リンクを出てすぐのところで彼がぼうっと立っている。大会終わりだというのにまだ残っているのは珍しいと思いながら話しかけると、一枚の小さな紙を手にしていた。
「その紙はどうしたの?」
「貰った」
「……見てもいい?」
「うん」
こういう紙は大抵よくないことが書かれていることが多い。彼はこういうことに頓着しないから、周りの人間が気をつけないといつの間にかとんでもないことに巻き込まれていたりする。紙に書かれていたのは誰かの携帯電話の番号とメールアドレス。ああ、こういうのかと彼の手元に返すと、いらないと突き返された。
「捨てる? そもそも、これ誰に貰ったの?」
「……恋人?」
「え」
恋人。純くんに。話を聞いてみると、その紙は今日初めて見た女性にもらった物のようだ。その女性はぐいぐいと彼に話しかけて、恋人になってくれと迫った。訳もわからず了承して、晴れて恋人になったと。
「それは……」
恋人と言っていいのか。けれど純くんは一応その女性の言う通りに恋人だと認識しているらしかった。そうなのであれば、自分が何かを言うことはない、のかもしれない。でもそうならばこの紙は捨てないほうがいいのではないだろうか。それとももう登録したのか。
「登録したの?」
「してない」
「じゃあ」
「いらない」
恋人なんだよな。そう認識していると先ほど言っていたはずだ。それならばこの番号は登録したほうがいいのではないか。でも、いらないと言ったらもう絶対に受け取らないことは良く知っている。捨ててもいいものか迷ったけれど、自分が手にしていていい代物でもない。彼女には大変申し訳ないが、この連絡先は捨てざるを得ないようだ。誰かに悪用されたりしないように破いてゴミ箱に捨てていると、ある疑問が浮かび上がって来た。
「ところで、その人はなんて言うの?」
「…………名前?」
「純くん、もしかして名前も聞いてないんじゃ」
「言っていた気がする。でも覚えてない」
余計悪い。
その翌日のことだ。たまたま出会った純くんが思い出したように口を開いた。
「慎一郎くん、昨日の連絡先ってどうしたの」
「どう、って。捨てたよ」
まだそのことを覚えていることに驚いた。もしかして今になって登録する気になったんだろうか。それならば悪いことをした。絶対に登録なんてしないんだろうと思って捨ててしまったけれど、その判断が間違っていたとは。
「ごめん。必要だった?」
「ううん。もう恋人じゃなくなったみたいだし」
「え?」
昨日の今日で? どうしてそうなったのかと聞くと、昨日突然知らない番号から電話がかかって来て、出る必要もないのだから無視していたけれど、うるさいくらいにかかってくるから仕方なく出た。出た瞬間にとんでもない勢いで捲し立てて怒鳴られて、最終的に別れを告げられるようなことを言われたらしい。
「わざわざ破って捨てるなんて性格悪いって」
「あ……」
良かれと思ってした行為が別れの原因を担っていたとは。でも拾われてしまって知らない人に番号を知られたりしたら彼女だって……。いや、やめようそういうことを考えるのは。
「ごめん。まさかその女の子が見るなんて」
「別に」
気にしたほうがいい。現にすれ違う女の子たちが皆ものすごい顔で彼のことを見ている。女子の噂は回るのが早いとは言うが、昨日の今日だ。純くんがしたということになっている酷い行為が知れ渡るには早すぎるだろう。一番気にしたほうがいい彼は全く気にする様子もなくリンクへと向かって行った。
「誤解を解かないとな……」
「いいよ。そう思いたいならそう思えばいい」
「純くん、リンクに行ったんじゃ」
「練習もせずに噂話か。女の子は可愛いね」
この言葉に思わずそうだねと返しそうになって慌てて辞める。彼は今度こそリンクへと向かって行って、自分はというと女子たちの痛い視線を受けながら帰路へ着く羽目になった。