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    aono_shizuku

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    aono_shizuku

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    DC男主夢。11/7の短編。
    ※流血表現あり。

    お題は以下のメーカー様より。
    https://odaibako.net/gacha/242?utm_source=twitter
    https://shindanmaker.com/801664

    『PIPE DREAM』 手は届くのに心は遠かった。だからこんな夢を見ても驚きはしない。
     驚かない──はずなんだけどなぁ。
     純一は薄暗く空気の淀んだ屋内で今日もぼんやりと立ち竦んでいた。大きな窓ガラスの外に視線をやればあらゆる建造物が下に見え、自分がいる場所がかなりの高さであることが分かる。どうやら今日は高層マンションの中にいるらしい。よくもまあ毎晩飽きないものだなと純一は自嘲の笑いを床に落とした。視線を少し先に進めれば今日も黒いスーツ姿の『あの人』がそこにいる。耳障りなタイマーの音が規則的に部屋に響き、カウトダウンの数字がこちらを嗤うように目減りしていった。
     夢は、自分の深層心理を映し出す鏡だ。ここ最近は毎日彼のことばかりを考えていたからこんな風に夢を見るのも仕方がない。けれども毎日続くとなれば話は別で、さすがの純一もうんざりしてきていた。
     この問題の原因なら嫌というほどに分かりきっている。しかしその答えにどうしても納得したくはなくて、どうしても形にしたくはなくて、現実の純一は未来の舵取りを暗澹たる海の流れに任せた。自分でも未熟だと分かっている。だが純一なりに考え抜いた果ての最善の一手だったのだ。もう後戻りはしないと決めている。
     純一は押し寄せる感情の荒波を無理やり喉奥に押し込めて、代わりに軽薄とも言える朗らかさで相手に声をかけた。
    「またギリギリだねえ。今日は解体できそうなの? ──陣平さん」
     純一の大切なその人は今日も相変わらずこちらに背を向けて、がらんどうな部屋で仕事をしていた。それは彼の生きる理由であるから純一に止める権利などない。だけどこんなに名前を呼んでいるのに返事をしてくれないのはどうしてなんだろう。あの人はいつも俺のことを見ているようで見ていないし、違う何かを見ている。だから、今夜もやっぱりこの声は相手に届かないのだ。俺だってちゃんとここに、あなたの隣にいるっていうのにさ。
    「……ねえ、陣平さん」
     いたたまれなくなってもう一度名前を呼ぶ。すると柔らかく巻きのかかった髪の毛が揺れて、彼の苛烈さを宿した瞳がようやくこちらを向いた。そして猫のような目が弧の形に歪むと、導線がパチリとニッパーで切られた音がする。嫌な胸騒ぎにタイマーへと視線をやれば確かに数字は止まっていた。しかしどこかで嗅ぎなれた煙の香りが鼻をついて目を見張る。
     おかしい。成功したはずだ。今日は爆発なんてしていない。カウントダウンも止まっているのにどうして? 純一が狼狽えていると松田がゆっくりと立ち上がり、急にその手のひらが純一のシャツの襟元を掴んだ。
    「……え?」
    「じゃあな、純一」
     松田は表情なく形の良い唇から終わりの言葉を吐き出すと、思い切り純一の体を後方へ突き飛ばした。背中にぶつかるはずの窓は開け放たれていて、そのまま真っ逆さまに背中から空中に落下していく。
     ……ああ、なるほど。今度はこういう展開なのか。
     瞼を閉じる前に捉えた陣平さんの顔はやけに清々しくて、よかったね、と静かに唇から不釣り合いな感想が零れる。
     そうだ──終わりはいつも、こうなる運命だ。
     ろくな抵抗もできずに加速して落下し続ける純一の服が勢いよく風にはためき、どんどん地面が近付いてくる。遠くなり始めた意識の先で自分が落とされた階数のあたりを見やれば、黒いスーツ姿の彼は案外すぐに見つかった。
     ねえ、今どんな顔をしているの。笑ってる? 泣いてる? ──いや、そんなわけがないか。
     瞼を閉じてすべてを諦めたその瞬間に、べしゃりと背中がコンクリートにぶつかった音をどこか他人事のように耳にした。ここのところ爆発に巻き込まれるのには慣れてきていたけれど、今回はそれを上回る嫌な感触だった。強打した頭から生ぬるいものが伝う心地がして吐きそうになる。おねがいだから早く覚めてくれ。全部俺が悪いんだ。身の程なんてとうに弁えているから、今日のところはこれで許してほしい。ひたひたと迫りくる死の気配に純一はそう請い願った。あと一秒、二秒、三秒。生温い血だまりで覚醒への引き潮に意識を揺蕩わせていれば、不意にちゃぷり、と其処へ聞きなれない足音が踏み込んできて純一は重い瞼を持ち上げる。
     曇天を背に立つその相手は随分な色男で、松田と同じ爆発物処理班の制服を着ており、肩につくぐらいの黒髪はさらさらと風に揺れていた。男は虫の息で地面に転がる純一に近付くと血で汚れるのも気にせず側にしゃがみ込む。そして何をするのかと思えば純一の額に血で張り付いた前髪を丁寧に払われて、純一はただただ困惑するほかなかった。穏やかに、ゆっくりと。温度のない指先はまるで犬猫の毛並みでも整えるかのように優しく純一の頭を撫でているのに、そのウィステリアブルーの瞳は相反して鋭く純一のことを見下ろしているせいで相手の心情がさっぱり分からない。
    「……なあ。こんなこと、誰も望んでないっしょ?」
     純一を非難する言葉はいつか遠い日に耳にした軽やかな甘い響きで再現され、胸の柔らかな部分を的確に射抜いた。
     ああ……そうだ、この男は。
     陣平さんが生きる理由、死ぬ理由。彼が今もなお焦がれてやまない魂の片割れ。親友──萩原研二、その人に違いなかった。
     純一は相手がつとめて優しく頭を撫でるのを怪訝に思いながらもいよいよ睡魔に耐えきれなくなり、されるがままの状態で重い口を開く。
    「そんなの……あなたに、言われなくたって、さ」
     憎らしい相手にせめて恨み節でも吐いてやろうと思ったのに、意識がどんどん深いところに引きずり込まれてしまい言葉の勢いが尻すぼみになる。
     『誰も望まない』だなんてそんなこと。俺が一番よく分かってるよ。
     ばくばくと心臓が最期に命乞いをするようにやかましく拍動して、視界がついにブラックアウトした。亡霊の手は最後にするりと純一の頬を撫でてどこかに離れていく。それを少しだけ寂しいと思ってしまったのは、きっと死にかけの感傷に浸りすぎたせいに違いない。

    「……あーあ。陣平ちゃんってさあ、ほんっと罪な男だよねぇ……」
     遠くに聞こえる溜め息混じりの嘆き声。それに返答することはできないまま、純一の意識はプツリと電源を落とすように呆気なく途切れていった。
     
     暗転。
     



    「ッ、はあ、はあ…………アハハ。まあ確かに、ね」
     深淵の海の濁流から急覚醒した純一は、睫毛を瞬かせながら必死に呼吸をする。眠る前に照明を消し忘れた部屋は明るく、現実世界に戻ってきたことに心底安堵した。思わず頭部を手で触ってみても、そこにあの嫌なぬめつきは存在しない。拍動する胸を押さえつつ枕元に置いていた携帯端末を立ち上げてみれば、時刻はまだ早朝というのにも早い時間だった。首周りの冷や汗を拭って端末の通知バーを確認すると、ライから一件新着メッセージが入っている。ざっと内容を読んだところどうやら計画は順調で、彼の仕事にぬかりはないらしい。純一は簡単に了解の返事を書いて相手にメッセージを送り、端末を手から離した。夜明け前の寒さに布団を引っ張って頭まで被りこむ。まだ体に夢の残穢が張り付いているようで純一は顔を顰めた。
     
     今日は十一月七日、決戦の日。
     ここまで散々動き回って脚本を作り上げたのだ。対価を支払った分はどうにか報われてほしいものだなと思う。願わくば、どうかストーリー通りに事が運びますように。
     純一は毛布に顔を埋めてどうしようもなく笑った。
     世界は善悪の審判を巡って移ろいゆくものであるけれど、それは大体『愛ゆえに』──とかいうやつのせいだ。
    「……きっと、みんなこうやって死んでいくんだろうね」
     部屋には霜月の夜らしい冷たい空気が立ち込め、窓の外では上弦の月が玲瓏と輝いていた。純一はかじかみそうな手足を抱え込み、日が昇るまでもう暫く微睡んでおこうと目を瞑る。

     守りは盤石だ。
     最期に勝てれば、白でも黒でも構いやしない。

     それでもやっぱり、書くより演じる方が得意だなあ……なんて。
     
     ──今更か。
     
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