどうかしたのかなと心配する独り言を言っていたのを覚えている。眠い目を擦り、数分の間にあくびを何度もこぼす。母さんに何回目かの「もう寝なさい」を聞いた頃だった。
     外の恐ろしく寒い空気と共にようやく帰って来た父さんは、亡霊を連れていた。真っ黒で、父さんの後ろにぼうっと立っている。遅かったのねと声をかける母さんは何も言わなかったし、父さんもその男のことを特に口にはしなかった。だから自分にだけ見えている何かなのだと思い、その姿を目にしないように恐る恐る後ずさり母さんの後ろに隠れ始めた自分に父さんが気がついた。

    「ただいま」
    「おかえりなさい……」

     まさか父さんに幽霊を連れて帰っているなんて事言えるはずもなく、なるべく見ない様にして俯きながらそう言った。そんな自分をどう思ったのか彼は困った様に笑って頭を一度撫でる。眠いのかな、なんて父さんが言ってすぐに体が地面から離れて、気がつけば母さんの顔がすぐ近くにあった。とんとんと背中を叩かれると忘れかけていた眠気が襲ってきて、それにふたりが笑い合っている声が聞こえる。ふたりが話している声が遠くで聞こえる感覚。

    「理凰。今日はお母さんと一緒に寝ましょう」

     その言葉に少しだけ目を覚ます。うっすらと目を開くと、父さんが今まで絶対に見なかったその後ろの男の方を向いていた。

    「純くん。上に」

     父さんがそう声をかけて初めて、それが亡霊ではなく生きている人間なんだということに気がつく。心配そうにする母さんと小さな声で何かを話して、動かない男の手を引いて上の階へと向かった。

    「あの人誰?」
    「パパのお友達。ちょっと元気がないみたい」

     母さんは悲しそうな顔をしていた。でもそれもすぐに無くなって、「夜更かしでもしちゃう?」なんて言いながら笑う。様子のおかしい父さん、悲しそうな表情を見せた母さん、そして亡霊の様な父の友人。そのおかしなものたちを繋ぎ合わせれば何かがわかる様な予感がしたが、眠気に誘われた幼い子供の頭では何かを考えることは出来ず、混乱ばかりが残るだけだった。

     翌日目を覚ますと、母さんはすでに階下で朝食を作っていて、父さんはいなかったけれど父の友人はそこに座っていた。彼の目の前にはたった今出されたばかりであろう湯気のたった朝食が置かれていたが、それに手をつける様なそぶりは見せない。昨日までは姿を見ることすら恐ろしかったが、人間であると分かればその恐ろしさも少しは薄れるもので。だから声をかけたのは、ただ、なんとなくだった。

    「食べないの?」

     長く伸びた黒い髪の毛の隙間から黄色の瞳が自分を捉えた。その瞬間体が石にでもなったかのようにぴしりと固まる。彼から発される重苦しい威圧感がそうさせていた。視線はすぐに興味がなさそうに外されて、はっと思い出した様に息を吸い込んだ。

    「理凰、おはよう」
    「お、はよう」
    「純くん、何か食べないと。スープだけでもいいから」

     そう言われてようやくゆっくりと動き出す。彼が朝食に手を出し始めたのを見て父さんは台所へと向かった。自分も、隣のことを気にしない様にしながら目の前に出された朝食に手をつけ始める。

    「見捨てたほうが早いだろうに……」

     彼が小さく呟いた。誰にも聞かせるはずではなかった音量。穏やかで静かなこの空間では、その小さな音量でもしっかりと自分の耳に届く。どうしてそんなことを言うのかと聞けるはずもなく、だがその言葉はきっと父さんに向かって言っているのだろうと幼いながらに理解した。そして、父さんはそんなことを絶対にしないということも。自分には何があったのかを推し量ることはできない。けれども、あの日のあの男が異常だったことは分かる。あんな姿を見たのは後にも先にもあの日だけだが、父さんはあんな姿を何回も見たことあるのかもしれないなんて、そんなどうだっていいことを考えた。



     寒い夜だった。彼の家に寄ったのはたまたまだったが、今思えば虫の知らせの様なものだったのかもしれない。相変わらず真っ暗な部屋の中、彼はどこにもおらず、そして部屋の中はやたらと寒かった。見るとベランダの扉が開け放たれていて、彼は雪の降る中ぼうっとタバコも吸わずにそこに立っている。なんだか猛烈に嫌な予感がした。そのまま飛び立っていくのかもしれない、なんて、演技でもないこと。でもどうしてもそのイメージが頭から離れてくれなかった。時折あるそんな予感。これを感じるのは何度目だろう。本当に実行に移されたのはたった一度だ。彼がそうなる度に自分がその場に居合わせるのは一体何の縁だ。

    「純くん」

     動くこともなく、ただずっと雪を見つめている。濡れているベランダに靴下で飛び出すことも厭わずに飛び出した。腕を掴むとそれは想像しているよりもずっと冷えていて、無理にでも部屋の中に入れなければいけないと頭の片隅で考える。

    「風邪ひくよ。中に入ろう」

     動こうとしない彼の腕を無理やり引っ張って部屋の中へと入る。きっちりとベランダの鍵を閉め、暗い部屋で俯いたままの彼の腕を離さない様にしっかりと握った。このまま一人にしておくなんて選択肢は絶対に取れない。この家に泊まって行くか家に連れて帰るか悩み、彼の寝るベッド以外に小さなソファーしか寝られる場所のないこの家に泊まるのは難しいとまた彼の腕を引いた。

    「大丈夫だから」

     何が、なんて自分にもわからない。ただそう言うしかなかった。

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