「鴗鳥！　頼む部屋変わってくれ！」
「え？」

　もう無理！ と叫び出す目の前の彼は、僕の返事を聞く気がないのかがくがくと肩を揺さぶってくる。またか、と揺さぶられながら思考を飛ばす。
　こうして合宿の時に純くんの同室になった子に部屋を変わってくれとせがまれるのは初めてではない。むしろ、毎年そうだ。よくは知らないがお互い合意の上であれば部屋を交換できるらしく、合宿で純くんと同じ部屋になった人全員から代わってくれと頼まれている。自分が断らないのを知っているからというのもあるだろうが、恐らくは限界なんだろう。頼んでくる彼らは一様によく眠れていないような表情をしているからだ。

「うん、いいよ」
「マジでありがとう！　今度何か奢るから！」

　助かったと言いながら彼は今度は手を上下に振る。そんなに嫌だったのか。皆がどうして純くんとの同室を嫌がるのか。それは彼の生活習慣にある。
　純くんは基本的に早寝早起き。練習が終わって、入浴をしたらすぐに寝る。自分もそのルーティーンだから彼との同室で困ったことはないのだが、他の選手たちはそうではないことが多いようだ。皆入浴してから寝るまでにもやりたいことが多いらしくて、けれど純くんと同室だとそれは許されない。電気は強制的に切られて、それを無視してゲームをすると明るいとか、イヤホンをつけててもうるさいとか、何とか言われて最悪部屋から叩き出されるらしい。合宿終わりなんて疲れているんだから寝たらいいのにと言うと「これが合宿中の唯一の楽しみなんだ」とか何とかみんな言う。よく分からないがそういうものらしい。
　そして、彼は朝は起床時間よりも前に起きる。普通なら自分が早く起きてしまったとしても、同室の子が起きないように物音を立てずに動くとかそういう配慮をするものだが、純くんに限ってはそんなことはしない。
　つまり、純くんと同じ部屋になると夜早く寝かされ、朝早く強制的に起こされる。それが嫌になった同室の子が泣きついてくる。ということだ。

　入浴終わりに自分の荷物をまとめて、純くんがいるであろう部屋へと入る。恐らく彼はもう眠ってしまっているだろう。あまり物音を立てないようにしなくては。

「あれ、起きてた」
「……ああ。いつものか」
「うん。もう寝るよね？　少しうるさいかも。ごめんね」
「いいよ」

　みんな少し彼のことを話の通じない人間だと思い込みすぎている。言えば許してくれることだって多い。ゲーム、は分からないけれど。恐らくあの青白い光が好きではないんだろう。それに関しては隠れてやるか、もういっそ純くんと同室になるのは自分に固定してもらいたい。毎回毎回部屋を変わるのも少し面倒だ。