魔法が解けるならシオンは図書室の本棚に手を掛け、深くため息を吐いた。
というのも、先日の一件からカイに一日中隙あらば追いかけられるのを撒くのに一苦労したためだった。
予想してなかった訳じゃなかったが、上手いあしらい方を見つけないとな…。
とはいえ、図書室を訪れたのは訳がある。カイへの対処法を考えるのはそのあとでもいい。
本棚の上部に手を伸ばすが、ギリギリ届かない。
く、仕方ない、魔法で……!
そう思い、手をかざしたとき。
「これか?」
「う、わっ!?」
その本を後ろから現れた手が抜いた。シオンは後ろによろけ、持ってた本が散らばる。
「オイ、大丈夫かよ」
「っ、お前が驚かすからだろうが!」
その男─カイが抱き留めるのを振りほどくシオン。
今心臓が早鐘を打っているのは密着していたからではなく驚きのためだ。きっと、いや、絶対。
「別に気配消してたわけでもねーけど?」
「……全く」
散らばった本を拾うシオンを手伝おうとカイは手を伸ばし、本の内容を見つめ、口を開いた。
「……オマエ昨日のこと調べてんのか?」
「今後似たようなことがないとも限らないからな。対処法を考えておいて損はない」
「オレも調べようと思ってたとこなんだけど」
シオンの手が止まる。
「体験したのはオマエだからオマエしかわからねーこともあるじゃん?ちょっと協力してくんね?」
あくまで淡々と提案してきたカイを見つめる。
ここで断るとまた後々面倒だろう。それならば、この話は受けた方がいい。
「……わかった、少しだけなら」
「サンキュ」
*
「魔術の原理─どういう影響があったのかは魔術師が吐いたのをエマとギーがまとめてくれている」
「ふーん、なるほど?」
シオンがエマがまとめた資料と、ボード上のやり取りを広げる。
「感情に直接作用したというよりは感情が高まったときに身体、まあ今回は涙腺だな─が影響を受けたらしい」
「てことは黒妖精のときみてーに感情が増幅されたとかそういうワケじゃねんだな」
「そうだな……感情はあくまできっかけで、身体作用を強めることが目的だったみたいだ」
「緊張状態のときに影響が出やすいってことか」
「そうなる。だから感情が強く揺れるようなことがなければ特に問題はない」
「けどそんな簡単なことでもねーよな」
「……だから、対処法を考えるとしたら、感情を抑えることじゃなく、身体作用を止めることになる訳だが」
「痛みを和らげるとか癒す訳じゃなく元々の身体機能に関することだから細かい加減ができないと難しいか、センセぐらいなら朝飯前だろーけど……」
「お前はまだそこまでは自信がないってところか?」
「……そーだな」
「お前と居てリラックスすることはないが今回全く役立たずだった訳でもない。今後できるようになればいいだけだろ」
「励ましてんのか貶してんのかわかんねーなオマエは」
「俺の知っていることは話した。あとはお前の分野だろ」
そう告げて立ち上がろうとすると腕を掴まれた。
「いや、まだ聞きてーことあんだけど」
「……なんだ、泣いた理由なら今ので説明になってるだろ」
「オレと居るとリラックスできねーって?」
「そうだ。……お前だってそうだろう」
「それはそーだな、イライラする」
「ならそれが答えだ。それ以上何もない」
「オレはお前がひねくれてるからイライラすんだけど、それは同じじゃねーよな」
「はあ。それが関係あるのか?別に細かい感情なんてわからなくても困らないだろ」
「……言いたくねーって?」
「ああ。言う必要もない。わかったら離せ」
「今言ったことは全部本音か?」
「……? なんだいきなり」
すんなりとカイが手を離した。
「本音ならいーけど、そうじゃねーとしたらオマエここから出られねーから」
「なんだ、脅しか?」
「脅しっつーか、事実だ」
「どういう意味だ」
「出たいなら出ていい。……出られるならだけど」
訝しげに後ずさり、扉に手を掛けるシオン。
開かない。
「お前、どういうつもりだ」
シオンが眉を吊り上げ振り替えると、カイが扉とシオンを挟む形で扉に手を着いた。
「言ったろ?まあ、ここまで頑なとは思わなかったけどな」
「俺は暇じゃない。こんなこと─」
「思ってたこと全部言えばいいだけだ、そしたら出られる。簡単だろ」
「くっ……!」
力いっぱい取っ手を引っ張るシオンの手に、カイの手が重なる。
「開かねーって」
「くだらない、大体お前がこんな魔術……」
「確かに制御できるかわからねーし、いざとなったらセンセには話通してるから大丈夫だ」
「エストまで……」
くそ、やっぱり最初に断っておけば!
シオンは舌打ちをし、先ほどの軽率な選択に後悔をする。1日逃げ回ったことがとんだ徒労に終わってしまうとは。
「最終手段だったんだけど。ホントオマエって素直じゃねーよな。正直思ってた以上だった」
「お前みたいに馬鹿正直に生きてられる人間の方が希有だ」
「ハハ、どーも」
「褒めてない」
「わーってる、それぐらいはわかる」
外に協力者がいる以上、ここはこいつが主導権を握ってる、どころか四面楚歌だ。
本音を、言う?全て?あの時うっかり漏らした言葉のせいでこんなことになるなんて。
「……単細胞」
「あ?」
「単細胞馬鹿」
「オマエさあ……」
心臓がうるさい。閉じ込められたから?言いたくないことを問い詰められているから、こいつが、すぐ側にいるから?
まだあの魔術が解けてなかったとしたら、きっと全部涙になって出ている。
「お前が聞いたところでマイナスにしかならない。だから言ってないし、言う気もない」
「それこそオマエの勝手な思い込みだろ」
「……お前はもう少し手段を選ぶ奴だと思ってたのも思い込みだったみたいだな」
「オマエには荒療治しか効かなそうだからな」
「藪医者が……」
「おー?言うじゃねーか。つーかこの期に及んでよく言うなオマエ」
「全部本音だ」
「マジでかわいくねえ……」
可愛い訳があるか。そんなこと、お前が一番わかってるくせに。
ここで言い争ったところでこいつは引くような奴じゃない。本当に面倒だ。
「思ってたことを、全部……か 言えば、本当に出られるんだろうな?」
「ああ。てか、オレはそれが聞きたいだけでオマエを閉じ込めたいワケじゃねーし」
「…… 後悔しても知らないからな」
深呼吸するシオン。扉を見つめる。
「……お前は、ずっと鬱陶しくて、面倒で ……いくら突っぱねても、絡んできて……話しかけてきて」
「俺なんかと関わっても何の意味もないのに、いつも……何度も」
「それなのに、……それを 嬉しいって思ったりもして。嫌いで、大嫌いで、離れて欲しくて、離れたくて」
「お前といると余計なことばかり考えて、こんな気持ち、俺には必要ないのに」
「……お前だって、別に俺に特別に接してる訳じゃないからこうなんだって解ってるのに」
「……優しくされると、手を伸ばされると、縋りたくなるから」
「全部……見ない振りしてた。お前にだって一生伝えたくもない、なかった」
「今だって認めたくない。……お前が、好きだって」
「……!」
取っ手を引こうとすると、力を込めるより先に、カイの手に掴まれ、後ろに引き寄せられた。
「っ……!なんだ!もう言った、お前は聞きたいって言っただけだ、言い付けは守っただろ」
「言い逃げすんのかよ」
「言わないと出れないから言っただけで、返事もなにも求めてない。伝えたくもないと何度も言ってるのに、聞こえてないのか!」
「聞こえねーな。それに、ここで逃げたからって明日からも追いかけるからな。それは今日で懲りたんじゃねーの?」
「お前、最初からわざと……!」
「まあ、半々ってとこだけど……オマエにだけは言われたくねーな、面倒だって。大概めんどくせーよオマエ」
「それはわざわざお前が面倒なことをしてるからだろ」
「それはそうかもしんねーけど…お互いサマってヤツ?」
「うるさい、離せ」
「イヤだ。そのまま聞いてろ」
「いらない、気遣いだとか、同情だとか、うんざりだ」
「決めつけんなって言ってんだろーが。話聞かねーなオマエ、いや、聞く気ねーってか?」
「そうだ。どんな感情だとしても、いらない。受け取る気もない。……全部必要ない。お前にも、俺にも」
「悪いな、オレは必要あるんだよ。だから─」
カイの腕を振りほどくシオン。手首を掴み、シオンを引き寄せるカイ。その口をそのままシオンが塞いだ。
「一時的な感情で振る舞うのはやめろ」
カイはその手に指を絡ませて引き剥がした。
「わかった。そこまで言うなら」
「全部わからせてやるからオレと付き合え、シオン」
「……は?」
「何を言い出すかと思えば……お前は、別に俺を好きじゃないだろ」
「確かに、まだ好きかどうかはわかんねえ。けど、側にいたいし、いて欲しい。離したくねえ」
「……」
ここで、嫌だって言っても、扉は開かない。
解って言ってるんだ、こいつは。
俯いて唇をかむシオン。
「一ヶ月」
「一ヶ月だけならいい。それでもしお前の気持ちも俺の気持ちも変わらなかったら終わりだ。金輪際必要以上に干渉するな。それを約束するって言うなら、一ヶ月……付き合ってやる」
「わかった 約束する。よろしくな、シオン」
ああなんて、
俺は馬鹿なんだろうか。